とある青年ハンターと『 』少女のお話   作:Senritsu

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(12月6日追記)今話は過去における 第4話 承:兵器に贈る髪飾り から分割された内容です。新規で追加された要素はありません。ご了承ください。



第6話 承:兵器に贈る髪飾り(後編)

 

 それから一週間はかなり慌ただしく過ぎていった。別に狩りには出ていなかったのだが、加工屋に毎日顔を出し、テハに読み書きを教え、ある準備のために奔走していた。

 テハはあれからほとんど自宅から出なかった。夜中に人通りのない道を散歩したくらいか。彼女の特性上仕方のないこととはいえ、彼女もやや退屈している様子だった。

 

「ま、それも今日までになることを祈るとしよう。外に出るぞ、テハ」

 

「了承しました」

 

 その日の早朝、ようやく空が白み始めて来たかという頃。早起きしていつものように本を読んでいた(だんだんと読むペースが上がっている。今三冊目だ)テハにそう声をかけると、彼女はパタリと本を閉じて立ち上がった。そして、部屋にかけられた編み笠を取りに行こうとする。

 

「まてまて、今日外に出るときに着ていく服はそれじゃないんだ。これを着てくれないか」

 

 そう言って僕が彼女に見せたのは、折り畳まれた新品の防具──ユクモノシリーズだ。頭から足までしっかり揃っている。

 物珍しそうにそれらを見た彼女は、さっそく今着ている服を脱いでその防具を着ようとした。しかし、ユクモノシリーズは見た目以上に着るのに手間がかかる。僕の補助込みで、十五分程をかけてすべての部位を装着した。

 

「へえ、けっこう似合ってるじゃないか。着心地はどうだ?」

 

「……服の内側に特殊な加工がなされています。鱗が引っかかりません。以前の服より着心地はいいと判断できます」

 

 自身の肩を見て、服の袖の部分を引っ張りながらテハは答えた。布地なのに鱗が引っかからないのが不思議らしい。

 僕はその仕組みを前もって見ているのだが、普通の防具としての厚い布地に被せるかたちで、手触りがとても滑らかな布のような何かを張り合わせていた。それがうまく鱗の先端を滑らせているらしい。

 

「それはよかった。加工屋のじっちゃん、ほんといい仕事してくれたな」

 

 僕はそう答えて、棚から櫛を取り出した。彼女の髪はもう以前のようにぼさぼさではなく、手入れも必要ないくらいなのだが、念のために簡単に髪を整えておく。

 そして、以前のように耳元の鱗を髪で隠させるところまで終えると、僕は懐から紙包みを取り出す。その中身を手に取にとって、テハに差し出した。

 

「それでこれが、僕からの贈り物だ。防具ができた記念だな」

 

 それは20センチ程の長さをした細長い短冊状の青、黄、緑の髪紐。二セット用意されている。それぞれの先端はまとめられていて、まとめて髪に留められるようになっていた。

 

「これ、実はつける場所が決まっててな。僕がお前につけていいか?」

 

「構いません」

 

 テハの許可が下りたので、僕はさっそくその髪紐をテハの頭……それぞれ左右の側頭部の上あたりに留める。紐が耳元にしっかりかかるように意識した。

 左右共に留め終えて、その見た目は……僕から見れば、可愛らしくまとまったように思える。黒髪がベースなので、髪紐がいい感じにアクセントになってくれているのだろう。

 テハはと言えば、髪にこのような装飾をつけるのは始めてなのか、鏡の前で自分の顔をみて首を傾げたりしている。無表情なので評価は分かりづらいが、今のところ気になっているだけのようだ。

 

 さて、これであとはユクモノ笠を被せて、砂鉄の剣を錬成してもらって背中に担げば準備完了である。今日は僕も私服ではなく、リオレイアの防具を着て、弓と矢筒を担ぐ。

 

「アトラ、モンスターの討伐に行くのですか」

 

「ん? いや、残念ながら違うな。行き先は──集会浴場だ」

 

 

 

 夜もまだ明けきっていない頃合いだからか、いつもは人通りが多い道もやや閑散としている。早起きした商人や村人が仕事の支度を始めているくらいだ。店もまだ閉まっている。僕とテハには好都合な状況であり、今のうちにとさっさと道を歩いていく。

 しかし、集会浴場は話が別だ。あそこも今が最も人が少ないとはいえ、夜間のクエストから戻ってきた狩人や、これからクエストを受注して今日の内に狩場に赴く予定の狩人などは既に出張ってきている。風呂の方は利用客の少ない深夜から今にかけて掃除が行われているはずだ。

 ギルドの受付嬢も常に一人はカウンターにいることになっている。ユクモ村でも眠らない施設なのだ、あそこは。

 

「これからあそこに入る。たくさんの人間の音が聞こえるかもしれないが、準備はいいか?」

 

「はい」

 

 そんな場所にテハを連れていくことに対し、若干の不安はある。しかし、()()()()()()()()()()()()()

 何かあったらすぐにテハを抱えてその場から離れることを念頭に置きつつも、大鳥居を通り抜け、集会浴場へと続く階段を登りきった僕とテハは入り口の大きな暖簾を手でのけながら中へと入った。

 

 途端に人々の声が聞こえてくる。予想よりもやや人が多いか。酒場の利用客がいないためこれでも静かな方なのだが、以前のテハならばまた耳を押さえてうずくまってしまうだろう。

 そんなテハはというと──

 

「────」

 

 辺りを見渡しつつも、そして周囲の話し声に晒されながらも普通にその場に立っていた。自身もそれを疑問に感じるのか、自然と耳元のあたりを手で撫でている。

 そこには、耳元の感覚器官に寄り添うように垂れる三色の髪紐があった。

 

「大丈夫そうか、テハ?」

 

「はい。しかし、周囲の音があまり聞こえません」

 

「そりゃあ……僕とじっちゃんの試みが成功したってことだな」

 

 くつくつと笑う僕を見て、テハは無表情ながらも首を傾げる。どういうことだ? ということなのだろう。僕は入り口横にテハと共に移動したあと、彼女に向けて話す。仕組みだけでも説明しとかないとな。

 

「ネタばらしだ。テハが今周りの音が聞こえなくなってるってのには理由があってな。今お前の髪に髪紐留めてるだろ? それ、実はただの髪紐じゃない。

 防音珠と制龍珠っていう装飾品をちょっと弄ってそれに組み込んでるんだ。

 防音珠は青色の髪紐だ。ある大きさまでの音、専ら雑音を拾って無効化できる。制龍珠は緑色のだな。その名前の通り、龍の機能らしいその感覚器官のはたらきを鈍らせる。

 効果の具合はやってみなくちゃ分からなかったんだが、ちゃんと効果が出てるみたいでよかった。ああでも、視覚に関しては保護が効かないからな。ひょっとしたら制龍珠が作用するかもしれないが、気を付けてくれ」

 

 そう言ってテハに笑いかけると、彼女は不思議そうに髪紐を弄りだした。指に絡めとられた短冊状の髪紐がしゅるりと音を立てて指から逃げる。

 本来は防音珠も制龍珠もこういう使い方をしないんだがな。防音珠はモンスターの咆哮などの突然の大音量を遮断するものだし、普段の制龍珠は龍属性を弾くくらい強い。しかし、どちらも髪紐にして効果を弱め、テハの感覚器官の鎮静化に特化した仕様になっている。

 じっちゃんにこれの制作を頼んだ時には呆れられたものだ。まるで効果があべこべだと。しかし結局苦戦したのは髪紐への加工だけで、効果の調整はそこまで難しくなかったらしい。

 それでもこの仕上がりは期待以上だ。これなら後でテハと共にお礼に赴くことも可能だろう。

 

 さて、種明かしも済んだところで本題に移らないとな。僕は「テハ」と言って彼女をこちらの方に向かせると、その肩に手を置いてギルドのカウンターの方を指差した。

 

「お前が平気そうなのが確認できたからな。これからあそこでハンター登録をしてくれ。ハンター登録しないとまともにモンスターを狩れないのは教えたよな?」

 

「はい」

 

「よし。手続き自体は簡単なんだが、そのときに受付嬢がいろいろ話しかけてくる。できれば、自分が兵器だってことは明かさないでほしい。それがギルドに知れたらちょっとまずいかもしれないからな」

 

「では、一人称も『本機』から『私』に一時的に変更します」

 

「お、おう」

 

 そういえばそうだなと言われてから思ったが、彼女は自らのことを『本機』と言い表すのに何らかのこだわりでもあるのだろうか。

 テハは僕が頷いたのを見るとカウンターへと歩いていく。僕もそれに続いた。受付嬢の方も入り口付近で僕と見知らぬ少女が話しているのを見ていたらしい。目が合って、彼女はこちらに向け手を振ってきた。

 

「おはようございます! アトラさん。今日はお早いですね」

 

「おはよう。コノハは夜勤だったのか?」

 

「はい。おかげで今眠くて眠くて……早く先輩と交代したいです。先輩早めに来てくれないかな~なんて。……はい、それではご用件をどうぞ」

 

 明るい紫の衣装を着た彼女の名前はコノハ。僕がこの村に来る前から受付嬢をやっている。彼女とよく一緒にいる受付嬢にササユがいるのだが、今はその姿が見えなかった。

 要件があるのは僕ではない。同じくカウンターの前に立つテハである。

 

「ハンター登録をよろしくお願いします」

 

「……分かりましたと答えざるを得ないのが受付嬢のお仕事なんですが、まずはあなたの名前を聞いても?」

 

「テハ……です?」

 

「疑問形……。まあそれは置いておいて、テハさん。ハンターはとても危険な職業です。モンスターと直に向き合わないといけないので、怪我もしますし、死んじゃうことだってあり得ます。それでもハンターになる覚悟がありますか?」

 

 テハに難しい顔をして問いかけるコノハはちらりと僕の方を見た。さっきの入り口での二人のやり取りでこうなることは分かっていましたと言外に伝えられている気がする。実際に彼女をここまで誘導したのは明らかに自分であるためごもっともとしか言えないのだが、ここは黙秘を貫かせてもらう。

 

「モンスターを討伐するために必要な手続きであれば、覚悟はあると答えます」

 

「は、はあ?」

 

「モンスターを討伐するために必要な手続きであれば、覚悟はあると答えます」

 

 テハは同じ言葉を二度繰り返した。やや回りくどく聞こえるかもしれないが、彼女らしい答え方である。

 彼女は『覚悟』とはどんなものであるかを理解していないだろう。それでもモンスターを討伐する……竜を狩るために必要だというのなら、既に彼女の内にそれは有る。

 何故ならば彼女は対竜兵器であるから。ハンターになる以前から竜を討つものとして在るからだ。理論をすっ飛ばして結論を述べているのに等しいと言える。

 

 やや面食らった様子のコノハは、しかし今度はテハの顔をじっと見つめた。まるで見定めをしようとしているかのように。僕は頬の鱗がばれないかと別の意味で心をひやひやさせていた。

 たっぷり十秒は経っただろうか。顔を上げたコノハは降参といった風に契約書とペンを取り出した。

 

「……はぁ~。分かりました。こちらの紙のこことここに署名をお願いします。書き終わったら私にそれを渡して、それをもとにギルドカードを作ります」

 

 そう言ってテハに契約書を手渡すと、テハは署名の前にそれをじっと読み始めた。まあ別に読まなくてもいいことが書いてるんだけどな。その間にコノハが僕に話しかけてくる。

 

「その子、アトラさんの親戚か誰かですか?」

 

「そんなとこだな。ごめんな朝っぱらから」

 

「それは別にいいんですけど……アトラさんこそいいんですか? このままだとこの子本当にハンターになっちゃいますよ。私から言わせてもらえば、この子はハンターにはあまり向いてなさそうですけど……」

 

 そんなコノハの正直な感想を聞いて、僕は「だよなあ」と苦笑しながら答えた。テハは身長もそれほど高くなく、まだ痩せ気味なので非力な印象を与えてしまってもおかしくない。ぱっと見で彼女がハンター稼業をやっていけると思う人は少ないだろう。

 しかし、その見方は全く通用しないことを他ならぬ僕が一番に思い知っている。

 

「でもな。信じられないかもしれないが、彼女は僕並みかそれ以上に狩人として強いぞ」

 

「ええ~流石の私でもそれは冗談って気付きますよ。でも、アトラさんがそこまで言うんでしたら素質はあるんでしょうね」

 

 真面目に言ったつもりが、さらっと流されてしまった。

 まあ当たり前か。僕は一応上位のハンターであり、そんな僕がハンターを始めたばかりらしき少女を「自分より強いかもしれない」と評価していても冗談としか受け取られないだろう。

 

「あ、でもさっきテハちゃんを見てたとき、テハちゃんの目力が凄かったです。それとすごく可愛かったです!」

 

「ぶれないなお前さんは」

 

 そんな話をしていると、横から防具の袖を引っ張られた。どうやら契約書を書き上げたらしい。まあ、二か所ほど署名するだけなのでそう時間はかからない。契約書を読み終わったと言った方が正しいかもな。

 

「記入が完了しました」

 

「はい。では受け取りますねー。ギルドマネージャーがまだいらっしゃらないので、私が代わりにこの契約書を渡しておきます。では、ギルドカードを作りますのでしばらくお待ちください」

 

 そう言ってコノハはカウンターから離れて奥の方へと行ってしまった。そういえば、ハンター登録にはギルドマネージャーの認可も必要なんだっけか。

 ギルドマスターがいる街などはハンター登録手続きがその人のみに一任されているが、ここの集会場のようなギルドマスターが不在で代わりにギルトマネージャーがいるようなところでは、受付嬢にもその権限が委託されているのだ。

 さて、これでようやくテハは大っぴらにユクモ村の外へ赴くことができるようになったわけだ。ハンターランクは1なので簡単なクエストしか受けられないが、彼女ならばすぐにランクを上げていけるだろう。

 

「テハ、耳の様子はどうだ?」

 

「やや声が聞き取りにくいですが、問題ありません」

 

「うーん、そればっかりはどうしようもないかもな。村の外に出たときなんかは外していいから、今は聞き取り辛くても外さないようにな」

 

「分かりました」

 

 テハは落ち着いている。今はまだ朝方で人が少なく、これが昼になればどうなるかは分からないが、ハンター登録ができたと言うだけで大きな進歩と言えるだろう。

 

 ……さて、これならばこの話をここでしてもいいだろうか。

 

「テハ、お前はこれからハンターになる。手続きができるようになるまでに手間取ったが、ようやくこれで自由に外を出歩けるようになったわけだ。その上で提案があるんだが、いいか?」

 

「ご自由にお申し付けください」

 

 その返し、聞き覚えがある。僕が以前狩場でテハの動向を提案したときの返事だ。彼女に大きな頼み事をするのは、その時以来だろうか。

 奇しくも、内容は似たようなものになるわけだが。

 

「今回は大事だから、よく考えて決めてほしい。

 

 ──僕と旅に出ないか。テハ」

 

 僕がそう言うと、彼女はきょとんとした顔をした。つまるところいつもの無表情からやや目を開かせただけだが。それでも相当驚いているということを僕は経験則で知っている。

 ややあって、彼女は口を開いた。

 

「旅とはどの程度のものを想定しているのでしょうか」

 

「今のところ大陸を回る予定だから、一年以上はかかると見ていいな。孤島、水没林、火山、凍土……大体全部行くつもりだ」

 

「……その間、この村のアトラの家には帰らないのですか」

 

「そのつもりというか、あの家は引き払おうかと思ってる。もし旅に出たとして、一年以上開けっ放しなんてもったいないしな」

 

 もともとあの住宅はユクモ村に長居しつつもいつかは出て行く人のためのものである。その流れに則るに過ぎない。

 テハはしばらく沈黙したのちに、僕の顔を見て口を開いた。

 

「その旅に私を誘った理由はありますか」

 

「ああ」

 

 むしろ、テハが理由の主軸にある。しかしそれは、全てがテハのためという理屈には繋がらない。

 

「そういえばこの話はしてなかったな。

 ──僕は元旅人でな。一年と半年くらい前まで各地を転々としてたんだ。それが、このユクモ村がどうにも居心地よかったんだろうな。怪我でしばらくここに滞在してから、一年以上ここに居座って、自宅まで持つ始末になっちまった」

 

 別に旅をしていたころも目的なんてものはなかった。大陸のあちこちを根無し草のように転々としていただけだ。しかし、その間にハンターとしての実力は上がっていったし、自力で金稼ぎもできていた。僕はこれで生きていけるという感覚があった。

 そのせいなのだろう。このユクモ村に居つくようになってからも、僕は妙によそよそしいままだった。依頼を受けて狩りに出て、所持金が増えていっても、何となく惰性で生きているような感覚が消えなかった。

 村付きやそれに準ずるハンターと接することもなく、知り合いになったのは結局ヒオンくらいだ。パーティはほとんど流れのハンターと組んでいた。

 そんな感じの、どこかちぐはぐなハンター生活を送っていたときに、僕はテハと出会ったのだ。

 

「そんときにテハ、お前に会ってな。いろいろ考えさせられたんだよ。で、ここからはお前の話になるんだが、単刀直入に言うとな。僕はこの十日間で、テハが人間の村に居つけるようになるにはまだ早いんじゃないかと思った。その髪紐を思いつくまでは村での生活は不可能とまで思ってたんだが……今でもその考えは変わらない。あくまで僕個人の意見だから参考程度にな」

 

 僕たちはヒトで、彼女は兵器。この壁は僕の予想以上に大きいというか、複雑だった。

 

 龍の力を得ていながら、見た目はヒトで、それ故にヒトと関わることを避けられない。

 ヒトの手で作られておきながら、ヒトの群れを拒絶してしまう。

 それは矛盾と言うよりかは、設計ミスと言って差し支えないものであり、つまるところそれは──それはとても中途半端なのだ。

 

 髪紐のおかげで、その設計ミスは人間の手で補うことが可能であることが分かった。しかしそれに頼ってしまっては、根本的な問題が放置されたままになる。僕にはそれが、とても危ういことのように思えて仕方がなかった。

 

「だから旅を選んだんだ。ユクモ村だけじゃなくて、お前にとっての千年後のこの世界で、お前の在り方に探りを仕掛けるために。それと、僕がもう一度踏み出すためにな。

 

 だから──僕と旅に出てくれないか」

 

 

 僕はテハと一緒にこの世界を旅したい。この大陸をテハと共に見て回って、そしてテハの答えを知りたい。

 

 

 そう言い切って、僕は口をつぐんだ。これ以上口を出すのは野暮というものだろう。

 テハは僕の言葉を最後まで聞いたうえで考え込んでいる様子だったが、しばらくして口を開いた。

 

 

「──了承しました。私はアトラの旅についていきます。よろしくお願いします」

 

 

「……ああ。こちらこそ」

 

 テハの承諾が得られ、僕は彼女が差し出した手をしっかりと握った。どうやら彼女は握手を知っているようだ。

 本当にこちらこそ、である。テハが僕と今まで行動を共にしてくれなければ、僕はこれからもユクモ村に居残ったままだっただろう。それが悪いとは言わないかもしれないが、テハは優柔不断な僕に一歩を踏み出させたのだ。

 

「でもって、すまんな。空気を読んでくれてありがとう」

 

「いや、それは別にいいんですけど。やっぱり気づいてたんですね……私そっちのけで話し進めちゃうのでてっきり気付いていないものかと……」

 

 カウンターに戻ってきていたコノハは呆れているような苦笑いをしているような、にやけているともとれる何とも言えない顔で言った。 まあこれはカウンターから少し離れたとはいえコノハから見える位置でこのやりとりをやった僕たちが悪い。他にも周りには人がいたが、話は聞かれもせず注目もされていないようだ。つまり被害者はコノハだけである。

 

「まあ話が省けたってことで。というわけで僕とこの子は旅に出るからその手続きもよろしくな」

 

「え、待ってください。それってそんなに早く実行に移されるものなんですか? 旅に出るのは分かりましたけど、アトラさんの荷物のまとめとか考えたらあと一週間くらいは……」

 

「テハ、旅に出るのはいつ頃になると思う?」

 

「? アトラがそう言ったのですから今日か明日には出発するものと認識していますが」

 

「そういうわけだ。実は家の荷物はもうほとんどまとめてあるし、旅の準備も終わってるからすぐにでも出れる。ギルドマネージャーとヒオンに挨拶しないといけないから見かけたら声をかけといてくれ。それじゃ、よろしく!」

 

「えっ、はっ? はやっ!? 何ですか旅の準備もう終わってるって、テハちゃんの承諾得られるの前提で動いてるじゃないですか! はっ、ここ一週間狩りの依頼を見に来ないから珍しいと思っていたらそういうことですか……! こらーっ! そんな急にいなくなるなんてずるいこと私が許しませんよー!」

 

 コノハの大声で皆が振り向く中、僕とテハはそそくさと集会場から出て行った。

さて、次は武具加工屋のじっちゃんに挨拶しにいくか。テハの髪紐がちゃんと機能したら、彼女を加工屋まで連れてきてほしいと言われてるからな。僕からもお礼を言わなくては。それと少し寂しいが、しばらく留守にすることも伝えなければなるまい。

 それなりの時間、集会場にいたらしい。眠りから目覚めた人々が活動を始めている。もう先ほどのような静けさはなく、さっそく喧騒が聞こえ始めていた。

 

「よし、じゃあこの階段を下って、通りのはずれにある武具加工屋に行こうか。お前のその髪紐と作ってくれたじっちゃんにお礼を言おう」

 

「了承しました」

 

 テハはそんな人々の喧騒を聞いても、もう取り乱さない。僕の提案にしっかりと返事して、自分の脚でユクモ村大通りの階段を歩んでいる。歩くたびに頭の左右の髪紐が小さく踊るように揺れる。

 

 山の稜線から顔を出した朝日が、ユクモ村を照らし始めていた。

 

 


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