「連れてきたでありんす……」
「連れられてきました。ふふっ」
「デカイな……え? えっと名前憶えてなくてスマンが次女だよな? なんで装備が違うんだ?」
先日厄介ごとを片付けて、やっと今日から王都観光が出来るぞなんて考えていたペロロンチーノだったが、早朝から再び厄介ごとが転がり込んできた。
要点だけ言えばとりあえずテーブル席に座ってもらった彼女の呪いを解けばいいのだろうが、経緯がさっぱりわからない。
もうすでに大変なことになっているであろうモモンガの部屋に行くのは嫌なので、とりあえずシャルティアにカルネ村から次女を連れてくるようにお願いしたのだが、連れてきた女性を見て一瞬誰だか分からなかった。
その果実をもぎ取らんばかりに睨みつけるシャルティアが連れてきた看護師が次女らしいのだが。
「次女のゲルヒルデでございます。鎧姿では介助に支障が出るかと着替えさせてもらったのです」
「着替えとかあるんだ?」
「はい。私たち9姉妹それぞれに公募で選ばれた服と水着が備えられています。私のこの看護師の装備は第三アーコロジーにお住まいの、ハンドルネーム死獣天朱雀さん56歳大学教授の応募作品です」
「え!? 死獣天朱雀様でありんすか!?」
「教授ぅうううう!? ええぇえ!? いやいや待て待て。すごい興味があるけどお客様置いてけぼりの話は拙いな。それは今度みんな揃ったら聞かせてもらうよ」
あまりの衝撃的な発言に一瞬我を忘れかけたペロロンチーノであったが、肩身の狭そうなレイナースが視界に入り軌道修正を試みる。正直話の続きを聞きたくてたまらないのであろうに「レイナースさん失礼しました」なんて謝れる彼もやはりモモンガと同じく気配りのできる男なのだろう。
軽く自己紹介を済ませ、次女に会うまでの経緯を聞いてみるとネムや末っ子の恩人であることが分かった。
「幼女は国の宝だからな……ありがとう」
大真面目な顔でレイナースに礼を言う彼は気配りのできるロリコンなのだろう。
「いえ、殺しきることが出来なかったのが残念ですが無事で良かったですわ」
こちらも大真面目な顔で言えてしまう彼女のそれは本心なのだろうが、それはどうなのだろう。
「それで本題なんだが、魔法関連の事はさっきの彼が一番詳しいんだけど、うちの嫁も神官(悪)なんだ。あ……神官で思い出したけどもう一人いたんだった」
リビングから見える階段を見上げ、降りてくる女性を全員が見つめる。疲れがたまっていたのか、眠る暇が無かったのか、飲ませすぎたお酒が強かったのか。
前日歓談中に電池が切れたようにテーブルに突っ伏して眠ってしまった蒼の薔薇のラキュースであった。
●
「その名前は蒼の薔薇の……いえ、もうこの際そんなことはどうでもいいですわ。私いまだにここがどこなのかわかっていませんのですし」
「その名前は四騎士の……いえ、もうこの人たちなんでもありなんだから深く考えちゃダメよね」
自己紹介をしたのち固まっていた二人だったが、何かを諦めたようにガッチリと握手を交わす。何かこの現状などに通じるところがあったようだ。
「ラキュースさんまた厄介ごとみたいなんですが、今日は時間だいじょうぶですか? 出来ればアドバイザーとして少し残っていただきたいのですが」
「アドバイザー……よくわかりませんが私でお役に立てるなら。昨日は本当にごめんなさいね、あの日から裏娼館の資料の検証で寝て居なくて……それでラナーに会いに行って……あなたたちに呼ばれて……はぁ。でも昨日の夕食会が楽しかったのは覚えているわよ」
かなりのハードスケジュールを強いてしまっていたようだが、幸か不幸かたっぷりと睡眠を取れてしまったので笑顔で答えてくれる。
「あはは、そう言っていただけるなら幸いです。知らない仲じゃないようですので進めますが、そちらのレイナースさんが呪いを解いてほしいそうなのですよ」
テーブル席に四人掛け。ペロロンチーノの隣に看護師が座り相対するようにラキュースとレイナースが。巨大な胸を握りつぶさんばかりだったシャルティアはペロロンチーノに抱えられて膝の上で大人しくなっていたりする。
「それで三女が匙を投げたと聞いたんだけど……<
「いえ、行使しましたが効果がありませんでした。『呪いのアイテム』に掛けた場合と同じですね」
「え? どういうことだ?」
「<
「あー……え? いやありがとうシャルティア。でも……え? どういうことだ?」
呪いをかけられたのだからその魔法で解呪できるはずなのに、まるで呪いの武器のようにその本体を解呪できないと。
「……シャルティアさんも聖職者だったのね。アドバイザーってそういう事ですか」
「多くの方に解呪を依頼しましたが……ここまで具体的なことを聞かされたのは初めてですわ。ほ、他に何か気付いたことでも! 私に出来ることならなんでもいたします!」
解呪は叶わなかったが他に道があるのかもしれない。そんな思いを込めて深々と頭を下げるレイナース。はらりと舞う髪が彼女の恥部を見せてしまうが、まず最初に聞いておくべき『どんな呪いなのか』に察しがついてしまった。
試しにもう一度とシャルティアが<
貴族令嬢だった彼女はお茶会なんかより木剣を振るって男の子たちと走り回ることが大好きな、ちょっと変わった少女だった。年を経てもその傾向は変わらず、領内にモンスターがあらわれたと聞けば家宝の槍を引っ掴んで自ら討伐に出かけるような、お転婆姫に育っていた。
もちろん自身も家族もその功績に誇りを持っていたのだが、ある日現れたモンスターに人生を狂わされる。
満身創痍で何とか倒した初めて見るモンスターの死に際の呪いなのだろうか。返り血を浴びた顔の右半分は爛れてしまった。
遅れてやってきた家臣たちに運ばれ治療を受けたのだが、その爛れは汚らしい膿を延々と分泌するものに変えられてしまったのだ。
「波乱万丈だな」
「人に歴史ありですね。私天使ですけど」
「最後に家族や婚約者を嬲り殺したというのが面白かったでありんす」
「……本物の暗黒騎士じゃない」
一人こういった物語が大好きなラキュースであったが、さすがに本人を前にして顔には出さない。趣味の執筆のネタにはするかもしれないが。
そしてラキュースのその一言でシャルティアの脳裏にある考えがよぎる。
「会った時から気にはなっていたのでおりんすが、おんしカースド・ナイトでありんすか? あ……この世界ではわからんのでありんすね」
「カースド・ナイト……初めて聞きましたわ」
「あー……そういうことか。呪いのアイテムになっちゃったわけか」
その表現が正しいのかは分からないが、その戦闘で
「つまり……呪いのアイテムの効果をなくす魔法とかを掛ければ……あったか?」
「妾の知識には無いでありんす」
「天使の知識にもありませんね」
「私も聞いたことが無いわ。神殿の手段としては封印とか破壊とかするのではないかしら……」
その言葉に項垂れるレイナースを見て、頭をポリポリと掻きながら眉を顰めるペロロンチーノ。『破壊』という言葉から
一つ目二つ目は勿論超位魔法<
そして三つ目はカースド・ナイトの
ただ全てにおいて確証がない現状。それを告げるのもどうなのだと思い悩む。
「ペロロンチーノ様……モモンガ様もでありんすがあったばかりの他人の為にそこまで気を使うのはどうかと思うのでありんす。それが美徳でもあるのでしょうが、それで旦那様方が傷つくのは納得いきんせん。なにかあるのでございましょう? ズバーッと言ってやっておくんなまし! その方がお互いすっきりするでありんすよ」
「クックク、あーそうだな。どうだ? うちの嫁素敵だろ?」
密着しているからというわけではないが、いつものように心の機微を察する良妻は一瞬でペロロンチーノの葛藤を粉微塵にしてくれる。
シャルティアの色んなところを揉みくちゃにしながら他の三人に自慢するペロロンチーノであったがピンクの吐息を上げる少女をそのままに本題に入っていく。
「今から言うのは何一つ確証がない話だ。それで呪いが解けるって保証は無いしそれを行使するためにこちらのリソースを削ることは絶対にしない。それでもいいなら話すけど……どうだ?」
「お願いします!!」
その目に宿るのは絶対の意思。涙などとうに枯れ果てているのだ。可能性があるのならどんなことでもやってやると力強く即答する。
その答えに頷き、くたぁっとしたシャルティアを看護師に預けて先ほどの頭の中での考察を披露する。
「……死んで……生き返る」
「無茶だわ!? わけがわからないわよそれ! レイナースさんなら大丈夫でしょうけれど<
「あれ? もしかしなくてもラキュースさん<
「私は<リザレクション>だけですね。即時効果の無い<
「
蘇生魔法や方法も複数あったりするユグドラシル。一番簡単でよく使われるのは所謂『死に戻り』だ。その場での復活を諦めてセーブ地点に戻る。リアルとなったこの世界ではこれを選択できないが、<
この世界で消費したリソースと呼べるものは下級ポーション一本にロープが一束。あの肉もリソースと言えなくも無いが自分たちでは消費できない物であり、金貨に至ってはナザリックという拠点が無い現状まったく使い道がない。
その中にあって限られた蘇生の短杖を他者に使うなどさすがにあり得ないし、家族会議でもそれだけはしないようにと嫁たちに釘を刺されてもいる。
つまりそれを抜きにしても準備と呼べるものがすべて整ってしまったのだ。
だが「じゃぁ死ね」と言われて「はい」と言える人間はそうそういないものなのだが、
「死ねばよろしいのですね! ラキュースさんお願いしますわ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きましょうレイナースさん。この中で……まあ確かに私しかいないように見えますが聖職者に人殺しをさせようとしないでください!」
目の前には荒事には不向きに見える少年が一人にのほほんとした看護師が一人。もう一人の少女は巨大な胸に頭を埋もらせてぐったりしている。
ちょこちょこ放たれる未知の魔法の話に期待が上回り、熱にうかされているとしか言いようがないのだがそれも分かるというもの。この人たちどこまで規格外なのよと呆れるほどだ。
まあかなりの時間を要したがレイナースを落ち着けたラキュースも、大概にして規格外のお人好しであるのだろうが。
…………
……
…
「で、あれはなにをやっているんです?」
「模擬戦ですね。レイナースさんのある程度のレベルがわからないと怖いんだよ。さっきも話したけど低レベルは塵になるらしいし」
「なるほど……カースド・ナイトは確認できたんですか?」
「あの旅人みたいな装備には見られなかったんだけど武器が特殊だった。あの槍実家の秘宝らしいんだけどミスリルかオリハルコンかな? あの得物以外だと長時間持っていると持ち手が腐食するんだって」
「へぇ……それほど
「うん。だからレベル5は無いと思うんだけどこればっかりは分からんからなあ」
昼時に戻ってきたモモンガはペロロンチーノにロメロスペシャルを極められながら謝罪を済ませ、事の経緯を聞きながら庭で行われる模擬戦を観戦している。
対戦相手はシャルティアの眷属。レベル20のそれらを難なく倒していたところを見るとそれ以下ではないはずだ。
「……適任はモモンガさんなんだけどやらなくていいぞ。でもほっといても自殺しそうな勢いで乗り気なんだよね。アルベドやシャルティアなら嬉々としてやってくれそうだけど……痛いだろうなあ」
「……ありがとうございます。元々レイナースさんにネムたちを救ってくれた恩を感じて連れてきたのですがトラウマを抱えたくありませんし」
なんて厄介な呪いなんだと項垂れてしまうが、どんなにお願いされようとこればかりは譲れない。生き返らせることが出来るとしても、この手で殺したという感覚は一生残るのだろうから。
その夜夕食の場で淡々とその旨を語ったモモンガであったが、意外にも素直にレイナースはそれを受け入れていた。
「その申し訳なさそうなお顔はおやめください。藁にも縋る気持ちなのは変わりませんがこれだけの検証をしていただいた人たちを困らせる気はさらさらございませんわ」
「それでどうするの?」
「死にますけど?」
仕事で一旦ストロノーフ邸を離れていたラキュースも心配であったのか戻ってきており、同じく食卓を囲みながら質問するが、あまりにもの即答に口をあんぐりと開けてしまう。
「ふふっ、いい覚悟だわ。モモンガ様、ペロロンチーノ様。女の顔は命と同等なのですよ。私でもシャルティアでも同じ状況ならそうすると思います。ヤツメウナギや大口ゴリラを好いて頂けますか?」
「アルベド!?」
「……今変わっても別にそれは変わらないけど、初対面なら確かに無いな」
「……そのプレイはちょっと興味があるかも」
何気にここらへんはぶれないモモンガとペロロンチーノ。言外にそのすべてを愛しているのだとの答えはシャルティアとアルベドの頬を一瞬で染め上げる。
「ちょ、ちょっと意外な答えでしたが、そ、そうですか好きでいてくれるのですか……いえ、そうではなくて……」
「早くテントに戻りたくなってきたでありんす……おんし庭に出んさい、サクッと済ませるでありんすよ!」
それはあっという間の出来事であった。
いえ金貨もそうですが対価も今は持っておらずと渋るレイナースであったが、庭へ引きずられていきその言葉通りの爪の一刺しであっけなく昇天。
「モモンガ様。蘇生の短杖の件ですが、効果確認のため一度は使ってみるべきかもしれません」
「あ、あぁそうだな。いやそんなこと言ってる場合じゃないぞ!」
「シャルティア! あー……怒るところじゃねーわこれ。いやはっきりいってこの件で言えば俺たちの方がクズなんだよな……手を汚させてすまん!」
アイテムボックスから蘇生の短杖を慌てて抜き出しレイナースに駆け寄るモモンガ。こちらも慌ててシャルティアを抱き寄せ、ぶつぶつと独り言を口走りながら謝罪を伝えるペロロンチーノ。
断るつもりの当初の予定とはだいぶ変わってしまったが、その夜無事レイナースの呪いは解けたのだった。
「四騎士を小指で一撃……え? 聖職者じゃなかったの? イビルアイごめんなさい……あなたが正しかったみたいだわ」
一人ラキュースだけが呆然とそんなことを呟いていた。
昔からいろんな方々の二次小説を見てはこの場面で「私もそれだなあ」とか「その案もいいなあ」なんて考察するのが楽しくて、いざノリノリで自分が書いてみたら最後の最後で殺す選択を迫られて涙目でしたw