黒粉を生産する村から情報を持ち帰った蒼の薔薇。第三王女ラナーの卓越した知能と知識により、八本指の拠点が判明し『大至急動くことになりそうだ』という伝言を頼まれたクライムは、その任務を果たし次の場所へ向かう。
『ラキュースの提案か? 受けてくれるとは思わんが信頼できる人手が足りんわけか……うーん、ゴブリン退治に竜王を呼ぶようなものだぞ』
その趣を告げた際のイビルアイの言葉が気になったが、娼婦たちを救った義侠心溢れるあの方達ならきっと答えてくださるはずだと思っている。
ただ門の内側にいた美しい女騎士。ブリュンヒルデが言うにはモモンガたちはある方を見送りに出ており、いつ戻ってくるかまではわからないらしい。
作戦が今夜になるかもしれず、自分もすぐにでも城へ戻らなければならないが用件を告げて少しだけ待たせてもらうことにした。
「……以前もいらした方が裏庭で三女と戦闘訓練をしていますよ。その方もあなたと同じく強くなりたいとおっしゃっていましたね」
思わず是非自分も参加させていただきたいですと頼み込んでしまい、何故か首筋をなでられながら案内された場所には一人の男がぶっ倒れていたのだった。
…………
……
…
「なんであの少年はあそこまで立ち向かっていけるんだ……何故心が折れない!」
「うーん……純真な子には三女の挑発は理解できてないんじゃないかしら」
「もっとぉ♪ いいわよもっときなさい♪」
「はぁはぁ、わかりました! せいっ、せいやっ!!」
「どこに打ち込もうと正確に左右の乳首の上を掠っているんだぞ!? 何故気づかない!」
「攻撃が当たるようになって楽しくなってきたんじゃないかしら? さっきまでは片手で弾かれていたし」
そうか、
ちょくちょく長女の解説が入るが彼には剣尖が掠る音しか聞こえない。貪欲なまでに真剣に痴女にぶつかっていく少年を、ある意味俺より強いんじゃないかと認めた瞬間だった。
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「初めて会った時の顔に戻ったじゃないか」
「なんか落ち着きましたね」
「ほっとけ。あー違うか……すまなかったな。もうお前たちを追い掛け回すこともしないし、弟子にしろとも言わないさ」
なにか憑き物が落ちたかのようなブレインと今更ながらに自己紹介を済ませる。最初からこうであったならここまで邪険に扱われることは無かったであろうに。
「お水をありがとうございます。熱中してしまいまして時間の感覚を忘れてしまいました。是非ともまたお手合わせをお願いしたいものです」
三女とクライムがすごい良い笑顔で戦闘訓練(?)を行っていたのに呆気に取られてしまったが、クライムの今後の為にも違う姉妹とチェンジしようと考えるモモンガたちだった。
「それよりクライム君も久しぶりだな。こっちもいろいろあって君の主人に会うどころか観光もままならなくてな、やっと一段落ついたところなんだよ」
「シャルティアたちはもう少ししたら帰って来るかな」
アルベドは師匠とエンリにこちらで作った『肉じゃが』を持っていくんだとか。シャルティアは一緒にいたネムと末っ子にハーブを育てる使命を与えるそうで、丁度そこに居た漆黒の剣のダインを道連れにしていた。なんでもここのお婆さんに『ハーブティに使えるわよ』と苗を貰っていたそうな。
そんな二人の行動にも少しほっこりしていたのだが、クライムのお願いごとに眉を顰めてしまう。
「そうでした、今日はモモンガ様たちに連絡とお願いをしにきたのでした」
連絡というのは『ガゼフ・ストロノーフは私たちが裏娼館を落とした件を知らないのでそのまま秘密にしておいて欲しい』という事。
教えることに何か不都合なことがあるのかと気になったが、王の側近である彼に息子である第一王子をあのような状態にしたモモンガたちの行動を教えるのは拙いと。
愚直で真面目な彼に教えてもさすがに密告することは無いだろうけども、いらぬ葛藤をさせたくないと聞けば納得してしまう。
そしてお願いの件は八本指の拠点が判明したので撲滅に協力してほしいとのこと。出来るならクライムと一緒に王城まで来て欲しいのだとか。
「え? いやですけど」
「行くわけないじゃないか……なんで俺らなんだ?」
「え? いや……その……」
そんな答えが返って来るとは思っていなかったので、頭の隅に追いやっていたがそうだ……どちらに転んでもいいのだけれど、
「この件を知っているザナック第二王子とレエブン候の要望なのだそうですが……」
確かに実際に会ってみたいとは言っていたが……いや別に誰の提案でも構わないが、ここまですっぱりと拒否されてしまったことに驚いてしまう。
「その王子様は勘違いをしていると思うんですよ。別に私たちはこの国を良くするために動いたわけじゃありませんし。ツアレさんにしても……聞いているでしょうけどこっちはそう取られてもおかしくありませんが三女奪還に関しても、知り合いの姉と仲間を救うために動いたにすぎません」
「ぶっちゃけ俺ら戦争どころか戦闘すら本当はやりたくないからな。クライム君の主に会うとは言ったけど面倒事は御免だぞ?」
あのとき裏娼館でペロロンチーノが言っていた言葉を咄嗟に思い出す。『見ちゃったもんなあ……放っておけないけどどうしようもなくて』
あぁそうか、この方たちは善良で類まれなる力はあるけれどもただの一般人であるのだと再認識してしまう。
目の前で助けを叫ぶ人がいたなら彼らは救ってしまうのだろう。降りかかる火の粉があるならそれを払うのだろう。だが決して泥をかぶる義侠心も、見ず知らずの国民を救うことになる愛国心も持ち合わせていないのだ。
訪れたばかりの国外からの旅人であったことを今更ながらに思い出してしまった。
「あ……あぁ、すみません」
「いやクライム君が謝ることじゃないですって。あんだけのことをやっちゃったんだから期待されるのもわかるよ。ただそれって国の衛兵の仕事なんじゃないかなあ? なんで私たちにお鉢が回ってくるのかさっぱりなんだ」
衛兵が八本指に繋がっているかもしれない。だからレエブン候の私兵に協力を仰いでいるのだが、そんな情報を当然モモンガたちは知らないし、国の恥部を晒す知ってほしくは無い情報でもあり人手が足りないのですと答えることが出来ない。
「なあ……俺はこの話聞いてていいのか? まあペラペラしゃべる気は無いが」
「あっ!?」
「聞かれて拙い話でもないんじゃね?」
「私たちにとってはですけどね」
先ほどまで一緒にストロノーフ邸の裏庭で訓練をしていたせいなのか、勝手に部外者ではないと思い込んでいたクライムだったが、許されてはいるもののブレインはただの不法侵入者だったりする。
「ブレイン・アングラウス様と言えばストロノーフ様と互角の戦いをされたという方ですよね? そんな方と一緒に同じ師を持てたのは嬉しくもありますが、出来れば内密にお願いします」
「俺は絶対あの女を師とは認めないけどな!? はぁ……どうだクライム君。そいつらに対しての罪滅ぼしってわけじゃないが俺を雇わないか?」
ペロロンチーノに敗れた時点で自分が弱いと自覚できていたのはある意味良かったのだろう。前回あの女に完全に心を折られず再戦する気力があったおかげで、自分より能力の劣る少年の強さを知ることが出来たのだから。
周辺諸国最強の男に肉薄して敗れたのを悔しく思っていたはずが、いつの間にかそう呼ばれる強さに納得し心のどこかで誇ってすらいたのかもしれない。
「錆落とし……かな? いつの間にか錆びついていたみたいでな。あの女はこりごりだが初心に戻って振るってみたいんだ」
「ぜ、是非お願いします!」
多分いい話なんだろうなあとブレインの独白を聞きつつも、こいつのせいで死んでいった善良な冒険者や商人もいるんだよなあと考えるモモンガとペロロンチーノだったが口には出さない。
命の価値が軽いこの世界で戦闘を生業として生き続けてきた彼らとは根本的に考えが違うのだろうし、それを問いただしても無意味だろう。
連れだって出ていく二人を申し訳なさそうに見送るモモンガとペロロンチーノ。動かないと決めたもう一つの理由に『自分たちが何かすると事が大きくなりすぎてガゼフ・ストロノーフが帰ってこれない』と察していたからだったりするのだが、さすがに言えるはずも無かったり。
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「犯罪シンジケートを潰したらどうなります?」
「二番目が台頭したり残党が新しい組織作っちゃったり……興味ないから詳しくは知らないけどそんな歴史は聞いたことがあるぞ。この国だと可能性は高そうだよな」
夕食をいただきながらリ・エスティーゼ王国の現状を今までの旅で得た情報を元に考察していく。
「税率七割八割当たり前の圧政で革命どころかテロすら起きてないのはモンスターのせいなんですかね?」
「それもあるけど個人の武力の違いもじゃないか? 農民がレベル1で兵士が……例えばレベル5だとしても五倍どころじゃない差があるからな」
アーコロジー内で少なからず環境汚染から護られていた自分たち。城壁の内側でモンスターの脅威から逃れることが出来ていたこの世界の住民。
ある意味似たところもあるが自分たちがいたリアルと同等に考えることは出来ないこの世界。搾取される側は自分たちのように飼いならされていたわけではないのかもしれない。覆せない能力の壁があったり、考えてみれば魔法なんてものがあったりするのだ。
「なるほど……アルベド、この国を良くする方法はあると思うか?」
「上から下まで不正が横行していますからね。それでいて排除しては国政が立ちいかなくなるのでしょう。モモンガ様とペロロンチーノ様が王位に就けば可能でしょうが……望まれない方法では何年かはかかるのではないかと」
「面倒事を背負う為に国の王になるって……罰ゲームみたいでありんすね」
それが当然のように王になれば可能ですなどとのたまうアルベドに苦笑してしまうが、それぐらい突飛な事を為さなければ不可能なほどに難しいのはわかった。
「まあ良い国になるかもしれないし俺たちが考えてもしょうがないな。今はクライム君たちが無事なことを祈ろうぜ」
「ですね。六腕とかいうのもいませんし苦労しないで済むといいんですけど」
難しい話はここまでだと、以降の話題はレイナースは今どこらへんだろうとか、ブレインはクライムを狙ってるんじゃないのかだとか、もうこの家貰っちゃってもいいんじゃないのかなどと二転三転し、いつもの終始笑顔の絶えない家族団欒の光景に戻っていくのだった。
「それでですねレイナースさんのレベル上げを見てて思い出したことがあるんですが、戦闘などは殆どしたことが無いと言っていた第二位階魔法を使える少年を思い出してしまって」
「あー……ンフィー君のことか?」
「そうです。つまり戦闘じゃなくても経験値を得られるんじゃないかなーと」
「私はモモンガ様のおかげでスゴイ経験をいっぱいしていますから、カンストしていなければレベルが上がっていたかもしれませんね。うふふ」
「なるほど……妾もスゴイ経験なら負けていないでありんすよ!」
「……」
「……」
その夜は(経験値増加の)首輪プレイで大いに盛り上がったという。
エンリちゃんとかスゲー経験いっぱいしてるからね、この世界絶対イベント経験値があると思ってますw