覚り妖怪と骸骨さん   作:でりゃ
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アインズside



第17話

結局、その日の仕事はアインズ一人で片付けることとなった。

まだ本格活動していないのに、この報告書の束。デミウルゴスの部下が外を偵察して逐一報告を入れてくるのだ。お陰で周辺地域の地図はかなりの精度に仕上がった。

情報を取捨選択してくれるアルベドも、この日は当人の希望で休みを与えている。雑多な報告が全て此方に溜まっているのだ。アインズは気が遠くなった。

睡眠不要、疲労無効のこの体が今は憎らしい。さっさとベッドに倒れて寝てしまいたいのだが、眠くならない身ではそこまでの誘惑ではなく、責任者の義務感からか仕事を放り出す気にもなれない。

気付いた時には、朝になっていた。彼付きのメイドの交代時間になり新しいメイドになったから気が付けた。

少し目を休めるつもりで椅子に寄り掛かる。片手で眼窩を押さえているのも気分の問題だ。必要のない動作だが生前(?)の癖は中々抜けない。

(もうそんな時間か。朝食…も必要ないか。本当に時間の区切りがないな。何時間仕事してたんだ俺は)

今の自分はどんなブラック企業でもいけるかもしれない。

(ヘロヘロさん辺りもアンデッドにしてあげたら喜ぶかな… いや、怒るか流石に)

「何を邪悪な事を考えてるんですか、魔王様。スライム種のヘロヘロさんをアンデッドにするとかひどい話ですね」

いつの間にか覚の少女が目の前に立っていた。彼女の神出鬼没さにも慣れてきもので、それほど驚きもしなかった。

「そういう種族もユグドラシル時代には居たな。 名前は忘れたが。そもそもスライムな時点で疲労無効だったか。…おはよう、さとり。昨日はよく休めたかね」
「…おはようございます、アインズお父様。今日からお仕事、よろしくお願いしますね」

ペコリと礼儀正しく頭を下げる娘扱いの友人に少し居心地が悪くなったアインズは、早々に人払いをした。

「あーお前達、悪いが娘と二人で話したいことがある。少し外して貰えるか?アルベドには私が呼ぶまで待機しておくよう伝えてくれ」
「はい、了解致しました」

恭しく頭を下げ、部屋を出ていくメイドと護衛陣を見送った後、ようやくアインズは大きく息を吐いた。

「はぁー。なんか24時間働いてたみたいですよ俺。これって給料にしたら幾らくらい貰えるんですかね?」
「…全部サービス残業扱いだと思いますよ?」
「うわ、夢がない!」
「ちゃんと休憩はとって下さいね? 次はアルベドさんに添い寝して貰いますよ」
「うっ… 初日からサボる誰かさんが居なければこんなに仕事貯まらなかったんですが」
「あ。有給扱いにしておいて下さいね?」
「俺はサビ残なのに!?」


軽い冗談も飛ばせたので満足できた。
そろそろ本題を済ませてしまおう、アインズはそう考え、さとりを促した。

「では、さとりさん。昨日の『挨拶回り』如何でしたか? 誰か来ても面倒ですから早急に報告お願いします」
「…そうですね。では」

アインズは念の為、と防音と盗聴、監視妨害等の魔法を張り巡らせておく。
ナザリックの誰に聴かれてもまずい話なのだ。

「まず簡潔に、アインズさんに頼まれた事をお伝えします」
「………」

「彼等の中に、貴方に対して反感を持つ方は誰もいませんでした。彼等は皆、ギルドメンバーである41人へ、程度に拠りますが敬愛を持っています」
「…なるほど。ありがとう」

分かっていたが、ホッと胸を撫で下ろすアインズ。

さとりの挨拶回りには別の意図も含まれていた。それは、守護者の本心、叛意や不満等を調べてくる事。
これからナザリックを運営していくに当たってアインズにはどうしても確認しておきたい事だった。

本来はアインズ自身が直接会って確認すべきだったが、ここに手っ取り早く心を読める存在がいたのでお願いした訳だ。まぁ実は一匹だけ下克上心満載なのがいるのだが、それは置いておこう。放っておいても問題は無いし。

「ありがとう、さとりさん。じゃ次は…」
「─── ですが」
「…?まだなにか?」

さとりは先の問題など些細な事、と言わんばかりに言葉を続けた。

「率直に言いましょう。彼等NPCの精神は不安定。早い話が()()()()()です」

その言葉に疑問を覚え、思わず身を乗りだし問い直すアインズ。

「───? どういうことですか。彼らは仕事もキチンとこなすし、何よりちゃんと自分というものを持ってるじゃないですか」

デミウルゴス辺りなど、多分、いや絶対自分より頭がいいしアルベドも仕事の効率は遥かに上だ、とアインズは思っている。アウラマーレは年相応の無邪気さだし仕事に手抜かりは無い。シャルティアは…フザケてはいるが許容範囲だ。

が、さとりはそうは思わないのか?

「そうではないんです。知性や礼儀、魔法やスキルの使い方まで、彼等は()()された通りの物を持っています。…でも、それだけなんです」
「───?」
「彼らには、それを身に付けるまでの経験が無い。失敗した経験も無ければ、そこに至った努力も無い。最強の存在が産まれたときから最強ですか? 居たとしたらそれはとても不自然です」

さとりの推測には頷かざるを得ない。今のアインズだって最初から超越者(オーバーロード)でゲームを始めた訳でもないのだ。色々な経験を経て、友人達と様々な場所を駆け抜けて、今ここにいる。

「そして彼らの根底には造物主への忠誠心が焼き付いて、そこを基点に感情が発露しています。逆に言えば他はまだ何も無い状態ですね。それもそうです、正確には、彼等は感情を持ってまだ数日なんですから」

アインズは首を捻る。確かに、何故か転移前の記憶らしき物はあるようだが、現実として彼等が動き出したのは最近だ。だとしたら…

「ここに来るまでの記憶は設定から生み出された物で、実際の彼等の精神はまだ子供だと?」
「子供じゃないですよ、ちゃんとした自我は持ってるんですから。ただ、恐らく彼らは予想外の事態への対応が難しかったり、やり過ぎてしまったりするでしょうね。私達なら経験則とかでなんとかする事態も、彼らにとっては一大事になるでしょう」

さとりは一度言葉を切り改めて告げる。

「彼らに足りないのは経験とか信頼、そういうものです。…私達にとってもそうですよ? 理由のよく分からない敬愛なんてやっぱり受け取り難いじゃないですか」
「信頼…か」

今の彼等の信頼関係は、いわば0から生み出されているもの。本当に必要なのは0から生まれた敬愛ではなく、1を積み上げた先にある信頼なのだろう。
アインズは何となく理解した。かつての自分も、あの友人達と共に1を積み上げてきたのだ。


「───分かりました。俺達は彼らを見守る必要がありますね。とりあえず迂闊な行動はさせないように気を付けますか。そして少しずつ信頼関係を築いていきましょう」
「頑張って下さい、お父さん。…肩でも揉んであげましょうか?」

さとりの冗談にアインズから少し力が抜けた。どうやら我知らず肩に力を入れていたらしい。

「…と、言っても見守るだけでは子供は成長しませんから、彼らには彼らで色々学んで欲しいところです。…さっさと外に出稼ぎに出しますか? 社会経験はアルバイトが一番と言いますし」

「さとりさんて実は放任主義ですね… そんなことしたら大混乱ですよ。では具体的に、どこら辺まで任せるかを決めましょうか。今後の活動内容も含めて」

「…えぇ。その為にも」
「───はい?」

あぁ、なんて嫌な言葉の切り方をするんだ彼女は。こう切られた時は大体ろくな話にならない!

アインズは内心唸るが、彼女はそれを嬉しそうに見ている。胸の瞳は閉じているのに、それでもどこか心を見透かされている感じがしてならない。


「…まずは貴方の息子、パンドラズ・アクターさんに挨拶に行きましょう!」

やっぱり、ろくな事にならなかった。



────────────────
宝物殿に向かう前に、プレアデスに連絡を着け、ひとり呼び出す事にする。

待っている間に、はぁーと溜息をつくアインズを見て、さとりが呆れた様に言う。

「…まだ踏ん切りつかないんですか。さっき皆面倒見るって言ったのに」
「いや、それとこれとは話が違いますから… 」

パンドラズ・アクターはアインズがかつて作り出したNPCで、普段は宝物殿の管理者をしている領域守護者だ。
何故こんなにもアインズが彼に会うのを躊躇っているかと言うと、彼はモモンガ時代に「俺の考えたイカス奴」として作られた云わば動く黒歴史。見るだけで感情抑制の対象になり得る存在だからだ。

トントントン
ノックと共にひとりのメイドが入ってくる。
「シズ・デルタ きました」
「あぁ、よくきたな。悪いが宝物殿へ向かうので、ギミックの解除を頼みたい」
「了解」

無機質なやり取りだがアインズは特に気にもしない。シズはこういう性格なのだ。シズは6人の戦闘メイドチーム「プレアデス」の一人で、正式名称は「CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)」種族は自動人形。外見は片目を覆う眼帯にミリタリー風味の飾り付け、赤金の長い髪、武器は銃器という少し世界観の違う存在だ。
彼女を呼んだ理由は、シズにはナザリック内のあらゆるギミックの解除法を知っている、という設定が加えられているからだ。この世界においては鍵代わりにもなる人物である。

一方で、さとりは珍しげにシズに話しかけていた。

「シズさん、ですか。よろしくお願いします」
「──はい」
「…むぅ。何か、惹かれるものがありますね。そのクールさですか、うちには居ませんからね、このタイプ… シズさん、うちの子になりません? 今ならうちのペット管理人枠が空いてますよ」
「───少し魅力的」

放っておいたらナンパを始めた。
人が悩んでいるときにこの人は…

「お前達、何を遊んでいる。そもそもシズには…」
「あ。覚悟はできましたか。じゃ行きましょう」
「───行きます」

さっさと二人に行かれてしまった。

「………」

渋々追いかけるアインズの背中は少し寂しそうだった。


────────────────
アインズ・ウール・ゴウンの宝物殿。
それはかつての栄光が如実に感じられる場所だ。数え切れない宝の数々が、敷き詰められた金貨の山に無造作に放られているのだ。

「…いつみてもクラクラする景色です」
「私はもう見慣れたがな」

シズを連れ二人は奥へと進んでいく。
途中幾つものギミックが進路を阻んだがアインズとシズで難なく解除されていく。

宝の山を抜けた先は武器庫だ。
先ほどまでの無造作感は無く、むしろ展示場の如き整然さで並べられている。飾られた武器は芸術品の様に美しい物から、材質、用途全て不明な物まで並べられている。

三人は暫く無言で進む。
少し進むと、少し開けた場所に出た。
ここが目的の場所だ。

そこには一人、どこかの軍服を着た人物が、背を向けて仁王立ちしていた。
こちらに気付いているのかいないのか、微動だにしない。

アインズはかなり躊躇った後、さとりに睨まれて観念したのか、その人物に話し掛けた。

「あー… パンドラズ・アクター?元気、にしていたか? 実はお前に頼みがあってここに来た。此方を向いて貰えるか?」

アインズの言葉を受けると、軍服の肩がピクリと震え、そしてゆっくりと振り向きながら手を広げると、叫んだ。

「ぅお待ちしておりましたッ!我が主!このッ!パンドラズ・アクター!貴方様のお望みとあらばッ、どんな難問も解ッ決してみせまショウ!」

ビシッ!
そして見事な敬礼。気合いの入り方が違っていた。

「「うわぁ…」」
さとりとシズの声が重なる。

恥ずか死にたい。そう思ったアインズに感情抑制がスゥっと効いてくる。

(ありがとう。感情抑制さん)

よくわからない感謝を天に捧げて現実逃避しているアインズを余所に、さとりは軍服を着た卵頭に話し掛けていた。

「初めまして、パンドラズ・アクターさん。私を覚えていますか? 古明地さとりです。今はまたナザリックにお世話になってます」

さとりの挨拶を受け、軍服の男、パンドラズ・アクターは手を広げて嬉しさを表現した。卵頭に埴輪のような穴が空いているだけの顔だが、不思議と表情豊かに見える。こう見えても彼はLv100ドッペルゲンガー、ギルドメンバー全員の外装をコピーし、その能力の7割ほどを行使できる強力な存在なのだ。
そんな彼が感極まる声をあげた。

「オオォ!これは、古明地様! …確か貴方がお持ちになったのは《歌姫の透刃》!あの武器は中々の曲者でしょう? 何せあの呪いは───」
「そ、それぐらいにしておけ、パンドラズ・アクター。お前の説明は長い」

立ち直ったアインズが彼の説明を止める。パンドラズ・アクターはアイテムフェチという設定なのだ。実はアインズ自身もその気があるので恥ずかしさは倍増だ。

「失礼致しました。 …して、ご用件とは何でございましょう?」
「実はだな…」

アインズは、念の為シズを少し離れさせると、転移してきた事実、これまでの経緯を詳しく説明した。そして今は名を変えアインズ・ウール・ゴウンを名乗っている事も。

「ほほう、そんな事が。流石は、我がッ主! 完璧なる采配ですな!」

自分のNPCの誉め言葉に、しかしアインズは冷静に返す。言わなければならないことだからだ。

「…本当にそう思っているのか? お前は、私の事は何も知らないはずなのに?」
「!───そんな事は…」
「確かに、俺はお前の創造主でお前のスペックは熟知している。お前の設定を決めたのも俺だ。…でも俺は、お前の感情までは知らない。知るわけがないんだ」
「────」
「だからお前も俺の事を知っている筈が無いんだよ。こうして話すのは初めてなんだからな。…なぁ、パンドラズ・アクター。しっかり俺を見てくれ。勝手に心に植え付けられた忠誠心を通してではなく、お前の心で、俺を見て欲しい。俺は、お前に傅かれる程の男か?」

パンドラズ・アクターは、己の最も敬愛する者に問われ、黙り込んだ。
答えが見付からなかったようだ。


「…詳しくご説明下さい」

暫くして出た彼の声は絞り出すかのようだった。



───────────────
説明は主にさとりが行った。自分に読心能力があると前置きした上で、だ。

最初は自分の心にある忠誠心を疑う事は絶対しなかった彼だが、アインズ本人から転移の事実と、突然NPCが自意識を持ったという話を聞き、ようやく納得ができたようだった。

「フーム… ゲームの中の世界が、異世界に飛んだ拍子に現実になった、と。少々刺激的な事実ですな。しかしそれならば、私の数日前より以前の記憶が曖昧な事の理由にはなりますな。…不思議と武具や宝の出し入れの記憶はあるのですが」
「それは貴方が宝物殿はの管理職という設定が生きているんだと思います。しかし、理解出来ているのですね。さすがです、パンドラズ・アクターさん。それでこそアインズさんの切り札ですね」

切られるのは俺の心だがな!
と、思うアインズだが当然口にはしない。

「…しかし、それでも私の中の敬愛は偽物では無いと思います。自分の神を崇めない者は居ないでしょう?私達の中では造物主はそんな扱いなのです」

神ときたかー。アインズは頭を押さえたくなった。俺の外見じゃ邪神そのものだけど。魔王より格上になったか?
下らないことを考えてたらさとりにまた睨まれた。心の中で謝る。
代わりにさとりが答えた。

「…それでも私達は元人間で、無条件に崇拝されるのは慣れていないんです。私達も貴方達と同じ様に悩み、間違うのですよ。私達が欲しいのは崇拝よりも信頼なんです」
「信頼…ですか?」
「そう。お互いの事をよく知った上で協力すること。アインズさんは貴方を知った上で、貴方にお願いしようとしてます」

そう、アインズ達はまずパンドラズ・アクターを身内に引き込もうとしていた。彼には他のNPCとは大きく違う所がある。

それは、自分の造物主に捨てられていないこと。
他のNPC達には心の奥底に、自分達は見捨てられた、という絶望感がある。だからアインズにまで見捨てられたくない、と必死なのだ。

一方でパンドラズ・アクターには造物主が側にいることで余裕がある。
彼なら事実を受入れ、協力してくれるだろうと考えた。

「─── 分かりました。つまり私の役目は皆が暴走しないよう内部で調節する事ですな?」
「物分かりが良くて助かるぞ。奴等も悪気は無いんだが、此方を誤解している所がある。知らぬ間に暴走して、気が付いたら後戻り出来ない状況になっていたら目も当てられんからな」
「…私が心を読んで軌道修正できればいいのですけど、文字通り目の届く範囲に限られますから」

そこまで聞くとパンドラズ・アクターはおもむろに立ち上がり、軍服を翻し叫んだ。

「委細、承知ッ致しましたッ!我が主と儚き主よ!必ずやご期待に添い、貴方様方の信頼を勝ち得てみせまショウ!」
「…期待しているぞ、パンドラズ・アクター。だが無理はするな。問題が出たらすぐに私に相談しろ。私は、その、お前のち、父なのだから」

その言葉を聞いたパンドラズ・アクターはビクリと震え、ギギギとゆっくり此方へ振り向いた。

「今、何と」

怖い。アインズは早速後悔した。
そこをさとりが引き継いで答える。

「…お父様は貴方を息子と呼んだのですよ。良かったですね、パンドラズ・アクターさん。いえ、お兄様、とでもお呼びすれば良いのかしら?」

「───!」

瞬間、卵頭の穴から滝の様な涙(?)が溢れ落ちた。止まらない嗚咽に辛うじて言葉が混じる。

「おおおぉぉ…!この瞬間!私は生きていて良かったッ!Mit Herzensfreud und Wonne!」
「何を口走ってるんだお前は!」
「…ドイツ語ですか?わー、カッコいいですねー」

羞恥心でのたうつアインズだったが、感情抑制の活躍で何とか持ち直した。

「と、とにかく!お前を皆に紹介する所から始めるぞ。それから各自に仕事を割り振ることにする。まずはその打ち合わせをしよう。…この指輪を渡しておこう」
「こ、これは、《リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン》! 効果は…」

またアイテム説明を始める彼をアインズは止める。

「そういうのもういいから!私の自室に移動するぞ!」

その声にパンドラズ・アクターはビシッと敬礼で答え、高らかに叫んだ。

「Wenn es meines Gottes Wille!(我が神のお望みとあらば)」

「…うわぁ」
「── せめてドイツ語と敬礼は勘弁してくれ…」


限界を通り越したアインズの声は空しく宝物殿に消えていくのだった。




作中のNPC解釈はあくまで独自設定になります。ご注意下さい。


ご意見、ご感想お待ちしております。