「うわぁ……そんなに大変なんですか?」
「はい。ストロノーフ様は城へ帰還されてからまだ一度も帰宅していないのだそうです。ですが明日には出迎え歓迎したいとのことで、その趣をお伝えに参りました」
「なんか無理させちゃったみたいで悪いなあ……うーん」
先日はイビルアイで遊んでしまって一日を潰してしまったので、今日は約束されていたクライムの到着を待って予定を決めようと考えていたのだが、朝食の時間にわざわざ走ってやってきてくれた。
彼に席を促し、会話からどうやらストロノーフさんとも連絡を取れたことを聞かされたのだが、異世界であるのにその同じような労働環境に絶句してしまう。
お役所勤めで偉い立場の方だとはわかっていたが、平民からの叩き上げでは苦労が絶えないのだろう。クライムの懐きようからも慕われる上司であることは伺えるが、リアルの自分たちをつい重ねてしまい申し訳ない気持ちになってしまった。
「まあおんしも食べなんし。それでずっと疑問だったのでありんすけど、なんであの時ブリュンヒルデと剣を交えていたのでありんすか?」
「確かに珍しいわね。今までの道程で私たちの代わりに絡まれることは多かったけれど」
食事はさすがに平民の私が高貴な方達となどと遠慮していたクライムであったが『俺らも平民だから』『そういえば自己紹介もしていませんでしたね』なんて言葉と、『彼らも平民だそうな』なんて戦士長の言葉を思い出し、納得はしていないもののせっかく用意してくれたのだからと頂くことにした。
そしてあの時の状況を思い出しながら笑顔で話しだすクライムによると。店の前で女騎士が五人程のがらの悪い男たちに絡まれていたのだそうな。
助けに入ろうと思ったのだが平手打ち一発で道のはずれまで吹き飛ばされるリーダー格の男を見て唖然としてしまう。男たちはニヤリと笑う女騎士に恐怖を感じたのか逃げ出してしまったが、自分はどうしてもその強さに焦がれ師事を仰ぎたいと思って声をかけてしまったらしい。
「逆ナンじゃなかったのか」
「御者以外は自由行動させてますからね。クライムさんの熱心さにやられたのかな?」
「あいつ純粋な奴をたぶらかして
「……モモンガ様チェンジで」
「ですが力量が違いすぎました。壁に向かって剣を打ち付けているかのようでなんとも……いえ、大変勉強になりました!」
どうにも教師役には向いていなかったのだろう。なぜそこまで強さを求めるのか気にはなるが、少し不憫に思ってしまう。自分らに出来ることは何も無いとは言わないが、まずは本題だとペロロンチーノが質問を投げかける。
「それでクライム君は今日大丈夫なのか? 明日伺うならストロノーフさんの家を教えておいて欲しいんだが」
「そうですね。本来なら明日自分が案内できればよかったのですが、二日続けてですと主に迷惑をかけてしまいますので。アインドラ様と
「それはありがたい。優しい御方なのですねクライムさんの上司は」
「はい! 私の太陽です!」
●
「ご主人様。先ほどから暗殺者と思われる者に遠距離から攻撃を受けているのですが、反撃してもよろしいでしょうか? あ、気配が消えましたね」
「うーん王都も大概物騒だなあ。ブリュンヒルデは御者として私たちの盾にもなってたから、いらない恨みでも買ってしまったんでしょうか」
「彼女はともかく周囲が危ないかもだから、カルネ村でお手伝いでもしていてもらおうか。徒歩圏内みたいだし馬車はいらんでしょう」
「許せない! 王都の民を守るものとして謝らせてください!」
出掛けにちょっと物騒なことにもなってしまったが、五人は歩いてガゼフ邸へと出発。道すがらクライムから『八本指』なる犯罪組織が大手を振るっているなどとの情報を得たが実際はどうか分からない。
ほど近い別の場所で、
「そりゃコッコドールさんの顧客が手に入れろと騒ぐわけだぜ。御者もそうだが出てきた二人もとんでもないな。お前たちは尾行を続けろ。それにしてもなんだったんだ?」
「同胞ですかね? 殺っちまいましたが、かち合いませんかサキュロントさん」
「俺はそこんとこ調べてくるわ」
なんて会話がされている事など知らないモモンガたちは『汚い、さすが八本指汚い』などと会話しつつ歩いて行く。
無論尾行には気づいているが実害が無ければ放置の方向だ。慣れって怖いとは思うものの街中で白昼堂々襲ってくることは無いだろうと言う判断でもあり、出番はまだかと隠れて護衛している天使たちを信頼しているのもある。
余談だが末っ子はカルネ村専属になっている。
歩いてみると分かるのだが表通りというか、あの宿の通りは石畳で綺麗に舗装されていたのだが、一歩違う通りに出ると地面むき出し。なんというかエ・ランテルより寂れているのではないかと思うほどの古臭さであった。
「王都ってもっと派手なイメージがあったけど観光スポットには向いてないね」
「ここからでも見えるお城はすごいですけどね」
「ははは……後で市場の方にご案内します。見えてきましたね、あちらがストロノーフ様のお屋敷です。何でも老齢の夫婦に住んでもらって管理をお願いしているのだとか」
「ははっ、あの方らしいですね。それにしても綺麗な住居ですねぇ!」
「……一か月帰れてないらしいけどな」
門から見えるくらいでしか分からないが大きな庭もあり、芝も綺麗に駆り揃えられていたりして。二階建ての白亜の家屋はこじんまりとしながらも貴族の別邸といっても過言ではない程だ。
「あの男には似合いんせん……あぁ、奥方の趣味でありんしょうか?」
「そういえば左手薬指に指輪をはめていたわね」
お前らそんなところよく見てたなと思いつつも、クライムが言うにはガゼフ・ストロノーフは独身であるらしい。
誠実そうな人なのに意外だなんて話しながらクライムには恋の相手はいないのか? などとからかいつつ次は市場へ向かうことに。
ストロノーフ邸まで30分くらいかと考えながら、立地の把握にスキル<鷹の目>を使ったペロロンチーノは、何気に遠回りして辿り着いたことに気づき尋ねてみると『危険な場所を避けようと思いまして』との返答に納得。
元から真面目な青年だと高かったクライムの好感度は、それを聞いてさらに上がってしまった。
道すがら『あちらの通りは危険ですので』などと注意を受けながら歩いていた五人だが、少し妙な二人組にすれ違う。自分たちが目立つことは自覚していたが、すれ違いざま嘗め回すようにこちらの女性陣を窺いつつ、金髪女性を引きづるように歩いていた大男だ。
引きづると言っても抵抗しているわけではなく、全てをあきらめているような瞳に見えたのはモモンガの勘違いではないのだろう。
クライムも振り返りながら眉を寄せているが何もできない。
ただ、
「……どっかで嗅いだことが」
なんてペロロンチーノの呟きは気にもなるも助けを叫ばれたわけでもなく必ずしも犯罪に結びつくとも限らない。それでも少し無言になりながら市場まで歩いて行く一行であった。
●
さっきまでの少し暗い雰囲気など吹き飛んだように、小さなカフェとでも言うのだろうか。その店先のテーブルを囲みモモンガたちとクライムは一人の男と楽し気に会話を交わすことになった。
「もうこれは運命じゃ……あーやめやめ! 人妻口説いてどうするってんだ俺は。ははっ、なんかすげー格好してるなモモンガさん。ペロロンも。似合ってるが俺からすれば違和感があんぞ」
「あはは、私もあっちの恰好の方が楽で気に入ってるんですけどね、ルクルットさんはどうしてこちらへ?」
話を聴いてみるとなんと金級に上がるための試験のようなもので、あの依頼や案内などで昇格試験の為の商隊護衛依頼を受けることになり、無事にここまで完遂出来たのだそうだ。
護衛は片道だけで終了なのだが、手ぶらでエ・ランテルまで帰るのはなんなので他の護衛依頼を待ちつつ王都で依頼をこなしていこうと考えているらしい。
先に安い宿を探すためにルクルットだけ組合から出ていたのだが、市場で目立つ美女を発見したところモモンガたち一行だったというわけだ。
「ならもう金級? ってやつなんだな! おめでとう!」
「一応な! エ・ランテル所属だからプレートは帰ってから貰うことになってっけどな」
そう言って首から下げたプレートを持ち上げながら朗らかに笑うルクルット。そういえば階級制なんだっけと思い出したぐらいの知識しかなかったが、知人の昇進にモモンガたちも笑顔がこぼれてしまう。
「これはお祝いだろ!」
「ですね! あぶく銭をため込んでても仕方がありませんしどうでしょう? ルクルットさんあの肉あり得ない価格で売れてしまいまして、ちょっと使い道がない程の額なんで還元したいんですが」
「あー分かる気がするけど……いいのか?」
金貨として600枚弱とは言えものすごい大金なのだが、しょせんはあぶく銭。自分が働いたという感覚はさすがになく、村の方達に還元なども考えていたが丁度いいとばかりに同じ宿へ誘うモモンガ。
ペロロンチーノも大賛成であるし、女性陣もちょっと思いつめた表情をしていた彼らを笑顔にしてくれたルクルットの登場には喜んでおり、是非にと美女と美少女に笑顔で言われては断れない。
一人蚊帳の外であったクライムも、空気が和らいだことに安堵し『私も金級程度はあると言われたことがありまして、是非お話を伺ってみたいです』などと便乗。
続きは宿でしましょうかという事で、市場の観光ならいつでもできると宿の名前と場所を教え一旦別れてから再度集まることになったのだった。
●
「まーたお前らこんな美女たちと知り合いになりやがって! ……ってあれそのプレートって」
「おーう嬉しいこと言ってくれるじゃんか。さすがモモンガの友達だな! どうだ? 俺様とヤルか」
「高級宿ってだけでも驚いてたのに……モモンガさんアダマンタイトですよ!」
「え? なにそれ?」
「彼らと知り合ってから我らの運勢上向きであるな!」
「僕は胃が痛いですよ……」
「あれは違うだろうペロロン」
「あ、わかっちゃった? 内緒っぽいから黙っててね」
「お前! だから離せ! もう絶対着ないからな!」
「えー、楽しんでた癖に恥ずかしがり屋さんでありんすなあ」
あちこちでカオスな状況が出来上がっているがそれも仕方のないという物。『漆黒の剣』四名『蒼の薔薇』五名とモモンガたちにクライムという大所帯での昇格を祝う宴ともなればこうもなろう。
この宿も金級以上のものが多いとはいえ、新たな力ある者たちの台頭に、他の席で食事をしていた冒険者たちもにこやかに『おめでとう!』と声をかけてくれる。
冒険者ご用達でもあるためか宿の方も気を利かせて特別料理などを出してくれたりと大盛り上がりであった。
ただ一つその盛り上がりを止める誤算があったとすれば変態の特殊能力が思いのほか強力であった事だろうか。
「あーわかった! ニニャの匂いだったんだ!」
「え? ちょっと怖いんですけど本当にやめてくれません?」
素でドン引きしていたニニャであったが続く言葉に持っていたグラスを落としてしまう。
「あーちょっとな。昼間お前と似た匂いの女性に……よくよく見ると似てたな。ニニャってお姉ちゃんとかいるのか?」
人増えすぎて大変なんだけどこれw