覚り妖怪と骸骨さん   作:でりゃ

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プロローグ

かつて一世を風靡したDMMORPG「ユグドラシル」

記録的同時接続を誇った怪物ゲームも時代の流れには逆らえず、何年も続いた長い歴史も今ここに閉じられようとしていた。サービス終了という形を持って。

 

そしてここ、かつてはゲーム内ギルドランク一桁台にまでランクインした強豪ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の本拠地ナザリックの片隅でも、骸骨姿のプレイヤーが溜め息と共に独り言を溢していた。

 

「はぁ… 結局、誰ひとり挨拶にすら来ない…か。そうだよな、皆事情があって辞めて行ったんだから」

 

事前にメールは配っておいた。せめて最後の時は共に過ごそう、と。

 

しかし現実はどうだ?

 

確かに辞めたゲームに戻ってくる必要はない。彼等にも彼等の生活があるのだから。そう納得していた。

 

それでも、一言返信ぐらいはあってもいいんじゃないだろうか。これでは残った自分が道化ではないか。

 

今、彼の心には諦めと悲しみ、そして怒りが浮かんでは消えていた。

 

 

この豪華なローブを羽織った骸骨の名前はモモンガ。れっきとしたプレイヤーのひとりで、このギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドリーダー、今迄ギルドを維持し続けていた骨のある男だ。

 

しかし、その苦労もこれから泡と消えようとしている。

 

時計を見ると23:30、後30分で日付が変わりサービスは終了、即ちユグドラシルも最期を迎える。

 

 

負の感情に翻弄され、立ち尽くすしかないモモンガに、唐突に場違いな《伝言》が届いた。

 

『…モモンガさん、こんばんは。お変わりありませんか? 遅くなりましたが今週の分の維持費、送っておきましたから確認して下さいね』

 

抑揚のあまり感じられない女性の声。

 

その、余りに通常営業な内容に、思わず感傷も何も忘れモモンガは送り主の女性に返信する。

 

『さとりさん!お変わりも何も今日でユグドラシルは最終日ですよ!維持費はもう必要ないんです…… いえ、いつもありがとうございました…』

 

生身の時の癖でその場に居ない相手に頭を下げながら、もうギルドメンバーではない者に礼をする。

 

『あら… そうでしたね。私としたことがついうっかり。 …でもこれは私が決めた事ですから、最期と言えども止める理由にはならないんです』

 

特徴ある少しボソボソとした喋り方の中にも頑とした意思を感じる言葉に、思わずモモンガは心の中で苦笑する。

 

彼女はメンバーではないのに、律儀に最終日にまで、少なくない金額のゲーム内通貨を送金すると言うのだ

 

そう、いつも通りに。

 

 

『変わらないですね貴女は。ところでこのあと予定はありますか?良ければ最期はこちらで過ごされませんか?』

 

最期。

意外にもすんなり言葉に出せた。

 

このまま独りで過ごす事に耐えられなかったモモンガは、ダメ元でかつてのメンバーを誘う。

 

『…はい、折角ですしそちらにお伺いしますね。ナザリック入口に向かえばよろしいですか?』

 

拍子抜けするほどあっさり了解がとれた。最近は《伝言》でやり取りする位しか交流していなかったので期待も薄かったのだが。

 

ともあれ、モモンガは幾つか準備を整えると少し軽くなった心に気付かないまま、ナザリック入口へと移動する。

 

 

数分後、外で待っているモモンガの元に転移してきたのは、桃色の髪の小柄な少女だった。

 

ゆったりとした水色の服を着て、胸元には奇妙な赤い大目玉の飾りを着けている。

 

「…こうしてお会いするのはお久しぶりですね、モモンガさん。元気そうで、嬉しいです」

 

少し眠たげな眼を向けて微笑む少女の名は「古明地さとり」

100年前の、とあるシューティングゲームに出てくる登場人物をそのまま模したアバターである。

所謂中の人はそのゲームの大ファンで、古い過去のデータをわざわざ掘り出して彼女の容姿を造り出してた。

 

さすがにその喋り方や行動は自分のオリジナルも混じるが、極力さとり風ロールプレイを心がけてきたつもりだったし、今ではその境界もあやふやだ。

 

 

「ははは… まぁ今日までこれたのはさとりさんの協力もあったからですよ。さぁ時間も無いですから奥に行きましょう。場所は…玉座の間でいいかな?」

 

実際こうして会うのは久しぶりな相手なので、つい早口で挨拶を口にしてしまう。

 

実のところモモンガは彼女に話したいことが山ほどあった、言わなければいけない事があった。

だが残念ながら時間が無い。

余りにも致命的な程に。

 

 

ゲスト登録はすでに済ませており、特に障害もなくナザリック奥までギルドの機能で辿り着く二人。

 

荘厳で仮想現実とは思えない光景が広がる。さとりにとっては懐かしい景色であり、モモンガにとっては見慣れているが大切な景色だ。

 

目的地を目指して歩く。

 

二人が道すがら配置されているNPCをコマンドで引き連れていく中、さとりが口を開いた。

 

「…いつ見ても凄い所ですね。うちの地霊殿ももう少し内装を飾り立てれば… ってダメですね。これは皆さんが築いた長年の努力の結晶なのですから」

 

さとりが現在属しているギルドは「地底の旧地獄」 本拠地は誰も近寄らない僻地にある古めかしい造りの洋館「地霊殿」

そして所属メンバーはリーダーひとり、さとり当人だけ。

装飾は最低限、配置NPCも数体、賑やかしのペットモンスターがちらほら、というささやかな物。

41人の少人数とはいえ有数のトップランカー達が作り上げたナザリックとは比べるべくも無い。

 

自嘲気味な少女の言葉に、モモンガも歩きながら言葉を返す。

 

「なにを今更… さとりさんだってあんなに手伝ってくれたじゃないですか。ほら、これなんか」

 

モモンガはそう言うと、虚空から禍禍しいエフェクトの杖を取り出す。

それを見てさとりも感慨深く声を漏らした。

 

「…それは『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』… そうでしたね… あの時は本当に楽しかったです、えぇ」

 

ギルド全員で鍛え上げたと言っても過言ではない、この「ギルド武器」はモモンガだけでなくさとりにとっても大切な思い出のひとつだった。

材料集め、デザイン等々… 手加減抜きの仕上がりとなっている。お陰で性能も外見も凶悪極まりない物となったが。

 

モモンガは壊れ物でも扱うように杖を掴むと、冗談混じりにさとりの方を向いて問いかけた。

 

「こいつもひとりじゃ可哀相かと思って。最期だし勝手に持ち出しちゃいました。皆は怒りますかね?」

「…大丈夫だと思います。その子は貴方が持つべき物です」

 

答えるさとりはそこで言葉をきると、

 

「…モモンガさん、今までありがとうございます。私はそんな貴方が居たからユグドラシルを続けられたんだと思います 。きっと皆さんだって貴方に感謝しています。本当にお疲れ様でした」

 

と、桃色髪の小さい頭を下げる。

驚いたのはモモンガの方だった。

 

「そ、そんな! お礼を言うのは俺の方です、さとりさん。それに結局、俺じゃ力不足で… 」

 

それ以上は声が震えて言葉にならなかった。感情が抑えられない。

それはモモンガが心の底で誰かに言ってもらいたかった言葉だった。

 

『ありがとう』『お疲れ様』

 

 

このさとりという少女(まぁ中身は社会人らしいので実年齢は秘密)は時折こういった人の心を先読みするような行動をとることがあった。まるで原作の「古明地さとり」のように。

 

それが単に勘の鋭さか、はたまた身に付けた技術なのかは分からないが、その事で助けられるメンバーも居れば、一方で外で要らぬトラブルを招く事もあった。

…彼女は器用に立ち回っているようでいて、時々妙な所でうっかりミスを起こしたりする変な癖も持っていたからだ。今となっては良い思い出だが…

 

そしてある日、とある出来事でギルドを脱退し、色々あって今日までモモンガを陰ながら支援していた事を改めて思い出した。

思えばその頃から彼女は一人だった。

 

(この子には敵わないなぁ…)

 

時に優しく、時に辛辣。計算高いようで、どこか抜けている。常に距離を置いているようで、気付けば懐にいる。

読めないようで、読まれている。

 

彼にとってさとりの印象はそんな感じだった。

 

 

それからはしばし会話もなく歩く。

 

NPCの執事長を含め付き従うNPCも増え、かなりの行列になる頃、漸く目的の玉座の間に辿り着いた。

0時まで残り10分といったところだ。

 

中に入ると1体の美しい女性NPCが出迎える。アルベドだ。彼女が世界級を持っていることに気付いたモモンガはギルメンの勝手な行動にぶつくさ文句を言うが、その設定欄を覗き込んだとき思わず声をあげた。

 

「うわっ、凄い文章量… さすがタブラさんだな。でも、最後の『ビッチである』はひどすぎるだろ…」

「…ギャップ萌え、でしたっけ。あの方も相当凝り性でしたから。…確かにあんまりですね、どうせなら今ここでモモンガさんが書き直してみたらどうですか?」

「それは…」

 

いつもなら他人のNPCの設定欄を勝手に変更などしないモモンガだったが、密かに自分好みだったNPCにあんまりな設定がされていた事と、やはりこれが最後ということもあり結局ノリノリで書き替えた。

 

『モモンガを愛している』

 

「…ほう。面白いことを書くんですね、この骨は」

「ごめんなさい。調子に乗りました今の無しで」

 

怖い。

いつものジト目に重圧を感じる。

 

「で、ではこれで…」

 

 

『家族を愛している』

 

 

「…いいと思いますよ。この場合はナザリック所属が家族ってことですか」

「そうですね。種族は違っても仲間は皆家族って感じで」

 

なんとなくほっこりした空気が場を包む。

 

しかし。

 

「…そろそろ時間です、モモンガさん。あの…」

 

無情にも時が来た。

何か言いたげなさとりを、モモンガは敢えて無視して告げる。

 

「よし! 最期は大々的に悪のロールプレイで締めますね。さとりさん、今迄本当にありがとうございました。次はユグドラシル2とかでお会いできたらいいですね」

「…ふふ、お互いお礼を言い合ってばかりですね。…こちらこそ、お世話になりました。次はいつかまた、どこかで…です」

 

白々しい言葉を交わす。

次、など欠片も無い事は分かっている。

 

そしてモモンガの、ギルドの永遠を誓う宣誓と共に時計は0時を差し示し。

 

すべてが始まる。




2/4 修正

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