鳥ウナギ骨ゴリラ   作:きりP

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22 新しいベッドを買いに行くついでの話

 今の所女の顔や身体に傷をつけるのは拙い……なんてことは治療のポーションがある以上考えには及ばない。相手が本当に騎士であるならば殺さない程度に痛めつけて連れ出せればそれでよかった。

 

「……」

「……っつ!」

 

 私が剣の領域で反撃や逃走を警戒、サキュロントの幻影を混ぜた右拳が鎧の無い女の腹部にめり込みあっさりと……本当にあっさりと昏倒させ、馬車で拠点へと逃走中なのだが。

 

「くそっ! 無駄な出費だ!」

「お前それ本来はこの娘に使う……どこを殴ったのよ」

 

 拳を痛めるどころか完全に折れている指をポーションで治す様子に呆れてしまう。どうせ外して鎧を殴ったんだろうが……だとしたらこの娘は本当に戦士なのかと悩んでしまう。

 鎧は脱がせることが叶わなかった。どういった仕組みであるかは分からないが、魔法のかかった品であると言われても納得できる一品だ。この狭い馬車内での検証はあきらめ両腕両足を縛り、猿轡を噛ませて目の前の座席に転がしている。

 ただ一点武器の類を一切所持しておらず暗器などを警戒していたが、それすら見つからないのはどういうことだと頭をかしげる。

 無遠慮に鎧や肌に触れていたせいか目を覚ました少女は、驚愕に瞳を開け『ふぅふぅ』と荒い吐息を上げる。

 年の頃は17、18の金髪の娘。瞳は青く釣り目が特徴的だが、今は弱々しく瞳を潤ませ涙を零さんばかりの表情には男でなくても嗜虐心をそそられる。

 

「誘ってんのかよ……外せねぇのか?」

「無理だね、馬鹿なことやってんじゃないよ」

 

 サキュロントが腹いせなのか娘の胸部を揉むように撫でるが、冷たい金属の感触しか得られず眉を顰める。どうにか隙間に突っ込めないかと悪戦苦闘する馬鹿を止めて、今一度娘を眺める。

 華奢な体躯の割に十分に育っていると見えるそれに真っ先に手を伸ばした馬鹿を責めるのは酷という物か。

 嫉妬するのも烏滸がましい美貌を朱に染め、震える素肌にはしっとりと薄い汗をかき、布を噛まされた口元からでは聞き取れないが、何かを懇願するような声が聞こえる。

 この娘一人で裏娼館などお釣りがくるのではないかとほくそ笑むエドストレームであったが、ペロロンチーノやモモンガであったなら彼女が何を言っているか理解できただろう。

 

『くっ……殺せ!』

 

 そのお約束とまで言えるセリフを吐く機会を与えられた天使は絶対に歓喜の笑みは見せない。一流の女優であるかのように『捕らえられた女騎士』の役を演じその時を待つのだ。

 

「ふっふぉふぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「白昼堂々それも不在とは言え王国戦士長宅に乗り込んで人攫いとか……前々から思っていましたがカルネ村を除いて王国は無しですね」

「だなあ、治安が悪いとは聞いてたけど国に喧嘩を売ってまで……あぁそういえばモモンガさんが蹴ったの王子だったか。なんかガゼフさんが気の毒になってきたなあ」

 

 ある意味国からの介入などどうにでもなると言わんばかりな杜撰(ずさん)な犯行であったが、貴族や王族とずぶずぶの癒着状況を知ってしまうと、これまで出会ってきた誠実な人たちはさぞ生きづらい国なんだろうと考えてしまう。

 一般人として普通に考えるならここは逃げの一手だ。もちろん三女を奪還するのは当然だが悪党には構わずこの国を去るのが最善だろう。自分たちは神でも法の番人でも、そもそも国民ですらないのだから。

 

 ただ脳裏にちらつくのだ。村を守ってくれと悲壮な決意で飛び出す漢の顔が。姉の居場所を教えてくれと懇願していた少女の顔が。あんな奴らぶち殺してやりたいのにと叫ぶ女性の悲痛な表情が。

 

「逃げるのは……無しの方向で行きましょうか」

「あぁ! でもロープが少ないんだよなあ」

 

 いつもの方法は使えない。自己満足ではあるが悪人と言えども人殺しを避けたいのは人としての優しさなのか我儘なのか。命の価値が軽いこんな世界で甘すぎるほどの思考に到達してしまうのは、妻たちの手前申し訳ないとも思ってしまう。

 

「フル装備でありんすかえ?」

「いえ……少なくとも王都にはいないんじゃないかしら。どうあっても目立つもの」

 

 妻たちの懸念は別方向にあったようだが、プレイヤーがいたとして目立たず過ごすにはこの環境では無理があるとのアルベドの考えには同意してしまう。厄介ごとが山となって襲ってくるのだから。

 

 とにかくあとは三女からの連絡待ちかと思った矢先、席を外していた長女ブリュンヒルデが気絶した男を抱えてリビングへやってきた。

 

「困ったことになりましたご主人様。犯行声明と我々を呼び出す時間と場所を示した物を持参した賊を捕まえたのですが……読めなかったので尋ねたところ、その時間ですと召喚限界なので助けに行く意味が無くなります」

 

「俺たちは何をしに行くんだ……」

「天使を攫うプレイヤーはいませんよね……」

 

「そう言わず支度を済ませましょう」

「今日のロールプレイはなんでありんすか?」

 

 内心これもう放って置いてもいいんじゃないかと思いもしたが、問題を先送りにするだけだと思いなおし、捕らえた賊を案内役にして目的の場所へと出発する一行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「デイバーノックが近づきたくないって……処女か?」

「関係あるのか? わからんがボスが商品価値が落ちるから手は出すなだとよ」

「……チッ」

 

「あんたらうるさいんだよ!」

 

 同じ女だといってもそれを壊すことに抵抗は無い。ガサツな男たちにやられるよりはマシだろうといった優しさでもあったが、水に溶いた黒粉を女の口に流し込む。猿轡のせいでかなり零れてしまったが、そのトロンとした瞳には見覚えがある。

 多幸感と陶酔感をもたらすが依存性の高いこの麻薬は即効性があることでも知られている。逆に依存性が高いことを馬鹿な国民のほとんどは知る由もない。

 防音されたこの部屋なら別に騒がれても問題ないけれど、こいつらが何者かなのがさっぱりわからない。尋問ついでにどうせこれから毎日飲まされる……いや、欲しくてたまらなくなるんだからと奴隷にするための第一段階を終えた。

 

「ヒュウ! ラナーとか言うメスガキなんて足元にも及ばねぇじゃねぇか!」

 

 優男のマルムヴィストが称賛の声を上げるのも分かるというもの。美しいとはいえまだ子供である王女ではこの色香は出せないであろう。

 ただ紐を解かれた艶のある口元からこぼれた言葉は全く理解できないのだが。

 

「くっ……殺せ♪ あ、違う! なにを飲ませたんだ! いや、わかるぞ……この身体の火照り。私の恥ずかしい部分すべてが敏感になっていく感覚……媚薬だな! はっ!? さっきの禿げ頭の大男……あの入れ墨の数から察すると私に淫紋を刻むための準備にはいって」

 

「……エド」

「……わかった」

 

「いや!? 待てこれかフグーフゥー!」

 

 口元から黒いよだれを垂らしながら目を爛々と輝かせ、満面の笑みで妄想を語る女に再び猿轡を噛ませるエドストレーム。抵抗しないだけマシだが頭を抱えたくなる。

 

「サキュロント……これ本当に黒粉なの?」

「……コッコドールさんが直接渡してきたものだ。手が空いていたら飲ませておいてくれって」

 

「いや、ある意味キマッてたんじゃ……」

「……」

 

 淑女が台無しだった。

 

 え、どうする? 会話は成立するのか? などと相談に入る六腕サキュロント、マルムヴィスト、エドストレーム。一人寡黙な男ペシュリアンはヘルムで表情を窺うことは出来ないが『あれは無い』と言わんばかりに両腕でバツを描く。

 部屋に沈黙というか発情した猫の威嚇音のようなものが響く中、扉を開いてやってきた警備部門トップの男ゼロの登場は救世主でもあったが、その怒声と血だらけの姿は想像外のことであった。

 

「おいサキュロント! あいつらは一体なんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いちゃいましたね、まだ昼前なんですけど」

「あいつが消えたら大義名分も無くなるからなあ。それにしてもなんだあ? 家……じゃないよな塀が高いから刑務所みたいだけどスキルで見ると奥の方にでかい建物があるな」

 

「逃亡防止というよりは中を見せない為の塀でしょうか?」

「あそこに入り口っぽいのがありんすよ」

 

 さすがに真昼間の都市内で人妻にコスプレさせる勇気は無いので、最近定番の高貴なお方モードで馬車を下りる一同。ブリュンヒルデはここで待機だ。

 飛び越えてもいいのだが目的は救出とはちょっと違う。というか呼べば戻ってくるだろうし……

 辺りの様子は静かなもので、道を行きかう人の気配さえないのはある意味願っても無い状況だ。

 

「まあ最初は穏便に行きますか。誰かいませんか!」

 

 その鉄格子の門と思われるものをゴンゴンと叩くと近くにいたのだろう守衛らしきいかつい男があらわれる。用件を言うのも面倒くさいので貰った手紙を渡すと、女性陣を二度見し驚きあからさまに嫌そうな表情になる。

 

「お前らこれ時間が違うだろうが……でも出直せって話でもないようだし……上に掛け合ってくるから待ってろ」

「本当すいません……こちらも事情がありまして」

 

 元社畜の悲哀でもあるのか、何故か訳の分からない謝罪の言葉が出てきてしまうモモンガ。言葉節から話の分かる頼れる取引き先相手のように感じてしまったのかもしれない。

 

「……モモンガさん、待つ意味なくね?」

「あ! そうでしたね、道なりに行けば問題ないかな」

 

 『ガゴン!』と鈍い音がしたがアルベドがまるで施錠などされていないかのように普通に門扉を開けてくれたので、そのまま進むことにする。

 ここが都市の中の一部とは思えないほどの木立の中の小道を散歩でもするかのように進んでいくと、訓練所のような開けた場所に出た。正面には三階建ての屋敷というよりは屋上が平べったい団地のような施設が見える。

 

「四人か……一人はさっきの人だから、どれが偉い人だろ?」

 

 向こうもこちらに気付いたようで広場で会話をする男たちから驚愕の瞳を向けられる。アルベドとシャルティアを外側に横一列に歩み寄り対峙する。

 

「お前は……まあいい、持ち場に戻ってろ。それでこいつらなのか? 確かに女はとびきりの上物だが……」

「えっ、ええ! 伝えられた特徴とは一致するけど……え? こいつらだけできたの?」

 

 肌の黒い禿げた大男が、オカマのような男と困惑気に話し出す。先ほどの守衛の男は叱責を恐れるように走っていったが……もう一人フードを被った人物はアンデッドだった。

 

「アンデッドもいるんですね。モモンガさんなんだかわかる?」

「え? エルダーリッチでしょ?」

「妾も分かっていたでありんす」

「あら、二人ともすごいわねぇ」

 

 よく骸骨の顔だけで種族がわかるなあなどと盛り上がる四人であったが、対する三人は困惑を深めるばかりだ。

 

 まず問題点として呼び出した時間が違う。まだお偉方や顧客は到着しておらず、これでは余興が成立しないのだ。

 その余興についてだが、コッコドールが六腕全員を雇った背景に捕らえる予定の女たちが『蒼の薔薇』と繋がりを持っていることを報告されていたためであり、依頼で不在なのは確認済みだが安全を喫してのことだった。

 ゼロとしては『六腕』対『蒼の薔薇』のドリームマッチでも構わないという姿勢だったが、それが叶わずとも相応の用心棒でも雇って来ると思っていたのに、まさか高貴な衣服を着ているとはいえ強さのカケラも窺えない一般人がノコノコとやって来るとは思ってもいなかったからだ。

 

 女三人が楽に手に入った事実より、色々と想定外すぎて困惑してしまうのも仕方がないと言えるのだが。

 

「男はいらないのだろう? 不快な人間ごときが」

「ちょっとまってよ! そっちのボーヤはタイプだから残しておいてね」

 

「やりましたねペロロンチーノさん!」

「おい! モモンガおい!」

 

「……もういい。やれデイバーノック」

「この『不死王』にふざけた態度を……」

 

 デイバーノックが魔法を放つ前に……いや言葉を続けることが出来なかったのは、アルベドがいつの間にか手に持っていたバルディッシュで頭から両断したためであり、その体が消滅するより早く粉微塵になったのはシャルティアの手刀によるものだった。

 

「ふざけるな! 下等アンデッド如きが!!」

「その名は……あれ? アルベド。モモンガ様はもう人間でありんすよ」

「あ! 私ったらつい。モモンガ様の二つ名は『その身に愛する心を宿したオーバーロード』だものね」

 

 そのアルベドの一言に崩れそうになったモモンガであったが、嫁に向けられたその殺気は見逃せない。

 

「お! おんなぁああああ!!」

 

 これは仲間を倒され逆上しての攻撃ではない。あの一撃でわかってしまったが故の死を覚悟した戦士としての矜持だ。無論それを受けてもびくともしない腹筋であったりするのだが、愛する男はそれさえ許してくれない。

 

「俺の女に何してくれてんだハゲぇえええ!!」

 

 物理攻撃で対応したのは咄嗟の対応だったのか、素で殴ってやりたかったのか。金属バッドでぶちかまされたゼロは屋敷の中へと吹き飛ばされて行く。

 

「モモンガさん本気の時は一人称変わるのな」

「アルベド愛されているでありんすなあ」

「私朝から火を付けられっぱなしで……今夜はテントに戻ってもよいかしら?」

 

 なおすでに残されたコッコドールは気絶しており、モモンガが落ち着くのを待つ間余っていたロープで手首だけ縛っておいた。

 

「はぁ……はぁ……すいません、アルベドが殴られそうになって血が上ってしまって……自分が危なかったですね」

「結構ギリギリだったぞ。フォローは入るつもりだったけどあいつ30レベルくらいありそうだな」

 

「愛の力です」

「あぁモモンガ様は前衛としてみるとレベル30くらいなのでありんすね……拙いじゃありんせんか!?」

 

 一人惚気ている者もいたが他の二人には厳重注意を受けてしまう。ここまでカルマ値極悪の二人が人間相手に普通に接してくれているのに、自分が冷静さを失って逆上するなんてと反省しきりのモモンガであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「女たちは化け物だ……デイバーノックが一撃でやられた」

 

 その一言に絶句する一同だったが、否定の言葉は出てこない。このゼロという男、己の拳一つで八本指警備部門の長にまで上り詰めたのだ。ガゼフ・ストロノーフなどいつか俺が倒して最強の称号を手に入れてやると豪語していたのだ。

 その男がモンクとしてのスキルで体を鉄のように固くできるはずの右拳からポタポタと血を流し、顔を蒼褪めさせながら語るのだ……信じないわけにはいかない。

 

「男の内一人は少なくとも俺と同格……女を人質にして逃げ……」

 

 そこまで言ってはたと思い出す。本当にサキュロントが殴り倒して連れてきたのかと。もしやあの女たちと同格の存在では無いのかと。

 

 

 

「逃げると言うのは困ります。()()()()()()()()()()()()()()?」 

 

 

 

 縛られていたのではないのか。口を封じられていたのではないのか。ゆらりと立ち上がり、そんな言葉を吐く女から意識を反らせられない。逃げるという判断をさせてもらえない。

 

 ()()()この女をいたぶってやりたくて堪らないのだ。

 

「ふふっ、さあ私を鳴かせてごらんなさいな」

 

 あぁ分かった。これは戦士で言うところの『挑発スキル』だ。それが分かったゼロでさえ嗜虐心を抑えることが出来ない。全員完全な臨戦態勢で華奢な女戦士と対峙する。

 

 闘鬼ゼロ、空間斬ペシュリアン、千殺マルムヴィスト、踊る三日月刀エドストレーム、幻魔サキュロント。その五人の攻撃をあんあん言いながら恍惚の表情ですべて受けきり、はぁはぁと喜びの吐息を漏らす。

 

「あぁあああん♪ もっとぉお♪」

 

 

 

 

 

 なお屋敷に入ると戦闘音とおかしな嬌声が聞こえたために三女を見つけるのは容易かったが、急ぐ必要も無いと判断して先に屋敷の散策を開始。

 他に捕らえられた人などはいなかったがその部屋にたどり着くのが遅れてしまい、満足しましたとニッコリ笑う天使の足元には、完全に心が折れた六腕のメンバーが息も絶え絶えで転がっていた。





毎度オチをつけて次回にぶん投げるせいで、わけのわからない縛りプレイみたいな執筆を強要されている気分になりますw

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