「ストロノーフ様!」
「おぉ、クライム。お前も班長を……アングラウス? ブレイン・アングラウスなのか?」
「よぉガゼフ・ストロノーフ。こんな形で再会するとは思わなかったが息災のようだな」
今回襲撃する八本指の拠点は八か所だったのだが、一週間ほど前に散歩でもするかのように潰された拠点が除かれたため、蒼の薔薇、ガゼフ・ストロノーフ、そしてクライムの七名を班長にして、同時に七つの拠点の制圧にあたることになった。
集合場所で待機中だったクライムがガゼフに声をかけたのはモモンガから『早く帰ってきてくださいよ』との伝言を伝える為だったのだが、それを皮切りにあれよあれよと有名どころが集まり何故か討論会のようになってしまう。
「正直肌で感じる強さは今でも御者のブリュンヒルデさんだと思ってるんだけど……私はシャルティアさんが一番だと思うわ」
「ふむ……全員が彼らと既知であったのには驚いたがあの色白の華奢な娘か。とてもそのようには見えなかったが、私はモモンガ殿を推そう。深くは話せないが戦う時の覚悟は相当なものだったぞ」
「お前らは一度でも相対したことがあるのか? ペロなんとかと呼ばれてたあの少年が最強に決まってるだろうが」
誰かしらどこかで関わった風変わりな四人組。その素性はほとんど知れないが、六腕を倒したその力量から誰が一番強いのかなんて話題で盛り上がってしまう。
「あー……でも御者ってあの女騎士だろ? 三姉妹なのか知らんが三女はやべーぞあれ」
「……アングラウスさん九姉妹よ」
「嘘だろ!? 変態がそんなに……いや違う、そいつらも強いのか?」
(九姉妹? あの女騎士たちか……召喚魔法とは告げていないのだろうか)
ガゼフ・ストロノーフ、ブレイン・アングラウス、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。人間種の世界で最高峰の力を持つ三人が接触した経緯はさまざまであり、それぞれに違った断片的な情報しか与えられていないのではあるが、その底知れぬ実力に思うところがあるのだろう。
「イビルアイ、なんか知ってるんだろ? 俺っちに教えてくれよ」
「……どうにもならんことを教えるつもりは無いさ」
一人その実力の全容を知るイビルアイは仮面の下のハイライトの消えた目で強者たちの語らいを見つめる。気楽なものだなあと。
それでもあの者たちだからこそ救えた命もある。カルネ村と呼ばれる村人たちや裏娼館の娼婦たちのみならず、我々が知らないだけで他の多くの人たちが救われていたとしても不思議ではない。
ただこの場に彼らがいないことに安堵もしていた。あれらの力はたやすく振るわれていいものではない。振るう機会を作ってはいけないのだと。
クライムの行動を見過ごしはしたが、嬉々として戦闘に参加しようとする輩ではないと再確認できたのは僥倖だった。
「でもアルベドさんだけ謎なのよね。
「女二人もそれなりの強者だろ。一人は第三位階の使い手だし、もう一人は……そこの双子のような恰好だったが剣士なんじゃないか?」
「!? すまない用事が出来た」
「ティア!? 待ちなさい!」
出発前から班長の一人が飛び出していくトラブルもあったがこの日の夜、八本指の拠点はすべて制圧された。
ただ予想されていたことだが、数名の部門長や幹部は逃げ出しており拠点がもぬけの殻だった場所さえあったほどだ。
モモンガたちが悪いわけではないが六腕が消えてから一週間も経っており、警戒されて当然ではあるのだがこれでも拠点を変えられる前に出来た最速のタイミングだったのだ。
消化不良なところはあったものの、以降八本指の名前だけは王国では過去のものになっていくことになる……。
●
いつもの場所のいつもの時間。天使たちを呼び出したモモンガは連れだってテントの方に歩いて行く。今日のご主人さまは何故首輪をしているのだろうと首をかしげる天使たちだったがモモンガはそれに気づいていなかったり。
途中村の倉庫へ寄り例の看護師の姿を見せてもらおうと思っていたのだが、漆黒の剣のメンバーを確認して足を止めた。
挨拶を交わし話すのはそろそろエ・ランテルに戻らなければならないといったこと。考えてみればあれから10日ほど経っている。王都から帰還したと辻褄を合わせるには確かにそれがいいと納得するのだが、問題はニニャとその姉ツアレに関することだった。
「みんなにもここに住むように勧められたんですけど、姉さんはみんなと一緒に行きなさいって。僕は……」
「なるほど……お姉さんが心配だよな」
漆黒の剣を抜けて姉と一緒にこの村で暮らす。それを優しい仲間たちが推してくれるけれどその仲間も大切であるのだ。どちらとも一緒にありたいと思ってしまうのは我儘ではないだろう。
それに試験をクリアしたとはいえ少人数チームの中から魔法詠唱者が抜けてしまえば金級を剥奪されるおそれもあるかもしれない。
「私にはどれが正解かわからない。ただツアレさんは……いや村の住人に危害を加えるものがいれば私たちがいる限り全力で守ることを約束するよ」
モモンガの後ろで微笑み頷く美しい天使たち一人一人の強さは一騎当千。裏娼館でそれを目の当たりにした彼らにとってもこれほど頼もしい守護者は存在しないだろう。
「これは私たちにも言えることなんですけど、今の所はツアレさんを含む彼女たちに選択肢を増やして上げられればなと思っています。それにあなたたちも金級で済む器なんですか? もっと上の階級に上がれば調整役……マネージメント役の仲間が増えてもいいんじゃないですか?」
「それって」
「あぁ! なるほどそんな選択肢もありますね!」
「まぁ確かに俺たちがここで終わるわけがないっつーか当然だろ」
「ははっ。ツアレ殿の未来を勝手に決めてしまうのも失礼であるが楽しそうであるな。もしかしたら同じ魔法の才があってもおかしくは無いのであるし」
後に第二位階魔法詠唱者を新たに加えた漆黒の剣が白金級に昇格したりもするのだが、それはまた別のお話である。
…………
……
…
「ふぁっ!? あっ! ペロロンチーノさんか驚かせないでくださいよ……ってかなんでプリキュアの衣装着てるの?」
「いやぁ俺どっちかって言えばSだと思ってたんだけどMもいけるわ。あとモモンガさんも首輪着けっぱなしだからな」
「あっ!?」
ニニャ達との相談も済ませテントに戻ってきたモモンガ。テーブル席に座る知らない魔法少女に驚くも、晒された二の腕がムキムキで、腹筋がバッキバキに割れているのが怖すぎた。よくよく見れば着け毛かなにかで長髪になっているもののペロロンチーノだとわかり対面するように腰掛けるのだが、美少年であるがゆえに似合ってしまうその姿に驚いてしまう。
肉体から目を逸らせればだが。
「嫁の要望は全力で応える主義だからな。新たな扉が開きそうで怖かったけどスゴイ経験値が増えた気がする。まあ気がするだけだけど!」
「あはは、いやぁでも女装もいけますね。変装のパターンとしてはありかなってくらい首から上は可愛いですけどその衣装は無しかなあ。メイド服とか素肌を晒さないような衣装じゃないと筋肉質すぎて張り倒しそうになりましたよ」
朝食をテントのキッチンで用意していた女性二人も満面の笑顔で席に座り話に加わる。
「ふふっ、ペロロンチーノ様をあまり困らせてはダメよ。でも私も初めて征服する側に立ったって言うのかしらね。あぁモモンガ様可愛かったわぁ」
「ペロロンチーノ様も負けてないでありんすよ。あの頬を染めて恥じらう表情は……あっヨダレが」
さすがに恥ずかしすぎて早々に話題を転換することにする男性陣。ただ前日に王城に呼ばれたことを鑑みれば今日が八本指討伐の翌日であり、混乱も予想されるため王都観光はしないつもりであった。
「一度戻って長女に留守番を頼んでからエ・ランテルに行きましょうか。心配ですけどさすがに忙しいでしょうし私たちに連絡が来ることは無いと思いますから」
「そういえばそろそろ一か月でございますね。あの衣料店の店主がパーティドレスを進呈すると言っておりましたが頃合いかもしれませんね」
「あー……そんなこともあったなあ。普通の日常なら絶対忘れないんだけど色々ありすぎて忘れてたわ」
「お肉も食べに行きたいでありんす!」
服より肉なのかと笑ってしまうペロロンチーノであったが、よほどあの時食べたステーキが気に入ったのだろう。じゃぁお昼はあの店でなどと予定が決まり、何故か再び前夜のプレイ内容に話が戻ってしまったりするのはご愛敬だったり。
●
エ・ランテルのあの時訪れた服飾店に顔を出すと店員が挙ってやってくる。有無を言わさず店の地下まで引っ張られてくれば小規模な舞台と客席がある部屋に連れ込まれた。
ドレスはすでに完成しておりますので早速着て欲しいと請われ、何故かモモンガたちはオーナーと制作陣らと一緒に観客席へ。アルベドたちも舞台袖へそれぞれ連れ去られて行った。
「正直私共は悩みました……アルベド様の純白のマーメイドドレス。シャルティア様の黒地に赤のボールガウンドレス。身体を先に作ったのかドレスを先に作ったのかと疑うほどにお似合いになられている。これを超えるパーティドレスは容易ではないぞと」
「色々な衣装を着たのを見たけど確かに一番似合ってますね」
「うへへ、嬉しい評価だな。うーんでも確かに難しそうね」
「ならばとアルベド様へ黒のドレス、シャルティア様へ白のドレスという職人からの発言がありましたが……バカを言えと。あの方達ならそんなの当然のようにお持ちだろうと」
「あはは、当たりです」
「何回か着てもらったよな」
「ほう……やはり。出来れば後でそちらも拝見させていただきたく、おっと。準備が出来たようでございます。それでは登場していただきましょう! お二方どうぞ舞台へ!」
舞台の中央に簡素なスポットライトがあたる。舞台袖から押し出されるように飛び出してきたのはアルベドだった。
「……あぁ……そっか。俺たちは思い違いをしていたのかもしれん」
「うわぁ……アイドルみたいだ。可愛いなぁ」
その声が届いているのかいないのか。どうしたらいいのか分からずアワアワしながらもポーズを取る姿にモモンガとペロロンチーノ以外の観客は口をぽっかりと開けて、その美しさに呆然としてしまう。
「……はっ!? し、失礼しました。私共は白や黒といった落ち着いた色が彼女に似合うのは当然とは理解したうえで、違う方向性を模索した結果がこれでございます」
色は薄い青。ごてごてした印象は無くシンプルなそれは膝まで見えるミニドレス。若さを全面に押し出すその衣装はアルベドの普段とは違った姿を見せてくれる。
「考えてみれば18だっけ? それは抜きにしても若い女性なんだよな。お姉さんキャラだけど俺らより全然年下だし……って聞いてないねモモンガさん」
「可愛い……すごい可愛い! 足が長い!」
子供のようにはしゃぐ語彙の少ないモモンガに笑ってしまうペロロンチーノであったが、次に出てきたシャルティアに目が釘付けになる。
「……うっ!? またも見とれてしまい失礼しました。まず頭の大きなリボンの付いたヘッドセット。あれを考慮しなければシャルティア様のボールガウンは古風と言ってもいい色合い。製作者はリボンとトータルで全体のバランスを取っているのだろうと感じました。それほどまでに可愛らしい少女に血のように濃い赤色を着せたかったという執念を感じたのですが、私共はシンプルに提案させていただきました」
こちらの色は淡いピンク。アルベドのドレスほどでは無いものの膝が隠れる程度のミモレ丈。そして特筆すべきは詰め物を外され、肩ひもなしのオフショルダーというよりベアトップにワンポイントのリボン。
首から胸元まで大胆に晒されたそれは、胸がない事など問題ないと言わんばかりに格好良くそして全体として可愛らしく仕上がっていた。
「カジュアルなドレスなんですけどそれでいて子供っぽくない。ペロさんが持たせてるのパットを考慮してるからなのか首筋まで隠れてるのが多いですけど、これもまた新鮮だなあ。あっ……聞いてませんね」
「可憐だぁ……これが見たかったはずなのに俺はなんてことをしてしまったんだ!?」
胸元を気にしながらもポーズを取るシャルティアを見上げながらペロロンチーノは涙を流し絶叫する。シャルティアを制作する際のデザイン発注で頼んだのは『貧乳吸血鬼』だったのだが、出来てきたものは巨乳吸血鬼のイラストだった。
ここで再発注を掛ければよかったのだが、イラスト自体は気に入ってしまったので『貧乳を恥じてパットを何枚も詰め込んでいる』という設定を付け足してしまったのだ。
つまりそれに合わせて他のドレスなども制作したり買い漁っていたおかげで、コスプレ衣装以外のまともなドレスは『巨乳ありき』のドレスしか持っていなかったのだった。
モモンガ、ペロロンチーノ、そしてオーナーと職人たち。全員が涙を流しながら立ち上がる。
そして誰からともなく拍手が始まり割れんばかりの大歓声で、このなんだかよくわからないファッションショーは幕を閉じたのだった。
「これ装備には入らんのでありんすね。防御力も無いので当然でありんすけどペナルティで腐食しなくて良かったでありんす。それにしてもアルベドは印象ががらりと変わりんしたねぇ、可愛いでありんすよ」
「シャルティアも素敵じゃない。人間にもこういったプロがいるとは驚いたわ。でもわざわざ翼を出す穴まで開けているんだけれど……あの職人たちがそれを何とも思っていないのはなんなの?」
本物の美しさの前では常識さえ霞むのか。採寸の時から気になっていたのだが、一本気な職人には亜人種だろうがなんだろうがそれは些細な問題だったようだ。
舞台の上から見える人間たちに少し呆れてしまうが、思わず口元が緩み
あけおめ!