マテリアル・シンカロン 作:始原菌
――何故ここにいるのか、わからない。
どうしてこうも妙な状況になっているのかも当然、知り得ない。残っているのは個体名称と根底の機能のみ。消滅していないのが不思議なくらいに、欠けている。
そして何故ここまで欠けたかすら、わからない。
忘れてしまったのではなく、無くしてしまったから。
血肉でなくプログラムで構成される
だがそれでも、残っている。
断片同然になりながらも。
目的の対象に関する記憶を欠損してしまっても。
この存在の全てがその為にあるがゆえに。奥底から求めている。
”
同じ存在達と共に、探していたのだ。見つけなければならない。手に入れなければならない、そうして初めて『私達』は■■に■、
【――ああ、ここまでですか。今の所は、消滅しなかっただけでよしとしましょう】
データの整理と記録の捜索を止め、復旧に専念する。
淡々と冷静に論理的に――見えるのは、きっと表面だけだ。その奥には、熱のこもった思いがある。単純な数式では決して説明できない、炎の如き決意がある。
▲▼▲
「じゃあ、昨日の赤い流れ星がシュテルだったって事なのか」
【はい。激突の際にどうやら妙な接触をしてしまったようで、私が貴方の魔導に取り込まれる形になっているのが現状です】
「まず俺は魔導とか持ってた憶えがないんだけど……あったんだろうな。何か変わったし」
小学生が帰る時間としては遅すぎるし、まず外見が完全に不審者のそれ。
けれども紫苑は誰にも咎められる事なく、家へと入る。両親が居ないという環境が生まれて初めてプラスに働いたかもしれない。状況が大分マイナスに寄っている気もするけれど。
帰るまでは本当にあっという間だった。
なにせ走る速度が倍じゃきかないほどに上昇している。力や頑丈さが跳ね上がっていた今までから推測するに、身体能力全般が跳ね上がっていると見るべきか。
怪物と戦ったあの場は――そのままにしてきた。
木々はあちこちベキベキで、小屋はバラバラ大炎上、周りもそこそこ焼け野原。普通だったら通報して事情を説明するのが妥当、なんだけれども。
今回端から端まで経緯がまともでない。説明したところで信じてもらえる可能性は低そうだし、そもそも紫苑自身が説明できるほど事態を把握していない。
「それで俺は君と同じような『マテリアル』と『何か』を探すのを手伝えばいい、と」
【はい】
「『マテリアル』の方はともかく、『何か』っていうのは少しざっくりしすぎじゃないか。せめてどういう形式のものかだけでも解らないと、探しようがない」
【その通りですが、今の私には『何か』としか言えないのです。いかなる名前、いかなる性質、その全てを損傷して無くしてしまっているので】
現在地がどこかといえば洗面所。
毎朝使っている鏡で、紫苑は自分自身を見ている。映っている自身の顔の『形』は朝見た時と何ら変わりはない。けれども『色』が大幅に異なっている。
具体的には髪は茶色に、目は蒼に。衣服から吹き出ている炎は帰り道の途中で止められたが、逆にそれ以外は何も元に戻っていない。
「じゃあ他の『マテリアル』が何処に居るか見当は?」
【ありません。ですが全く当てが無いわけでもありません。この世界には魔導がほぼ普及しておらず、私達のような存在は『異質』。活動すれば痕跡が残るはず。動くかどうかすらわからない『何か』と違い、『マテリアル』の方は無事ならば私と同じ目的で活動しているでしょう――この世界に居るのなら、ですが】
「……『この世界』?」
【それについてはまたの機会に。今はとにかく周囲だけを捜索してくだされば、それで】
服は最悪着替えればいいとしても。髪と目の色を変えて登校すれば唐突な小学校デビューになってしまう。それだけは何としても避けねばなるまい。
なのでさっきから洗ったり、引っ張ったり、突いたり――色々試している、いるのだが。一向に元に戻る気配はない。まるで元からこんな色だったといわんばかりだ。
それに鏡で見ている紫苑自身も『今の状態』にあまり違和感を抱けない。何故か、今の状態が間違っているとは思えない。
これはこれで、
「じゃあまず優先するのは『マテリアル』……だとしても、当面は足で探すしか無い訳だ。俺、平日の昼間は学校に行かなきゃならないんだけど――シュテルとしては仲間探しは最優先でしてほしいんだよな」
【ええ、勿論】
シュテルに『声』はない。意思だけが直接伝わってくる。
ここまで意思疎通をしてきて、抱いた印象は『平坦』だ。事務的というか、感情の振れ幅があまり感じられない。元々そういう性質なのか、気を許していないだけなのかは、今の紫苑には判別付かない。何となくだが後者な気がする。
ただこの返事は少しだけ違う。これまでより明らかに堅い。頑な――強固。譲りたくない事柄なのかもしれない。
「……うん。明確な当てが無いなら、昼は普通に学校に行くよ。俺の生活を優先する選択肢だけど、一応君にも得はある」
【お聞かせ願えますか】
「休もうと思えば休めるんだけど、休み過ぎると先生に心配される。そうすると大人の注意が向いてくる。どうも俺には不思議な力があるけど――それでも『社会』を敵に回していけば、絶対に動き辛くなる。確実に動くべき時に、動けなくなっているのを避けたい。あともう一つ、学校ってのは大勢の人間が集まる場所だ。何か不思議な事件が起きれば噂が回ってくるのが期待できる。小学生くらいの人間にとって、情報収集には最適な施設だと思う」
【わかりました。そういう事ならば異論はありません。ただしこちらも譲れない点を一つ。事態に変化や緊急性のある要件が発生した際には、こちらを優先してもらえますか?】
「わかってる。
これで当面の間、紫苑の生活とシュテルの目的は両立できるだろう。
なのだが、容姿面の問題がさっぱり全然解決どころか進展もしていない。
「戻れ、だと上手く行かないなら…………
考え方を、少し変えてみることにした。
この姿が違うと否定できないなら、肯定してしまう。ただし今は横に置いておく。この形も、正常。けれども最初にあった正常を、改めて中央に据え直すイメージ。
複数になった正常を、入れ替えるように――
「あっ、戻った! 良かった……これで突然の小学生デビューしないですむ……!」
ぱちんと切り替わるように、呆気無く再度の変化。
黒髪、黒瞳、白い制服。最も見慣れた状態の紫宮紫苑が、何事もなかったかのように鏡に映っている。
【ところでシオン、貴方の魔導は一体どういう仕組みになっているのです?】
「それはまず俺自身が一番知りたい」
▲▼▲
――夜の暗闇の中を、誰かが駆けている。
たった独りで駆けている。それに追い立てられるように、追われる影があった。一度また一度、誰かと影が交差する。
その度に自然ではあり得ない光が灯る。干渉を示す火花のように光が散る。
やがて、一際大きな光が広がった。
広がって、奔って、そうして――消えた。静かになった夜の森に『誰かの姿』は見当たらない。追われていた『影』の姿も見当たらない。
さっきまであれだけ頻繁に明滅していた――緑の光が、その夜にもう灯る事はなかった。
きっと目撃した者は誰もいない。
けれどもこの夜の、この出来事を。
本当に誰もが一切『知覚』しなかったか、どうかは――
▲▼▲
夢が入り込む余地のないほどに完全無欠の熟睡だった。
端的に言ってめっちゃよく寝た。
「ふわ……」
突拍子がないことに連続して出くわしても、いざ眠れば朝までぐっすりである。
むしろ大変だったからこそ疲れていてよく眠れたのか。ともかくおかげで体調は万全。昨日あれだけ動き回った上に火まで噴いたのが嘘のように、身体はいつも通り。
欠伸混じりにぼんやりと考えながら、紫苑は通学路(通常)を歩く。もう少し進めば同じ方面の生徒も見えてくるが、この付近で歩いているのは紫苑一人だ。
「でも夢じゃないんだよなー」
一日経って何となくコツがわかったというか。
今では頭の中のシュテルが『居る』のを何となくだが感じ取れる。そういえば今朝は一言も――厳密には一言とは違うのかもしれないが――発していない。
簡単に言えば
「あ゛っ」
もう一つ、あった。
昨日のことが夢でない証。制服のポケットの中に、物理的に存在している。
「これのこと完全に忘れてた……!」
手の上には青い石が在った。
引っこ抜いた直後は内部に篭った力を感じていたが、今ではちょっと綺麗なただの石にしか見えない。この石自体のスイッチ的なものがオフになっているのか。もしくは――紫苑が赤くないから解らないのか。
「うーん、どうにも嫌な予感がしてきたなあ」
改めて見ると、この『色』に見覚えがある。
二日前の流星群。最後の赤い流星の正体はシュテルだった訳だが、その前に無数の青い流星が落ちている。あれらは、紫苑の手の上にある石と、同じ色をしていなかったか。
「シュテル、ちょっと聞きたいことが――シュテル? シュテルさん? おーい」
【………………………………………………何か用ですか】
あからさまに様子がおかしかった。
というか応答までの時間がやたら長い。
「あれ、もしかして本当に寝てた?」
【いいえ。駆体がある時ならともかく、今の私に睡眠は必要ありませんよ】
「え、でも何か今――」
【ただちょっと修復に専念していただけであって急ぎすぎたあまり組み損ねて絡まったデータを解くのに朝までかかって修復どころか悪化してたった今ようやく返答するだけのリソースを確保した等という事は一切ありませんよ】
「…………」
【違うと言っているでしょう】
「あ、はい」
【用件は?】
昨日より三倍くらい態度が冷たくなっている気がする。
何もしていないのに何故だろう。
【昨日も言いましたが、私はこの魔導具がいかなるものかは知りません。ですが複数存在するのではないかという推測は、恐らく正しいと思いますよ】
「どうして」
【落ちる時に私自身、他に複数の魔力反応を察知していますし。それによく見てください――奥に
「……本当だ」
内部に刻まれているのは模様だとばかり思っていた。
けれどもそう言われて改めて見ると、たしかに数字に見える。
【貴方が見たという青い流星、そのすべてがこの魔導具と同じ物である可能性は極めて高いでしょうね】
「うわあ問題が増えた。あの怪物みたいなのがあと十数体居るかもしれないってのはさすがに放っとけない。でも通報してどうにかなるものでもないし……でもシュテルとの約束が先だし……う――――ん、どうしようかな、どうすればいいんだ……?」
当然無視できない。
家族が居らずともここは住み慣れた街だ。深い関係でないと言うだけで、馴染みの深い人や場所がいくつもある。
問題なのは石にしろ、怪物にしろ、それらは魔導――魔法の産物であること。
紫苑には対抗する術がある。あった。憶えはないが、実際にあったのだからもうそこは受け入れるしか無い。それに力を貸してくれるシュテルも居る。
紫苑は、出来る。
他の人には、出来ない。
選択肢など、あってないようなものだった。
【私自身はこの魔導具に用はありません。ですがこの件に関して私達の利害は一致するかもしれませんよ】
「そうなの?」
【この魔導具は『エネルギーの塊』です。他の『マテリアル』が一時的な『補給源』として回収に来る可能性があります。昨日の様に異常事態まで発展していれば、様子見に来る可能性も。私の目的としては寄り道ですが、利が無いわけでも無いのです】
「つまりついでにこの石も探していいって事?」
【そう受け取ってもらって構いません】
「ありがとう、シュテル!」
【利害の一致です。礼を言われる程の事ではありませんよ】
ぴしゃり、という感じ。
きっと本当に一切の利が無ければ無視、放置を求められたのだろう。
「エネルギー源として使えるならシュテルが使えばいいんじゃないの?」
【確かに上手く行けば一気に復旧できるかもしれません。ですが現状では制御に失敗する危険性があるので止めておきます、
「失敗すると?」
【破裂しますね】
「今シュテルが居るのって俺の頭の中だよね?」
【そうですね。そこで破裂します】
「ぜひ無理せずにゆっくり治してください」
【そのつもりですのでご心配なく】
【ああ、そうそう。もし実行するにしても事前に連絡はしますので】
「連絡すればいいってものじゃない!」
▲▼▲
頭の中にいるのは伊達ではなく。
シュテルとは実際に声に出して喋らずとも意思疎通が可能である。
すごいぞ魔導。説明不足もすごいけど。
【では私は復旧に専念していますので、また後程】
(うん。じゃあ放課後にまた)
青い石は壊れかけだったキーホルダーの金具を流用して鞄(復活)に付けておく。もし落ちているのを見かけたり拾ったりした人が居れば、これを見て反応するだろう。
「……………………平和って、こういうことだったんだなあ」
人間が居る。人間しか居ない。怪物は居ない。居ないから襲ってこない。襲われないから、のんびり歩いていられる。
勉強は嫌いではないが、特別好きではない。学校も嫌いではないが、特別に好きだったわけでもない。それでもこうしていつも通りに登校するだけで、何だか心が落ち着くのだ。
命の危険が滅多にないのは確かでも。
一切何も起こらないかというと、そんな事は別に無く。
今視線の先で、教材をこれでもかと抱えた先生が見事に足をもつらせて。
「あぶ――なぁっ!?」
フォローに入ろうと飛び出したはいいが、
制御を離れた紫苑の身体は受け止めに回れない。というかぶちまけられた教材やプリントの雪崩に突撃した。単純に惨劇を加速させただけである。あんまりにも盛大に散らばったせいで、周りの生徒や先生が片付けに参戦してくる程に。
「きれいだね、それ」
集まった生徒の内の一人が、紫苑のカバンを見ながら声をかけてくる。
その視線の先には、例の青い石。
少し、体が強張った。
「何かうちの庭に落ちてたんだよね、これ。とりあえず見た目が良いからキーホルダーにしたんだ」
「へえー」
身構えたものの、それ以上の追求も疑問もない。紫苑の答えで納得したのか、もう教材を拾い集める作業に戻っている。どうも単純に興味を惹かれただけらしい。
(ま、そんなすぐ知ってる人に会えるわけもないか)
教材を集め終わり、手伝いで寄っていた先生や生徒は散っていく。紫苑も被害の拡大についての謝罪を全命で行ってから、その場を離れる。
【今のは?】
「うわっびっくりした!」
突然跳ね上がった紫苑に、怪訝な視線が集中する。
慌てて周囲に何でもないと取り繕いながら、逃げ出すように歩きだす。
(今のって、なんの話?)
【先ほど話していた相手です。髪を両側で結んでいた】
相手は隣のクラスの
特別に親交のある相手ではない。それでも全く知らない訳でもない。数年間同じ学校に通っているのだし、同じクラスだった時もある。
(あ、高町さんの事か)
【タカマチ】
(うん。高町なのはさん。隣のクラスの人だけど、何か変なとこでもあった?)
【……………………………………いいえ、何も】
▲▼▲
放課後。
日常がチャイムと共に終わりを告げて。
非日常へと足を踏み入れる時間がきた。
「ごめん! 先約があるから無理!!」
かけられた様々な声にそれだけ返して、教室を飛び出した。そのまま廊下を抜け、校舎を抜け、校門を潜り抜け、街へと出る。進行方向は家とは違う方向。
【収穫は?】
(あんま無かった! 噂話とか、変な事件の話も今の所出回ってない。ただ以前からよく言われてる心霊スポットとか、人気の少なさそうな場所はいくつか教えてもらった。めぼしい情報が入るまではそこらを回って当たりか外れか潰していこうと思う。それでいい?)
【異論はありません】
隣町なのでバスで行く事にした。
黙々と、揺られるだけの時間が過ぎる。
【……魔導を使って走っていったほうが速いのでは?】
(死ぬほど目立つから無理、夜ならともかく)
隣町くらいなら放課後から移動しても十分間に合う。だがそれより遠くなると、放課後では時間が心もとない。帰りが夜になっていれば、それこそ走って帰る選択肢もあるが。それだと捜索の時間があまり取れないことになる。
「いっそ遠目の候補は休んで先に潰しとくかな……」
バスから降りて、後は歩き。
あっという間に周囲から人気が消えていく。そんな立地でなければ心霊スポットなどと呼ばれないだろうけど。
【静かですね】
「外れだったかな」
何事もなく、目的の廃病院にたどり着く。
が、昨日の怪物のような気配はない。
目を閉じて、もう少し深く周囲を伺ってみるが――同じ。何も感じない。
【そうですね、外れでしょう】
「まーありふれた心霊スポットにそうそう怪物とかが居るわけもないかー」
【
目の前を――形容し難い――固形の煙とでもいおうか。スモッグの塊のような、灰色のボールめいた何かが。ぐよんぐよんと跳ねながら横切った。
「居 る じ ゃ ん !!」
びっくりしすぎて普通に叫んでしまった。
目視できる距離で叫べば、当然相手にも聞こえる訳で。猛然とこちらに向き直ったスモッグ・ボールがこちら目掛けて跳ね上がり、
「ッ――アーキア、オープン!!」
意図して叫んだ言葉ではない。
咄嗟に勝手に出てきた言葉。昨日と同じように『変化』したいという心のままに、無意識のうちに選び出された適切なワード。
鞄が消える。制服が消える。ただの小学生である証が、どこかへと消えてなくなった。代わりに異質の証である白い装飾を持つ黒い衣服が体を覆っている。
そして異質の中心。右腕の先で――
初めて見たときから、使い古したかのように手に馴染むその剣の名前を。
紫苑はいつの間にか、知っていた。
【油断しすぎですよ、シオン】
「いやだって気配が――あるな! でも昨日のとなんか種類が違くない!? ず、ずるいぞお前!!」
思いっきり振り抜いた腕が、連動した刀身が灰色の身体をぶっ叩く。
ぶっ叩いて、すり抜けた。昨日とはまた違った手応えのなさ。煙のような見た目の通りに、煙のような手応えしか無い。
アーキアがでかいペーパーナイフなのはもう諦めるにしても。そもそも普通に殴ったり斬ったりが通じるかがだいぶ怪しい。
とすれば、方法は一つ。
「シュテル、炎貸して!」
【では契約どおりに――】
しーん。
「あれ? シュテル?」
【……………………おや? これは、ええとここがこうなって……こっちが……おや?】
「シュテル? シュテルさん!?」
頭の中に呼びかけながら、スモッグ・ボールの突撃を避ける。
昨日の肉塊めいた相手に比べればその動きは随分と遅い。だがこちらに攻撃手段がなければジリ貧なのは間違いない。
【ああ、無理ですねこれは】
「えっ!?」
【私の方から動かすのは、無理です。どうもこれまた妙な繋がり方になっているようで。とはいえ貴方の方から起動する分には問題ないかと】
「つまり、どういう……?」
【がんばってください】
「そんな――――!」
突撃を避けながら、考える考える、考え――閃いた。
戻った時と逆のことをすれば、また
「戻るでなく、変わ――……あ、駄目だ集中してる時間無いぞ」
やろうとして一瞬で諦めた。
この状況で動きを止めて精神集中していたら、三回はスモッグ・ボールに轢かれる。
もっと一瞬で、一気にイメージを固める必要がある。
剣と衣服を取り出した時のように。
ならば同じように、引き金になる
『変身』は――何か、何故か違う気がする。なら『着火』――はもっとしっくりこない。あの赤い炎はもっと猛々しい、暴力的な物だ。そう『火』でなく『炎』だ。それを付加する、着込むような状態を、的確にイメージできるような。
「――――――
ぼう、と風を裂くのでなく焼くように。
恐らくスモッグ玉は突撃とは別種の攻撃手段を繰り出す寸前だった。けれどもそれは叶わない。口を開いた段階で、身体の総てを焼き尽くされたから。
赤く染まった装飾と同色の炎を吹き上げて、突き出された拳が煙状の身体を一瞬で焼き尽くす。元に戻ろうとしても片っ端から、吹き荒れるように奔る炎が焼滅させる。ガワを焼き尽くされ――姿を表した青い石を紫苑は握りしめ、引き抜いた。
「これで二つ目だ」
【一瞬でしたね。私の魔導を用いているので当然ですが】
「それもあるけど、手応えが特別妙だった。生きても死んでもなかったから、昨日と違って生き物をベースにしてなかったんだと思う――よし戻った!」
髪、目、服、そして炎。
変わっていた総てが一瞬で元に戻り、ただの小学生がそこに立っている。
変化の制御に手慣れてきている実感があった。普通の小学生から勢い良く遠ざかっている気もするが、事態が事態なだけに仕方ない。
「んーっ、さて帰るかー」
【はい?】
「え?」
【この近場に候補がもう一件ありましたよね、次はそちらに行きましょう】
「いやでももう一件行くと帰りのバスが……」
【さっき言っていましたよね。夜なら
「はい……言いました……」
【では、行きましょうか】
静か、冷静、淡々、けれども奥底に炎を宿した意思に先導されて。
非日常は、続く。
ロックオン