マテリアル・シンカロン   作:始原菌

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 時間は少し巻き戻る。

 これは星が降った夜のこと。

 

 偶然、ジュエルシードが掘り出され。

 

 偶然、それを運搬している船が事故に遭い。

 

 偶然、魔法文化の無い地球の海鳴市に降り注いだ。

 

 この事件は連続した偶然が重なり合って起こった――――()()()()

 

 本当に偶然だったのは、スクライアの一族が遺跡からジュエルシードを掘り出した所まで。その後は何もかもが第三者が意図的に仕組んだものである。

 だからこそ、ジュエルシードは()()()落ちた。

 魔法の無い世界に、降ってきたロストロギアを観測する技術は無い。そのため『この世界に降った』という記録がそもそも残らない。

 事故の痕跡から仮に落下先が特定できたとしても、魔法文明の無い地球では捜索にかなりの手間と時間がかかる。()()()()()()()()()()()、疑問に思われにくいのである。

 捜索が困難になるのは、あくまでもジュエルシードが『落ちてから』探す場合。

 事故の直後ならば、予め落下地点が分かっているのならば、話は変わってくる。

 

 

 ▲▼▲

 

 

 ――夜空に女の子が居る。

 

 両側で結んだ金の髪と、黒いマントが風に吹かれて揺れている。

 空中に浮いているという状態も不可思議ならば、格好もまた不可思議である。極めつけに右手に斧のような武器を携えた少女は、赤い瞳を夜空に向けている。

 

「…………来た」

 

 星だけが輝いていた夜空に、突如別の色の光が混じる。ほんの小さな紫色の光だ。目を凝らしただけでは足りず、魔法を用いねばまず見ることが出来ない光。

 未だ点にしか見えないそれは小さなケースだった。周りを覆う紫の光は衝撃からケースを守りつつ指定した場所まで運ぶ魔法である。

 少女の役目はあれを回収する事。

 中に何が入っているかは知らない。ただ必要というだけで、何に使うのかも知らされていない。でも疑問は抱かない。それどころか、役目を完遂しようという決意のような光が瞳に宿っている。

 よほど特別なアクシデントがない限り、少女が回収を失敗することは無いだろう。それでも万が一何かあった時のためのバックアップ要因が地上に待機している。

 

「アルフ、サポートを………………アルフ?」

 

 呼びかけは確認のためである。念話の相手に出番が無い可能性の方が高い――はずだった。だが、直ぐに来るはずの返事が無い。少女が『何か起きた』と察するのと、原因が現れるのはほぼ同時。

 

「――――ッ!?」

 

 超高速で地上より昇ってきた『何か』が少女の横を通り過ぎる。このサイズで飛行している時点で、地球の物ではない。魔法に関する存在だ。姿がよく見えないのは夜闇だけが原因ではなく。全身が真っ黒だから。

 

「……誰? ()? …………いや、今は!!」

 

 疑問はそこまで。少女は即座に思考を切り替える。その何かが、降ってくる最中のケース目掛けて飛行していたから。

 

「待てッ!!」

 

 風を切り、空を飛ぶ。黒い何かも速かったが、少女の方が更に速い。追いつくまでほんの一瞬。接近したことで鎧騎士のような姿をしている事を認識した。

 この速度では射撃が躱されると判断し、手にした斧での打撃を選択する。倒せるかどうかは問題でない。とにかく一撃を入れて、注意を引きつける――空振った。

 

「!?」

 

 確かにそこに在ったはずの姿がない。

 残滓のように青い雷がぱちぱちと宙で舞っているだけ。

 少女の()()()()()()黒い鎧が、左手の剣を無防備な背中目掛けて振り下ろす。

 

『Blitz Action』

 

 今度は騎士の攻撃が空振った。

 目で追えていたわけではない。気配を察していた訳でもない。ただ鎧の挙動と使ったであろう魔法が、少女の得意とする物と同系統だったからこその直感による回避。

 

『Photon Lancer』

 

 電子音声。同時に少女の周囲に小型のスフィアがいくつも発生。即座に内に蓄えていたエネルギーを黒い鎧目掛け、直射弾として開放する。鎧が使ったのと同じ、雷の魔法。けれども色が異なり、少女の放つ魔法は青ではなく金色だ。

 高速戦闘に特化した相手ならば、きっと避けてみせる。だがあえて撃つ。

 一瞬の攻防で、少女はすでに相手の回避先にいくつも罠を仕込んでいる。相手がどの方向に逃げようとも対応可能、かつ戦局を有利な方へと傾けられる。

 

 が、()()()()

 

 鎧が右手に備えた()()が、本体同様真っ黒なその武器が。

 紅蓮の()を吹き上げる。奔流とも呼ぶべき炎はその総てが少女へ向かう。途中放たれた雷弾はあっけなく飲み込まれて消滅する。

 炎の渦による『面』の攻撃。少女が事前に備えた上での全速の機動ならば、範囲外へと逃れられたであろう。けれども不意を打たれた形ではそれは叶わず。

 

『Defensor』

「ぅ、あ――!?」

 

 咄嗟に貼った魔力盾も拮抗できたのは僅か数秒。巻き起こった爆炎に、小さな体は容易く吹き飛ばされて地面へと落ちていく。

 このまま追撃すれば、無力化はもちろん息の根を止めることも容易いはず。けれども黒い鎧は少女への興味をなくしたかのように、別方向へと向き直る。

 最初に向いていた方へ――落ちてくるケースの方へ。

 ガゴンと音を立てて、右手の長槍が展開した。周囲で吹き上がった炎が槍の先端へと集まっていき、膨れ上がっていく。相当な破壊力を持つであろうその炎の魔法が、何を狙っているのかは一目瞭然であった。

 

「さ、せる――」

『ThunderSmasher』

 

 だから少女は堕ちない。

 歯を食いしばって踏みとどまり。ダメージを無視して術式に魔力を回す。ばぢばぢと迸った雷が一瞬で束ねられ、砲撃魔法として完成。発射。夜空を雷光が走り抜け、放たれた魔法は黒い鎧へ直撃した。

 確かに当たった。しかし鎧は揺らがない。装甲は魔法の光で照らされこそすれ、削れもしなければ傷つきもしない。砕ける様子など欠片もない。

 魔法の直撃を()()()()()、平然とチャージを続けている。

 

「かああああぁぁぁ――――ッ!!」

 

 故に少女も止まらない。

 魔法を()()()()()、直進、突撃。斧の先端が展開し、槍のような形を取った。最大出力の証か、羽根のような雷が柄の部分からも噴き出している。

 鎧がいかなる存在なのかを少女は知らない。

 けれどもあの鎧はケースを奪うどころか、『破壊』しようとしているのは解る。

 咄嗟で撃った魔法があの威力。長々とチャージをした上での砲撃ならば、ケースは中身ごと跡形もなく消し飛ぶだろう。少女はそれを許せない理由がある。

 

「それは! ()()()が!!」

 

 絶叫しながら少女が『着弾』したのと、炎の魔法が解放されたのは全くの同時。

 結果として少女は発射を阻止できなかった。けれども自分自身を叩きつけてまでの一撃は、穂先を逸らすことには成功した。

 放たれた砲撃は大きく逸れ、その端でほんの僅かにケースを掠めただけに留まる。それでもケースを覆っていた魔法は消し飛び、ケースそのものも一瞬で溶け落ちた。

 少女の捨て身の一撃は、狙った通りに黒い槍に直撃していた。

 それも展開していたために露出していた、内部機構にである。大量の魔力を用いた最大出力時、かつ内部への直撃。少女の全力の一撃が、槍が制御下に置いていた魔力に引火して。

 

 大爆発が、何もかもを吹き飛ばす。

 

 無事だったケースの中身――いくつもの青い宝石が四方八方に散らばって落ちていく。

 力を使い果たした少女は、今度こそ地へと落ちていく。槍を失った黒い鎧も同様に。何もかもが夜の闇に紛れて消えていく。

 

 そして、一番最後に。

 ()()()()()にあった赤い光が――――

 

 

 

 ▲▼▲

 

 

 そして時間は今へと至る。

 紫苑とシュテルが中華まんを齧りながら、念話の内容に首を傾げているのと同時刻。けれどずっと離れた場所。偽装用の結界で厳重に覆われた建物の一室。

 

 ソファに腰掛けて、金髪の少女は軽く息を吐く。

 

 脳裏に浮かぶのはこの世界での最初の夜の事だった。

 正体不明の乱入者との交戦は、少女の予定をこれでもかと大きく狂わせた。肝心のロストロギア――ジュエルシードの破壊こそ防いだものの。21個の宝石はこの世界のあちこちに散らばってしまった。

 少女自身も魔力を使い尽くした上に怪我を負った。少女はここまで意図的に姿を見せなかったのではない。直ぐにでも探索に飛び出したい精神に、ダメージを負った身体が付いてこなかったのである。

 だがそれもつい先日までの話。

 完全な回復ではないが、動き回るのはもう十二分に可能。無論、戦うことも。

 すでに少女の手にはジュエルシードが二つある。加えて今日は遭遇した別の魔導師を容易く無力化している。復調の証明としては十二分であろう。

 

「少し、邪魔が入ったけど。大丈夫だったよ」

 

 心配そうに足元に擦り寄ってきた獣に、少女は優しい声色で語りかける。

 犬、と呼ぶには巨大過ぎる。『狼』と呼ぶべきだろう。それもかなり大きい。街中で連れていれば、保健所どころか機動隊を呼ばれそうなサイズだった。

 

「幾つかは……あの子が持ってるのかな?」

 

 立ちはだかるのがあの黒い鎧ならば、倒すことに躊躇いは無かっただろう。

 けれども今日現れたのは魔導師――人間。それも少女と同い年くらいの、女の子。出遅れた事で、別の探索者の介入を許してしまった事になる。

 遭遇して、無力化して、警告した。

 どうして――()()()しまわなかったのだろう。あの時点で徹底的に叩いておけば、絶対に今後邪魔される事は無いはずなのに。

 どうして、

 

「大丈夫だよ――迷わないから」

 

 思考を、止める。

 傍の狼に語りかけているようで、少女は自身に言い聞かせる。

 無意識の内に、本心を奥に奥にと仕舞い込む。だから再度相見える事があったとしても、少女はきっと戦える。迷うかもしれない。躊躇うかもしれない。傷付けて、傷付くかもしれない。

 それでもきっと止めはしない。

 

「待ってて、母さん」

 

 どうしても、止まれない理由があるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲

 

 

 

 一体何をどうやったらそうなるのか。

 

 ここに()()()()()()()()()()()()()()ジュエルシードが一つある。

 発動していないにも関わらず、青い宝石は落下する事もなくその場に留まっていた。

 実際はほとんど発動しかかっているのだが――僅かでもエネルギーが発生した瞬間に、()()()()()()()()()に総て吸い取られている。

 そのため結果的にプラスマイナスゼロで収まって、変な安定状態になってしまっているのだった。だからここまで際立った異常を起こしていない。下で暮らす人々にも、何か最近よく曇るなくらいしか思われていない。

 けれども着々と蓄えられている事に変わりはなく。

 満ち足りてきた事を示すように、青い雷が一瞬だが放出される。

 よく食べ、よく眠り、そう遠くない内に訪れる再起動に備えている。

 

【うーん……むにゃむにゃ……あと五年…………】

 

 いる、はず。

 たぶん。

 

 





だいたいフェイトちゃんのおかげ(せい)

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