鳥ウナギ骨ゴリラ   作:きりP

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30 ごちうさ

 バハルス帝国が誇る帝都アーウィンタール。その大通りを歩くオスクは護衛である従者のお尻から飛び出す丸い尻尾を見ながら不機嫌な表情で考え事をしていた。

 オスクは帝都闘技場では最も力のある興行主だ。自身の趣味と愛情をこれでもかと注ぎ込み手塩にかけて育てた……いや、育てさせてもらった武王ゴ・ギンに絶対の自信を持っており、自身の興行にも間違いは無く、熱い漢達の胸躍る闘いに観客たちも熱狂してくれていると肌で感じていたはずだった。

 ただ先ほどの興行主たちの会合で、ある男から言われた言葉に腹を立てつつも、それを無視することも無く別視点で考えることが出来る彼はやはり一流の商人でもあった。

 

『お前らの興行には華が無い』

 

 闘技場と言っても年中闘いだけを行っているわけではない。大人数を収容できるあの場所では定期的にだが『皇帝による演説会』『帝国騎士の演武披露』『古物商、古武具商によるバザー』変わり種としては『合唱祭』『ファッションショー』なんてものも一年に一度くらいは行われていたりする。

 酔っぱらった男の戯言だと吐き捨ててもいいのだが、男くさい興行とは無縁の興行を行い成功させている彼の意見は一理あるかもしれないと。

 

 華と言えば思い出すのは蒼薔薇の戦士ガガーランだ。一度お会いした時には何故自分は童貞ではなかったのだと血の涙を流して悔しがったものだが、確かに彼女を闘技場に呼べるのなら盛り上がることは確実だろう。

 だが彼女は隣国の最上位の冒険者だ。そんな絵空事より目の前のメイド服に身を包むラビットマンならどうだろうと女装した彼の尻尾を見ながら考えているのだが、そんなことを言い出したら護衛契約を解除されてしまうだろう。

 

 やはり武王は美しい華だ。己の興行に間違いは無いと顔を上げ迷いを断ち切ろうとしていると前方からやってきた馬車の御者席に一瞬目を奪われてしまう。一般的には絶世の美女たちであるのだろうが、その薄すぎる体躯はオスクになんの性的興奮も与えてはくれない。

 ただ戦士としての面構えと精巧な武具のきらめきに棒立ちになってしまったのだが、自身に倒れ掛かってくる腰が抜けたかのような護衛を慌てて抱き受け驚きの声を上げる。

 

「ど、どうした首狩り兎!? まさか今の御者……いや女騎士たちか?」

 

 この兎獣人である彼はこんな格好をしてはいるけれど冒険者で言えばオリハルコン級は確実な戦士であり暗殺者だ。経験から来る特技として相手の強さを見抜く才能を持っているのだが、ここまで護衛の立場を忘れ狼狽した彼を見たのは初めてだった。

 

「超級にやばい……女騎士なのか馬なのか馬車の中なのか……わからないけど気持ちが悪い」

「馬も!?」

 

 これは一大事だと思うもののしなだれかかってくる彼を抱き受けながら、その硬いまんまるな手をさわさわと撫でているオスクは超一流の変態だったりもする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、木組みの家と石畳の街だ……ペロロンチーノさん心がぴょんぴょんしてきますねっ!」

「ゴフッ!? も、モモンガさん絶好調だな!?」

 

「あ、アルベド! ウサギが歩いているでありんす!」

「それはウサギだって歩くわよ……どれ? メイド服着てる!?」

 

 帝都を行くそんな馬車の中はいつも以上のハイテンションで大騒ぎだった。

 

 今度こそ旅を楽しむぞと意気込む一行がバハルス帝国に到着するまで、王都のガゼフ邸を出てから一カ月以上かかっていたりする。

 無論ずっと馬車の旅をしていたのではなく王都を出たところでカルネ村に転移していたのだが、ンフィーレアの家を建てる手伝いのため、村とエ・ランテルを往復したりと大忙しであったのだ。

 最終的には自分たちの家も建てるのだが、施工方法など知らないずぶな素人であるモモンガたちにそんな家が建てられるはずも無く、経験を積むための手伝いとも言える。

 土木組合で設計図を書いてもらったり、生木の乾燥魔法なんてものを見せてもらったりとそれはそれで楽しく興味深い時間を過ごしていたのだが、建設に入るまではたとえ魔法と言えども、もう少し時間を置いて良い木材に仕上げないといけないらしい。

 

 そんなこんなで新婚旅行再開とばかりにエ・ランテルから街道を使い、一週間ほどかけて帝都までやってきたのだった。

 

「とにかくまずは宿ですね」

「そうだな、レイナースさんに連絡を忘れていたのは失敗だったけど、いきなりお世話になるのも失礼だしな」

 

 今回は野盗などに襲われることも無く、念願だったキャンプやバーベキュー。青空を見上げてのプレイ(?)などで大変盛り上がってしまい、帝国に入ったところでやっとレイナースの存在を思い出したのだった。

 

「ご主人様。食事が美味しい宿を道行く騎士に尋ねたところ、最高級の宿があるけれども紹介が必要らしいのです」

「他には『歌う林檎亭』ってのが近くにあるって。ワーカー? ってのが多いけどご飯は美味しいらしいよー」

 

 小窓から聞こえる御者二人の言葉に「じゃぁそこで」と即答し、新たな土地と出会いに胸を弾ませる四人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事は大変美味しいものだった。店名と林檎にあまり関係は無いそうなのだが「リンゴは無いのかな?」なんて言葉に店主が気を利かせて焼いてくれた林檎のパイも絶品であった。考えてみれば甘味の類はフルーツを除けば初めてだったかもしれない。

 

「このアイスマキャティアってのも初めて飲みましたが美味しいよ。アルベドちょっとそっちも飲ませてよ」

「こちらは後味が少し甘すぎると思いますが、うふふ。それでは交換で」

 

「これはどこかで嗅いだ香りが……あぁ! おばあに貰ったハーブでありんす。こんな味になるのでありんすね」

「おぉ! それは楽しみだな。甘味に合いそうだし今度はお菓子の類も探してみようか」

 

 カウンター席に座る屈強な神官のような恰好をした男と、こちらの女性陣をチラ見しては何かを熱く語っている男を除けば静かなもので、食後の飲み物を頂きつつゆったりとした心地よい時間が流れていた。

 

 

 そう、本当に食事を終えた後で良かったと。

 

 

 宿の扉に付いていた鈴がチリンと鳴り、耳の長さが少し特徴的なほっそりとした女性が入ってきたまではよかったのだが、その後ろを歩いていたローブを着込んだ少女が入店したとともに倒れこんだのだ。

 

「――おげぇぇぇぇ!」

 

 途端あたりに酸っぱいような何とも言えない匂いが漂う。それに気づいて汚れるのも構わずしゃがみ込み介抱しようとする女性に感心するものの、あまりの展開にモモンガたちは口をぽっかりと開けて見つめることしかできない。

 

「ど、どうしたのアルシェ!? ヘッケラン水をお願い!」

「お、おう! オヤジすまんコップに水を貰えるか? ロバーはアルシェを頼む」

「は、はい。ですが怪我でも無さそうですし神官として何をしたら」

 

 どうやらこの四人は知り合いというよりかは仲間であるようなのだが、そのアルシェと呼ばれた少女が苦し気に涙を浮かべて見つめるのはモモンガたちであった。

 

「化け――おぇぇええ! 逃げて! みんな逃げてぇ!!」

「これは……<獅子の如き心(ライオンズ・ハート)>!」

 

 多分に恐慌状態であると思われたのだろう。ロバーと呼ばれる神官が魔法を放つと、その少女は一応の落ち着きを保つことが出来た。

 

「――あなたは、な、何者?」

「いや、アルシェ。戦闘中とかならわかるけど、ただ食事をとっているだけのお客さんにそれは失礼よ?」

 

 女性に背中を撫でられながら咎められるものの、ぷるぷると震える指先で示し、恐怖の表情で見つめるのはモモンガ()()ではなく、モモンガその人だったりする。

 

「え、えっと、大丈夫ですか? 店員さんすいません! おしぼりと雑巾をお願いします!」

「窓も開けるぞ? 俺らしかいなくてよかったなあ。飲食店でこれは致命的だからな」

 

 よくわからない展開であるものの良識的に対処しようとするモモンガたちの中身は、見た目とは違いやはり大人であるのだろう。

 女性陣も失礼な娘だとは思ったものの、さすがにこの展開に至る理由が理解できず咎める言葉を出さずに見守っていたりする。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

「看破の魔眼ですか……私どんなふうに見えてるんです?」

「――あ、あの、目の前に大きな光の柱が立ち上っていて、しょ、正直お顔もまともに見れていません」

 

「そりゃ辛いわ。酷い奴だなモモンガさんは」

「まぁモモンガ様は太陽のような御方でありますからね。そういうことなら致し方ありません」

「ペロロンチーノ様、アルベド……まぁいいでありんすけどモモンガ様。また吐かれても困りんすし指輪を付けた方がよろしいのではありんせんか?」

 

 一人カウンター席で震える少女が不憫であるが何もできない。とにかく会話をしなければ進まないと、かなり離れた距離で聞きづらくもあるが、その原因が本当にモモンガにあった事に驚いてしまう。

 シャルティアの言葉に最近は指輪をほとんどしていなかったことを思い出し『隠蔽の指輪』を身に着けることでようやくまともに話が出来るようになったのだった。

 

 場所を移して敷居で覆われた奥まった所にあるテーブル席に腰掛ける一同。ワーカーチームのリーダーであるヘッケランが、お詫びと称した奢りの酒を注ぎ簡単な自己紹介を終える。

 

「確かになんか空気が軽くなった感はあるけど……元から威圧感なんて無かったし、アルシェ本当なの?」

「――力の桁が違う。お願いですからそのアクセサリーは外さないでいただきたい」

 

「え、えぇ分かりました。それにしてもタレントですか……パッシブで発動してるなんてスゴイですね」

「ンフィーとかもスゴイからな。他にどんなのがあるんだろ」

 

 あなたが一番スゴイんだってと呆れるアルシェではあったが、その能力を十分に知っているフォーサイトのメンバーが首をかしげてしまうのも分かると言うもの。

 高貴な衣装を着ているとはいえ、今は全く普通の人にしか見えないのだから。

 

「彼のフールーダ・パラダインと同等という事でしょうか? それにしても冒険者にもワーカーにも見えませんがあなたたちは一体……」

 

 小さい声で「それ以上」なんて聞こえもしたが、チームの神官であるロバーデイクは女性たちの方を少し気にしながらもそんな声を漏らす。

 

「旅の一般人です」

「それに無職だな……これはどうにかせんとなぁ」

「妻です」

「妻でありんす」

 

 さすがにその成りでそれは無いだろうと思うフォーサイトのメンバーであったが、悪びれもせず答える四人の表情に嘘は無かったり。

 

「なんだよぉ……人妻だったの、イテッ!? ツネるなってイミーナ! わ、悪かったって」

「フンッ……でもこの美貌じゃ仕方ないか。ホント綺麗よね、って何か聞こえない?」

 

 それは二人の男の声ではあったが、一人は明らかにこちらに聞かせるように一部分を大きくしてしゃべる声であった。

 

「いえいえオスクさんと争う気は御座いません。私は日を改めますが『フルト家の娘がいましたら期限は近い』と伝えて頂ければ幸いでございます」

 

 聞こえる声にまたもや首をかしげる一同であったが、一人アルシェだけはまるで先ほどまで……というほどでもないが顔を蒼褪めさせて頭を抱えている。

 

 衝立を叩く音が聞こえ、近くにいたアルベドとシャルティアがそれを動かし覗き込むように立ち上がると、姿が見えた兎頭のメイドがひっくり返るのが見えたのだった。

 

「あれ? もしかしてここ本当に」

「うーん……否定する要素が無いな」

 

 何故かモモンガとペロロンチーノの顔が輝いたりもしているが、結局はどこへ行ってもトラブルに巻き込まれる体質であるらしい。 

 

 




毎度書いたことが無い人が出てくると大変ね。でも帝国は一度書いてみたかったので楽しかったりするw

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