村長との会話を終え、少し早い昼食を頂いた漆黒の剣一同は、その荷馬車を村の倉庫へ移動させた後再びンフィーレアの馬車がある広場に戻ってきたのだが、その馬車の前で佇む二人の女性の後ろ姿に気が付いた。
「あぁ、アルベドさんたちか。そろそろモモンガ君たちも戻ってくる頃合いかな? 出来れば馬車を少し移動させてくれますかな、あの娘らは今日も外でお昼を食べるんだろうて。私は家に戻りますがなにかありましたらまた。今回は本当にありがとうございました」
「いえいえこれは依頼ですから。それよりしまったな、人が住んでいるテントだったなんて。ルクルット頼む」
「あいよー。はーいお嬢さんがたー、すぐに馬車をどけ……」
振り向いた女性たちに完全に動きを止めるルクルット。これが普通の美しい女性たちだったとしたら彼は舞い上がり、すぐさま口説きにかかっていたであろうが、この世の美を超えた存在に時を止められる。
ペテルやダイン、それにニニャまでもが息を止めてしまうほどの美貌にさらされ困惑してしまった。
正直それは運が良かったとも言える。
その時丁度女性たちを挟んで反対側から『ズドン!』という重いものが落とされる音がして、さきほどの男性たちがテントに歩いてきたからだ。
「ただいまアルベド。あ、さっきの人たちじゃないか」
「ただいまーシャルティア! ふぃー疲れたあ、さてお前にするか」
「おかえりなさいませモモンガさん。まぁ汗だくじゃないですか……はぁはぁ」
「おかえりでありんすペロロンチーノさん。それと嬉しいのですがいきなり私を選択するのは勘弁してほしいでありんすよ……今日は美味しくできた自信作でありんすのに」
いちゃいちゃと人目もはばからず触れ合いながら、傍から見てもあーそうゆう関係なのかとわかるほど。ただもしそれが数分遅れていたならルクルットに悲劇が起こっていたかもしれないなんて、彼らには想像もつかなかった。
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この場で依頼主を待つそうなのでテントから椅子とテーブルを用意。自分たち用にはアイテムボックスからいつも使っているものを出したのだが、どこから現れたのか分からないテーブルと椅子に驚かれる一場面もあった。
女性陣には端からそんな気などなかったのだが、限られた料理を冒険者四人に振る舞う余裕などはさすがになく、どうしようか悩むモモンガたちだったが、食事は済ませていますのでお気になさらずと言われ、それならとシャルティアにお願いして紅茶を振る舞うことに。
あまりの空腹と上達してきている美味しそうな料理……といってもパンと煮込み野菜のスープといった質素な物であるが、歓談も忘れて食べ始める。
もりもりと嬉しそうに美味しそうに食べる男性二人とそれを花開く笑顔で見つめる女性二人。
なんともアンバランスな不思議な四人ではあったが、一人を除いて微笑ましく眺める冒険者一行だった。
食事も済み一息ついた彼らは忘れていたとばかりに自己紹介を。
それが妻であるなどと紹介されればさすがのルクルットでも美しさを賞賛こそすれ、口説いたりなどはしない。ただモモンガの顔を見て納得いかない表情になってしまうのもわかるとは言えるのだが。
「ルクルット、そろそろその仏頂面をやめるのである」
「だってよぉお、あー天国と地獄を同時に味わってる気分だぜ」
「私たちまですみません、この紅茶とても美味しいですね……まるで御貴族様の……」
「ごほん! というわけで私たちは冒険者『漆黒の剣』です。組合の依頼とンフィーレアさんの護衛も兼ねてこのカルネ村にやってきた次第です」
「へー冒険者っているんですね! お話伺ってみたいです!」
「チーム名恰好良いなあ! 黒い剣で戦うんだぜきっと! 魔法もあるか!」
食いつきが半端ない二人ではあったが、あまり冒険者の話には食指がふれなかったりもする。話題はその黒い剣についてに代わっていくのだが、
「あれはニニャが欲しがって」
「やめてください! あれは若気の至りで」
から始まるチーム名誕生秘話を聞かせてくれたのだが、『十三英雄』のうちの一人が持っていた四本の剣にちなんでのことなのだとか。
中二心沸く剣の名前にワクワクするも、致命的なまでに情報が足りない。
「十三英雄ってなんでありんすか?」
「おとぎ話の類かしら?」
小首をかしげて問いかける女性二人に、待ってましたとばかりに熱を込めてルクルットが語ってくれたのは、ちょっと奇妙な符号が見られる興味深い昔話だった。
なんでも二百年前に世界に現れた魔人をその英雄たちが撃つというストーリーなのだが、最後に英雄のうちの一人が
「……え、どういうことだ?」
「それってアレとは違うんでありんすか?」
「つまりは……まあ私たちがいるんだし当然と言えば当然だけど」
「いたのでございますね……いえ、いると言った方がよいのかしら」
思わず『漆黒の剣』の存在すら忘れ、議論し始めてしまうモモンガたちであったが丁度そこへ可愛い少女の声が響き渡る。
「ただいまー! すっごいすっごかったよー!」
空から九体の天使と抱えられた少女ネムが、くるくると回転する羽のようにふんわりと降下していき、モモンガたちの周囲に着地する。
「ご主人様、ネム様と遊ぶという任務は無事に完遂しましてございます!」
「すっごいんだよ! エ・ランテルがね上から見たらね、マルにマルでマルなの!」
もう何を言っているのか分からないが興奮した少女は置いておいて、冒険者たちにどう説明しようか頭を抱えるモモンガであった。
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事の発端は少女ネムの小さなお願いだった。つまり一緒に遊んでいたのにお別れも言えなくて寂しかったと。出来るならもう一度会って遊びたいなと。
眼尻に涙を溜めてそうお願いされてしまえば、どうにかしてあげたいと考えてしまう。あの時の状況を思い浮かべて納得するしか無い訳で、アルベドを三人がかりで説得することに。
「今回だけですからね! ……でも残念なことになるかもしれませんよ? 召喚されたものが同じ個体であるかどうかなんてわかるのでしょうか?」
どうにか了承は得たものの同時に懸念材料が生まれてしまう。まあそれは杞憂だったわけだが事前確認でどうにも前回現れた者たちであった事は不思議でもあったり。
そんなこんなで今日は朝からネムを天使たちに預け(もちろんエモット家の了承のもと)完全に放置していたのを忘れていたのだった。
現在ネムは一人の小さな天使と手をつないで自宅へとお昼を食べに戻っている。それが終わったらまた遊ぶのだとか。
今回は召喚限界までまだまだあるのできちんとお別れも言えるだろう。
なんて現実に目を背けるモモンガであったが、漆黒の剣の三人による怒涛の質問攻めは止まらない。なおそのうちの一人は天使たちのもとで愛を語っていて実にたくましかったりする。
…………
……
…
「いやー今日も一日色々あったなあ」
「そうですねー、それでなんですけどそろそろ次に行く場所を決めましょうか。拠点は今のところここでいいと思うんですけどね」
夜も更け、夕食もとり終えた四人はいつものリビングで歓談を楽しむ。まあ別のお楽しみはこれからなのだが。
昼時の騒動はなんとか例のカバーストーリーをまくし立て完全に納得はしていないだろうが、収めることは出来た。
どうやら他にも女性騎士の方々が村を助けてくれたという情報を村長から聴いていたようで、それがあの天使なのだろうと。
「ちょっといい機会ですもんね。他にも俺らと同じくしてこの世界にいるプレイヤーがいるかもしれない……時間のずれは気になるけど」
「正直四人でいれれば何も必要ないと思っていたからなんですけど、情報収集をしなさすぎにもほどがありましたね」
「妾はあまりよくわかりんせんですけど、新しい食材が欲しいでありんす。もっと喜んでほしいでありんすのにレパートリーが増えんせん」
「それはあるけど、基本は大事よ。あぁすみませんモモンガ様ペロロンチーノ様。私もその件に賛成でございます。つまりはゲートを使ってここを拠点にするわけですよね」
「全然問題ないさ、会議じゃないんだしな」
「できればお金も稼がないとなあ、村におんぶにだっこじゃ申し訳たたんぞ」
村の恩人だという事や、大量の食肉の提供。アホほど早く集まる木材などその恩恵は計り知れないのだが、彼らにはその自覚は無いらしい。
候補は三つあり、一つは王都。つまりガゼフ・ストロノーフという知り合いがいるのだから最終的にはここに行くことは決めていたのだ。
二つ目は帝都。どうにもこの国は誰に聞いても良いところが無く、まぁ新婚旅行の為の観光スポットを聴いているのでしかたがないところではあるのだが、他国。特に帝国には見るものが多いらしい。
三つ目はエ・ランテル。カルネ村に一番近い城塞都市であるらしく、近隣三国の交易の要であり、冒険者漆黒の剣がやってきた都市と聞いてはもう迷うことは無い。
「そんなわけでとりあえずはエ・ランテルを目指そうかと思ってはいるんですが……」
「ンフィーレア君か……あはは、実るといいな!」
あの騒動を結果的に収めたのはンフィーレアだった。
『あ、アルベドさんすいません……伝えたんですがその……あ、漆黒の剣の皆さん! すいません追加依頼でもう少しカルネ村に居させてください!』
どうにも自身渾身の愛の告白をかましたのだが、『うふふ、私も好きよ、ンフィーのこと』友達として……などとまったく理解してくれなくてと、アルベドの前で首を垂れていたのを思い出す。
親身になって再度ンフィーレアを焚きつけるアルベドの弁舌に舌を巻く思いであったが、明日は一緒に森へ薬草採取に向かうことになり、漆黒の剣は護衛にあたるそうだ。
そしてここで丁度いいからとモモンガはペロロンチーノと交わしていた相談を妻たちに教えることにした。
「それとなんだが……上手く理解してくれるといいのだけど最後まで黙って聞いてほしい。悪い話じゃないから」
それはつまり自分たちの子供の話になる。さすがにそろそろそれに気づくだろうし、絶望してほしくないからこそのこのタイミングだ。
「結果的には可能だと信じている。その過程の上で聞いてくれ」
このしゃべりだしもペロロンチーノと相談してのことだ。絶望なんて一瞬でも与えちゃダメだって。
「現在のところあれだけ数をこなして妊娠の兆候が無いのは俺たちもわかっている……それでいてまだ数日なのだからって思いもあるけど、お前たちも微かにそんな思いも抱いてるんじゃないかと思う。アルベドは事あるごとにそれを笑顔で妄想するし、でもそんな絶望を感じてほしくないから……」
「俺的には情けないんだが、すべてモモンガさんの魔法とアイテム次第になるんだ。ひとつは超位魔法<
ギリギリなんだけど自分たちのレベルは97。もしかしたらそれで願いをかなえることが出来るかもしれないと。
「もう一つはシューティングスターの指輪だ……三回だけ同じように願いをかなえてくれる魔法が使える。両方とも以前話したが覚えているよな」
もう一度言うが信じてると、絶対これらでお前たちの望みは叶うから今は悩んだり絶望したりはしないでくれな、とモモンガとペロロンチーノは慈愛の籠った笑顔を見せて女性陣に語り掛ける。
そんな説明の数々を無言で聞いていた彼女たちは口を大きく開けて呆けるしかなかった。
シャルティアなどは諦めてもいたし、そんなのどうでもいいとすら思っていた。アルベドの妄想を聞いてはグギギとなるくらいで不死者の自分に生命を宿すなどありえないのだから。
アルベドはそれに驚愕していた……掌の上というかもう数日もすれば『妊娠できていない』という葛藤が顔に出てしまったかもしれないことに先手を打って答えをくれたことに。
実はアルベドとシャルティアは以前ある相談をしていたのだ。
『あの指輪がうまく使えれば……』
『永遠が約束されるかもしれんでありんすね』
いつかは口にしようとしていた話題であったがそれが別の目的で語られてしまい……それが嬉しくてなのかなんなのか……二人して涙をぽろぽろとこぼしながら困惑するばかり。どう言葉を紡いでいいかわからないくらいに。
その光景にあたふたとしながらも喜ばせる方法はと模索した結果、『スローライフ・スローセックス』だなと行動に出た彼らは実は鬼畜の類であったりもする。
一番最初に書いた小説で使おうと思ってた13英雄ネタ。あってるかどうかは知らないw