釣りをするためにこっそり夜の鎮守府へ侵入した少女が陸奥に見つかり、つきまとわれる話。

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潮は2度、海と会う

 それは6月の月夜が綺麗な、海風が気持ちいい日のことだった。

 家の近くにある一般人には入れない、鎮守府へと釣り道具を持ってこっそりと不法侵入をして港の岸壁へ足を放りだしながら座って釣りをしていると『艦娘』で『陸奥』と自称する人がやってきた。

 初めて会ったその人は背が高くて胸が大きく綺麗なお姉さんだった。

 頭にはよくわからない角状のヘアバンドをつけ茶色なセミロングの髪を揺らし、装は腹を出していてミニスカと露出が多い肩出しだ。あと白手袋をつけていた。

 私はというと誰かに見つかりづらいように黒ズボンと黒のジャンバーに黒の帽子。すべてが黒一色で男の子らしい格好だ。

 それと釣り道具を持ってきては海へと糸を垂らしていた。

 どう見ても不審者にしか見えない小柄な私の横へ何が楽しいのか笑みを浮かべながらくっつきそうなほど近くへと座ってくる変なお姉さん。

 時計は持ってきてないけど、肩を並べてだいぶ長い時間になっていると思う。

「ねぇ、そろそろ話をしましょう?」

「ダメに決まってるでしょう、私はひっそりと釣りをしたいんです」

 と、さっきから同じような内容のことを今回で5回ほど繰り返している。

 この人はそんなに話がしたい何をしたいのだろうか。中学生になったばかりな子供の私には理解できない。……もしかしたら、小さい子が好きというあれ?

 そうやって会話をまともにしないでいると、お姉さんはため息をついては悲しそうな表情を向けてきた。

「話しができないなら警備の人を呼んであなたを捕まえてもらうしかないわね」

「やめてください」

 そう言うと一転して楽しそうになった表情になり、女って男より面倒だなんて思う。

「それじゃーあ、少しはお姉さんとお話ししてくれないと嫌だぞ? ねーえ、ボク?」

「私はもう13歳です。子供扱いしないでください」

「お姉さんから見れば、あなたは可愛い子供よ?」

 すぐ隣から聞こえてくる甘ったるい声が嫌になって溜息をつき、天を仰ぐ。

 そのまま放っておいていると、私に向かって色々と自分自身のことを話しかけている。聞いてもいないのに。

 提督がかっこよくて惚れたとか、優秀な艦娘は他方へ引っ張られるから新しい子が欲しいとか。

 そんなどうでもいい話を、横にいるお姉さんを時々見上げては適当に相槌を打ちながら聞く私。

 艦娘なんていうのはTVでも滅多に報道されない隠された存在。だから、多少の興味もあってお姉さんの話を聞いている。

 でもちょっと聞いただけで飽きてしまう。

 元々私は釣りに来たんだ。

 私にとって釣りとは普段の生活では窮屈で苦しくて、自分という個性を出せない世界から解放される時間。

 この時間だけは邪魔が入らず自分の心を落ち着けさせられる大切な時。

 だからこそ釣りにはいいっていうのにまったく……。このお姉さんは。

 集中するために釣り竿を見て、視界にお姉さんを入れないように努力する。

 あの上下ともに服の中身がこぼれそうな格好で、手足や体をよく動かすから見えてしまいそうだ。

「ねぇ、私の話聞いてるの?」

「ええ、綺麗な声ですね」

 そう静かに言って彼女の顔を見ると不満げで、少しすると海へと顔を向けた。

 これで静かになるかと思いきや、今度は私への話題になる。

「なんでわざわざこんなとこまできて、釣りなんかするの?」

「……釣りって待つことが大半なんですけど、魚が釣り針にかかった一瞬が楽しいんです。その一瞬って辛いことを忘れさせてくれるんですよ」

「辛いこと?」

「自分を隠すことです。いつもやっているから慣れたといえば慣れましたが、疲れて。……これでいいですか?」

 遠回しや隠したりしてもうるさく追及されそうなので思っていることを正直に言い、これで静かにしてくれると考えたために言った。

「わかったわ。……それで今日の目標はなぁに?」

「特には。なんとなく糸を垂らしているだけです。まぁ、適当に何か釣れれば帰ります。あと静かにしてください」

 言っても静かにならないお姉さんにいらだちながら返事をすると、にんまりと笑みを浮かべて返事をされた。

「それなら私に任せてちょうだい」

「え?」

 お姉さんは、掛け声と共に勢いよく立ち上がると暗闇の向こうへと走っていった。

 しばらくすると大きな砲塔がついた艤装を身に着けた姿で戻ってくる。

 初めて間近で見る艤装姿のかっこよさに目を奪われていると、お姉さんは笑顔でウインクをしては私から少し距離を取って体を海に向けた。

「耳をふさいであっちを見てちょうだいね。あ、それと釣り具も引き上げてくれると助かるわ」

 お姉さんは海へ指をさし、私は渋々釣りを中止して、糸を巻き上げて竿を地面へ置くと耳を手でふさいで海のほうを見る。

「全砲門、開け!」

 今までの甘ったるい声ではなく、凛々しくて私が男だったら惚れそうな声が聞こえた瞬間には大きな砲撃音が鳴り響いて私の頭をぐわんぐわんと揺らされた。

 意識がぼぅっとなってしまう。

 そんななかで見た光景はむせかえるほどの火薬の臭いのなか、私も彼女も全身びっしょりと濡れていて周りには様々な魚たちが空から落ちてきていた。

 少しして、お姉さんの両手が私の体をゆっくりと引っ張り上げ、立たせてくれる。

 海面を見るとは彼女が砲撃したせいで、波が広い範囲で強く立っていた。

「さ、これであなたの目的は達成したわね?」

 いや、あの、結果だけみれば魚を手に入れたから達成なんだけど、……なんか違う!

 釣りを邪魔された怒りをぶつけてしまおうかと思ったら、港の色々な施設から光が見えて、警報音も鳴り響いてくる。

 これは早く撤収しないと!

 早くいなくなろうと釣り竿を探したけれど、それは見当たらず道具箱もない。

 さっきの砲撃の爆風や飛んできた海水でどこかに飛ばされたんだろう。

 まったく、この人のせいで大迷惑だ。

 ……いや、そんなことを思うよりも早く逃げよう。じゃないと怖い人たちがやってくるに違いない。

「濡れた体じゃ風邪をひくわよ」

 と、緊迫した空気をまったく読まないこのお姉さんは、走ろうとした私の腕を掴んで胸に抱きよせ、私のジャンバーのファスナーをおろしていく。

 逃げ出そうと暴れたが、その力はかなり強くて抵抗できないとわかるとすぐにあきらめた。

 そうしてファスナーを全部開けられたが、お姉さんはわくわくと楽しそうだ。

「あら。あらあら」

「なんですか」

 お姉さんが私から手を離し、可愛らしい仕草で頬に手をあてて首を傾げた。

 一瞬なにかを考えたかと思うと、名案が思い付いたようで目が輝いている。

「うーん、捕まって少し注意されるぐらいにしてもらおうかと思ったのだけど。……そうね。あなた、捕まりたくないわよね?」

「何を当たり前のことを聞いてるんですか」

 お姉さんがおろしたファスナーを元に戻し、捕まる覚悟を決めて話をしているあいだに、遠くから軍用車両と思うエンジン音とライトが近付いてくる。

 もうおしまいか。

「せめて釣りをしてからがよかった」

「あら、釣りならこれからいくらでもできるわよ?」

 無責任なことを言って、私の両肩を掴んで軍用車両のほうへと体の向きを変えられた。

 目の前にやってきてエンジンを切って止まった軍用車両から出てきた軍服の男にお姉さんが歩いていって言う。

 その歩いていく後ろ姿は楽しそうに見える。この状況下だというのに。

「あ、警備兵さん。この子、私の後輩になるから何も問題ないわよね?」

「…………はい?」

 お姉さんが嬉しそうにいった言葉が何を意味しているのかわからない。

 でもこの隙に逃げようとしていたのも忘れたぐらいに言った言葉に興味をおぼえた。

「ちょうど駆逐艦の子が欲しかったのよ。少尉、構いませんよね? え、提督からは好きなようにしろって言われてた? さすが私の提督ね!」

 少尉と呼ばれた人は車の中からいくつかの書類とペンを出し、お姉さんへと渡す。

 私が困惑と緊張で何も考えれなくなっているあいだに手続きは終わったのか、大尉の人は車に乗って帰っていった。

「さて、と」

 私へと向き直るお姉さん。

「はめましたか」

「人聞きの悪い。あなたが助かるためでしょう? それにもっとわかりやすい服装をしていたら私も手荒な手段に出なかったというのに」

 お姉さんが近づいてきて、ジャンバーを脱がしてくるのに抵抗はしない。

 今度はその下に着ていた服の中へと手を一瞬のうちで伸ばし、胸を抑えているサラシをずらされた。

 そのせいで隠したがっていた大きな胸を出されてしまう。

 胸の大きさを男の子たちにからかわれてから隠していたのに。他の人から見れば、うらやましいとか、そんなささいなことでと言われるかもしれない。

 でも私にとってこれはとても大きな問題だ。

「うん、これで素敵な女の子ね。ようこそ駆逐艦の『潮』ちゃん」

 かぶっていた帽子が彼女によって取られてしまい、帽子の中に押し込んでいた長い黒髪が海風にさらされる。

「適正検査で違う艦娘になっちゃう可能性もあるけれど、私はあなたが潮になるって確信しているわ。新しい自分になりたいのなら、挑戦してみない?」

 男装していた私は、お姉さんの笑顔と言葉によって女の子にさせられてしまった。

 それはいつもの自分を認識させられた。

 お姉さんが言った言葉、お姉さんが差し出してきた手。

 私は―――。

 

 ◇

 

 陸奥というお姉さんに出会って2週間。

 あの手を取った私は家族や友達に別れを告げ、艦娘となった。

 お姉さんが言っていたとおりの『潮』という綾波型10番艦の駆逐艦として。

 艦娘になった私は今までの自分を忘れ、『自分』を作って抑えてた過去から離れることができた。

 海軍に入ってからは艦娘になるための学校に入れられ、そこではいじめられることも陰口を言われることもなくなった。

 学校での全部の勉強が終わって『潮』と呼ばれる艤装をつけられると、もうひとつの人格が自分に入ってくる感覚を味わい、ひとつになる。

 おかげで大好きな海を岸壁から眺めることよりももっと海を感じれるようになった。

 そしてこれから私は―――ううん、こんなわたしでも皆のお役に立つように頑張らないといけない。新しい世界を見せてくれたあの人と一緒に。

 あの夜のことを思い出す。陸奥さんと出会ったことで人生は大きく変わり、艦娘になった。

 艦娘になった私に小さな悲しいこともあるけれど、喜びのほうが多い。

 だって色々な海域で釣りが楽しめるんだもの!

 学校を卒業して鎮守府に入ってからは海に出れるというウキウキした想いを胸に秘めて、私は初めての実戦出撃に出る。

「潮、参ります!」

 多くのことが私は楽しい。

 艦娘となって戦争するのだから、こう思うことは悪いことだと思うけれど、いつでも海のそばにいれるのはいい。

 好きなことを求め続けていると、いつかは報われる時がくる。

 私の13年という歳でも、これから長く続くであろう人生にとって大切なことを学べたことは嬉しいことだと思った。



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