「さてこのまま散策を続けてもいいんですが……どうします?」
「行きたいところが多すぎてなぁ……馬車はどうすっかなぁ」
やりたいことが多々あるのだけれど、少々気疲れ気味のモモンガとペロロンチーノ。美しい女性二人に見合う出で立ちであるが故、やたらと注目されてしまうのは仕方のないところでもあろう。
おかげで女性たちがナンパの類には会うことは無くなっているのだが、まだ慣れるまでにはいかないようだ。
「そうですね……まだ昼を過ぎたばかりですが、私は下着の制作に取り掛かろうかと。シャルティアには途中まで教えるけど、時間がかかると思うから夕食を一人で用意してもらえるかしら?」
「ふふっ、そうでありんすね。食材も増えたでありんすし師匠のところで作らせてもらおうかしら。ペロロンチーノ様たちは明日の計画を相談していただきたいでありんす」
モモンガたちがアルベドたちを無茶苦茶大好きなのは事実であるのだが、彼女たちのそれも偏執すぎるほどの愛であったりして。旦那様方の心の機微にも反応できちゃう観察眼は、良妻でもあるのだろう。
そんなこんなでカルネ村に転移。天気も良かったのでいつものテントの外にテーブルを用意してモモンガとペロロンチーノは紅茶を飲みながら会話を楽しむ。
着替えた村人装備はもはやジャージやスウェットの域にも達しているらしく、くつろぎモードになっている。
「気軽に転移魔法を使った生活って考えてたけど思ったより難しいですね」
「ニニャにもう少しこの世界の魔法事情を聴いておくべきだったよなぁ」
銀級冒険者チームのニニャが第二位階までの魔法を使えることを聞いてはいる。それが結構すごい事だという事も。
ただ魔法がある世界なのにいまだ街中で魔法を使っている人を見たことが無かったのだ。いやンフィーレアのお婆さんや金玉を売り払ったお店のように鑑定魔法は見たのだが。
餅は餅屋だとばかりに近場にある昨日訪れた換金所に行ってみると、その服装に驚かれたりはしたが魔法に関するルールを教えてもらうことが出来た。
要は一般的に攻撃魔法の使用はアウト。生活魔法と呼ばれるものにその規定は無いが鑑定魔法など一部を除いて『街中での魔法使用に関する規定』という法に触れるのだそうな。
そして人気のない場所まで出てようやく戻ってこれたという経緯があった。第二位階以上の魔法など一般人は見たことも無いそうだからだ。
「法律あるに決まってるよなあ……わかってはいましたがゲームの世界を基準に考えちゃダメなんだよね」
「ここリアルよりユグドラシルに近いんだもん……馬車1k(金貨千枚)とかなにそれ安いって一瞬思っちゃうくらいには」
色々と愚痴が出てしまうのは仕方が無いが、嫁と幸せに暮らせればそれでいいわけでさしたる問題ではない。これは会話による確認作業のようなものだ。
「馬車1kってなんです? あぁロフーレさんと何か話してましたね」
「うん、あなたたちに見合う馬車だとそれくらいでしょうかとか。俺らこの国の金貨100枚も持ってないし……でも手持ちのユグドラシル金貨の方を先に考えちゃって」
「あぁ……それじゃ店売りNPCの短剣すら買えませんものね」
当然ながらDMMOユグドラシルの貨幣に銀貨や銅貨なんてものはなく金貨のみだ。そしてこれも当然ながらMMOの経済は、モンスターを倒せば金貨がドロップするという永遠に貨幣が生み出される構造上インフレしていくことになる。
それを回収するために運営側は、例えば『100レベルNPC復活費用500M(五億枚)』などあらゆる手を尽くしてはいたが、一般的な廃人プレイヤーには屁でもない金額だったりするほど金貨が溢れていた。
所謂MMO末期の症状だが、つまり彼らが今手持ちにどれくらいの金貨を持っているかというと。
「俺大して持ってないけど手持ち放出したらカルネ村が埋まるくらいあるもんな」
「私の足したらエ・ランテルが埋まりますよ……金貨がスタック出来てありがたいですが我々は経済を破壊したいわけではないですからね」
御多分に漏れずユグドラシルも他のMMOや一般的なゲーム同様金貨はスタック出来る。アイテムボックスには重量の制限があるが金貨は別枠ということだ。
余談だが宝物殿の入り口にはスタックした金貨を演出としてぶちまけていたりする。
「しょうがない馬車はあきらめましょうか。明日はロフーレさんに誘われたから商会の見学もしてみたいね」
「シャルティアたちが喜ぶ食材があるかもしれないしな。でももう少しこう……スマートに観光したいなあ、誰かに街のガイドとか……あ、丁度良い人材が走ってきますね」
「あぁ! ンフィーレア君か! シャルティアがエモットさんの家に行ってるから聞いてきたのかな?」
なおシャルティアはどうにも裁縫のような細かい作業には向かず、早々にエモット宅へ料理を作りに行っている。アルベドが言うには料理は楽しいらしいのでそっちを頑張ってくれれば良いと、まるで母親のような表情で語ってくれた。
ンフィーレアがここに来たのはシャルティアのお使いだ。エンリも含めて『なんでいるの!?』と驚いていたようだが、エ・ランテルで購入してきた食材で料理を開始したものの、その中に肉類が無かった。エモット家の備蓄もそれほど多く無いらしく、『テントに行ってお肉を貰ってきて欲しいのでありんす』とお願いされて走ってここまで来たのだそうな。
今更ながら思い出した『お肉』の存在にモモンガとペロロンチーノは見つめ合って笑顔で頷きあう。明日の商会見学に役立つかもしれないと。
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「ほらほら! 早く座るでありんすよ。思えば我が家第一号のお客様でありんすね」
「そういえばそうだな、エモットさんたちとも外で食べたんだっけ」
「我が家って言ってもテントだけどね」
「どうしたのかしらこの子、呆けていますけど」
「い! いえっ!? はいっ、座らせていただきます!」
料理をしていたシャルティアさんを迎えにやってきたモモンガさんたちに、夕食をご一緒にと招待されてしまった。
エンリの家でみんなで一緒にでもよかったのだがこの人数では厳しいだろうとの判断で、自分だけが誘われたのだが、難しい話ではなくどうやら街のことについて詳しく教えて欲しいらしい。
そんなことならお安い御用ですと現在居候の身であるのも手伝って広場のテントに向かった。
場所は違うけれどエンリとシャルティアさんが作った料理を食べるのも楽しみだ。もちろん今頃エモット家でも彼女たちが作った料理を囲んでいる事だろう。
道中『お婆さんスゴイ人でしたよ』なんて笑うモモンガさんに、本当にエ・ランテルまで行って帰ってきたの!? なんて驚いたものだが、テントの中に入った瞬間それ以上に驚くことになった。
「なんというか……外観の大きさの倍以上ありませんか? それに他にも部屋があるようだし明るいし……え? どうなってるんですか?」
「……気のせいです」
「……目の錯覚じゃないかな」
結局マジックアイテムであることは教えてもらったもののまったく理解できていないンフィーレアであったが、女性陣の眼力に押し切られた形で食事を始めることになったのだった。
「お肉に……おイモだ。じゃがいもかな? これ好きだなあ……」
「も、モモンガさん泣くなよ、ははっ、でもなんだろうな、初めて食べたのに懐かしい感じがするな」
「うー、嬉しい反応でありんすがほとんどエンリが調理したのでありんす。そのお肉が絡むとどうにもならず、お芋の皮むきと味付けくらいしか……」
「それは……残念だけれどもこの味。テントの調味料を使ったのでしょう? それなら次回はこの世界のお肉で挑戦してみようじゃないの」
そんな四人の会話に思わずほっこりしてしまい、それでは自分もと肉とお芋の煮物のようなものを頂いたのだが……
「うわぁ……ものすごく美味しいですね」
味が濃厚で、煮汁を十分に吸った芋も美味であるのだが、このお肉がとんでもない絶品であった。これはあのエ・ランテルで贔屓にしているパン屋で買ったのかな? なんて思われる出来立てのパンにもよく合い言葉を忘れてしまう。
「シャルティア……ありがとう」
「も、モモンガさまぁ……」
「おいモモンガさん!? なに人様の嫁の手を握ってるんですかねえ? 表出ろ!」
「シャルティアあなた……お話が必要そうね……」
食卓の上で火花が散っているような気もするが美味しすぎてそれどころではない。それでも恐々と窺ってみれば喧嘩しているように見えてすごく楽しそうなのがわかり、羨ましい気持ちになってしまった。
「そういえばンフィーレア君……年も近そうだし俺もンフィーって呼んでいいか? で、結果はどうだったんだよ」
「あはは……それがちょっと難しくって」
「何を言ってるのあなた、もっと頑張りなさい」
食事を終えて紅茶を頂きながらエ・ランテルのについて教えていく。どうやら漆黒の剣のメンバーに冒険者組合の場所と露店を教わったくらいで、他の行きたい場所を探すのに難儀していたらしい。
一番必要なのはロフーレ商会と一番美味しい食事が出来るお店だそうなので、『黄金の輝き亭』の情報を教えたり、必要ではないでしょうがと前置きして娼館が立ち並ぶ裏道の場所や貧民街なども教えておいた。あそこは治安も悪いし間違って行ってしまって女性たちが悪いことになってしまっても心配だからだ。
それ以外にも自分のお気に入りの商店などを雑談を交えながら話していたのだが、不意に先ほどの話をペロロンチーノさんが振ってきたのだった。
かれらは村を守ってくれた英雄と聞いているし、現在村人の恰好をしてはいてもさすがに女性たちは無理がある程高貴な何かなんだろうという事は分かる。
それ以上に親身になってくれていたアルベドさんに報いるために、相談という名の現状を報告することにした。
「要はうまいこと告白は出来たのだけどエンリはこの村を離れたくないのでありんすな」
「うん……エンリは育ったこの村が好きだって、もう少し考えさせてと言ってはくれたけど……僕も店があるしおばあちゃんもいるから」
「うーんなんというか社畜的な意味で放っておけんな」
「俺らは仕事なくなったら即死でしたからね、低い給料でも次が決まってなきゃユグドラシルに……おっと、でもこの村もいいぞ! 俺たちもセーフハウスの一つとしてここはキープしたいしな」
「つまりあの妖怪を説得してここに住めば良いのね。モモンガ様」
「そうだな、仕事も大事だろうけど好きな人も大事だもんな。一度おばあさんと相談してみると良いよ、じゃぁ行こうか」
「え?」
…………
……
…
「……ンフィーレアや。わしは先ほど冒険者組合に呼ばれての、今朝がた犯罪者七名が組み合の軒先につるされておったそうでその紐が切れないんだとな」
「お、おばあちゃん何の話!? 今はそんなことを言ってる場合じゃ」
「それで鑑定魔法を試してみるとアダマンタイト製の組紐ということがわかったんじゃ……」
「アダマンタイト製の紐!?」
移住の話云々より今しがた起こった奇跡に呆けていたンフィーレアも、そんな未知の物質の話に興味を注がれる。
「正直そんな物この国にはないし作る技術も無い……先日先ほどの四人組が赤色の『神の血』と呼ばれるポーションを売りに来たんじゃが……間違いなく犯罪者を捕らえたのはあいつらじゃろうて」
「……」
頭の中が真っ白だ。口を大きく開けて呆けることしかできない。
「先ほどの移動魔法でカルネ村から戻ってきたのじゃろう? わしの理解を越えておるが……あの者たちは神かなにかなのかもしれんのう……『神の血』の製法、研究意欲が沸くってもんじゃ。どうじゃンフィーレアや、カルネ村に移住するのは。都市長を説得するのは難儀じゃが組合にポーションを定期的に卸せば問題ないじゃろうて」
まるで自分の事などなんでもお見通しだと言わんばかりな茶目っ気ある笑顔でそう問いかける祖母に、ここへ戻ってきた意味をようやく思い出して言葉をかける。
「おばあちゃん!」
「くくっ、なんじゃ嬉しそうな顔をしおって。わしはまだまだここから動けんから新居の用意でもしておくんじゃな」
あの方たちに聞きたいことは山ほどあるが、突拍子もない行動の本質は優しさにあふれているのだろう。根掘り葉掘り聞かれるのを煙たがられるのは自分もこのタレントのせいで知っている。
なら今はあの方たちの恩義に感謝するだけにしよう、いつかそれに報いられたらなんて考えながら改めて祖母に『結婚したい人がいる』との報告を始めるのだった。
「モモンガさん……俺たちがやった事って『俺なにかやっちゃいました?』ってやつなんじゃ」
「いやぁあああああ!?」
MMO廃人だった自分はどうもユグドラシルをMMO方面に妄想してしまうので、このお話は捏造ですが、実際は『未知を発見してもらうために金貨を得やすい』ゲームだったようですね。