※残酷な表現があります。ご注意を!
エンリ・エモットは、酸欠気味の頭で、何故こんなことに、と考えていた。
小さな村、このカルネ村で生まれ育ち、悲劇といえば誰々が戦争に駆り出され戻らなかった、狩りで誰々が怪我をした、程度のものだった。
それが今は。
「おいおい、もう終いか?追い付いちまうぞ。もう少し楽しませてくれや」
死が自分を追い詰めている。
彼らは突然やって来た。
気付いたら、見知った誰かが剣で斬り倒され、赤い血と臓物が地面に撒き散らされた。そして同時に周囲から次々と絶叫があがる。
妹とともに両親の手伝いをしていたエンリは、突然の出来事に頭が着いて行かず立ち尽くしていたが、いち早く立ち直った父親は娘たちの手を引いて自宅に走り出した。
「待ってお父さん!」
最初に切り殺されたひと。あれは
「喋るな!走れエンリ!ネムもだ!」
わたしの、おかあさん。
言葉にならなかった。
いち早く殺戮の場から離れたのが逆に騎士達の目に止まってしまった。
集団の中でも特に下品な輩達がエンリの後を追った。
家に逃げ込むもののあっさり扉を破られ、裏口から逃げようとするが、このままでは逃げ切れないことを察した父は娘達を先に行かせ自分はそのまま出口に立ち塞がる。
「行け!」
もう振り返れなかった。
背中から騎士達の罵声と見知った悲鳴が聞こえた。
「お姉…ちゃん、もう無理…」
「お願い!走ってネム!もうちょっとだから…!」
もうちょっとで、どうなるんだろう。
「へへへ…、捕まえ」
「こないで!!」
振り返り、拾っておいた石で騎士の頭を殴り付ける。
「ガッ!? 畜生、この女!」
石は兜に当たり、それだけだった。むしろエンリ自身の手が傷ついた。
反撃されたことに逆上した騎士は剣を振り回し、エンリの背中を服ごと切り裂く。骨に達する傷。明滅する意識。焼けるように熱い背中。残りの騎士達が追い付いてくる。足がもつれ転んだ。もう走れない。
終わりだ。
「ネム、逃げて…」
満足に声も出せなくなってきた。
妹はどこだろう?せめて自分が犠牲になって妹が助かるならそれで…
─────そこで唐突に、空間が歪んだ。
暗い揺らぎの中から、不思議な色の髪をした少女が歩いてくる。
年齢は自分よりいくつか下に見える。
端正な造りの幼い顔は深窓の令嬢を思わせるが、感情の無い冷たい瞳と、なにより胸元にある異様な目玉の飾りが少女を一層不気味に仕上げている。そして魔法を知らないエンリですら彼女から立ち上る異様なオーラを感じとっている。あの小柄な身体にどれだけの力が潜んでいるのだろうか。
「…なんて不愉快」
エンリを視界の隅に入れ彼女の前に立つと、少女はつまらなそうに口を開き。
「…なんて下劣」
目の前の騎士をつまらなそうに睨め付ける。
「な、ななな何だお前!どこから出てきた!?」
「…どこからでもいいでしょう。それより貴方」
一転、口を歪ませ笑う少女。
「私も殺さないんですか?女性のお腹に剣を突き刺して掻き回す感触がなによりもお好きなのでしょう?」
鈴を転がすような声でとんでもないことを口走った。
それを聞くと騎士は頭の中が真っ白になった。何故この女は自分が隠している悪癖を知っている!
実際のところ仲間内にはバレているのだが。我を失った男は証拠隠滅とばかりに、まだ血に濡れている剣を少女に振り下ろした!
惨劇を予想したエンリは、思わず近くにいた妹を抱き締め、目を瞑る。
「…やはりこんなものですか。あの骸骨は心配しすぎなんです」
…剣は少女に当たる寸前で止まっていた。よく見ると空間に薄く波紋ができていて剣を受け止めているようだ。
暫くすると乾いた音を立てて剣が崩れ落ちた。
「ひっ…! ば、ばけも」
「…失礼な。笑って人を殺している貴方達の方が彼らにとってはよっぽど化け物じゃないですか」
「たすけ」
「お断りします」
少女が軽く手を振るとその手の腕輪が光り、パァンという音を立てて男の頭が兜ごと消し飛んだ…
崩れ落ちる騎士の死体になんとも言えない視線を送る少女。
その光景に、集まってきた騎士達に強い緊張が走る。
「…こんな小娘にそんな怯えないで下さい。逃げる村人を殺すだけの簡単なお仕事だと思っていたんですか?それはそれは御愁傷様。人生ってそんなに甘くないんですよ?いい大人なのにそんなことも知らなかったんですか?」
「…一体なんなんだ貴様。何故その娘を庇う。俺達は」
「…別に彼女を庇った訳ではありませんよ?貴方達にどんな使命があるのかも知ったことではないです」
一旦言葉を切り、顔を上げる。
その目には明確な怒りと溢れる嗜虐が浮かんでいた。
「私は、下らない見世物を見せられたお礼をしたいだけなんですから」
危険察した騎士の内ひとりが
「…撤退だ。隊長に報告を」
「させる訳ないじゃないですか。 …《集団恐怖》」
即座に展開された範囲魔法が騎士達の足を止める。恐怖で足が動かない。
「そこの人…サイモンさんという名前なんですか、どうでもいいですね。貴方、子供の頃に川で溺れかけたことがありますね。…では《溺死》」
魔法が発動するとサイモンと呼ばれた騎士の肺が水で充たされ彼の呼吸を奪う。
「…お気に召しましたか?自分のトラウマに襲われるというのは」
《恐怖》と《溺死》に襲われた男は、返事も悲鳴も出せず滅茶苦茶に手足をばたつかせたあと、やがて動かなくなった。
エンリも残った騎士も、恐怖で声も出せなかった。
「…次、そこの人。名前は… あぁもういいですね。貴方は」
「────何を遊んでいる」
次の瞬間、真の恐怖が姿を表した。
いつ
それは漆黒のローブを羽織った骸骨といった姿だったが、その重圧は先の少女の比ではなかった。
「ひっ… ひぃぃいいい!!」
より確実になった死の気配に耐えられなくなった騎士は、這いずるように逃げだそうとする。
「目障りだな。《心臓掌握》」
骸骨が何かを握り潰すような仕草をすると、騎士の身体は弾かれたように仰け反ると、ガクンと崩れ落ちた。
もう動かない。
死んだのだろう。
「ふむ。呆気なさすぎる。よほどLvが低いのか? …ではこちらは」
骸骨の意識が自分に向いたのを感じたエンリだが、最早逃げる気にもならなかった。
段違いの死に対し、心が逃げすら諦めさせていた。いっそ意識を手離せたら楽だったが、皮肉にも背中の傷の痛みがそれを許さない。
エンリにできたのは腕の中のネムを庇うことだけだった。
「怪我をしているな。 …あった。さあこれを飲め」
どこからともなく骸骨が赤い液体を取り出し、こちらに差し出してくる。
恐ろしい。
あれを飲んだら自分はどうなってしまうのだろう。
「…どうした。飲む気力も無いか。ならば」
骸骨から苛つく様な気配が立ち上る。
「待って、下さい! …飲みます、飲みますから、妹だけは…!」
決死の覚悟で言葉を紡ぐエンリだったが、助けは意外なところから来た。
「…そこまでで許してあげて下さい、
少女の声に骸骨の動きは止まり、何か言いたげに少女をみつめる。
(この二人親子!? なによそれ!?)
エンリの思考回路はもう限界だった。
「えぇそうですよ、エンリ・エモットさん。似ているでしょう、特に耳の辺りとか? あぁ、その薬に害はないですよ。お父様の気が変わらないうちに早く召し上がって下さいな」
言われるまま赤い薬を受け取り、震える手で飲み干す。
「っ!……嘘…」
あれだけあった痛みが溶けるように消えた。こんなに早く効く治癒薬なんて聞いたことがない。
改めて二人に目を向けるエンリ。
(そういえば私、いつ名前言ったっけ?)
不思議な事の連続で頭が回らない。
だが、まずは命の恩人の名前だけでも聞いておきたかった。
「ありがとうございます…!なんてお礼を言えばいいのか… あの…貴方様のお名前は…?」
骸骨と少女はお互い顔を見合わせた後
まず少女の方が、
「私は古明地さとりと申します。よろしくお願いしますね。そして、この方が────」
骸骨自身が後を引き継ぐ。
「私の名はアインズ。アインズ・ウール・ゴウンと言う。親しみを込めてアインズさん、と呼んでほしい」
厳かな声で誇らしげに、その名を名乗った。
完全オリジナルキャラ、サイモンさんの出番は以上になります。
お疲れ様でした。