「聞きなれない言葉もあったんですがボスやレイド。違いはさっぱり分かりませんが群れの中で一番強いモンスターがボスで、大人数で倒すことが前提のモンスターをレイドって言うらしいんですよ……つまりそんな特別な敵ではなくてただのモンスターらしいんですわ」
「あれが……いやあれは仮想敵だったな……あんな強さの怪物をただのモンスターと言えてしまうのか」
「ペロロン殿が言うには国にそれが大量に湧く寺院のような大迷宮があったそうです」
「……悪夢だな」
会食を終えほんの数分前にモモンガたちはこの部屋を出ている。城門まで見送るべきだろうかと考えたが、何でも厨房も見学していきたいらしくレイナースを案内役にしてそれを終えたらそのまま帰還するそうだ。
ならばとそちらはロウネを付き添いとしてレイナースに任せ、こちらは早速とばかりにバジウッドとニンブルの報告を聞くことにしたのだ。
「まず一点。ダメージリソースの九割はフールーダ様でしたが、我々の攻撃も通っているらしいです。仮想敵のゲルヒルデ様の装備に阻まれていただけで実際の敵は防具などしていないので『闇の錬金溶液』があればもう少しダメージが通るはずと言っておられました」
「じい。闇の錬金溶液とは?」
「聞いたことはありませんが……錬金術銀と同じような物かと。対アンデッド戦では武器に銀の油膜のようなものを張り攻撃を通します。闇と言うからにはその反属性的な物でしょうが……」
「無いというわけか……ふむ」
フールーダさえ知らない錬金術。畑違いとは言えあらゆる魔法を追求しようとする魔法省のトップが眉を寄せる仕草に溜め息すら出てしまう。戦力面どころか魔法技術においても彼らの国に遅れているのだと。
なおユグドラシルのNPC露店で普通に売っているのを彼らは知らない。
「あぁ毒とかでもいいらしいですぜ」
「それを早く言え」
「もう一点。ペロロンチーノ殿は上空の不可視化した
「参ったな……ニンブル、してやられたな」
「くっ、申し訳ございません。あの覇気を中てられた今ならわかります。モモンガ殿とペロロンチーノ殿の恐ろしさが」
最初にモモンガとペロロンチーノに関してはそれほど警戒する必要は無いと皇帝に進言してしまっていただけに、ニンブルは顔を引きつらせる。ジルクニフにとっては少し実力を見誤ったなと言う程度で叱責するほどの事ではないのだが、当の本人はそこまでの脅威には気づいてなかったり。
「うん? 何の話だ? とにかく明日以降もモモンガ殿の護衛が
自身の護衛どころか国の守りが薄くなる。それを見越して戦闘ではなく個人の護衛としてゲルヒルデを借り受けることが出来たのは僥倖だった。ただこの借りはかなり大きい。
「本当は戦争なぞしている場合ではないのだがな……よし。それではフールーダの罰でも考えようか。しかし本当に温厚な方達で良かった……」
「レイナースが出合い頭に武技をぶっ放したって聞いとりましたが……あっしでもそうしてますな」
「レイナースは良い仕事をしましたね」
「あれは道を追求するものには避けて通れないものなのだよ……魔法の深淵……おい!? 待つのじゃ!」
それでも頑なに自分の正当性を語ろうとするフールーダに良い笑顔で拳を振り上げる三人だった。
●
「さて……戻ってきたところでレイナースとアルシェを問い詰め……モモンガ様!? どうされましたか!?」
「ちょっと……限界。あはは、どこまでいっても恰好がつかんなあ私は」
生パスタをお土産に厨房見学を終え、献上品というわけではないが『あのお肉』をロウネ・ヴァミリネンさんに渡して転移で早々とお暇させてもらった。
レイナース邸の庭先に出るなりぐったりとした表情で膝を突くモモンガ。一行の代表ということもあってかモモンガなりに言質を取られない様に、嫁たちに手を出されない様になどとひどく気を使っていた反動が出たのだろう。
アルシェの件にしても熱を入れて語りすぎたかもしれない。
「何言ってんだよ。すげー格好良かったって! アルベド。モモンガさんには今癒しが必要だ。添い寝と……そうだな適度におっぱいを与えてやってくれ。
「ちょ!?」
「お任せください!」
さっとモモンガをお姫様抱っこして風のように屋敷内へ消えていくアルベド。その様子をうんうん頑張ったなモモンガさんと微笑ましく眺めていたペロロンチーノだったのだが、
「わ、妾にだって出来るでありんす!」
「シャルティア様……わかります、わかります!」
「――ペロロンさん、最後は余計」
「い!? いやそういう意味じゃ!? 俺はむしろ大好きだから!」
微乳三人娘に囲まれジト目で見つめられる。あれ? でもなんかこれご褒美じゃね? とか考えてしまうペロロンチーノはやはり度し難い変態だったりするのかもしれない。
…………
……
…
就寝するにはまだ早い時間と言うのもあってかリビングで雑談に興じる四人。アルシェの妹たちはすでにぐっすりだったようで、メイド二人にお茶を入れてもらい今日の出来事を語り合う。シャルティアは勿論ペロロンチーノの膝の上だ。
「ペロロンさん、シャルティア様。モモンガさんはなんで生活魔法を学びたいなんて言い出したのです?」
「……お二方に『様』はやめてくれと言われているのを知ってはおりんすが、なんで私だけ変わらないのかの方が疑問でありんす」
「――私も気になってた。モモンガさ……モモンガ様はあんなに強大な力を持つマジックキャスターなのに」
「あはは、アルシェもやめてあげてくれよ。いきなり様付けで呼ばれたらモモンガさん泣いちゃうぞ? そうだなあ、一応は聞いているんだけど……大魔法使いのジレンマって感じかなあ」
この世界に降り立って二カ月余り。日課になってしまった超位魔法を除くと転移以外の魔法使用は殆ど無いと言っていいだろう。
爆炎魔法が放てたとしても竈に火を付けることが出来ない。都市を水に沈められるとしてもコップに一杯の水も出せない。
以前にも述べたがモモンガは、この世界に来るまでレベル上げに効率の良い魔法しか取っておらず、選択枠を残しておいたおかげかこの世界において新たに<
低位階に生活の質を向上させる有意義な魔法もあるとはいえ選択数の限界はある。『身体をきれいに洗える魔法』を取得したせいで『命の危機を打開できる魔法』を選択できなくなったとしたらそれこそ本末転倒であり、だからこそ生活魔法というものに興味を引かれたのだろう。
「――でもあれは本来魔力系魔法第一位階に届かない者たちが使うゼロ位階とも言える魔法で…‥」
「ちょっと理解できないだろうけどだからこそなんだよな。俺たちの使用する魔法とは違うものが選択できたとしてそれが選択数に入るのかどうか。まあ俺もモモンガさんも内心無理だとは思ってるんだけどね」
「つまり好奇心から……ということですの?」
「あー……違うのでありんすよ。なんともむず痒いというか……申し訳ないというか……」
「料理を頑張ってくれてるアルベドやシャルティアに火や水を楽に出せたら助かるかなって。それだけだな」
大体よくあるラノベの魔法と違いすぎるんだよなあ、なんて他の三人には全く理解できないことをぶつぶつ呟くペロロンチーノ。
話自体はあまり理解できなかったけれどその動機に温かいものを感じ、ついつい笑顔になってしまうアルシェとレイナース。抱っこされるシャルティアが頬を染める様子にも微笑ましくなってしまう。
大好きなんだなあ愛されてるんだなあと男性二人への好感度はさらに上がってしまうのだが、残念なことにアルベドの尋問タイムが伸びることにもなるようだ。
●
「ふぬぅううう!! ふんずぅぉおおおお!!」
「――れ、レイナースさんファイトです!」
「レイナースおねえさまがんばえー!」
「がんばえー!」
「婦女子が出しちゃいけない声出してますね……」
「細い目が開きまくってて怖いんだが……」
「……シャルティアどうするのよ。あなた無茶苦茶慕われているのだから言動には注意を払いなさいよ?」
「え? 妾のせいでありんすか!? まあ、あそこまでメイド服が欲しかったとは予想外でありんしたけど」
明けて翌日。レイナース邸では例のごとく奇妙な光景が繰り広げられていた。
朝食を終えた一行がまず尋ねたのはレイナースが戦争に参加するかの確認だ。元々は皇帝の護衛騎士という立場であり、近年では戦場に立つことは無かったのだが状況が変わってしまった。
皇帝ジルクニフからどちらでも構わないとの特例を言い渡されてはいるものの、帝国が王国に負けて安寧を妨げられるのは個人としても避けたい事実。たった一人の進退でどうにかなる話ではない様にも思えるのだが、個人の技量差が激しいこの世界では四騎士という一騎当千の自分が出れば確実に戦況に良い影響を与えることも分かっている。
つまりは選択肢など初めから無かったのだ。
それを聞き終えたペロロンチーノは虚空より一本の弓を取り出す。この世界でもカルネ村で使用したことのある美しく真っ黒な弓だった。
それを貸し渡されたレイナースではあったのだが、どう力を入れようともびくともしない。残念ですがとお返ししようとした瞬間シャルティアから悪魔の囁きが聞こえたのだ。
『出来ないのでありんすか? 妾からはペロロンチーノ様に頼んであのゴスロリメイド服を上げてもよかったのでありんすのに、それなら』
『お待ちくださいませ!!』
そんなこんなで場所を庭に移して全力奮闘中のレイナースなのだった。
「装備制限あるからなあ。でもあれが手持ちで最弱の弓なんだけど」
「初期装備はナザリックですからね……重量制限があるから当然なんですがレベル50からでしたっけ? でも私たちと違って矢をつがえてますし、弓も少し引けてますよ」
なお今のレイナースの装いは朝食時のままの簡素なノースリーブワンピース姿であり二の腕が丸見えなのだが、普段の倍ほどに筋肉が膨れ上がっているのが見て取れた。能力向上などの武技を全部腕へと集中させ闘気を放ち雄たけびを上げる姿は修羅のようで、あの清楚系涼しい目元のお姉様はどこにもいない。
「ぺ、ペロロンさん!! 足は! 足も使ってよろしいですの!?」
「う、うん。壊れたりしないから存分にやっちゃって」
「ありがとうございます! ふんぬぉおおお!!」
弓を汚さない様にと靴を脱ぎ棄て座り込み、両足で弓を支え両腕の渾身の力を込めて弦を引く。
「……なにがあの娘をそこまでさせるのかわからないけど面白いわね。レベル制限を覆しているわ」
「あのメイド服を気に入っていたのは知っていたのでありんすけどここまでとは……パンツ丸見えなのに鬼気迫りすぎて嬉しくないでありんす。別の意味で滅茶苦茶面白いでありんすけど」
奮闘むなしく弦を引くことは出来たけれど、矢は力も無く狙いもあったものでは無かった。ぐったりと肩を落とすレイナースを不憫に感じたモモンガは、手持ちの多少筋力が上昇するイルアングライベルという名の籠手を貸し与えることにした。大股開きで可愛らしいピンクのパンツを見せてくれたお礼とは思ってても言わない。
「あ! 結構苦しいですけれどいけますわ!」
「それならあの服を着ればもう少し楽になりんすね。それにしてもなんでそこまで」
「わたくしの大事な恩人の中で一番お世話になったシャルティア……さんを感じられたからでしょうか? デザインが可愛らしくて惚れ込んでしまったのもありますけれど、シャルティアさんに守られているような安心感が嬉しくて、本当に頂けるのならと無我夢中でしたわ」
「も、もう降参でありんすよ。でもあれはレイナースに似合うでありんすけど普段着では無いのだから……ペロロンチーノ様、モモンガ様。今日は帝都の観光へ行く予定でありんしたけれどできれば」
「ふふっ。何を照れてるのよシャルティア。まあ双子に入用の物もあるし良い案だと思うわ」
「クククっ。エ・ランテルだろ?」
「あはは。アルシェたちの普段着もなんとかしませんとね。あの職人たちの事だからもしかするとアルベドとシャルティアの追加衣装とかも作ってそうだな」
その数時間後にまさかスポットライトを浴びて舞台に立つとは思いもしないレイナースたちではあったが、庭先では先ほどとは打って変わった朗らかな笑いが溢れていたのだった。
時間が取れなくてすまんのw
普通のラノベとかで出る魔法って水を冷やして氷の矢にしたり、お風呂のお湯にしたり汎用性がすごいのが多くてずるいよねw