覚り妖怪と骸骨さん   作:でりゃ

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モモンガside
※さとり視点以外は三人称がメインになります。


第2話

異常事態だった。

 

ユグドラシルの終焉、懐かしい友人の久々の来訪、ログアウト不可、明確に自意識を持って行動するNPC達。

 

そしてアンデッド化した(らしい)自分。

 

少し前まで鈴木悟という名前の人間だった彼、モモンガは次々と起こる異常事態を、ここに来て冷静に受け止め始めていた。

 

確かに失った物はある。未練も、ある。

 

だが、今、ここに広がる世界に比べれば何と些細な事か。

 

外に偵察に出したセバスによる《伝言》での報告によれば、周囲はかつての毒沼ではなく遥かに広がる草原。それより先は全くの未知。

 

試してみた魔法やスキルはほぼ想定通りに力を発揮、自慢の武具は完璧。

 

ひれ伏すシモベ達は自分に完全な忠誠を誓っているという。

 

それでいて油断や慢心は存在せず常に警戒を呼び掛けているのがモモンガという男だ。

 

なにより今のナザリックには、かつて彼と苦楽を共にし、友情を深めた友のひとりが帰ってきている。

それも一度は離れてしまったと思っていた人との絆だ、嬉しくないはずがない。

 

と、上昇していたモモンガの気分は有るところでまるで空気の抜ける風船の様に平均化された。

これが感情制御だった。

 

「チッ」

 

喜びは一転苛立ちに。

 

「折角の気分が台無しだ。アンデッドも良し悪しだな」

 

モモンガは気を取り直し、現状を頭の中で整理しながらナザリックのきらびやかな廊下を再び歩きだした。

 

先程まで彼は第6階層で、シモベ達の重すぎる忠誠を確認していた。

…正直ちょっと引いてしまったが、幸い骨の顔色は変わらないので問題なかった。

 

(まぁ当分調査は彼らに任せていいかな。あの様子では、こちらが完璧な支配者ロールをしている限りは恐らく下手な真似はしてこないだろう)

 

しかし油断するつもりも無い。今の彼にその忠誠の真意を確認する術は無いのだから。

 

 

問題は彼女、さとりの事だ。

 

周囲の探索に出したシモベからの最新の報告によると、ナザリックから少し離れた森の外れに古びた怪しい洋館が周囲の木々を押し退けて不自然に建っているらしい。

外観の詳細を聞くと数度訪れた事のあるモモンガには分かった。ほぼ彼女の本拠、地霊殿だろう。ナザリック同様此方に転移してきたのだろうか?

 

疑問は浮かぶがこれは朗報だ。

その事を伝えようと、今彼女が隠れている個室の前に辿り着いたのだが…

 

「…嫌です。私はここから出たくないです」

 

久しぶりに会った彼女は重度の突発性引きこもりになってしまっていた…

 

 

(どうしてこうなった!)

 

思わず頭を骨の指で掻きむしるモモンガだったが、知らぬ間に薄くなるどころか根こそぎ死滅してしまった毛根達に気付き、何故か落ち込んでいた。

 

ポゥン

 

感情がリセットされた。

 

(…まぁアンデッドだから仕方ないか。髪は長い友達と言うけど、案外短い付き合いだったな。さらば我が友)

 

失ったものの価値に気付かないフリをして、モモンガは扉の向こうの友人に再度声をかけることにした。

今度は念の為、メイドや護衛のシモベ達も出来るだけ遠ざけておく。

 

「さとりさーん、いい加減出てきて下さい。貴方の拠点、地霊殿でしたっけ?それらしいものが見付かったんですよ。さっき偵察に出したシモベから報告が来たんです」

 

しばらく待つと、心持ち嬉しそうな返事が返ってくる。

 

「…本当ですか?罠だったりしません?」

「罠って… えぇ、本当ですよ。だから一度出てきて下さい。きっと貴方のNPC達も心配してますよ、うちのシモベ達の様に…」

 

「…。やっぱり無理です。きっと外に出る前に、私なんかさくっと殺されるんです」

 

あ。失敗した。

今のさとりにシモベ関係の話題は禁句だったようだ。

モモンガは途方にくれ、先程起きた事を思い返した…

 

 

数時間前。

あの時、玉座の間でアルベドが話があると言って寄ってきた時。

 

アルベドはさとりに猛烈な殺気を叩き付けた。モモンガですら怯んでしまう様な強烈な憎しみを。

 

怯えるさとりを後ろに庇いながら、物理的な域に達しそうな殺気を放つアルベドをなんとか宥めて話を聞くことができた。

その内容は

 

・何故ギルドを抜けた裏切者がここに居るのか。

・ここは至高の御方の神聖な場所、裏切者が立ち入っていいはずがない。

・更に図々しくも御方にすがり付き誘惑している。

・これはきっと裏切者が最後に残った愛しき御方さえも連れ出そうとしているのだろう。

・モモンガ様どいて!そいつ殺せない!

 

…とのことだった。

 

モモンガは再び頭を抱えたくなってきた。何を勘違いしているのだ、と。

 

さとりは別に裏切ってギルドを抜けたのではなく、別の協力ギルドが必要なイベントが開催された際、彼女が進んで独立に立候補してくれただけだ。

 

そしてそのギルドに愛着も出来た、とのことだったので最低限の補助をした後「アインズ・ウール・ゴウン」の子組織として細々と管理していた。勿論他のメンバーも時々気にかけていたようだった。

 

しかしある時、ちょっとした事件があった。胸糞の悪くなる話だ。

それが原因で彼女は戻り辛くなり、折り悪く不幸も重なり、結局彼女の口から戻りたいという旨の言葉が出る事は無かった。

 

自分のギルドに閉じ籠った彼女をモモンガ達は根気強く励ました。

ログインするギルドのメンバーも日に日に減っていくある日、彼女はモモンガの言葉に答えてくれた。

 

『…ありがとうございます。私は貴方に救われました』

 

それから、さとりは定期的に維持費を納め、時折話し相手になっていた。

誰も強制などしていないのに。

既にメンバー自体も大分減っていたモモンガには有り難かった。

金額ではなく、交わす言葉も決して多くはなかったが、モモンガもさとりに救われていたのだろう。

 

だから。

 

「だから、お願いだアルベド。彼女を、さとりさんを責めたりしないでくれ。もし責められるとしたら、それは俺の方なんだ」

 

リーダーとして未熟だった自分。

そして後悔。

モモンガは支配者ロールも忘れ、自分のシモベに懇願していた。

 

その様子を見たアルベドは顔を真っ青にし、

 

「! も、もも申し訳御座いません!その様な深い事情があったとは露知らず…至高の御方に非は御座いません!ですから、何卒…」

 

なんとか殺気を収め平伏した。

 

その様子に漸くモモンガは安堵する。

(良かった… この件は改めて他の守護者も交えて通達しておかないとな)

 

そう考えて彼は今後の予定を組み直す。

取り敢えず、綻んだ支配者の仮面をどう繕うべきか…と考えながら。

 

そして、肝心のさとりに意識を向けてみると彼女は。

 

「キュウ」

 

気絶していた。

 

 

その後、目を覚まさしたさとりをどうにか宥めて空いている個室で休ませた後、様々な仕事をこなしていた。

 

そして探索隊の報告を受けこちらに戻ってみればこの有様である。

殺気を向けられたのが余程効いたのだろうか。

 

(参ったなぁ… これはもう中に直接乗り込むしかないかなぁ)

 

実の所、ギルド内を自由に移動できる指輪があるので中に入るのは容易である。

だが鈴木悟の残滓とも言える常識(童貞)が、女性のいる部屋にいきなり乱入することを拒んでいた。

 

(アンデッドになったとはいえ、そこら辺の紳士さは大切にしないとな、うん。着替えとかしてたらまずいし。だとするとまずは中の様子を魔法で…)

 

「…それは只の覗きです。どこが紳士ですか、全宇宙の紳士達に謝って下さい」

 

思いの外、近くから聞こえた声にモモンガの思考は中断された。

 

いつの間にか扉が開いている。

そこには件の少女が、眠たげな目と胸元の大きな目でこちらを見つめていた。

 

(なんだ突然? どういった心境の変化だ?)

 

「自分に《平静化》の魔法をかけたんです。精神系治癒魔法なら私も一通り使えますから。それに《不屈の精神》で自意識を補強してみました」

 

(《不屈の精神》は一時的に精神耐性を得る物、か。アンデッドには不必要な魔法だったけど、なるほど、こちらではそういう使い方が出来るのか…)

 

「えぇ、意外な利用法が見つかる魔法も他にあるかもしれませんね」

 

(そういえばさとりさんは精神系統の魔法のスペシャリストだったな。でも得意はデバフ方面だったはず。あれって効く相手には効果絶大だけど、効かない相手にはからっきしなんだよなぁ)

 

「そうでもありませんよ? ほら、私は種族スキルで一時的に相手の耐性を無視できますから。むしろ効かないと油断している相手は手玉に取りやすいです」

 

(そうだった。怖いなぁ、これで本人は戦闘は苦手と言うんだからよく分からない)

 

「…たっちさんとかウルベルトさん達を見ていると自信なんて軽く吹き飛びます。…なんでコンマ数秒操作が遅れただけで首が飛んだり吹き飛ばされたりするんですか」

 

(あんな戦闘狂どもと一緒にされても… ん?あれなんか今)

 

「気付きましたか?」

 

 

「俺まだ何も」

(喋ってないのに、なんで)

 

「えぇ、そうですね。…でもまぁ変な所で口下手なのはある意味モモンガさんらしいです。先程はアルベドさんから庇っていただいて本当に助かりました」

 

ありがとうございます、と頭を下げる目の前の少女。

 

(これは、もしかして)

 

「はい、ご名答です。今私は貴方の心を読んで会話しています。どうやら私も、晴れて覚り妖怪になったようです」

 

ポゥン

 

ニコッと笑う友人の笑顔を見て。

モモンガは何故か感情制御が働くのを感じた。

 

 

 

 

「つまりスキルの適用範囲がユグドラシル時代と比べて広がっている、と…」

 

モモンガ達は場所をモモンガの自室に移した。

なにかと居たがるメイド達を追い出し、今はさとりと話をすることにする。

 

彼女には寝るには広すぎるサイズのベッドに腰かけてもらい、モモンガは立ったままだ。

幸いな事に骨の体は疲労無効のお陰で疲れ知らずな事も判明した。 この調子では寝る必要もなさそうである。

一抹の寂しさがモモンガの心を過るがここは置いておく。

 

「さて、まず話す内容はスキルの事だったか」

 

「…そうですね。元々この《第三の瞳》は相手のコンソール操作をリアルタイムで見れるだけです。仮に相手がフェイント操作をしたり、操作が速すぎたりしたら対応出来るかは当人次第。いわゆる微妙スキルでした」

 

それはモモンガも勿論知っているシステムだ。

 

「相手が次の次に行おうとしていることは分からない、分かる訳がない、と言うことですよね」

 

「はい。…でも今はそれが出来てしまう。この《目》の範囲なら相手の次の次の、その先まで考えている事が分かります。…流石に無意識までは探れないみたいですが」

 

そう言うと目を閉じるさとり。その姿は以前と変わらない。

そもそも元の彼女も先読みは得意だったが、今度は完全に読まれるということか。

 

「なるほど… 実に興味深い。これはやはり更なる検証が必要ですね。戦力の把握は大事だとぷにっと萌えさんも言ってましたし」

 

モモンガはかつての軍師役の言葉を思い出す。

自分達になにができて、何ができないのか。確認すべき事は沢山ある。

それに何よりも重要な、この世界の戦力というものがいまだ未知数なのだ。

 

(だがまずは目の前の問題を解決しなくては)

 

「ところでさとりさん、最初にも言いましたが、どうやら地霊殿もこちらに転移してるみたいです。確かさとりさんの所にもNPCがいたはずですよね?」

 

モモンガは彼女のNPCの内、ひとりの傭兵NPCを知っているが、かなり個性的なNPCだった覚えがある。何せスキル構成を考えた内の一人だからだ。

確かさとりの防御特化ビルドに合わせた超攻撃型の構成だったはずだ。あの火力が万一自分に向いたら不味い事になる。

 

「…あぁ、お空のことですね。あの子の事はモモンガさんもよく知ってますよね。大丈夫です、無闇に攻撃させたりしませんから。…あと留守番させているのはお燐といいます。普段は館内の警備等を任せてますが… ちょっと心配になってきました」

 

そう話すさとりの表情はあまり冴えない。色々と不安が湧いてくるのだろうが、生憎普通のアンデッドに過ぎないモモンガには彼女の心を読むことは出来ない。あくまで建設的な提案を挙げるだけだ。

 

「さとりさん、護衛を何匹か着けますから一回地霊殿に戻ってみては如何ですか?もし仮に危険を感じたら、その時はその護衛を楯にして逃げて下さい」

 

護衛にはスキルで呼び出せるシモベを使う予定なので気を使う必要もなし。

なによりあのNPC達の忠誠を見ていると、主人不在になった時のNPC達の不安感は想像を絶する気がした。それこそ、何が起きるか分からない。

 

モモンガの考えを読み取ったのか、さとりはしばらく考えこんだ後

 

「…分かりました。何かあってからでは遅いですね。準備が宜しければすぐにでも出発します」

 

こちらを見ながら、そう切り出した。

 

 

こうしてモモンガは遂に、引きこもり友人を外に連れ出すことに成功したのだった。




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