鳥ウナギ骨ゴリラ   作:きりP

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26 対価

 呪いが解けたら何をしよう。

 

 まずは髪形を変えてみようか、それなら腰まで伸びてしまった髪をバッサリ切ってしまうのも面白いかもしれない。

 それに合わせて服も新調しようか。ダンスは苦手だったわけじゃないのだから新しいドレスを着て社交界を席巻してやったり……町娘のような恰好で気になっていたお店を巡ってみるのも楽しそうだわ……それから……それから……

 

「ここは……どこでしたっけ……」

 

 薄いカーテン越しに柔らかな光が差し込み夢から覚める。あぁどんな夢でしたっけ……久しぶりにとても楽しい夢をみたような。

 

「あぁ……そういえば結局ここがどこなのか教えてもらっていなかったのですわ……」

 

 上体を起こし立ち上がろうとするものの、少しの違和感を感じてベッドに腰掛ける。まるで厳しい訓練をした翌日のようにやけに身体が重いのだ。

 手の届く距離にあるサイドチェストの上に水差しが置いてあるのが目に入り、少し喉を潤そうかと手を伸ばそうとするのだが、そこに裏返しにされた手鏡を見つけてしまう。

 

「あ……あぁ……」

 

 そうだ、前日の夜左胸に一瞬の痛みを感じこの屋敷の庭で倒れたのだ。すぐに意識を取り戻したけれども身体も頭も上手く働いてくれず、疲労からなのだろうか再び瞳を閉じてしまったのだった。

 ただあの時周りにいた方達が口々にこう言ってくれていたのは覚えている。『成功して良かった』と。

 

「くくっ……なんて顔しているのよレイナース……涙は……ううっ、枯れてしまったのではなくって?」

 

 恐る恐る鏡を手に取り、あえてその部分に触れないように髪をかき上げて覗き込む。あれから何年経ったのだろう。あぁ……私ってこんな顔をしていたんだっけ。

 あとからあとからこぼれてくる涙で視界がぶれて、もっともっとと見ていたいのにそれを邪魔してくるのが憎らしい。

 

 嬉しくて……それでも困ってしまって。そんな涙との熱い格闘は、過去の戦歴を遡ってみても永遠に忘れられない大切な思い出(ベストバウト)になりそうだと感じていたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

「恩を感じるのは分かりますが、また我が身を差し出すとか言い出したら今度は塵にするわよ?」

「アルベド……おんし毎回言っておりんすが考えてみんさい。御方達と致したらこの程度の娘の内臓など一発で破裂するでありんすよ」

「え!?」

「それもそうなのだけれど……」

 

「え? ねぇちょっと待って! 冗談だよな!?」

「そ、そんなわけないじゃないですか……真顔で納得するのやめてアルベド!」

 

 温かい料理を囲んで少し早い昼食の席。何とか起き上がることが出来たレイナースを交えて、いつもの他愛のないやりとりをしながら今後について話し合う。

 

「それにしても……びっくりするくらい可愛らしくなっちゃいましたね」

「シャルティアに合わせたつもりなんだが……怖いくらい似合ってるな」

 

 寝起きの下着姿で涙をぽろぽろ零しながら床に頭を擦り付けんばかりの勢いで礼を言う彼女を女性陣に託したはいいが、身支度を整えて上げたのはわかるのだが何故かゴスロリメイド服に着替えていたりする。

 

「プリキュア衣装が驚くほど似合わなかったのでありんす」

「そうか……なかなか増えないものだな」

 

 何故かペロロンチーノとシャルティアは五人集めることを目標にしているらしい。

 

「こんなかわいい衣装が着れて感激ですわ……また一つ夢が叶いました。本当にありがとうございます」

「あはは、それより礼の件を含めて色々と話しておかなければなりませんね」

「そうだな。対価なんかより断然欲しい情報が手に入りそうだしな」

 

 この身に加え、自宅や自前の装備を売り払い全てを差し出しますと言うレイナースの発言を四人は全力で断った。無論与えられるだけで何も返せないのでは良心の呵責に耐えかねるだろうという思いはありありと伝わっているので、別のことを対価としてお願いしたわけだ。

 

 一つは帝国に観光に行った際の案内役だ。帝国の『四騎士』というのが実際何なのかわかっていない一行だったが、その国の住人なら可能だろうと。

 これについては帝都一等地にある屋敷も宿としてお使いくださいと喜んで了承してくれた。

 

 もう一つが重要なのだがレイナースのレベル上げをモモンガたちが手伝うということだ。

 

 それでは全然対価になりませんわと驚くレイナースであったが、モモンガたちの思惑は自身のレベル上げに必要な情報を得る大事な検証がおこなえることにあった。

 

「えーとレイナースさんは一度死んで大量の……生命力(経験値)を奪われて……難度が15(レベルが5)ほど下がっています」

「う、うーん……難度15というのはわかりませんが酷く弱くなっているとは理解しましたわ」

「そうか。根本的にレベルって概念が無いから名前を変えても伝わらないのか。一応補足としてレイナースさんは難度60くらいのモンスターを倒せるくらいの強さでしたが、今は難度45くらいのモンスターしか倒せない強さだと思ってください」

「なるほど……そんなにも弱く……」

 

「私たちが知っている知識としてはその生命力を上げるのにモンスターを狩る必要がある。冒険者が一般人とは隔絶した強さであることからさほど間違ってはいないと思っています」

「そうですね……幼いころからモンスターを倒していた私は特殊だったのでしょうが、カッツェ平野でアンデッドを間引いている帝国の専業兵士もそう考えれば強くて当然なのでしょうね」

 

 新たな地名の話に興味を持つが、それは後だ。 

 

「それでですね……ここから説明が難しくなるのですが、難度15分の生命力のうちいくつかはカースド・ナイトに割り当てられていたので他の職業(クラス)を取るか、今持っている職業(クラス)が限界ではないなら伸ばす必要があるんです」

「……よくわかりませんが、結局のところ私の強さを取り戻すためのノウハウを知りたいということでしょうか。それでしたら如何様にもこの身をお使いください」

 

「やっぱり伝わらないよな……とにかくしばらくは首輪プレイだからよろしくお願いしますね!」

「へ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 毎度のことながらストロノーフ邸の裏庭ではおかしな光景が繰り広げられていた。目元涼やかな金髪のゴスロリメイドが槍をかまえ、一体の真っ黒な犬を相手に戦闘を行っているのだが、その女性の首元には鎖が垂れ下がった金属製の大きな首輪が嵌められていた。

 

「昨日はもりもり倒してましたけど、今は一体でも拮抗しちゃってますね」

「カースド・ナイトはステータス上昇効果が高いからな。元のレベルに戻っても同じ強さとはいかないかもしれないね」

 

 はっきり言って見られたら通報されてもおかしくは無い光景だが、自分たちも三カ月の間着用していた『取得経験値が増大する首輪』に違和感を覚えていない為、そこまでの発想に至っていない。

 

「シャルティアの眷属に経験値あるかなあ?」

「対モンスターの場合はありましたけど、対人の場合は無効でしたからね。ただそこらへんこの世界で変わっていてもおかしくないと思うんで」

 

 フィールドに出てくるモンスターの召喚や取り巻きと言われるものに経験値はあった。だが対人戦においてプレイヤーの召喚したものには経験値などは無かったのだ。

 養殖を可能にする行いに制限を付けられるのはゲームとしては当然だが、リアルと化したこの世界ではその境界が曖昧である上にフレンドリーファイアも解禁されている。

 

「……俺たちがレベル上がったら職業(クラス)って選択できるのかな? そもそもレベル上がったかどうか知る方法が無いよな」

「レイナースさんには悪いですが、いろんな意味で知りたい情報が得られるといいですね」

 

 この日、生傷を大量に負いながら倒した眷属の数は10にも届かなかったが、次の日にはかなり楽に多くの眷属を倒したレイナースに驚くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「元オリハルコン級冒険者の護衛から報告です。我々で対抗できる者たちではないと……ガゼフ殿と一騎打ちをした方がまだましだとも言っていましたね」

「……それほどかよ、ラナーの言っていた通りか」

 

 先日ラナーからレエブン候に至急の話があると伝えられ、面白そうだと同席したはいいが頭のおかしくなりそうな状況に困惑してしまう第二王子ザナック。兄であるバルブロの完全失脚と言える状況に歓喜していたのに冷水を浴びせられた気分になってしまった。

 なんでも八本指の一人と六腕を捕らえたので拘束に協力してほしいというのだ。その者たちが裏娼館を潰し兄を縛って吊るした張本人であるとも。

 

『お父様が兵を差し向けたら後継者争い以前に国がなくなると思います』

 

 蒼の薔薇や戦士長も懇意にしており下手をすると国がひっくり返る事態になりますねと。違うだろうが……お前が何も言わなければ問題ないではないかと。あいつ国を人質に取りやがった。

 

「それがブラフであろうともラナー殿下に従う……というよりバルブロ王子を解放させないためには口外する必要はありませんからな」

「あいつがペットと暮らせることを条件に俺を王位へ着かせたいというのはわかるんだが、それだけか? うーん……」

「どうかされましたか?」

「いや、ちょっと焦っているように思えてな。引き続き八本指のちょっかいが掛からないように護衛してやってくれ。これ以上動かれると面倒だ」

 

 巻き込んだ理由の一つに、自分への意識を反らし一枚でも多く敵意を向けさせる相手を作ることがあったりするのだが、彼らに暗殺者を仕向けたなんて知らないザナックに理解できるはずも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでした? なにかつかめましたか?」

「ええ、なにかカチリとハマるものがありました。それよりあのお方の強さの底が窺えませんでしたわ」

「レイナースさん戦闘スタイルがブリュンヒルデと似ているからかな。『ワルキューレ』は難しいかもしれないけど『ランサー』とか前衛クラスが取れてるといいな」

 

「ワルキューレなら妾でもよかったでありんすのに」

「私たちでは手加減が難しいでしょう。あの娘は一応指揮役だし宿とは違ってモモンガ様に直接命令されていたから真面目に指導していたわね」

 

 本日も五人で夕食を頂きながら昼間の訓練のことなどを話題に楽し気な空気感。

 なんでもレイナースも夕食作りを手伝ったのだが、その際恐怖候の眷属があらわれたのだそうな。それをあっさり退治した彼女をアルベドとシャルティアは勇者として褒めたたえたらしく少し仲良くなっていたりする。

 

「それと変態の三女からの報告ですが、以前ラキュースさんが連れてきた元冒険者がこの辺りを巡回しているそうです。多分悪い人たちではないと思うので手は出さないように言ってありますが」

「なんだろな? このあたり危険なところがあったりするのかな」

 

 まぁそんなことより今日もすごい美味しいな、帝国風の料理とかあるのか? などとサクッと流される話題でもあるのだが、彼らが八本指の間者を排除しているのは知られていなかったり。

 

「今更だけどレイナースさんは帰らなくても大丈夫なのか? あ、カルネ村においてある馬はあっちの姉妹が世話してるから大丈夫だぞ」

「あ……ありがとうございます。そうですわね、対価を断られたとはいえ職を辞しては皆さまを帝国で迎えることも出来ませんし……まだ若干劣るとはいえ四騎士を外されることも無さそうですわね」

 

「その『四騎士』って『蒼の薔薇』みたいなチームなんでありんすか?」

「……これでも帝国では有名な皇帝直属の四人の騎士の中で、恥ずかしながら最強を誇っていたのですが。知りませんでしたか?」

「あ、あぁ私たち異邦人ですので……なんか偉い人だったんですね」

「すげぇな。俺ら有名人に縁がありすぎだろう……」

 

「……最強って何がでありんすか?」

「……まぁ良かったじゃない。帝国での安全が確認できたと思えば」

 

 女性陣は可哀そうなものを見る目で見ていたが、努力で得た訳ではない力を誇るわけにはいかない男性陣は素直に感心していた。

 

「言ったではありませんか、この身を如何様にもと。あちらはどうにでもなりますし、どうでもいいとすら言えますので皆さまの検証を優先して頂ければ嬉しいですわ」

 

 この一週間後レイナースは当時の力を取り戻して帝国に戻ることになるのだった。少女のように儚げに笑う笑顔の美しいゴスロリメイド服姿は、皇帝のみならず出会ったすべての者たちを驚かせて。

 

 





次の休みは忘年会なので、今年最後の投稿になると思います。それではみなさん良いお年を。

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