あ、連載作品ですがあんまり長く連載はしない予定です。10話程度を予定。
暗い森の中。
少し前までは名前すらなかったこの森の中を、たった一人、明かりと共に歩く銀髪の女性が一人。
「…また随分と散らかったわね」
彼女は辺りから漂う血と肉の匂いに顔しかめながら森の奥へと進む。
辺りからは獣の声が鳴り、よくわからない植物がウネウネと地べたを這っていた。
少し上を向けば巨大な百足と見るからに凶暴そうな鳥が争っている。
だが彼女は特に気にした様子もなく進む。まるで見慣れた光景のように。
「…はぁ、またそんなに汚して」
暫く進んで、ようやく彼女のお目当てのモノが見つかった。
「……」
それはヒトガタではあった。確かに人間の女の形をしていて、死んだように座り込んではいるが、呼吸はしている。生きている。
その女のヒトガタの周りは今まで以上の血と肉が散らばっているのだが。勿論、本人も血と肉にまみれてもはや死体にしか見えない。
「と━━━」
━━瞬間だった。
ヒトガタに声を掛けようとした彼女は、一瞬の内に押し倒され、組伏せられ、『ナイフ』を首に押し付けられた。
犯人はどうやらそのヒトガタのようだった。
「……私よ、刀子」
「……あれ、永琳じゃん。なにしてんのよ」
銀髪の女性はため息をついて、ヒトガタはまるで無意識にこの行動に出てしまったように。
二人の視線が交差した。
━━━━━
私は、外の調査に出ていた。いつも通り護衛を数名連れて、外の生物と植物。
……あと、妖怪の。
でも毎回思うが、夜に行く必要は微塵も感じない。明るいほうが見やすいではないか。
まぁそれは素人の私の意見であって護衛達曰く、生物が寝静まったタイミングが一番安全だかららしいのだけど。
「八意様」
「なにかしら」
「八意様に私ごときが意見を言うなどもっての他なのですが……いつもと雰囲気が違います」
護衛の一人がそんなことを言い出した。
……勿論、私が気付いていない訳がない。何十回と通った道だ、何が生息していてどんな道なのか、全て説明できる。
だが、今日は違った。今日だけは違った。
1つ、いつもは現れる生物が一匹も現れない。
2つ、何時もより血の匂いが強い。
3つ、妖怪…この辺りの妖怪が影も見せない。
明らかに異常だった。何十回と通った中で、初めてのことだった。
「八意様…」
護衛の一人が帰還を推奨する。
安全を考えれば、確かにそれが一番得策だった。一度帰り、こんな護衛部隊ではなく軍隊や他の研究者達に呼び掛けてから改めて調査すればいい。
だが私は先へ進むことを選んだ。研究者特有の好奇心だけで進むことを選んだ。
焦る護衛達を連れて、先へ進み、少し開けた場所に出た。
そしてそこにあったのは、やはりと言うべきか、異様だった。
「なんだあれ…」
護衛の一人が思わず口に出した。
だが、今回ばかりは同意見だっただろう。
それは、なんと形容したらよいのだろうか。ただそのままの状況を言葉にするのらば、
『巨大な狼の妖怪の群れで積み上げられた山の上に、ナイフ一本を携えた血まみれの全裸の女が居た。』
しかし。そんな状況には似つかわしくない程、その女は美しく、神秘的で、神々しくさえもあった。
血か地毛かわからない赤い、長い髪を垂らしながら、女は護衛や私の視線など気にしてないように、山となった狼の妖怪の上に寝そべっていた。
「…え?」
寝そべって、どうやらそのまま寝ているようだった。
これは…どうしたらいいのだろうか。放ってはおけないという気持ちも勿論ある。同種族で同姓と思わしき存在が全裸でこんな所に居るのだ、気にならない訳がない。
しかし、此方も当然のことなのだが、こんな状況を見て恐怖を感じない訳もないのだ。
「永琳様…如何なさいますか」
護衛達が何時でも私を守れるようにと配置につく。
大量の死体。ナイフを持った血だらけの女。
この異質な状況に護衛達は危険を感じ取ったらしい。流石日頃から危険と隣り合わせの護衛の職に就いているだけはあるようだ。私なんてまだ実感が沸いてないというのに。
一応弁解すると、私も何度も危険なことは犯している。だが、相手がアレだ、危険を感じようにもどうにも気が抜けてしまう。手に持っている物を除けばだが。
「そうね…発信器は付けれそうかしら」
「取り付け自体は簡単です。そうなさいますか」
私出した案、発信器を付けて暫く様子を見る。だった。
「えぇ。なるべく刺激しないように、発信器だけつけて暫く監視しましょう」
「了解です」
護衛の一人が懐から小さい機械を取りだし全裸の女へ近付いて行く。
……ふと思ったが、状況とナイフで霞んではいるが仮にも全裸の女。護衛の中には男も混じっていた筈だが……いや、やめよう。護衛が全員女を凝視しているのは警戒から来るものだと思っていよう。
そんな、場違いな考えをしていたのは間違いだと、私は直ぐに思い知らされた。
「━━━え?」
気がつけば、私の顔面に生暖かい液体が掛けられていた。
咄嗟というか、人間の無意識的行動の内にその顔についた液体を手で拭いて、そして気付いた。
これは血だ。
「全員戦闘体勢!!」
護衛の隊長格の一人が瞬時に状況を理解し、前を見ながら周りに声を上げる。
だけれど…そのことに気づいていたのは私だけ。
「どうした!返事は…」
"ゴトリ"
なんてことはない、その隊長格の首が地面に落ちた音だ。
残った首無しから血が飛び散る。
首無しが力なく自身の血で出来た血溜まりへ倒れた。
首と目が合った。
「う…うわぁぁぁぁ!!?」
護衛の一人の脳が2つの死体を遂に受け入れたらしい。恐怖と戦慄の声を情けなく上げながら、背を向けて逃げ出した。
「うわぁぁぁぁ!あっ…」
しかしだ、女はどこへ行った?
答えは逃げた護衛の目の前だ。
「あ…あ……ぁっ」
頭に一突き。
ヘルメットと頭蓋骨なんて関係ないように、女が突き刺したナイフは根元まで護衛の頭に突き刺さった。そしてそのまま横へ、護衛の頭がケーキのようにカットされた。
"ドチャ"
脳と血を撒き散らしながら死体は倒れた。
そして私はようやくこの状況で、相手の獲物をハッキリと視認したのだった。
━━刃渡り…その方面は素人なので目測になるが20cmほど、ナイフとは言っていたが小さい小刀のようだ。柄と刃だけで出来たシンプルな物のようだが、その切れ味は先ほど見た通り。危険と言う他ない。
しかしだ、今更な疑問だが何故、何故こんな獲物を彼女は所持している━━━
「あ」
気がつけば、私以外全滅していた。
辺りにはもう、血と肉しか残っていなかった。
「━━━━━━」
女は、言葉とは言い難い獣の呻き声のようなものをあげながら私へ近付いてきている。真っ正面だ。
返り血で赤色にしか見えない獲物を揺らしながら。
地面に着くほど長い赤髪を垂らしながら。
神々しさすら感じた裸体を、血で汚しながら。
彼女は、腰が抜けてへたりこんでしまった私の前まで来た。来てしまった。
「」
彼女はナイフを構えた。狙いはおそらく私の首。
一瞬だろう、ヘルメットと頭蓋骨すら意味をなさない切れ味。一瞬で、私の首と体はバイバイするだろう。
━━あぁ。決して短いとは言えない人生だったが、贅沢を言えばもうちょっと生きたかった。
あぁ。走馬灯というのは本当に見えるのか━━と科学者らしく関心を抱いたところで、あれ?と私は残り短い命で考えついた。
━━━そもそも、先に手をだしたのは此方では?発信器をつけるだけだったとはいえ、それを彼女は敵対行動と見なしたのでは?
そうだ、彼女は最初眠っていた。血と肉にまみれながら、狼の妖怪を寝床にして眠っていた。
それを妨げたのは私達では?
だから彼女は攻撃に出た。
自分に害を与えかねない私達を排除すべく。
あぁもう。気付くのが遅い。もっと先読み出来ていればこんな事態には……とはいえ、もう遅い。 護衛達は全滅し、私は殺される一歩手前。有り体に言えばもう、無理。
諦めも諦め。私の精神はもう終わりを受け入れていた。
「━━ごめんなさいッ!」
あれ、今のは誰の声だろうか。
「そんなつもりじゃなかったの!決して貴女に害を与えるつもりはなかったの!ごめんなさい!許して!殺さないで!」
……精神は諦めても、体は正直だった。ということ。涙やその他体液で顔を濡らしながら、みっともなく、すがり付いて懇願していた。
助けてください。殺さないでください。
果たして、そんなプライドすら捨てた私の命乞いに彼女は。
「……」
彼女はなにも言うまでもなく、ただ黙ったままナイフを下ろし、再び狼のベッドへ寝そべった。
……本当に何事もなかったかのように、先程の惨殺劇が嘘のように。
「はっ…はっ…はっ…」
緊張と恐怖で私の呼吸気管はおかしくなっていた。動悸が起きて今にでも倒れてしまいそうだった。
「あっ…くぅ…」
それでも私は、上半身だけで動かない下半身を引きずってその場から離れようとした。死に体で、泥まみれになりながら私はその場から離れた。
もうあの場に居たくなかった。それほど私の体は恐怖に染まっていたのだろう。逃走本能だけで動いていたに違いない。
今思えば、どっちにしたって危険なのには違い無かったわけだが。
━━━━━
「全く……時々来ないと服も体も血だらけなんだから貴女は」
「ケケケ…面目ないね」
ナイフを持った彼女……今は刀に子と書いて『トウコ』。わかりやすい名前だ。
誰のものかもわからないほど血を吸ったシャツを脱がして、今朝洗濯したばかりのタオルを手渡す。どうせすぐ汚れるだろうが。
「ほらタオル、とりあえず拭いてしまいなさい」
「せんきゅー」
彼女はタオルを受けとると、顔、上半身、頭。下半身は私が前に止めたので今はしないが。順に拭いていく。
「うへぇ、白いタオルが血で黒くなっちゃった」
「毎回よ。洗っても落ちないから捨てることになるのよそれ」
「毎回新しいタオル買ってくれてるの?ありがたいなぁ」
「……別に、親友じゃない私達」
「ケケケ……永琳の親友発言ってどことなく裏を感じるよね」
「射たれたい?」
冗談冗談。彼女はそう言って立ち上がった、近場の水辺に行くようだ。こびりついた血を落としに行くのだろう。……私か来ないとそもそも落とすという発想すらできないのか。
「一緒に入る?」
「水よりお湯のがいいわね」
「あら贅沢。きっと水なんて昔ほど貴重じゃないのね」
彼女が歩き出すので、私も釣られて歩き出す。
…もう結構になるルーチンワークのようなものだ。
「〜♪」
鼻歌を歌いながらも、決してその手からはナイフを離さない彼女を見て思い出す。
━━━あぁそうだ、今は仲良くしているけれど、彼女との出会いは最悪だった。
もう何年も前、思い出すのも苦労するほど前の話だ。けれど。
「その後のことがあったからこんな関係なのかもね」
「んー?なんか言ったー?」
「別に…貴女は変わらないわねって、ありふれた台詞よ」
そう。あれは私が酷い形相で逃げ出した後だったか。あの出来事がなければ私達はこんな関係ではなかっただろう。
━━━━━
「はぁ…はぁ…はぁ…」
私は逃げていた、あの恐ろしいモノから。
逃げると言っても、未だに満足に動かない下半身を引きずってだが。万が一追いかけられてたらもう既に捕まっていただろう。
しかしだ、やはり今日の私は頭が鈍いらしい。こんなことすら予測出来ないとは、天才の名が廃る。
「━━━━━」
声だ。声だった。無論声と言ってもただの声ではない、獣の、それも大分狂暴な奴。それが、私の前から聞こえてきた。
「しまった…ッ」
懸念していた状況の筈なのに、全く意識していなかった。先程の状況から逃げるのに必死ですっかり忘れていたらしい。
そもそもこんな森に来たのは最近増えている狼の妖怪の動向を探る為だというのに。
「━━━━━」
そして、私の前に、一体の狼が立ち塞がった。
とても大きく、狂暴そうで、鋭い視線を私へ向けていた。
おそらく、この個体は前より度々報告されていた群れのボス……それにしては、やけにお怒りのようだが。
あ。と私がその理由に気付いたと同時だった、巨大な狼は私へ襲いかかってきた。
「なんて日…」
自棄気味に呟くと、私は目を閉じた。もう、ダメだ。私は今日死ぬ定めなのだと━━━
でもまぁ、これは普通のことだと思うのだけれど、一般的なことで別に私に限ったことでない筈だけど。
目を閉じた状態で私じゃない他の肉を切る音がしたらビックリして目を開けるわよね?
「━━━━ッ!!!」
目を開けた先では。これは見たままの光景を言葉にするのだが━━━ 先程よりもそらに怒り狂った様子の狼と、その巨大な狼の頭にしがみついてナイフを突き刺す全裸の女がいた。というか、さっきの女だった。
「アァァァァッッッ!!!」
「━━━━!!!」
狼と女が争っている。私の目の前でだ。
女がナイフを振ると、おそらく丈夫なのであろう狼の皮膚を容易く貫き、切り刻む。
狼が女を振り落とそうと、狼は激しく体を動かす。だが女は片手の両足だけで、狼にしっかりとしがみつき、離れない。
「ひっ…」
私は再び女に対する恐怖を思い出した。既にトラウマレベルまで至っているようだった。
知らず内に後ろに下がって、木にぶつかって止まって、それでも下がろうとして、やっぱり無理で。
そんな一人相撲をしてる内に、戦況は変わっていた。
「あッ…が…」
狼が自分の背中ごと女を地面に叩き付けたのだ。狼と地面にサンドされて、女は苦しそうに声をあげた。手も離してしまっていた。
それを好機と見た狼は体を起き上がらせ、爪を光らせた。あの女は恐ろしい身体能力を持っていた、しかしだ、いかに頑丈とてあの爪で引き裂かれてた只では済まないだろう。
「━━━━!」
狼は躊躇することなくその爪を倒れた女へ向けた━━━
因みにだが、私にとってはこの勝負、どっちにしたって絶望しかない。女が残っても狼が残っても殺されるだろう。
だけど私は、この先の光景に、何時しか恐怖を忘れていたのだった。
「ア━━━━」
一瞬だった。
その決着はまさしく瞬きの内に終わった。
女はその身に凶爪を受けながらも、完全に引き裂かれる前に狼の首を切り裂いたのだった。あの体勢から、一瞬の内にだ。
「……」
女は苦痛に声をあげる……こともなく、倒れた狼の死体の上に立ち。
「アアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
大きく咆哮を上げたのだった。
月に照らされ、たとえ体は血で染まっていようとも、その光景はまるで絵のようだった。その方面に学のない私ですらそう思う、まさしく絵になる光景だった。
「ァァァァァ……ァ…」
だが、その長い咆哮も止まる。女が倒れるのと、私の下半身が動くようになったのは、奇しくもほぼ同時だった。
「これ…」
女の傷は決して浅くはなかった。研究者として、一応医師としての見識を持つ私は女の体の酷さに思わず声を失った。
先の戦いの骨折、斬傷、出血多量。内蔵や肺も影響を受けていそうだ。しかし、これだけではない。よく見てみると体のあちらこちらに切り傷や打撲後が見える。
私の予想はやはり当たっていたようだった。
━━━道中妖怪と出くわさなかったのは、彼女が殺して回っていたからだ。この傷はその戦闘でついた傷だろう。
「……」
そして巨大な狼…群れのボスが何故あれほど私に怒っていたのかの予想もはっきりとした。狼は、同胞が『人間』に殺されているのを理解していたのだろう。それで私に怒りをぶつけてきたのだ。向こうにとっては女も私も大した違いはないだろう。
………さて、答え合わせはこんなものでいいだろう。それより前の女をどうするかだ。
「助けるか…見捨てるか…」
彼女の出血量を見ると、このまま放置すれば彼女は確実に死ぬだろう。あれだけの護衛を殺してくれた奴だ、当たり前だ、報いだと言いたい。
しかし、それに待ったを掛けるのも間違いなく自分だ。
気になることも、沢山ある。今彼女を殺せばあらゆる疑問は闇へと消える。
科学者と人間。好奇心と常識に挟まれて私は━━━
「……はぁ。どっちにしたって、これを放置して万が一、『死ななかったら』一大事ね」
まぁ、私だって人間だ。適当な理由をつけて正当化するのもなんらおかしくはない。そう、当たり前当たり前。
幸いなことに彼女の体は軽く、私が背中におぶってもあまり苦労はなかった。
「トラウマより好奇心か……ここまで来ると生粋ね…」
自分で言っててちょっとどうなんだと思う。
「ん……」
それと、悔しいけど、寝顔は可愛かったと付け足しておこう。気絶しても決して離さないナイフを除けばだが。
………
━━何故彼女は全裸で一人、あの場所にいたのだろう。
━━何故これほど凶悪な武器を持っていたのだろう。
━━何故狼達を殺していたのだろう。
疑問は次々と沸く。はたして彼女は何者なのだろう?
「ぅ…ん…」
「全く…気楽にしてくれちゃって…自分がどんな体でどんな状況かわかってるのかしら」
彼女を背に持ち、街へと歩みを始める。
気付けば朝日が見えていた。
書いてから気付きましたが、この永琳の時代に狼って変ですね。……それっぽい生き物ということにしておいて下さい。