ナイフ一本あればいい。   作:患者

3 / 6
難産でした。


ナイフがあれば神様だって倒せる。

なんで。

 

「はっ…はっ…はっ…」

 

なんでだ。

 

「はっ…くそっ…」

 

どうして。

 

「はっ……あっ…くっ…」

 

どうしてこうなった。

 

「クソ…足が引っ掛かった…早く逃げ……」

 

 

 

 

 

「はい残念」

 

 

 

 

 

「あ━━━━」

 

首が無くなった自分の全身を見下ろしながら思う。

どうしてこんなことになってしまったのか━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、そこな綺麗な人。如何しました」

 

今日は運の良い日だった。

作った作物は近年最高の出来だったし、普段は村人同士の取り合いで捕まえるのすら難しい鹿を捕まえることもできた。他の村人が何時もに比べて少なかったからだった。

しかもその帰りに旅の途中と思われる女とも出会えた。

赤い髪のとても綺麗な女だった。

 

「……旅の途中に食料が無くなってしまって…獲物を捕ろうにももうすぐ日が暮れる…どうしようかと思っていたところだったのです」

 

しめた。と思った。

今日捕らえたばかりの鹿が自分の背中にあるし、作物だって今日のは最高の出来だ。神様に奉納する分を除いてもどうせ一人では食べきれないし、それなら綺麗な女と食卓を囲むというのも悪くはあるまい。

そしてあわよくば━━━━

そうと決まれば、と思い女を誘った。

 

「え?アナタの家にですか?」

 

勿論。

 

「この通り価値のある物は持ち合わせてはおりませんが…」

 

構わない。むしろ価値があるのは女じし……んん。

 

「恩返しを期待されても困りますよ?」

 

なぁに。一晩程度なら恩返しなんて必要ない。……此方は勝手にやるしな…

 

「そうですか……わかりました。ありがたくご一緒させて頂きます」

 

今日の自分は運がよかった。

だからこんなにあっさり誘いを受けられたことも、今の自分は掠りも考えないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女が寝て、ついにこの時が来た。女は警戒なんて感じさせない寝方で、自分が敷いた寝床に横たわっている。

……女が寝床で寝たことで自分の寝る場所が無くなってしまったが、これからすることを思えばそれも気にならない。

 

「さて…存分に楽しませてもらうか…」

 

ほくそ笑んで、女の寝床に近付いて━━━

 

 

 

ザクッ

 

 

 

ザク?

奇妙な音と共に、自身の下半身から鈍い痛みを感じた。奇怪と思って下を見てみると。

 

自身の右のももに、小さい鉈のような物が突き刺さっていた。

 

「ぎっ」

 

急に起きた衝撃に耐えきれず、今にも叫びそうになった瞬間。口を塞がれ、声は行き場を失った。

 

「煩いから、今は夜でしょ」

 

口を塞いでいたのは女の手だった。

 

「あー変なとこ刺しちゃった…これじゃ死なない…」

 

女は残念な物を見るような目で自分のももに突き刺さった物を見ている。

どうやらこれを刺したのも女の仕業のようだった。

 

「ま、スペアで使い捨てだから別にいいけど。

━━私を抱きたいなら、私を殺せるようにならなくちゃ、殺したら、好きに出来るのに」

 

死体に興味はない。と言いたかったが、痛みと流れる血で頭が上手く動いてくれなかった。口も塞がれていたのもある。

 

「アナタで38人目。村一つ潰せるかどうかって思ったけれど、こんなにいいペースとはねぇ」

 

━━━今、なんと言った?38人目?

 

「んー…驚いてるって顔ね…まぁ多分殺した数のことでしょ。そうよ、37人殺して、アナタで38人目。色々やったわ。

屈強な男を殺した

あどけない子供を殺した

子供を身籠っていた女を殺した

親切に道案内してくれたおじさんを殺した

畑を耕していた青年を殺した

目につく奴らを殺した。全員、これで一刺し。アナタは……二刺しになりそうね」

 

痛みによる絶叫は、いつの間にか恐怖による呼吸の乱れに変わっていた。

そうか、そうだったのか。鹿の取り合いが起きなかったのは、目の前の女のせいだったのだ。それを知らず陽気に鹿を捕まえて、元凶にそれを振る舞って、手を出して刺されて。

自分はなにをやっているのだろう。周りとあまり付き合っていなかったとはいえ、37人居なくなったことに全く気がつかないなんて。

 

「気がつかなくて当然よ。だってそれ、今日の出来事だもの。情報が回ってなかったんでしょ」

 

今日、37人、殺した?なんだ…それは…

 

「さてと……お喋りもつまらないし、さっさと殺しましょうか。逃げたければ逃げれば?追い付いたら殺すから」

 

自分は逃げた。

ももに刺さった小さい鉈のようなものを焦りと恐怖で急いで抜いて、血が出てるのも気にせず一目散に逃げ出した。

体が重い。体が動かない。足に力が入らない。

でも逃げた。アレが怖かった、恐ろしかった。

『人を37人も殺しておいて』まだ殺そうとしている精神が恐ろしかった。

『村一つ潰せるかどうか』で人を殺せる精神が恐ろしかった。

 

「はっ…はっ…はっ……くそっ」

 

どうしてこんなことになってしまったのか━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺し合いでもしに来たか、殺人鬼」

 

「…そうならさぞ楽しいだろうねぇ。でも今回はお茶を飲みに来ただけよ」

 

「早苗ェ!!なんでこいつ家に上げたの!!」

 

「え、だって諏訪子様のお知り合いだと言うもので…」

 

「知り合い?確かに知り合いだよ……敵としてな!!」

 

諏訪子様は怒っていました。そりゃもう、昔カエルに悪戯をした時並みに怒っておりました。どうやら先程私が家に上げてしまったあの赤髪の女性が原因のようですが……私には皆目検討がつきません。

 

「冷たいなぁ。ほら、そんなに冷たいと冬眠しちゃうよ?」

 

「バカにしてる?」

 

とても険悪な雰囲気でした。

まさしく一触即発(片方)、いつ諏訪子様が力をお使いになるのか期待半分、畏れ半分で見ております。

 

「今更かな?単刀直入に言うと、この左目の呪い治してよ」

 

「やだね。それはミシャクジ様を怒らした祟り。あんたが悪い」

 

「だから頼んでるんじゃん。お願い」

 

「やだね。帰れクソ女」

 

……あんな口調の諏訪子様は、初めて見ました。生まれた時からの10年以上の付き合いですが、あんなに口の悪い諏訪子様は初めてです。新鮮で、逆に珍しく思ってしまいました。

……不敬ですかね?

 

「あれからもう数えきれないぐらい時間経つけど、左目見えないのって結構面倒なの!左の敵を殺せないじゃない!?」

 

「お前の事情なんて知るかぁ!?私をあんなに怒らせた癖におこがましい!!」

 

「このわからず屋!」

 

「それはお前だろ!?」

 

……言い争いはさらにヒートアップしていきます。勿論私はあの間に入り込むことなど無理なので端から傍観するしかありません。

あぁ……神奈子様が不在なのが悔やまれます…神奈子様ならば━━━

 

「ただいまー」

 

玄関から声が聞こえました。待ち望んでいた方の声が━━━

 

 

 

「…なにやってる、悪人」

 

「治しにもらいにきたのさ。大昔の遺恨をね」

 

「貴様は諏訪子にした仕打ちを覚えていないのか?もし覚えていながらその態度ならば、貴様は愚か者としか言いようがないぞ」

 

「大昔の事をちくちくと……そんなに嫌?」

 

「当たり前だ悪人」

 

ダメでした。むしろ三人に増えて煩さが上がってしまいました。……あぁ、私は非力です…あそこに入り込める図太さか勇気あればこんなことには…

 

「あーもーいーかげんにしてくださーい!!」

 

……ありゃ、そうでした。私はあそこに入り込めるほど図太い人間でした。

 

「三人共わかってますよね!?絶対これは平行線だって!誰かが折れないと終わらないって!」

 

「ちょっ早苗?その通りだけどこれは…」

 

「諏訪子様も否定ばっかりで私には何が原因かサッパリです!せめて私にもわかるように話して下さい!」

 

私の大声が神社内に響き、やけに静かになりました。三人は私を見て硬直していて、次に動いたのは…

 

「……ぷ、あっはははは!!この子凄い精神してるわ!神様二人と私の会話に堂々と入り込んで来た!」

 

赤い髪の人は腹を抱えて笑いだしてしまいました。

あんまり涙まで流して笑うので、私も少し顔が赤くなっているのが自分でもわかりました。

……今さらあんな大声出したのが恥ずかしく…

 

「ひーっ可笑しいー。ねぇ、名前なんて言うの?」

 

「……早苗…ですけど」

 

「私は刀子、ただの刀子。

━━━あぁもう、絶対治してもらおうと思ってたのに、こんなの見せられたら殺る気もなくなっちゃうわ」

 

……今、字がおかしかった気がしますが私の気のせいでしょうか。いえ、言葉の上からならなにが変換しているのかなんてわかりませんが。

 

「よかったわね土着神、その子のお陰でスプラッタ回避よ」

 

「…いや、なんでお前が上なんだ」

 

赤い髪の女性━━━刀子…さんは涙を拭いて、立ち上がった。

 

「今日は帰るわー…その子見てたら久々に娘にも会いたくなったし」

 

「だからさっさと帰れと━━━娘ェ!?」

 

諏訪子様は酷く驚いておりました。

……いや、あの人の見た目なら子供の一人ぐらいいそうなものですが…今はなき我が母もあれぐらいの年には私を産んでいたと聞きます。

 

「……早苗、一応言っとくけど、こいつは私達と同じかそれ以上の年齢よ」

 

神奈子様がそう言って……えっ。じゃあこの人は人間じゃ…

 

「女は年齢ですら魅力なのよ。まぁ━━━殺されなくてよかったわね、とだけ」

 

刀子さんは真偽から逃げるようにそそくさと神社から飛び出して行った。

きちんと出したお茶と茶菓子は食べて行ってる辺りちゃっかりしてるが。

 

「……嵐のような人ですね…」

 

「あいつの性質を考えると、むしろ凪のようだがね」

 

お二人方はどっと疲れたようで、さっきまでバリバリ出していた神様オーラを引っ込め、何時もの家スタイルに戻りました。

具体的には、寝転んでダラける。

 

「あいつまだ生きてるのかぁ……本当にしぶとい奴…」

 

「あの、さっきから気になってるのですが。というか聞いていたのですが、あの人は一体なんなのですか?」

 

今のところ二柱と仲がとんでもなく悪い赤髪の美人としか情報がありません。

目の前にで身内が見知らぬ人と喧嘩していたらそりゃ気になります。それも結構怨根の深そうな。

 

「あー…話したほうがいい?」

 

「えぇ、私、気になります」

 

「まぁいいんじゃない?どのみち昔のことだし、私ら二人の出会いの話でもあるじゃないか」

 

「成り行きだったけどね……そうだなぁ、簡単に言えば━━━」

 

諏訪子様はとても真剣な顔で。

 

 

 

 

 

「私の信者を全員殺した奴、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━奇妙だ。と私が気付いた時には、既に事は進んでいた。

 

力が衰えている。

 

その事を理解した時には私の周りには誰も居なかった。

私とて馬鹿ではない。神の力が衰えるということは信仰が失われている、ということだ。つまり、私を信仰している連中が、村が、なにかしらあったということ。

病でも流行ったか、飢餓でも起こったか、別の神が信仰を奪いに来たのか。原因は様々に思い浮かぶが、こうパッタリと信仰が無くなるのはおかしい。上のどれかならば、減るとしても多少は残る筈だ。

つまり、私が想定していない事態ということだ。

その事を巫女に伝え、村の様子を見てきてもらう。それが今打てる最善。私に解決出来ることならば、解決しよう。それが信仰にも繋がる。

 

「遅いなぁ…」

 

しかし待てども巫女は帰ってこない。既に夕刻、もうじき日が消える。

 

「しょうがない、あんまりやりたくはないけど……分身を……ん?」

 

最終手段を取ろうとした私の視界に見知った人影が映った。私の社の巫女にして、村人と私と繋ぐ代弁者である少女だ。

 

「遅いよー、なにしてたの……?」

 

待ちかねた。と言わんばかりに声を掛ける私だったが、巫女の様子に疑問を感じた。社に近付いて来てはいるが、何時もより歩くのが遅い。神である私から動くわけにもいかないので、巫女が社に辿り着くのを待っているが……やはり遅い。

 

「どうした怪我でも…」

 

ようやく私の前に来た巫女にその答えを聞こうとしていて、私は『油断』していた。

そして、遠からず近しい仲である巫女が発した言葉で、私は警戒を思い出した。

 

「お逃げ下さ……」

 

 

『巫女の首が飛ぶと同時に、私の首にも刃が当てられていた』

 

 

「!?」

 

警戒はしていた。巫女がやけにボロボロな状態でお逃げ…と言った辺りで警戒した。しかし、相手はやり手だった。

油断よりもさらに隙の大きくなる瞬間━━━つまり、油断が警戒へと切り替わる一瞬で、相手は私に攻撃を仕掛けた。

敵は巫女の後ろに張り付いて巫女の体を動かしていたのだ、気配を消して、ギリギリまで殺気を感じさせず、最大の油断と警戒をさせてから攻撃を行った。

 

「くぅ…っ!?」

 

やり手だと言わざるを得ない。神である私が咄嗟に腕を一本捨ててしまうほどに、敵の不意討ちは見事だった。

そして理解する。私の信仰が減っていたのは目の前の敵の━━━!!?

 

「な…に…?」

 

私は膝をついた。あり得ない、この私がたかが腕一本だけでここまで消耗するなど……

 

「不意討ち失敗。けどまぁ、あの村の奴ら皆殺しにしたから、力出ないでしょ?」

 

やはりか━━━っ。原因はこいつだ。まさか私を殺すためだけに民衆まで殺すとは……一体どこの馬鹿げた神の仕業だと言うのか…!

 

「神?残念ながらこれは人災よ、私が一人でやったこと。あの人間達?残念ながらあれは私の趣味よ、時間はわりと掛かったけれど…別にあいつら殺さなくたって私はあんたを殺しにきてた」

 

私は絶句した。こいつは今何と言った。我欲で人を…百を越える人を殺したというのか。

私は激怒した。こんな馬鹿の為に私の信者が死んだと知って、久しく本当の怒りを覚えた。

 

「許さない、許さない、許さない、許さない…!!」

 

呪詛のように呟く。事実それは呪詛のごとき怨み言。

我は祟り神、ミシャクジの統一者。

土着神の頂点……洩矢諏訪子!

 

「んー…?」

 

奴に祟りを!

奴を殺す祟りを!

未来永劫、来世まで消えぬ祟りをッ!!

 

「なんか嫌な感じ…ね!」

 

心の臓を貫かれた。……だからなんだと言う。

奴への怨みは、怒りは、この程度で消えたりしない。

奴の表情が歪んだ。私がまだ死んでないことに憤りでも感じたか。笑みが浮かぶわ。

 

「チッ…!?」

 

私は最大の怨みと怒りを込めて、目の前の怨敵を祟る。

白い巨蛇の群れが、奴へと襲いかかった。

 

「なにこれ…」

 

刃物なぞ、通るわけもない。

これは怨み、怒り。切れるものではない。

 

「がっ…あぁぁぁぁぁッッッッ!!!?」

 

巨蛇に体を貫かれ━━━といっても腹に穴が空いたわけではないが。奴は悶え苦しんでいる、ミシャクジの祟りで。

 

「こ…の……ぐぁッ……死………私…が…」

 

目の前でバタバタと暴れる女…奴はもうすぐ死ぬだろう。信仰は減って弱まったとはいえ、祟り神が全力で祟ったのだ。同じ神でも只では済むまい。

しかし……私はある一点を見ていた。こんな状況になっても手放そうとしない奴の持った刃物。アレから発される何か得体の知れない力。おそらく私の消耗は信仰によるものだけではない、あの刃物に切られたのもある。…あくまで予想だが。

 

「━━━━━━」

 

……やがて奴の動きは止まった。気配を感じても、生気はない。

死んだか…。

しかし、此方の被害も甚大だ。信者と巫女は死に、私も半死半生。……復興にどれだけ掛かるかわからない。そもそも早急に信仰を得なければ存在その物が━━━

 

 

ドクン

 

 

私は振り返って凝視した、死に絶えた筈の奴の体を。

 

「……とんでもない祟りね」

 

声が……こえ…が……

 

「私は不死身、不死の体。死んでから蘇るタイプのね。……しかしヤバいねこれ、蘇ったのに残ってる。左目が見えないや」

 

奴は左目を押さえながら立ち上がった。

……馬鹿な、あり得ない、嘘だ。私の祟りは生半可な不死など簡単に葬る、つまり奴は神にも匹敵する不死性を……

 

「本来の力なら蘇っても全身祟られたままだったのかな?だとしたら弱体化させといて正解だったわけか…危ない危ない」

 

刃物の存在を確かめるように振る。…イメージは私の首か。

 

「さてと…」

 

奴が改めて此方を向いた。

…私も年貢の納め時か、まさかこんな終わりとは考えもしなかった。…それが油断か、それが侮りか。それを見事突かれてしまったわけだ。涙も恐怖もしない。こんな体たらくだが、私は神だから。

 

「じゃあ、殺しちゃ━━━」

 

首に振られるであろう凶刃を見ていた視界は、次の瞬間には横へ吹き飛ぶ奴に変わっていた。

……なにが起きた。

 

「……最近力を増しているという洩矢神を取り入れようと遠路遥々来てみればなんだこれは。人は居らず、肝心の神が死にかけているとは」

 

目の前には、神がいた。

後ろに神々を控えさせながらも大きく、存在感を放ち続ける。弱体化前の私と同じかそれ以上の力を感じさせる存在が。

 

「ふむ……今吹き飛ばした悪人一人の仕業だと思うが…いやはや、恐ろしいものだな」

 

……その御柱には見覚えがあった。大和の神が一柱、八坂神だ。まだ神としては若いながらも、その力を存分に奮って力を増していると聞く。

…何故こんな時に。

 

「お前の国を攻めるつもりでやって来た。と言ったらいいか洩矢神よ」

 

「……」

 

「と言っても、もう攻める場所などなかったが」

 

……なんだろうか。状況が状況だけに仕方ないのだが、やけに上から目線な神だ。消えていた筈の怒りが少し再燃するぐらいには。

 

「さて…ふむ。このまま領土を奪い取ることは容易い、しかしだ、しかし…」

 

…八坂神はなにかを考えている。

……奴はどうなったのだろうか、御柱に潰されていたが、再生でもしているのか。

 

「うむ…そうだな、洩矢神よ。お前の力をこのまま消すのは惜しい、私の下に降りよ。さすれば、消えかけのお前の力もある程度だが復活する」

 

「……そりゃ、ありがたい提案だ八坂神よ。しかし、私は見ての通りの虫の息、こんな神を取り込んだところで大した力になるまい」

 

「なに。残っているなら力などどうにでもなる。私は、お前の力が消えるのが惜しいと言っている、早く決めるといい」

 

…上から目線だが、提案は非常にありがたかった。このまま消えるぐらいなら、軍門に降りるのも仕方ない。

要するに、命か、意志か。

……まぁ、死にたくないと言えば本当だ。あれの下は癪だけど、なにもできずに無くなるよりは、全然マシ。

それに、私にはもうなにもないから。

 

「…は、はは。こんな、なにもない奴でいいなら自由にしろ。どうせこのままなら消える身だ」

 

「うむ、英断だ。約束しよう、八坂神の名に置いてお前に嫌な思いさせん」

 

そりゃありがたいことで。

 

「では……━━━まだやるか悪人よ」

 

八坂神の覆う気配が変わった。先程は接待、これからは戦闘と言ったところか。

 

「……全く、急に出て来て人のこと潰しといて…」

 

御柱によって抉られた地面から、ゆっくりと奴は姿を現した。……やはりとてつもない再生能力だ。

 

「まだやるならこの八坂神が相手になろう。貴様が死んだ回数を忘れるほど、潰してやろう」

 

「こわいこわい……まぁ、全開の神様の恐ろしさは身に染みてわかったし…今回は手を引くよ。本当は身を焼くぐらい殺したいけどネ」

 

奴は言いたいことだけ言ってそそくさと逃げ出した。

……あの嵐のような女は、私に深い傷を与えて消えた。

 

「…次会うことがあれば、容赦はせんさ。━━━よし、じゃあ洩矢神よ」

 

「なんだ八坂神」

 

「一先ず……酒といこう。話はそれからでも遅くはない」

 

……大和の神はなにかあれば酒と聞いていたが…本当だった。

いや別に嫌いじゃないけどね、酒。




この時代にこんなに言語が発達しているのか、というツッコミはご遠慮下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。