ナイフ一本あればいい。   作:患者

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色々時代がおかしいし場面転換も滅茶苦茶です。前の話との時系列もバラバラです。


ナイフがあれば子育てが出来る。

「……」

 

…緊張していた。

 

「……」

 

…この私が。

 

「……」

 

…この扉の向こうに居る一人の人物に会うだけのことに。

手に持ったトレイがカタカタと震える。その上に乗るカップに入った紅茶が波を立てる。

私は、十六夜咲夜は、緊張していた。

 

「…ふぅ……」

 

息を吐いて、覚悟を決める。

どちらにせよ避けては通れぬ道だ、仕方ない。なに、簡単なことだと思い込めばいい。育て親と久々に会う程度、お茶の子さいさいだ。そう思い込め、私。

 

「…」

 

いざ。

扉を開けた━━━

 

 

 

 

 

「あら咲、久しぶりね」

 

「………はぁ…変わんないですね」

 

客室の椅子の真ん中に堂々と座った女性。

彼女は私を見ると、昔と全く変わらない顔と容姿のまま話しかけてきた。……こういうのは私から話しかけるべきだと思うのだが。

 

「ケケケ……変わらないのは見た目だけ、随分大人しくなったものよ私も。それにしても敬語が上手くなったわね?」

 

「えぇまぁ、随分と経ちますもの」

 

「そっか…もうそんなに前か、私があんたを此処に置いてったの」

 

彼女は遠い思い出を懐かしむように、目を閉じた。

……彼女は私の育て親で、師匠だ。切っても切れない関係で、私はなんだかんだと彼女に感謝をしている。最初の緊張はあくまで久々に会う故の緊張だったわけで。決して他意はない。…少し嘘をついた。

 

「それと、今は咲ではなく、咲夜です」

 

「……あら、名前を与えられたの。ここの主は余程従者想いのようね」

 

「えぇ、一生仕えてもいいと思うぐらいには」

 

彼女はケケケと笑う。まだ少し緊張が抜けてない私だが、彼女はこの会話を楽しんでいるようだった。

……だが緊張も許してほしい。だって彼女は最初から今に至るまで、ずっと片手にナイフを持っているのだから。

 

「……その、ナイフは仕舞わないので?」

 

「んー?…あぁこりゃ参った、また知らない間に抜いちゃってた」

 

ナイフを仕舞う。

だけどどこに仕舞ったのか、この距離で見ている私にもわからない。相手に獲物を見せない、彼女の得意とする技能の一つだ。……教えられたのだから、そりゃ知っているとも。ナイフをずっと手に持つ癖も変わらない。

 

「まぁ今日は咲……夜の顔を久々に見たくなってね。座ってよ、久々に会話しようぜ」

 

彼女のお誘いだった。いや…私には仕事が。

 

「問題ないよ、今日1日メイド借りますって許可貰ってるから」

 

……本当だろうか。なんて疑っても仕方がないのだが、多分本当ではあるんだろう。

昔何度も殺されかけたせいでなんとなく信用が出来ないのだった。

というか、ん?1日?

 

「そうだよ?だって、この後やるでしょう?弟子の成長は見たいものね」

 

さらっと言ったが、私にとってそれは死刑宣告にも似たものだった。

動揺で揺れる視界を感じながら、ふと思い出した。

━━━昔も、師匠はそんなかんじだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ教えるわね」

 

「……なにを?」

 

赤い髪をした女性は、私にそんなことを言ってきたのだった。

一応言っておくと、彼女とは赤の他人という訳ではない。一緒に旅をして1ヶ月程度の仲だ。

 

「なにって…これよこれ」

 

彼女は先程からもずっと手に持っていたナイフを私に見せびらかせた。……戦闘術でも教えるとでも?

 

「戦闘術じゃないわ、生きるための術。咲がこの先死なないようにするための術よ」

 

義務感なのかそうではないのかは知らないが、どうやら私にそういうことを教えるらしい。此方の拒否権は勿論なかった。

彼女は、いい?よく聞きなさい?と前置きをして

 

「咲、獲物はしっかりと持つ。

離してはダメ、武器を捨てるのは敗北と同じよ。

あんたの体で近接なんてもっての他。

急所をただ狙いなさい。当たれば勝ちよ。

飛び道具としてならまぁ許せるわ。ただ、相手に利用される可能性を考慮するのと、もう1つ以上武器を隠し持っている状況だけにしなさい。

なにを使っても構わない、殺すのは生きるため。相手のことなんか考えるのはやめなさい、躊躇は隙を生む」

 

……まだ二桁にも満たない年齢の少女に、そんなことを洗脳の如く教え込んできた。確かに私は同年齢の子達と比べると少し大人びてるけれど、それを全て覚えきれるほど賢くはなかった。

 

「……わからないよ、トーコさん」

 

素直にそう言った。

ナイフを持った彼女…今更だが私はトーコさんと呼んでいるが。私はどうやら彼女から処世術を教えてもらっているようだ、これが世間で言う処世術かは私にはわからなかったが。

 

「わからない?うーん、確かに戦ったこともないのに言葉だけ覚えさせてもねぇ………そうだ、とりあえず死にかけてみましょう」

 

え。と言った次の瞬間には、私の太腿は彼女の手にあったナイフに貫かれていた。

 

「ぎッ……ぃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??」

 

痛みに堪えかねて倒れる私。ナイフが抜かれると、貫かれた箇所から血が流れて止まらなくなった。

 

「太腿。刺しても即死はしないけれど、まぁ相手の機動力を落とすのなら効果的じゃないかしら」

 

当の本人は全く気にしてないように解説を始めた。

今も私は痛みで叫んでいた。……そうだ、彼女はオカシイ。なにがそうさせたか幼い私にはわからないけれど、こういうことが平然と出来る彼女がオカシイことは幼くても理解していた。

 

「ま、私から言わせてもらえば機動力を落とせるタイミングがあるならさっさと頭か胸か首を刺してしまえと言いたいけどね。っておーい、大丈夫ー?」

 

勿論大丈夫ではない。もはや声を上げることもできず、視界が白く霞んできていた。血を流しすぎた、ということか。

……死の一歩手前とはこういうのだろうか?だとすれば彼女の試みは見事成功だ。この後すぐ死んでしまうことを除けば。

 

「………」

 

彼女が何か言っているが聞こえない。

私は結局目を開けないまま、彼女の突発的な試みに巻き込まれてその短い生を終えた━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

「なんのっ!」

 

私と彼女は、館のメインホールで打ち合っていた。

勿論、組み手でもなければ接待でもない。彼女は私を殺しに掛かっている、だから私も全力で抵抗している。

……彼女が昔私に教えようとしていたのはこのことなのだろう。『相手が殺しに掛かって来てるんだから、此方も全力で殺し返してやれ』と。

最初のあれ以降は私は武器を持たされ、時折殺しに来る彼女から全力で抵抗して、全力で逃げた。

そんな生活を数年過ごした。

それが彼女の教え方。

彼女と正面から打ち合えるようになる頃には、私の身長も大分大きくなっていたものだ。

 

「あっはは!凄い数のナイフ!どこにそんなに仕舞ってたのかしら!」

 

そしてそれは今も変わらない。私は彼女に置いていかれた後も、ただ磨いた。腕を、戦法を、能力を。いつ殺しに来るかもわからない彼女を想いながら。

 

「ただのマジックですよ!さっきの師匠みたいな!」

 

飛び道具として使うナイフは常に10本は携帯。

メインのナイフは2本。

投げたナイフは能力で回収して相手に利用させない。

壁の反射すら利用して、ただただ狙うのは相手の急所。ついでに近寄らせない。

……教えられたことは気がつけば体が覚えていた、だからそれを伸ばした。教えられたことをスムーズに行えるように、研究した。

 

「ほぼ常に急所に飛んで来るナイフとか怖い!打ち落としても次が来るし!落としたナイフは消えるし!随分成長したんじゃないの!?」

 

怖い、なんてほざきながら彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。

果たしてどんな理由の笑顔なんだか━━━

弟子の成長を喜ぶ?ないない

相手が強くて楽しい?ないない

単純に彼女は私を『どうやったら殺せるか』という状況を楽しんでいるだけだ。……全く自分の師匠ながら変態がすぎる。

 

「それはどうも…」

 

私も私で死にたくないので彼女の間合いに入らぬように、それでいて自分の投げナイフの威力が落ちない範囲に逃げながら、追い詰める。

……あぁそうだ、この勝負の決着の付け方なのだが。なに簡単だ、相手の急所に一本入れたら勝ち。

え?死ぬ?はは、だから私はこうやって逃げてるのよ。死なない術を全力で使いながら。

 

「ところで!今回はどこで終わりにしますか!」

 

「無論、死ぬまで!」

 

一応聞いてみたが、返事は予想通りもいいところだった。

今まで何度もコレをしてきたが、本当に変わらない。最初刺された時から一切変わらない。……あぁ、ちなみにあの最初のは普通にあの後生きてたよ。師匠がなにかしたみたいだけど。

 

「あはははは!!」

 

彼女は笑う、私が投げるナイフを捌きながら。

……さて突然だが、気づいた人は気づいただろうか。彼女が世が世なら、快楽殺人者と呼ばれる類いのモノだということを。殺しを楽しみ、殺しを生き甲斐とする。生きるためとかなんだとか言いながら、結局楽しんでいるのだから質が悪い。

もっとも、彼女が殺すのは人間に限らないし、彼女は何時からか、既に意志が芽生えた頃には生き物を殺していた。

彼女自身から聞かされた話だ。

 

「どうやって刺そう、どうやったら切れそう。」

 

そんな彼女に拾われた私は不幸なのだろうか。

突然刺され、突然切られ、突然殺し合いが始まる。そんな関係の彼女が育て親なのは、はたして幸運であるのか。

違うだろう、世間一般的にそれは不幸だ。

しかし、私は彼女を慕っていた。親愛を向けていた。感謝もしていた。

…彼女を家族と、母親と呼んではダメなのだろうか。

 

「…んー?」

 

普通の母親ならば、娘にこんなことはさせないだろう。

 

「急に止まってどうしたの咲━━━」

 

私は、彼女に抱き着いていた。こんな状況だというのに、武器を全て放り投げて、彼女の体を抱き締めた。離さないように。

 

「近接は出来るだけするなって……もう、どうしたのよ」

 

投げ技でも行おうとしてると思われたのか、彼女はナイフを構えたが、なにもせずただ肩を震わせる私を見て動きを止めた。

 

「どうして…置いていったの、トーコさん」

 

私の声も震えていた。それはずっと聞きたかったこと。

抑えようとはしていたが、彼女の顔を見る度に想いは募ってしまった。

 

「私は…貴女の娘ではダメでしたか」

 

「……」

 

「戦う術を覚えました、生きる術を覚えました、作る知恵を、支える知恵を、話す知恵を。思い付くこと全て覚えました。でも貴女は私を置いていった」

 

なにがダメだったのですか。

その言葉は喉が掠れて言えなかった。

 

「……」

 

私は無言になった。彼女の反応はない。

━━━あぁやはり、私は彼女と居る資格はないみたいだ。

そう、思った。だから離れようとした。

 

「咲夜━━━いや、咲」

 

でも、離れられなかった。彼女が私の体を抱き締めたからだ。

 

「お前がなにが言いたいのか、よくわかる。あの時は仕方がなかった、言い訳だけど。

………でも、これだけは言える。間違いなくお前は私の娘よ」

 

………その言葉を、聞きたかったのだろう。

それは子供なら誰もが思う疑問、当たり前だと思うことを疑問に思う。━━━自分は親に愛されているのだろうか?そんな疑問。その答えを得るのが、私は少し遅かったということ。

 

「ごめんね咲、置いていったりして」

 

「トーコ…さん……」

 

私は、親の愛を知らずに育った。

だからこそ、どんな形であれ彼女が言ったことに応えようとした。刷り込み効果なのかもしれない。それが始めてだったから、それを愛と勘違いしただけかもしれない。

けれど、私はこの人を愛していた。

 

「今日は…やめにしよっか。久々に一緒にお風呂とか入りましょ」

 

その言葉に、私は笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、魔女だった。

わたしは、他の人と違っていた。

 

━━━なんだこいつ、気味が悪い。

 

わたしは、不思議な力を持っていた。

産まれつきの、時間が止まってる感じの。

 

━━━きっと悪魔よ!

 

わたしは、捨てられた。

わたしは、捕まった。

 

━━━その化け物を殺せ!

 

変な人達がわたしの体を触って、痛いことして、殺そうとして。

わたしはなにもしなかった。━━なにも知らなかったから。

 

━━━なんだお前は…ここは国の施設だ……ぞ……?

 

でも空に浮かぶ眩しい物が何度も昇った何時か、その日だけは触られること、痛いことも、殺そうとすることもなかった。

 

━━━緊急!緊急!侵入者は一人!職員と収容者を次々と殺している!

 

大きな音が響いていたけど、わたしにはそれがなにかはわからなかった。

暫く音が鳴った後に、わたしに痛いことをしていた人の一人がわたしの目の前に来ていた。

 

━━━助けてくれ!あの化け物を殺してくれ!

 

檻?というものにすがりついて、その人は変な顔をして、涙を流しながらわたしにお願いをしていた。……けれど、なんでそんなことするかがわたしはわからなかった。

 

━━━ひぃぃ!?お願いだ助けてくれ金ならや……

 

「あら、金で釣られるような軽い女に見えて?」

 

頭が無くなって動かなくなった、無くなった頭は変な顔のままだった。

 

「職員は今ので最後かしら。手応えのない」

 

頭がなくなった人のその横には、赤い髪の綺麗な女の人がいた。

 

「ふーん?こんな小さい子も牢屋に入れられる時代なのねぇ」

 

女の人はわたしを見ていた。

 

「そうだ。ねぇ、あんた此所から出ない?折角だし一人ぐらいは生き残りがいてもいいじゃない」

 

わたしには、女の人言ってる意味が少しだけ理解できた。わたしを出そうと言うのだ。

 

「どうせだし可愛い女の子の方がいいわよねぇ。それそれと」

 

女の人は手に持ってた武器でカギを開けたみたいだ。手際?が良かった。

 

「そら行くわよ」

 

女の人がわたしの手を持った。

 

「ケケケ……大した奴は居なかったけどまぁ、結構殺せたし今日のところは殺さないであげる」

女の人はわたしを肩で抱えながらも、帰り道にいた残っていた人をすれ違い様にを突きさしながら、走っていた。

 

「でっぐちー」

 

するとあっという間に、出口だった。

将来のわたしっぽく言うと、正面玄関から堂々と、行きも帰りも堂々と。彼女はまるでちょっと寄り道するように、1つの施設から帰還した。ナイフは一本で。

 

「じゃ、後は自分で頑張んなさい。私はまたどっか行く━━━って、どうしたの?」

 

わたしは、何故か女の人の服を持っていた。

……離れたなくないのかな、寂しいのかも。

 

「………あぁもしかして、『なにもない』子ねあんた」

 

女の人はなにか考えてるみたいだった。

さっきの人みたいに頭取れるのは嫌だな、とわたしは思った。

 

「さてどうしようかなー。紫に渡すのも気が引けるし…」

 

武器をグルグルと、ピエロみたいに回したり投げたり。女の人は怖くないのだろうか。

 

「うーん。まぁいいけどねぇー。どうせ一人は暇だし、小さい子連れてたら入れる場所も増えるでしょうし」

 

突然、女の人はまたわたしの手を取った。

……今度は、さっきと違って優しい持ち方だった。

 

「一緒に行きましょ、そんで教えてあげるわ。この世界の生き方を」

 

それからわたしは何も知らない頭で理解した。

━━━この人に着いていけばいい。

それは生存本能だったのか、目の前の安全にとびついた結果だったのか。この1ヶ月後ぐらいに起きる大惨事のことを思えば安全にとびついた結果っぽいけれど。

とまぁ、正解は今となってはわからないけれど、これだけは言えるのだ。

 

━━━あの時着いていったから、今の私は幸せなのだと。


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