※本怖アルベド好きな方はごめんなさい
さとりへの連絡を終え、モモンガは漸
く一息つくことが出来た。アンデッドは息をしてないがようは気分の問題だ。
今彼は、個室というには広すぎる自室で、仕事と言う名のアイテム整理をしていた。
彼女は無事拠点に戻れた。
昨日、──── 眠くならないお陰で仕事をしっぱなしなせいか、時間感覚は非常に曖昧─── さとりを一人で送り出したのは明らかに失策だった。この世界で何が起きても不思議ではない、むしろ何も起きなかったのは不幸中の幸いだろう。もう少しやりようはあったはずだ。しかし終いにはアルベドが泣いて止めてくるので仕方なかった。モモンガが強く言えば退いただろうが、そこからどんな軋轢が生まれるか想像できなかったのである。
(この世界の危険度が未だ不明な状況で、彼女の身に不幸があれば、俺は友人達に何と詫びればいいのか分からないな)
作業の手が止まる。
その様子に気付いたのは部屋の隅で待機していたセバスだ。彼は何か問題が?と視線を投げてくるが、モモンガはなんでもないと骨の手を振って答えた。
(…友人達、か)
正直な話。
モモンガの中で、最終日に誰一人も集まらなかったギルドの仲間達に対して、少なからず恨みに思う所はあった。
それでも、今も彼の中で輝き続ける栄光の日々と、それを肯定するナザリックのシモベ達が、最後まで付き合ってくれたさとりの存在が、彼の正気を保っていた。
(…ふむ。彼女が来るまでまだ少し時間があるな)
これから来るさとりと、話すべき事は沢山ある。しかし終始仕事の話では少々味気ないので、他にも何か気の紛れる話題も作っておくことにした。
彼の人間としての精神が少し逃避したかったのかもしれない。実際、話題を考えていると心持ち気分も良くなってきていた。
昨日のさとりの様子ではこちらの世界の星空とか堪能する余裕はなかったと思われる。ならば異世界あるある話をネタにして今夜星空観賞会でも誘ってみるのも良い手か。大気汚染で包まれた現実世界では決して見れないアレは、彼一人で独占するのは勿体無かった。
(でも…それって明らかに、デートの誘いだよなー。それはさすがに、なぁ?ペロロンチーノさんならともかく、俺はノーマルだし、なぁ? でも外見は文句なしの美少女なんだよなぁ。でも…)
気持ち悪く身をよじるモモンガの骸骨ダンスは、感情抑制が起きるまでの間、しばらく続けられた。
────────────────
(…ふぅ。誰かに気付かれる前で良かった。感情抑制め、いい仕事をする)
モモンガにとって、さとりは謂わば以前の仕事場の同僚みたいな関係であり勝手に妙な感情を抱くべきでは無い、お互いの距離感は慎重に見極めねばならない、と思い直していた。
思考を一段落させたモモンガに訪問の声がかかった。
「モモンガ様、ご報告があります。少々お時間を宜しいでしょうか」
「あぁ、アルベドか。構わん、どうした?」
部屋に入ったアルベドは幾つかの書類を手に告げてくる。
「御報告致します。先程、デミウルゴスより人間共の巣を発見の報告がございました。現在は更に周囲を探査させております」
(巣ってアンタ… 現地人の村のことか?)
アルベドの巣発言に若干引き気味なモモンガだったが、不思議と咎める気にもならなかった。精々この世界にもやはり人間は住んでいるんだな程度の感想だった。
詳しい位置を確認したので遠隔視の鏡を使って覗いてみるか。これは指定した場所をテレビのように映し出す向こうではありふれたアイテムのひとつだ。アイテムボックスから鏡を取り出しながら、何気ないフリを装い質問する。
「人間種は嫌いか、アルベド」
「嫌い…と言うより好きになれる要素がありません。弱い癖に集まると調子にのり、愚かで汚い消毒対象です。…それでも至高の御方のご命令とあればこのアルベド、下等生物に何らかの利用価値を見つけてみせましょう」
評価は最低だった。
…ナザリック所属の異形種にとってはこの反応が普通なんだろうか。
「…セバスはどうだ?」
「…特に思うことはありません。ただ、至高の御方がたのお膝元で騒ぎたてるような輩がいるならば、元より生存させる価値も無いかと」
似たような評価だった。
しかし何となく反論する気は起きないモモンガだった。
というより人間に親近感が持てない。すごく遠い他人事のようにしか思えない。
(俺は…心まで人間を辞めたのか?)
だが、驕り慢心は危険だと思い直し一応釘を刺しておくことにした。
「そうだな、人間は弱く脆く、愚か者も多い。だが鍛錬を重ね力を合わせた奴らは侮れん。かつてナザリックが受けた襲撃のようにな」
以前1500人からなるプレイヤー連合のナザリック侵攻。
それを聞くとアルベドだけでなくセバスも顔をしかめる。
「…失礼致しました。ご忠告、この魂に刻みます」
「良い。最善を尽くせ」
「ハッ!」
(こうしているとアルベドも仕事の出来る完璧超人なんだがなぁ…ううむ… 遠隔視の鏡、使い方がよく分からん… 拡大縮小はどこだ?)
「では、モモンガさま。私は業務に戻らせて頂きます。また発見が有り次第ご報告に参ります。 …ではセバス後はお願いするわ」
「畏まりました、アルベド様」
立ち去ろうとするアルベドにモモンガはついでに伝えておく。
「アルベド、セバス、もう少ししたらさとりさんがこちらに訪問予定だ。丁重に案内してやってくれ」
それを聞いてアルベドは少し顔を強張らせる。流石にこれは見逃しておけない。
「どうしたアルベド。まだ彼女に疑いを持っているのか?彼女の事情は話したはずだぞ」
「い、いえ!そのような至高の御方のお言葉を疑う訳では御座いません!私はただ…」
ただ…?
「ぶ、部外者に我が家を踏み荒らされたくない…と思ってしまって…。申し訳御座いません、不敬でした」
「我が家…か。構わん、続けろ」
「はい…では。このナザリックは至高の御方がたが住まわれる場所、そこに我等シモベ一同も有り難く住まわせていただいているのです。その事に感謝しない不忠義ものはここには存在致しません。そんな大切な場所を、慈悲の有り難さも知らない輩が入り込むのは… 」
「納得がいかない、と」
「はい。…いえ、至高の御方の考えに逆らうという気は御座いません。これは私の勝手な思い込みでございます」
「そうか…」
(あー、要するに身内で楽しくやってるとこに他人は入ってくるな、と。気持ちは分かるが、困ったな…)
さとりは今のところモモンガの知る唯一のユグドラシルプレイヤーだ。当然、相談や打ち合わせなどで今後もナザリックに出入りして貰うことになる。
その度にアルベドや他のシモベから殺気やらを飛ばされてたら誰だってここに来たく無くなるものだ。
(なんとか、せめてアルベドの心証をよくしておかないと…)
「アルベド。これは提案、というか相談だ」
「は、はい!御方の仰られる事なら…」
「そういうのはいい。……あのな」
少し間をおいて続ける。
「家族が増える、というのをどう思う?」
その言葉にアルベドは意表を突かれたような顔をした。
「家族…で御座いますか?それは…」
いまいち理解が追い付かないようだ。当然か。見ればセバスもこちらの話を気にしているようだ。
「まあ聞け。さとりさんは決して嫌だからギルドを抜けた訳ではない。戻れなかったのも訳有りだ。だがこの異世界に来たことで彼女が復帰に躊躇う理由は無くなったと言える。故に、私は彼女をもう一度ナザリックに誘おうと思っている。そうなれば彼女も他人ではない」
「それは…至高の御方が、増えると…?」
「まぁあくまで彼女の自由意思になるがな。無理強いもしたくない。しかしこの状況下で別々に行動しているのは問題だ、そして彼女も馬鹿ではない。安全確保の為にも手を組むのは必然だろう」
「家族が、増える…? …モモンガ様が望んだ…?」
「今すぐ、とはいかないが、加入したら皆に改めて紹介せねばな。部屋は昔使ってた所が空いてるはずだ。それと彼女のシモベ達も…… おい、聞いてるのかアルベド?」
「家族…計画…! なら彼女は、モモンガ様の…娘に? そしたら母親役が必要…!? ならば当然正妻は、この!! くふーー!!!」
やだ怖い。
「モモンガ様のお気持ち、このアルベド今完っ璧に理解致しましたわ。察しの悪い妻で申し訳御座いません」
「えっ」
いや、俺は皆で仲良くしてやって欲しい、くらいしか…
「では私はこれで。準備が御座いますので。…セバス、プレアデスを何人か借りるけど構わないかしら?構わないわね!」
「…どうぞご自由に」
突っ込めよセバス。
お前が頼りだったんだぞ。
アルベドは挨拶も早々に部屋を出ていった。スゲェ速さだ、あれがLv100前衛の身体能力か。
後には例えようもない疲労感が残った。俺、疲労無効なのに。
はぁ。
…仕事しよ。
しばらくは無言で遠隔視の鏡の操作に四苦八苦していた。
視点は動かせるのだが、倍率が変わらないのでまどろっこしい。
手を大きく上げて…左手を下げつつ右手を横に…
「…モモンガ様、なにをなさってるんです?」
後ろから眠そうな声がかかる。
振り替えると、
「こんにちは、モモンガ様。ご招待ありがとうございます」
そこには一日ぶりに会う少女が立っていた。作業に集中していた俺はセバスに通されたのに気付かなかったようだ。
「昨日は本当に助かりました。今もお忙しいところをお時間を頂き、感謝の言葉もありません」
「ああ、いや、」
『モモンガさん、今は支配者ロール中ですよね? 上位者らしい態度で構いませんよ』
『あぁ、助かります。まだセバスの目がありますから』
「…よく来てくれた、古明地さとり。私と君の仲だ。そう畏まらないでくれ。私からの願いだ」
「それではお言葉に甘えて… こんにちは、モモンガ様。良い子のモモンガ体操、楽しそうでしたよ」
違っ…! …ふぅ。
今日、恥ずかしさで感情抑制されるのは何度目なんだ?
「からかうな…。 これだ、遠隔視の鏡だ。デミウルゴスの報告で人間の村を発見したのだ。少し覗いてみようと取使ってみたのだが、どうも向こうと操作が変わっていてな…」
「あら、そうなんですか。私はここで待ちますから続きをどうぞ」
「すまんな」
本来なら彼女との会議に移るべきなのだろうが、こういう検証作業を途中で止めるのは昔から好きではない。
さとりさんもそこら辺は昔からの付き合いで分かっているのだろう。セバスに用意された椅子に行儀よく腰掛け、こちらを何とはなしに見ている。
俺も何気なく彼女を見ると。
『あれ、その第三の瞳、今日は閉じてるんですか?』
いつも彼女の胸にあるトレードマークの大きな目が今日はしっかり閉じている。
『これですか?今は読心スキルはオフにしてますので』
『えっ、何でまた。さとりさんのアイデンティティじゃないですか』
『そこまでじゃありませんよ… いくらモモンガさんでも終始心のなかを読まれてたら落ち着かないでしょう?私はまださとり初心者だから親しい人に嫌われるのは辛いんです』
ううむ、こんな言い方をしてるが、どうやら気を使われたようだ。
少し言葉につまり鏡の操作から意識が逸れた時、
「…あっ、モモンガ様。いま映像が変わりましたよ」
「おっ」
どうやら手を同時に開く動作で拡大、逆で縮小のようだ。片手操作じゃダメだったのか…
「よし、これで目的地を探しやすくなったな。早速報告にあった村を見てみるか。さとりも見てみるか?」
「はい、お隣失礼します」
…確かにこの方角に。
「あった。随分簡素な村だな…。文化レベルは高くないのか…」
「でも見てください、結構人が忙しそうに走り回ってますよ。…お祭りでもあるんでしょうか」
「…違うな。これは」
祭りは祭りでも血祭りの方だった。
騎士の様な鎧姿の男達が簡素な服を着た村人らしき人間を殺し回っている。老若男女構わずだった。
略奪、凌辱、殺戮。
目を覆いたくなるような景色がここで行われていた。かつての俺ならパニックでも起こしてたかもな。
「チッ」
思わず舌打ちをする。
別に憐れな村人達をどうこうという訳ではなく、余計なアクシデントに遭遇した、程度の煩わしさしか感じなかった。その事が嫌でも自分が異形になったと思い知ったからだ。
さとりさんはこの光景をどう見ているのだろうか?
画面から目を外し隣の少女に目を向けると。
「………」
彼女は画面ではなく、俺を、じっと見つめていた。
無いはずの心臓を掴まれた気がした。
「な、にを」
「…助けに、行かないのですか」
今度こそ呼吸を忘れた。そしていつもの感情抑制が起こる。
「…行かない。見捨てる。助ける理由が無いからな」
「…そうですか」
苦し紛れの言い訳をする俺を、彼女は特にどうと言うわけでもなく目を画面に戻していた。
…なんなんだ、この気持ちは!
本当に助ける必要を感じないだけなんだ。確かに情報も足りない。あの村人が実はLv100でそれを蹂躙する騎士達はLv1000である可能性も無くは無いんだ。それを加味しても助けるつもりがなかった、それが彼女を失望させた様な気がして、つい明後日の方に目をそらした。
こちらを見ているセバスと目があった。
その目は…たっちさんの…
そうか、俺はなんで忘れていたんだろう、あの時かけられた言葉を。
一方で、さとりさんは画面の一部を凝視していた。その顔色は優れない。
「ぁ…… 」
我に返りそこを拡大してみると、どうやら一組の親子が騎士達に追われているようだ。父親らしき男と若い姉妹だ。父親は娘達を先に行かせ自分は騎士に組み付き時間を稼ごうとするが、抵抗の間も無く騎士剣で滅多刺しにされてしまった。下卑た顔の騎士達は3人連れで姉妹の後を追っていた。上の娘はどう見ても14,5才で、下の娘は6才にもなっていないのだろう。捕まるのは時間の問題だ。
その時点でさとりさんの表情は蒼白になっていた。手も震えている。
「さとりさん、もう」
視るのは止めましょう。
そう声をかけようとした矢先、囁くような「許せない…」という呟きの後
「モモンガさん、私、行きます」
彼女ははっきりと告げるが早いか、《転移門》の魔法を発動、即《門》に飛び込んでしまった!
「なっ…!おい!!」
移動先は…?この村か!
彼女に何が起きた!?
彼女も俺同様異形種になった。その影響で人間への友好度は皆無になったと、当然の様にそう思っていた。
でも違った。のか?わからない。
いや、今はそれを考えている場合じゃない。
「セバス!すぐアルベドに完全装備でこちらに合流しろ、と伝えろ。お前はナザリックの警戒体制を最大にして待機だ。…私はこのままさとりさんを追う!」
「ハッ! …いいえ!モモンガ様危険です!せめて護衛が揃うのをお待ち下さい!」
「時間が惜しい。危険を感じたら戻る。それに…」
「…?」
「あちらには彼女がいるから大丈夫だろう。…本気を出したさとりさんは、強いぞ?」
そう言うと俺は《門》に身を躍らせた。
oribe様、誤字報告ありがとうございます。