鳥ウナギ骨ゴリラ   作:きりP

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34 この大好きな妹たちに幸せを

 鮮血帝に貴族位を剥奪されたフルト家。その家計を支えるために帝国魔法学院を辞めワーカーになった少女アルシェ。

 家族の為の思いは空回り、父親は借金を繰り返し浪費を止めようとしてくれない。働いてすらいないのに。

 

「……働いてすらいないのに」

「……地味に効くわ。あ、ゴメン続けて」

 

 ワーカーの仕事は当たり外れが大きいけれど高収入だ。仲間に悪いとは思いつつ自身の装備を整えるのを諦め、全ての収入を家に入れていたがそれも限界。今はこれといった仕事も無く金貨三百枚なんて大金すぐさま用意などできない。

 

「――もうお金を入れることは出来ない。妹たちを連れて家を出ると両親に伝えに行くつもり」

 

「レイナースさん、これアルシェさんどうなります? たぶん借金取りの方昨日声だけ聴きましたけど、両親にもしているんでしょうが彼女に返済期日を告げてるんですよね」

「……その金貸しも無能では無いのでしょう。誰がお金を稼いでいるのか把握しているのでしょうね。どんな契約を交わしているかは知りませんが最終的には全てを差し押さえて終わりです」

 

「そうだよな……借金して買った調度品やら家も売れば回収できるか」

「ただ……この手の貴族崩れはプライドばかり高いのですわ。特にあれほどの家屋となると貴族としての象徴を失うことになるので……まあ貴族ではないのですが。家を売る前に娘を売ってもおかしくはありませんわ」

 

 無駄な延命行為。元をたどればアルシェの行動もその延命行為と同じだったのだろうが、必死に家族を助けようと足搔いた子供を誰が責められようか。

 誤算は彼女が魔法詠唱者として非常に優秀であり大金を稼ぐことが出来てしまったことなのだが。

 

「例えばお金を貸したり……現実的にありえませんが家督を彼女に無理やり譲り貴族として再興を果たしてもその両親の行動は変わらないでしょうね。始末するのが一番手っ取り早いですわ」

 

「れ、レイナースさん!?」

「レイナースさんはそれが出来ちゃった人だから……うーん」

 

 現在ネムとグリムはメイドさんと一緒にキッチンで昼食を頂いている。ちょっと子供たちには聴かせたくない話なので助かったのだが、今までかかわってきた事件と全く違い困惑してしまう。

 

 その先に人命の危機があるのかもしれないが、これはただの家庭の問題だからだ。

 

「――それじゃあ、行く」

 

 自分たちの行動原理はただ『あの双子が可哀そうな目に遭わなければいい』といった酷く漠然としたものでもあったため、ただ彼女につらい現実を告白させただけで何の解決方法も提示できない。魔法だって万能ではないのだ。

 

「……妹たちを連れだしたとしても、それではあなたが何もできないでしょうに。あなたたちを養う程度何の問題もありませんけれど、少しは働いてもらうわよ」

「――え?」

 

 だからそのレイナースの言葉が魔法のようで、頬を染めて言い切る彼女が羨ましくなってしまう。

 

「この家に住まわせてあげると言っているのですわ! 分かったら早く行きなさい!」

 

「シャルティア、これがツンデレ?」

「クククッ、王道でありんすね。勉強になりんす」

 

 後ろで大人しく……いや『プリキュア二人目確保でありんす』とか聞こえていたが、アルベドとシャルティアもレイナースのその言葉には噴き出してしまうわけで、茶々を入れてしまいたくもなろう。

 

 何度も何度も頭を下げてはホロリと涙を零すアルシェを見送るそのあとで、モモンガとペロロンチーノはレイナースに感謝の言葉を伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルシェ! 昨日はずいぶん思いつめた顔を……その服可愛いわね」

「わはは! ふりっふりだなあ!」

「若草色がお似合いですよ」

 

「――それについては聞かないで欲しい。大事な話がある」

 

 明けて翌日の昼前。アルシェはフォーサイトの拠点である『歌う林檎亭』を訪れていた。何故かフワフワした感じの短いスカートが特徴的な薄緑色のドレスを着ており、本人には思うところがあるようだが良く似合っていた。

 普段からぶっきらぼうな口調なアルシェだけれど、本当に申し訳ないという気持ちがありありと伝わる表情でチームからの脱退を希望する言葉を告げる。はっきり言って言葉不足であった。

 それでも二年以上一緒に死線をくぐり抜けた仲間たちには分かってしまう。その決意が硬いのだという事を。

 

「……それは、というより私たちはアルシェが心配なのよ。その服もスケベ貴族にあてがわれてとかそういう話? 親の借金の話は驚いたけど……そいつ殺しに行くわ! 場所を教えなさい!」

「イミーナ落ち着け! 昨日も言ったけどそういう話なら俺らがお前の両親に説教くれてやんぞ?」

「神の裁きですね。私も容赦しませんよ」

 

 チームの最年少でありながら第三位階を使える魔法詠唱者なんて肩書は他のワーカーからの評価だ。ただ彼らにとっては守るべき家族であり妹なのだ。彼女が理不尽な目に遭うなんてことになるならそれこそ命を懸けてだって救いたいと思ってしまう。

 その時何故か緊張した雰囲気がふわっと優しくなるような感じがしたのだが、それが何なのかは彼らにはわからない。

 鼻息荒く見当違いの考察で憤慨する仲間を止めるために言葉を発しようとした瞬間、まるで見張られていたかのようなタイミングでそいつが現れたのだった。

 

「おっと! いらっしゃいましたかフルトさん。昨日もこちらに伺ったのですが今日は会えて良かった」

「――私はあなたに会った事が無い」

「やはりあなたでしたか。美しい御召し物ですぐにわかりましたよ」

「――チッ」

 

 言葉節は丁寧で上機嫌なように聞こえるが笑顔には見えない。小奇麗な恰好はしているものの分厚い筋肉は暴力を躊躇わない者のそれだ。

 前日声だけ聞こえたこの男がつまりは借金取りであるのだろう。

 

「フルト様のお父様にもお話したのですがね、もう10お借りしたいと言われましてもまずは誠意を見せていただかなければと。それで……アルシェ・いーぶ・りいる・フルト様。期限はまもなくでございますが金貨300枚のお支払いをお願いしたく伺った次第でございます」

 

 この状況でまだお金を借りようと言うのか。その言葉に頭を抱えそうになったけれど、前に出てくれようとする仲間を遮り毅然とした態度で言葉を発した。

 

「――私はもうフルト家の人間ではない。昨日妹たちと共に家を出ている」

「……ほう。それはそれは」

 

 なにかがおかしい。どうしてこの娘は()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()と金貸しの男は考える。

 入れ違いになったが昨日フルト家から妹ともども消えていたのは知っていたし、そのまま雲隠れされたのではたまらないと部下にこの宿を張らせていたのだ。

 最後の別れに訪れても不思議ではないと思った勘は当たったが、まるで貴族に戻ったかのようなドレス姿には驚愕を隠せない。

 

「家を出られたとおっしゃっても親子ではありま」

「――()()()フルト家を出ることになった」

 

 危ない。借用書は最後の手段にと思ったがこれは雲行きが怪しい。借金奴隷として娘も返済の契約に入ってはいるが、それを知っているのは父親のみだろう。

 正式な契約ではあるけれどそれは娘の同意があってこそ。もちろんそんなものどうにでも出来るのだがこの落ち着きようはなんだ。

 

 長年培った嗅覚が引き際は今だと訴えかけている。

 

 この鮮血帝の世で違法ギリギリの金貸しをやれているのはこの勘のおかげだった。王国で暴力に訴えかけ犯罪まがいの事を嬉々として行う同業とは潜った場数が違う。

 最後にまだどれだけ搾り取れるかと脅しと質問の意味を加えて言葉を発しようしたが、娘の正直な告白に折れることになった。

 

「――本当にもう1銅貨も持っていない。昨日あの家の執事に全て渡してしまった」

「くっ!?」

 

 潮時だ。あの家から使用人がいなくなる。貨幣としての回収はここまでだろう。この娘が稼いで家に入れることはもう無いのだから。

 

「……わかり、ました。最後に……どういうことだ? 俺がお前をどうにかするとは思わなかったのか? それとも出来ないと踏んでの事か?」

 

 下手に出る言葉はお終い。娘の冷静な態度と、自身が手に握る汗に苛立ち、己の勘を否定するかのように疑問を呈する。

 

「――私にかかわらない方がいい。本当に後悔することになる」

「!?」

 

 まるで女神のような慈愛の籠った瞳。よく見れば乾いて間もない涙の跡が見て取れる。

 

 あぁ、この娘はもうすでに自分を売り払っているのだと察する。貴族……それも飛び切り質の悪い輩か、誰も手を出せない程の者かは知れないが、よくよく見れば()()()()()()()()()()()()小刻みに震えているのに気付いてしまう。

 自分は完全に出遅れたのだろう。思えば商売として考えれば確かにこの娘は女神だった。多少名残惜しくはあるがそれ以上は何も言わずこの宿を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――もう、限界」

 

「え? アルシェ顔が真っ青よ!?」

「おいおい!? 今の男にしても言葉を挟む余地が無かったけどなんだってんだいったい」

「それよりアルシェさんにお水を」

 

 急に力が抜けてしゃがみ込むアルシェ。急いで水を渡そうとしたロバーデイクの器を受け止めたのは、突如虚空より現れたアルシェの手を握る小さな愛らしい幼女だった。

 あまりにも唐突な出現に声を上げるより時を止めてしまうフォーサイトの一同。そしてまた別方向の誰もいなかったはずの場所から二人の男女の声がかかる。

 

「グリム護衛ありがとう。ちょっとアルシェさんギリギリだからこっちおいで」

「それにしてもずいぶん頭のいい男でしたわね。予定が狂いましたわ」

 

 柔らかな笑みで幼女を抱き上げる青年。帝国の騎士姿で現れる絶世の美女。モモンガとレイナースが不可視化を解いて現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりアルシェはレイナースさ、様の元にいるわけですか?」

「本当に一文無しになって戻って来るとは思っていませんでしたが、使用人の賃金を払うためとの答えは逆に好感が持てましたよ。聴けば糞じじ……フールーダ様に師事していたようですし、学院に戻らせて最終的には国の役人になるのが最良と判断しましたの。勿論強要ではないわよ?」

 

 イミーナの詰問に涼しい顔で答えるレイナース。当事者であるアルシェはグリムが現れた瞬間に気絶しカウンター席に寝かされている。

 

 本来の計画としてはアルシェを泳がせ、予想ではあるけれども借金取りがアルシェを借金奴隷として扱うのを待ってから証拠を押さえ捕える予定だったのだ。

 さらにはその違法な契約を交わした両親も処罰の対象になり投獄及び家屋の接収まで頭にあったレイナースにとっては肩透かしな展開でもあったりする。

 多分この後あの男は屋敷以外の接収に当たるのだろう。それで十分に金貨300枚の回収は出来るがその後だ。金貨数千枚はくだらない屋敷がどうなるかはあの夫妻次第と言えるだろう。

 

「あなたたちのチームから抜けるように言ったのは私よ。まさかあなたたちは私に子守をさせてワーカー家業を続けさせようなんて言わないわよね?」

「そ、それは……」

 

 はっきり言って失礼な口調で問いかけてしまったが、どう考えてもこれはアルシェにとっては素晴らしい好機なのではないかと思うものの、まるで大事な妹を取られたかのようにそれを受け入れられない。

 いや、受け入れてはいるのだがそれを信じてしまった時点で二の句が告げられないでいるのだ。自分たちが何の力にもなれなかったことを悔やんでしまう。

 

「へぇ~グリムちゃんて言うのか。アルシェのアレは……つまりこの娘ってことか? モモンガさん」

「グリムゲルデ!」

「そうですね。私だけでも良かったんですが仲間がそれを許さなくってグリムを連れてきてしまいました。他の仲間でもよかったんですけど色々ありましてね」

「この幼女も……信じられませんがなんというか神の息吹を感じられますね」

 

 和やかに語り合うヘッケランたちを片隅にイミーナは最後の言葉をレイナースに告げる。

 

「アルシェは……幸せになれますか?」

「四騎士が一人レイナース・ロックブルズの名に懸けて誓います。最善を尽くすと」

 

 それではあまりに言葉が足りない。それでもその言葉の力強さに納得もしてしまう。

 

 

 その日ワーカーチーム『フォーサイト』はチームの大切な妹である魔法詠唱者を笑顔で送り出すことに決めたのだった。




がっつり風邪ひいてました。すまんのw

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