「なんだあの馬……おい、イビルアイ! むちゃくちゃデカい馬だったな!」
「……」
「どうしたんだ呆けちまって? あれ、ティアがいねぇ!?」
「……どこかで見たことが……あの女騎士……くそっ! 思い出せん! とにかく追うぞ!」
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通称『南方の高貴なお方』モード。スーツとドレス姿の装いの四人は、エ・ランテルから一週間以上かかってしまったがようやく王都リ・エスティーゼに入城を果たしたのだが。
「拙ったよなぁ……ストロノーフさん家どこよ」
「王国戦士長って言うくらいですから王宮に近いんでしょうが……王宮近くの宿を取れたものの参りましたね」
誰かに聞ければ話は早いのだが、その『誰か』の選定が難しい。自分たちが目立つことを理解しているので下手に勘繰られても困るのだ。
困ってはいるものの焦っているわけではなく、メインは新婚旅行なのだからとその宿屋の一階部分。酒場兼食堂でお昼を頂きながら会話を楽しんでいる。
「大都市であるほど味付けが濃くなる気がするでありんす」
「なんでも魔法で塩や香辛料を作れるそうよ。郊外ではその手の魔法使いが少ないのではないかしら」
旅をすれば出会いがある。良い人たちばかりではなかったものの、そういったこの世界の一般的な情報や噂話を得られたのは僥倖だった。
悪い人たちはことごとく残念なことになってしまっていたりするが。
「……それで、あいつはなにをやっているんだ?」
「ナンパかな?」
「あいつ多分両刀でありんす」
「……モモンガ様。御者を変えましょう、チェンジです」
何やらこの宿は腕に自信がある冒険者が多く集う高級宿だったらしく、食堂に面して大きな庭がありここからもその様子が窺えるのだが、何故かブリュンヒルデが少年剣士と剣を交えているのが見えたのだった。
「あれは何者だ? ラキュースみたいな装備をしているけど相当できるぞ!」
「かっこいいわね! 聖王国の女性騎士かしら?」
「ガガーラン、鬼リーダー。それよりこいつらを止めてほしい」
「綺麗な人と可愛い人が店内に。それに麗しの女性騎士……だと?」
「あぁあ! あのバカ者! 公共の場で素顔を晒すなんて……牙が見えているじゃないか!? ティナ、離せっ!」
一方同じ食堂内ではあったが奥まった席では五人の女性がてんやわんやの大騒ぎであったりもする。
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「八重歯でありんす」
「嘘を吐けっ!!」
「あっちは放っておくかな。シャルティアがなぜか楽しそうだし」
「マントの下見せてもらっても良いかしら? まあ! 本場の対魔忍が見れるなんて感激だわ!」
「なんでも見せる。むしろ全部を見てほしい」
「あっちも楽しそうだしいいか。外は……増えてる!?」
「本当は俺っちが行きたいんだがスマンな。うちのリーダーの理想らしいんだわ」
「大きくなりすぎ。惜しい」
「同意見だ。あんたも惜しいな」
スラリとした金髪美少女にため息を吐かれるペロロンチーノだったが、すぐさま理解し素で返せるあたりは同類なのだろう。ガッチリ握手まで交わしている。
どちらから見ても目立つ存在なのが幸いしたのか、何故かこの女性冒険者たちと相席することになった。
シャルティアとイビルアイと呼ばれる少女が隣の席へ。アルベドとティアと呼ばれる仮装忍者娘(最低でも60レベルは必要な職業であるため)も隣の席で談笑をしており、モモンガとペロロンチーノは庭での戦いを観察しながら女戦士ガガーランとティナと呼ばれる双子忍者の片割れと席を共にしている。
「あれが御者だってのか!? まああんたらの恰好からすると、御者兼護衛騎士って感じなんだろうがスゲェな。ラキュースの奴完全に攻めあぐね……あ、違うあれ。見とれてるだけだ」
「む。大人げない。あの少年に譲って上げるべき」
「すごい人たちなんだか残念な人たちなんだか」
「お姉さんたち冒険者なんだろ? ちょっとお願いがあるんだけどさ」
なんて切り出したペロロンチーノの問いは勿論ガゼフ・ストロノーフ戦士長の家を知らないか? なんて話になるのだが、やはりと言うべきか不審に思われてしまう。
「お、お前たち不感症なのか!? なんで平然としてられるんだ!?」
「妾は結構敏感でありんすよ。もう色々開発されすぎて大変なことになっているでありんす」
「ちょっとお前!? あぁああ! もう!」
なにがしかの魔道具を使ったのか途中からシャルティアたちの声は聞こえなくなったが楽しそうなのでスルー。
誤解を解くためにもカルネ村での共闘などを嘘偽りなく話していく。誤解でも何でもないペロロンチーノは白い目で見られてもいるが。
「一か月くらい前だったか? 戦士団が戻ってきたのは。まあ嘘じゃないのはわかるんだが生憎俺っちは知らん。ティナは?」
「調べることは可能。だけどあの少年に聞いた方が早いと思う」
ティナ自体は初見だったそうだが、ガガーランは結構面倒を見ていたりもしたあの童貞少年はクライムという名の王国の兵士なんだそうな。
それなら後で聞けば良いかなと、童貞だけは本当に勘弁してあげてくださいと熱を込めてガガーランに語るモモンガの瞳は真剣そのものだったりして。
なんだかんだと楽し気に食事会というより宴会のような盛り上がりになっていたりはしたが、王都初日は『蒼の薔薇』という冒険者たちと新たに知己を交わし大変実りあるものになった。
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「あんな愉快な連中は珍しいな! 俺っち男に説教されるなんて初めてだったぞ……あぁぁモモンガの初めて奪いたかったなぁ! ティナもすげぇしゃべってたじゃないか。ペロロン気に入ったのか?」
「う、うるさい。あれは同志」
「首筋をね、こう優しく撫でられて『君は筋がいい』って……カルネ村ってどこにあるのかしら」
「アルベドお姉さまはきっとスゴイエッチ。格が違う」
「お、お前らいいかげんにしろよっ! 私がどれだけあの女に苦労させられ……あぁあ! 違う! あの魔窟でなんで正気でいられるんだ!」
あいつら私たちが束になっても敵わんぞなんて叫んでみてもラキュース以外は首をかしげるばかり。格が高すぎるための弊害でもあるのか、あの御者が多分強いんじゃないかということぐらいしかイビルアイ以外は理解できていなかったりする。
びっしょりになっている手汗を見せても『イビルアイって汗かくのね』なんてそっちの方に驚かれたり。
とにかくこのままじゃ王都が危ないと説教するも『あいつら新婚旅行だとよ。帝国にもいきたいって言ってたな』なんてお気楽な答えが返ってくれば力も抜けてしまうと言うもので。
あれ……私って仮面外しても全然大丈夫なんじゃ? なんて別なことを考えながらテーブルに突っ伏すイビルアイであった。
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珍しく転移で戻らず宿にきちんと泊ることにした一行は、またしても食堂で少し遅めの朝食を頂いている。少し遅めといっても日の出と共に活動を始める冒険者たちはすでに出立しており、一人の仮面の少女以外の人影は従業員ぐらいのものだ。
「おんしは食べんのでありんすか? 結構いけるでありんすよ」
「……味がわかるのか? なんてデタラメな吸血鬼なんだ」
「この国に来て初めてまともに指摘された気がしますね。でもそっか、ペロロンチーノさんの設定の影響かな?」
「俺ナイス。紅茶のあれかあ」
「それで何か用があるのでしょう? 言っておきますけどモモンガ様はダメですからね」
最初こそ悲壮な決意を胸に秘めていたイビルアイだったが、あまりにもユルイ空気にさらされてシャルティアの隣の席に座り困惑してしまう。隣の席で『モモンガ様あ~ん♪』なんてやられてしまえば尚更だろう。
もしかして本当に私が間違っているのか? なんて思いまで頭を巡る程だ。
「もしよかったら王都を案内してもらいたいんですが、お暇だったりしますか?」
「……吸血鬼の方を流されるとは思いもしなかったが、勘弁してくれ。これでも仲間に頼み込んで今日の依頼から外させてもらったんだ」
なお『蒼の薔薇』メンバーは黒粉と呼ばれる麻薬の生産拠点を探るために各地へ赴いている。下調べという段階であり、イビルアイも実行には参加する予定だ。
クライムの方は案内することは可能だが一度主に許可を貰いに行きたいと、明日にはこの宿を訪れることになっている。
聞きたいことが多々ありすぎる上に『お前たちの目的はなんだ!』なんて一番の質問は『新婚旅行』で返されるだろうことは前日のガガーランの言葉で把握しているためすることはないが、そうすると言葉に詰まってしまう。
ただ自分は彼らが安全であると言う確証が欲しいだけだったのだなと。
「あぁそうだ。あの御者のことなんだが……どうにも昔見たことがあったような記憶があるんだ。人を難度で計っていいものか憚られるが200を超えているとも思えるし、彼女の名前だけでも教えてくれないか?」
「ブリュンヒルデですけど、難度ってなんですか?」
「あれじゃね、超人パワーみたいなやつじゃね?」
その名前だけ聴いてもやはり記憶にない。仕方ないなどと思いながらこの世界のモンスターの脅威度を示す数字を教えていくのだが。
「スケリトル・ドラゴンが難度48ですか……およそ三倍ってみればいいのかな。なら私たちは290くらいですね」
「だな、ブリュンヒルデは210か。お、当たってるな!」
「妾は300でありんす」
「私も馬も300ね」
「……もう、私はどうしたらいいんだ」
とうとう仮面の下で泣き出してしまうイビルアイであった。
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「ほら、仮面を取りなんし。なんだかわかりんせんが濡れタオルがありんす」
もうはっきり言って抵抗する気力も無いとばかりに大人しく仮面を外すイビルアイ。なおモモンガとペロロンチーノに断りアルベドと二人で部屋に連れ込んでいる。
「あら? シャルティアと同族だったのかしら。あぁこの仮面がマジックアイテムなのね」
「ほら可愛い顔が台無しでありんすよ。おんし化粧もしてないのでありんすか? ふふっ子供が出来たらこんな感じになるんでありんすかねぇ」
優し気に涙の跡をぬぐってあげるシャルティア。何故か母性にあふれた表情は彼女を安心させていたりして。
「さすがに大きすぎるでしょう。うーん……そうだ化粧は私がしてあげるわ。さすがに飲食が出来ないアンデッドとなるとモモンガ様が特に不憫に思われるでしょうし」
そんな確実に吸血鬼と亜人種だと思われる女性たちに優しくされてしまい困惑してしまうイビルアイ。悪魔の方は下心があったりもするのだが。
「なんで……」
自分の感覚は正しかった。今も二人から感じる邪悪な気配も間違いではないのだろう。それはカルマ値極悪という観点からは正しい気配でもあったのだが、どうにも二人が取り繕っているようには全く見えない。むしろ自分に優しくすることを楽しんでいる気配さえある。
「シャルティア。色違いいっぱいあるのでしょう? 二人で着てみたらペロロンチーノ様も喜ばれるのではない?」
この日とある宿で『二人のプリキュア』が誕生したことと、一人の少年が転げまわって歓喜していたことはあまり知られていなかったりする。
時間軸としてはセバスが王都に付いたのと同時くらい。なおゲヘナが一か月以上先に起こるような時期です。