帝都アーウィンタールの皇城。その一室で次回の戦争に対する会議が行なわれているのだが、皇帝ジルクニフの顔色はすぐれない。まるで意味のない足枷に鉄球をはめられた老人と、涼やかに微笑む美しい女騎士を眺めながら頭を悩ますばかりだ。
遅れて戻ってきたレイナースと同道した近衛からフールーダの犯した狂気的な行動は報告を受けている。曰く幼女に這い寄り足を嘗め回そうとし、心に消せないトラウマを生み出すところだったと。
国の重鎮であり自身も『じい』と慕うフールーダに限ってそんなことをするはずがあるものかと尋ねてみれば、悪びれもせず女神を前に地にひれ伏し足を舐めて忠誠を誓うことに何の問題があるのだとのたまう始末。
もう完全にアウトだった。
ただこのイカレタ老人を信頼していないわけではなく、その10にも満たない愛らしい幼女が第八位階の魔法を使えるというのは本当なのだろう(願望)。
そして今はいつもの帝国騎士の恰好をしているレイナースも問題だ。白と黒のメイド服のような美しいドレスを纏った姿には驚いたものだが、髪をかき上げて笑う呪いの解かれた素顔を見て度肝を抜かれたものだ。
『別に何も隠し立てすることは無いと言われておりますのでお話ししますが……あの方々の不利益になるようなことは一切するつもりはありませんわ』
その不利益というのがカルネ村を調査したり特にフールーダを二度とあの村に行かせないという至極普通な要望でもあったため、彼の者たちと面識を持ったレイナースのとある
幼女の姉である美しい神官を紹介され呪いを解いてもらうことになったが叶わず、そこから彼女たちの主を紹介されることになったこと。
魔法の暗闇を抜けた先は多分王国の王都にある屋敷。聞けば答えてくれたのであろうが驚きの連続で最後まで聞くことは無く、蒼薔薇のラキュースに会った事からの予想らしい。
そしてそこにいた四人とラキュースの尽力により解呪に成功したのだと。
第八位階を使える幼女に姉の神官。馬車で七日以上かかる距離を転移でつないだ男性と呪いを解いた者たち。それに解呪で落ちてしまった力を取り戻すために、圧倒的に格上の女騎士たちに指導を受けさせてもらったと。
このドレスは一番お世話になった方に戻るまで心配だからと借り受けただけで、帝国においでの際にお返しすることになっていますなどと嬉しそうに微笑み裾をつまむそれは、難度60程度の魔物(シャルティアの眷属)に何度噛まれても傷つくことは無かったそうだ。
もう色々と訳が分からず勘弁してほしかった。
驚いたことに元より忠誠心が低いレイナースが四騎士を抜けてその者たちに流れることが無かった事に安堵するも、今もその不安はぬぐえない。とにかくフールーダの行動だけが悔やまれるが、それが無ければ彼女が面識を持つことも無かったわけで、ゴミを見るような眼で老人を見ている点を除けば快挙であり、事前にそれだけの情報を得られたのは大きい。
詳細不明であるが
戦争が始まる前にその動向が知りたくて会っておきたい謎の一団であるけれど現状訪れるまで待つ以外に方法は無いかと眉を顰めていると、視界の隅でレイナースが耳に手を宛て歓喜の笑みを浮かべるのが見えたのだった。
「陛下。私の恩人が城下に訪れたようでございます。要望通りしばらくお暇を頂かせてもらいますわ」
●
「もし男だったら殺してしまいそうだけどな、ははっ」
「そんなわけないでありんすよ」
「こんな種族もいるのね。ふわふわだわ」
一人のラビットマンの心境は他所にシャルティアはそのメイドに抱えられるように座り、挟むようにアルベドとペロロンチーノが興味深そうに眺めている。
それに相対するように座るモモンガは微笑まし気に見ていたが、オスクと自己紹介を済ませ、何故か脂汗を浮かべる彼から相談を受けている。
フォーサイトの面々は何やら別口の問題が出来たらしく先ほどの衝立の裏に籠っている。まだまともな会話すらしておらず知人の領域を出ないが、漆黒の剣に通じる気持ちのいい連中であったため、モモンガは友人になれないかななんて考えていたり。
「本題は表にいた女騎士についてなのですが……ここへ来てこの状況に混乱しておりましてね、少しお待ちください」
この方々もなのかとぶつぶつ呟きながら頭を抱えるオスクに、時間がかかりそうだと感じたモモンガは丁度いいかとばかりにレイナースに一応の到着を伝えることにした。
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「なんだってレイナースさん?」
「あはは、すぐ来るそうです……悪いなと思ったんですがすごい嬉しそうでいて有無を言わさぬ感じでして」
「なんでかシャルティアに懐いていたわよね」
「あれでなかなか可愛いのでありんすよ。弱い者ではありんしたが一ミリと二ミリの違いを感じられて、育て甲斐がありんした」
確かに殺したのも育てなおしたのもほとんどシャルティアなわけで、変わった形ではあるが仲が良いなら嬉しい事だとモモンガが思っていると、隣で頭を抱えていたオスクがガバリと頭を上げたのだった。
「あの……失礼ながらそのレイナースという方は四騎士のレイナース・ロックブルズ様でしょうか?」
「あぁ知り合いでしたか? ちょっと縁がありましてね」
よく見れば目の前の四騎士を弱い者と断言した少女を抱えることになった首狩り兎の毛は総毛立ち、他の者にはわからないであろうが瞳が助けを求めるようにパチクリと合図を送っていたりする。
首狩り兎の四騎士に対する評価は『やばい』だ。もうこの者達が強者であることは確定したも同然であるのだが、そもそもここまで追いかけてきた目的が武王の対戦者を探していたわけではなく『華のある興業』のヒントになればとの思いからだ。
後々の為にも腹を割って懇意にもなっておきたい。そんな思いを込めてオスクは『首狩り兎の性別』以外全てをさらけ出し、教えを請う事にしたのだった。
「闘技場のプロモーターですか……出場するとかいう話なら即断っていましたけど、私こういう話結構好きなんですよ」
「華ねぇ……そこでガガーランが出てくるのは分からないけど、それで女騎士に目を付けるのは分る気がするよ」
「な、なんと!? ガガーラン様とも懇意だったとは……私は童貞でも
「こいつヤベーでありんす」
「……さらっとカミングアウトしたわね。人間て意外にすごいのね」
モモンガたちをドン引きさせるオスク。屈強な漢たちが好きだとの意味合いが少し変わってきてしまうものの、変態として負けてはいられないとばかりにペロロンチーノが体験談と共にこんな闘いはどうだろうと提案していく。
「おぉ! 泥んこレスリングにヌルヌル大相撲ですか! 一体それはどんな!」
ノリノリで語るペロロンチーノであったが時間切れ。チリンと扉のベルが鳴り、レイナースが満面の笑みを浮かべて現れたのだった。
●
「ペロロンチーノさん、最後に言っていた『ラキュースVSレイナース』とはなんでございますの?」
「い、いやどっちが強いのかなーなんて。あはは」
オスクとフォーサイトの面々に一応の挨拶を済ませ一行は王都一等地にあると聞いていたレイナースの邸宅へ。皇城が見える距離とは言えどれだけ急いでくれば徒歩でここまで来れたのかと驚くものの、彼女も馬車に乗せ久々の再会を楽しみながら会話を楽しむ。
「ビキニアーマーでヌルヌルになりながら……なるほど、なるほどでありんす。二人なら確かに興味深いでありんす」
「シャルティア!? あっ! ちょっと止めてくれブリュンヒルデ!」
この対戦は熱いだろうと饒舌に語っていたペロロンチーノであっても面と向かって本人に尋ねられては言葉を濁すと言うもので、馬車の窓から見える景色に視線を逸らすも興味深いものを見つけてしまう。
「うわぁ! お馬さんおーきい!」
「うわぁ! きしさまスゴーイ!」
屋敷の門扉をつかみながら誰かを待っているのだろうか。双子の愛らしい幼女を目ざとく見つけてしまうロリコンは流石とも言える。
「ここは……フルト家でしたか。まだ居座っていられるなんてどれだけ残された資産があったのかしら」
レイナースが呟くその家名に既視感を覚えるモモンガたちであったが、ペロロンチーノは構わず馬車の扉を開けてその幼女たちに相対するのであった。
「よーっしゃ! わしゃわしゃぁ~、かーわいいなぁ!」
「きぁー♪ くすぐったーい!」
「きぁー♪ お姉さまみたいに硬ーい!」
躊躇なく頭を撫でまくるペロロンチーノにされるがままの幼女たち。イケメンな少年であるがゆえなのか傍から見れば微笑ましい光景だ。
「ペロロンチーノさんなにが硬いんですか!? アルベド! いざとなったらスキルを使ってでも止めろ!」
「え!? はっ、はい!」
「モモンガ様声が魔王モードでありんすよ!? た、たぶん大丈夫でありんすから!」
「モモンガさん酷くね!?」
ただ一人数年間にわたり友誼を交わし、その性癖の殆どを知るモモンガは気が気じゃなかったりしていたものの、大好きな姉のように硬い手だと思ったそうで安堵の息を吐いていたり。
「この匂いは……うーんアレの匂いが強烈すぎたからなあ……そういえば目元がアルシェに似てるな。当たりか?」
女性に対してのみ発動するのだろうか、その尋常じゃない嗅覚はここでも発揮されたのだが、片方の幼女の頭の上で深呼吸するその姿はギリギリアウトだったりする。
「アルベド! シャルティア!」
「はっ!」
「了解でありんす!」
「待て待て待て!?」
一応幼女たちの「お姉さまの名前!」「あたりー!」という声によりスプラッタなものを見せずに済んだのは幸いだったり。
書籍が付箋だらけになりますw