私はこのままナザリックに帰還しても良かったのですが、モモンガさん ─── アインズさんがやる気を出したので、このまま村の救助に向かうことにしました。
エモット姉妹に過剰な守護魔法をかけたり保険のゴブリン召喚アイテムを渡したりしたところで、漆黒の全身鎧を纏ったアルベドさんが到着しました。
…ごつい全身鎧を着ているのにちゃんと女性らしいフォルムなのは、正直ずるくないですか… 決して越えられない壁がそこにあるような気がしてなりません。
彼女が少し合流に遅れたのは、先に周囲を囲む騎士達を掃討してたからだそうです。さすが仕事が早いです。
「お待たせして申し訳ありません。シモベの配置完了しました。いつでも村を殲滅可能です」
絶句するアインズさん。
安定のアルベドさんクオリティです。そこに痺れませんし憧れませんが。
「待って、いや、待てアルベド。救助対象ごと殲滅してどうする、襲っている騎士どもだけ処分するんだ。まあいい、この場は私自ら取り仕切ろう」
「至高の御方のお手を煩わせるとは…
それも全て我等シモベ一同の力不足。申し訳有りません」
「良い、お前の全てを私は許そう。…付いてきてくれるか?アルベドよ」
「も、勿論でございます!このアルベド、全霊をかけて至高の御方を御守りいたします!」
溢れ出る忠誠心、ですねー。
「お手を煩わせる」の部分で、私を睨んでた様に見えましたが。
怖いです。
「後はこの外見か。腕は適当な籠手でも着ければ良いか。顔は何か…これか…仕方あるまい」
ごそごそアイテムボックスを漁っていたアインズさんは、昔イベントで配られたしっと感溢れる仮装マスクを被って正体を隠しました。…似合ってますよ、多分。エンリさん達には今更感ありますが、まぁ後で私が釘を刺しておきましょうか。
しかしさっきの下級治癒薬やゴブ召喚アイテムといい、もう使わない様な物をよく持ち歩いてますね… 一度、私も一緒にアイテム整理を手伝った方が良さそうです。
「次は使い捨ての壁役か。《アンデッド作成》」
黒い靄が、騎士の溺死体のひとつ
───サマンサさんでしたっけ───に纏わり付くとやがて靄の中から見慣れたアンデッド、死の騎士さんが現れます。実績のある彼なら護衛役にぴったりですね。
…遠くのエンリ姉妹がまた怯えていますが、私は構わず死の騎士さんに話しかけました。
「ごきげんよう、死の騎士さん。先日はありがとうございました」
礼を言ったものの返事を期待していた訳ではなかったのですが、予想に反して死の騎士はフルフルと頭を振りました。
「違う? …あの時とは別の死の騎士さんでしたか。それは失礼しました」
コクン。
…なんか可愛いです。
外見はアレですが。
「…こちらこそ。よろしくお願いしますね」
コクコク
『さとりさん、こいつらの思考まで分かるんですか?創造主の俺にも漠然としか解らないのに…』
『えぇ、何となくですけどね。…でも変ですね。前の死の騎士さん達よりこの子の方が意志がはっきりしてる気がします』
『ふーむ、この世界の死体を媒介に作成したからですかね… まぁ命令をちゃんと聞いてくれれば構わないか』
彼、張り切ってるから大丈夫だと思いますよ。
「死の騎士よ。私の声が聞こえるか。命令だ、この鎧と同じ物を着た連中を叩き潰すぞ」
「─────!!」
命令を受けた死の騎士さんは雄叫びを上げるとまっしぐらに村へ突撃していきました。
私達を置き去りにして。
「…えっと、俺を守りながら…じゃないのかよ?」
素に戻ってますよ、お父様。
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おっとり刀で村に入った私達が見たのは、張り切った死の騎士さんが粗方敵を片付けた所でした。
「────」
何となく誉めて欲しそうです。
「よくやりましたね。後で頭を撫でてあげますね」
「─!」
『なんでさとりさんの命令聞いてるんですか…?こいつ』
さぁ?日頃の行いとか人徳じゃないですかね。
「あー、そこな騎士達。もうこれ以上抵抗しないなら武器を───」
降伏勧告に迷わず従う騎士達。
もう近隣に近づくな、と警告の後、全員解放されてましたが、彼らの末路は外で手ぐすね引いて待っているシモベ達に回収後、実験素材として晴れてナザリック入りみたいです。ここに来るまでに随分お楽しみだったようなので同情しませんけど。
アインズさんが戦後処理と情報収集の為、村人と交渉を始めました。上手く一般常識とか貨幣制度なんかの情報を得られればいいのですが。アインズさんならむしろ適役ですね。
…ここは余りでしゃばらない方が良さそうですし、私はエモット姉妹の様子でも見に行きましょうか。
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エンリさんは妹のネムと一緒に父親と母親の遺体にすがりつき泣きじゃくっていました。
…さすがの私も、この場を弄る気にはなれません。それぐらいの人間性の欠片は残っています。
私に出来ることは彼女らに《平静化》の魔法をかけて落ち着かせてあげるくらいですかね。
「あ… ありがとうございます、えっと… さとり様」
「どういたしまして、さとりさんです。
…残念な事になっていたようですね。もう少し、私が早く着いていれば間に合ったかもしれません。ごめんなさい」
本心ですよ? …間に合ったからと言って助けてた、かは微妙ですが。
「そんな!さとり様のお陰で私達姉妹は命拾いしました。貴方が助けてくれたことは私、絶対に忘れません!」
「…そうですか」
思わず顔を背けてしまいました。
…あまり真っ直ぐな心を向けないで欲しいです。私の心が化け物だって思い知らされるじゃないですか。
…何がツンデレですか。呪いますよ。
「さ、ネムもお礼を言いなさい」
「うん!ありがとう、さとりおねえちゃん!」
「───!」
………。
私の周りの空気が凍りつきました。
その呼び方は、ダメです。なにかが警鐘を鳴らします。思い出せ、と。思い出すな、と。
「…? あの、どうしました…?」
心配するエンリさんに、渇いた口を辛うじて動かして私は答えます。
「…いえ。なんでもありませんよ。ネムさん、出来れば別の呼び方でお願いします。私は謙虚ですから、さん付けでいいですよ?」
「……?わかりました、さとりさん!」
「…いい子ですね」
頭を撫でると嬉しそうにするネムさん。
可愛いんですけど、違和感はやがて頭痛になってきましたので、そうそうに逃げるように立ち去ります。
何故かは分かりませんが、あの呼ばれ方は私の心を強く揺さぶりました。
何かを思い出しそうな…
忘れていた方がいいような…
うーん、きもちわるいです。
唸りながらアインズさんの所に引き返す私でしたが、時間がたつとその疑問は煙のように薄まっていき、彼と合流する頃にはすっかり忘れてしまいました。
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…随分長く話し込んでると思ったら、村長さんから地理や冒険者の事も聞いていたんですね。
…この付近の主な国家は、王国、帝国、法国ですか。さっきの騎士もどき達が帝国兵のふりをした法国兵なのは最初の方で知っていたのですが、その意味までは理解できていませんでした。ようやく仕組みが解りましたね。アインズさんに《伝言》しておきましょう。
次は冒険者という職業についてですが、アインズさんが好きそうな話題ですしそちらは丸投げしておきましょう。
もう少し話し合いは続きそうです。
村人達は葬儀の準備にかかっています。手伝う気にもならない私は、死の騎士さんの肩に乗ってボーッとその光景を眺めています。
その死の騎士さんはさっきまで遺体を運ぶのを手伝っていました。
村を直接守った死の騎士さんは、その異形にも拘わらず大方の村人に受け入れられていました。順応力が高いのは素晴らしいですね。この死の騎士の素材になったのが襲撃者だと知ったら、彼等はどう思うのでしょう。
試してみたいですけど止めておきましょう、今の彼らには酷ですし。
でも案外受け入れられるかも知れませんね。もしそうなら世界中が彼らのような人間になればいいのですが…
私はもう帰って休みたいのですが、どうやらまだ無理なようです。
高くなった私の視点から、丘の向こうから鎧を着た一群が馬に乗ってこちらに向かって来たのが見えたのですから。
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アインズさんが村長宅から出てきた時には、一団のリーダーらしき戦士もこちらに向かって来ていました。
「村長はいるかね?私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフだ。ここ周辺の村々が賊に襲われているとの報告を受けて周囲を見回っている所だ」
この髭おじさんの交渉役はアインズさんに一任です。
私がやっているのは適当に心を読みつつ、得た情報をアインズさんに《伝言》する簡単なお仕事です。交渉難度イージーモードですね。こちらは一方的に情報を握れるんですから。
はぁ。…それにしてもこのガゼフさんという方、随分真面目な方ですねぇ。彼がここまで来た経緯も視ましたが、確実に罠に嵌められてますよ?装備も部下も制限されて死地に追いやられたのに任務をこなそうとしてるんですから。
あぁやだやだ。王国の上層部は思った以上に腐ってるみたいです。
…飽きてきました。
死の騎士さんの肩の上で足をパタパタさせながら今日の夕飯なにかな、とか考えて暇を潰しますか。
戦士長と部下の視線がグサグサ飛んできますが、手でも振ってあげた方がいいんですかね。
「失礼ゴウン殿、あの…異形の騎士と、その肩にいる少女は一体?大丈夫なのか?」
「彼女は── その… 私の、む、娘です。騎士は私が呼び出したシモベで、今は彼女の制御下にあります。…あの子はあれの扱いに慣れていますから、危険はありません。」
「ご息女でしたか。あの歳でこれほどのシモベを従えるとは! その才能、これは将来が楽しみですな」
「えぇ、まぁ。…そうですね」
私誉められてますよ、お父様。
私を誉められて何故か上機嫌なアインズさん、上司をご機嫌にしたガゼフさんの評価を上げるアルベドさん。実のところ死の騎士の強さに興味津々なガゼフさん。そんなことは良いから眠い私。
カオスですねぇ。
あくびがでました。
引き出せる情報も尽きかけた時、アルベドさんからアインズさんに報告がありました。
「アインズ様、武装した未確認の一団が新たに近付いて来ています。如何致しましょうか?」
処分しますか?と暗に聞いてますね。
アインズさんは様子見を選択しましたが、しちゃっても良いと思いますけどね。十中八九スレイン法国という所からのガゼフさん宛の刺客でしょうし。
それにしても、この村呪われてるんですか?
アインズさんが未確認集団の事を伝え、その正体の予想を言うとガゼフさんは悔しそうにした後戦う事を決意、アインズさんには協力を頼みました。
『んー、どうしましょうか。さとりさん』
『私に聞かれても。国と国の問題になってますからね。いまここで一概にどっちに着くという判断は難しいんじゃないですか?』
『そうですよね。少し様子を見ましょう』
ガゼフさんは協力を断られると残念な様子でしたが、代わりに自分に何かあれば村を守って欲しいと依頼。アインズさんはそれを承諾、という形で纏まりました。
去り際にアインズさんは御守りだ、とアイテムを渡し、ガゼフさんは心からの感謝を述べて立ち去ろうとします。
「ゴウン殿、ありがとう!くれぐれも村のことは頼みましたぞ!」
挨拶を済ませ、部下を引き連れ去っていくガゼフさん。それを見送るアインズさん。
『…アインズさん、ガゼフさんのこと気に入りましたね。助ける気満々じゃないですか』
あの時渡したアイテムは、アイテムの周囲を使用者のと入れ換える物でした。きっと彼が危なくなったら交代するつもりでなのでしょう。心を読まなくても分かります。
『すみません、さとりさん。勝手な事をひとりで決めてしまって。なんかあの人を見捨てられなくて』
『…法国やらと事を構えることになってもですか? 彼にそんな価値があるとでも?』
『…分からない。でもあの人は、こんなくだらない策謀で死ぬべきじゃない、と思うんです。彼の信念には共感するものがありますし』
…なるほど。
やっぱり、私にはガゼフさんを理解できません。
信念とか矜持が、死んだ後に残された人達を守ってくれるんですか。そんなわけないじゃないですか、結局自己満足に過ぎないんです。
あぁ。でも、アインズさんも、そうなんですね。絆とか過去の栄光とか。見えない物の為に命をかけられる人でしたか。
私は…
『…アインズさん、大丈夫ですよ。何があっても私は貴方の味方です』
『…ありがとうございます、さとりさん。さぁ彼の戦いを見守りましょう!』
観戦モードに入るアインズさんを余所に、私は一人、考えに耽っていた。
私は…
私は、何を信じているのかな?
答えは出ませんでした。
推敲中に送ってしまいました。
後で色々修正するかもしれません。
ご意見、ご感想お待ちしております。