青空のロンド   作:兎崎

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青空のロンド

 最近ベロニカには少し気にかかることがある。
 腰に両手を当てて、小さな体でふんぞり返ってムッとしている姉を妹のセーニャが「どうしましたの、お姉様」とのんびりした口調で聞いてくる。

「どうもこうも、アンタはそうやっていつもぼんやりしてるから、私みたいについつい気がついちゃうことがなくて幸せね」
「さあ、何のことでしょう」
「もういいわよ。ちょっとそこどいて」

 双子とは思えない気の強さでベロニカが妹のセーニャを押しのける。
 ちょっと押しただけなのだが、か弱いセーニャはそれで躓いてしまい、

「お前なにやってんだよ、チビのくせに生意気に妹いじめしてんな」

と目敏く見つけたカミュに指摘されてしまった。

「セーニャを虐めてなんかいないわよ! 今のはちょっとしたアクシデントでセーニャが勝手に転んだだけじゃない」
「立ってるだけで勝手に転ぶ奴がいるか。お前が押したからだろ。素直に悪いところは悪いと認めろよ」
「生意気なのはアンタでしょ! なんで盗賊如きに説教されなきゃいけないのよ!」
「人としてやっちゃいけないことを指摘すんのに盗賊が関係あるか」
「大アリでしょ! 人の物こそこそ盗むなんてサイテーのすることよ!」
「ベロニカ、お前な」

 賑やかな彼らに挟まれて当のセーニャはオロオロしていたが、収拾付きそうにないと分かると我関せずでぼーっとしているアルスの元へと逃げて来た。

「まーた大騒ぎしてんのね。何のかんのと相性いいんじゃないの、あの二人」
「相性良いとは、どなたとどなたのことでしょう、シルビアさん」
「え? 」

 セーニャの天然振りに呆れるシルビアは大きく溜息を吐いて、「どうすんの、アルスちゅわん。一応止める? 」と彼らのリーダーにお伺いを立てる。
 立てたところでアルスもまたセーニャ同様、のんびりした平和主義者だから、カミュとベロニカの口喧嘩に割って入るような面倒な真似は避けたいようだった。

「カミュはベロニカのこと好きなのかなあ」

 ぼんやりとそんなことを呟く。

「誰が、誰を好きかって?」

 シルビアに聞き咎められて慌てて口を噤んだ。

「あの状態を恋と見るのはあんたぐらいなものだわ。どっちもまるで眼中にないのがアタシにははっきりこの目に見えちゃってるけど」
「あ…、いや、何となく」
「どの辺が何となくなの? 」
「もう。僕が鈍感なのはもう分かったから。それ以上突っ込むのやめてよ」
「フフ、アルスちゃんからかうの楽しいわね~」

 セーニャだけがまるで話が分からずキョトンとしている。

「カミュ様はお姉様のことがお好きなのですか?」
「ないない。アルスちゃんが勝手に勘違いしてるだけ」
「まあ…、どうしましょう。お姉様とカミュ様がご結婚されたら、私の義理の兄がカミュ様になってしまいます」
「だから、それはないって言ってるじゃない、セーニャちゃん」
「そこ、気持ち悪い話してんじゃないわよ!」

 カミュとの口論に飽きたのか、ベロニカが彼らの話を聞きつけて突進して来る。

「このベロニカ様がこんな何の取り柄もない様な凡庸な男と釣り合うわけないでしょう! まだアルスのが百倍はマシだわ! 」
「お前はまた、チョーシにのって人をぼろくそに扱き下ろしやがって」
「なんか文句あんの。あんたなんかアタシの魔法でけちょんけちょんにしてやる」
「うぜえ。女の相手なんざしてられっか」

 女を侮辱されてはシルビアが黙っていない。
 血相を変えて立ち上がった彼の形相を見たカミュは形勢不利と見てさっさとその場から退散した。

「カミュちゃん! 今晩はここの宿に泊まるから、晩には帰ってらっしゃいよ」

と背中に向かって怒鳴りつけるシルビアに手を振り、カミュは盗賊らしく素早く姿を消してしまった。
 アルスも追うつもりで立ち上がったが、慌てて駆け寄った石段の下にもう彼の姿はない。
 諦めて仲間のところに戻ろうとしかけた彼の目の前に難しい顔をしたベロニカが立ち塞がった。

「アンタ、どうしてカミュの後追いばかりしてるのよ?」
「え?」

 そんなつもりはなかったから驚いて目を見開く。
 アルスの様子にベロニカは深い溜息を吐いたものの、先ほど溢した不満をぶちまける気なのか、キッとアルスの顔を睨んだ。

「アルスに聞きたいんだけど」
「うん、何?」

 彼は世界を救う勇者らしいのだが、普段のアルスは穏やかな性格で、黙って立っていれば顔がいいだけの優男に見える。
 その辺はベロニカも不甲斐なさを感じていて、しょっちゅうイライラしていた。

「アンタが勇者なんだから、カミュなんかに気を使って下手に出てるんじゃないわよ」
「いや、僕はカミュに気を使ってなんていないけど。ベロニカにはそう見えるのか」
「そうにしか見えない。ねえ、シルビアさんもそう思うでしょ! 」
「えー?」

 いきなり話を振られてシルビアは小指を立てた左手で頬を押さえる。

「別に、アタシはそんなこと思わないけど。誰にでも優しいでしょ、アルスちゃんは」
「優しいのはいいのよ。でもカミュに優しくすんのはなんか違わない?! 」
「そうかしら」
「そうよ! はっきり言って気持ち悪いのよ、あんたら! なによ、男同士で気使い合っちゃって。アンタそんなにカミュが好きなの?!」
「あら、やだ。オカマ差別反対」
「オカマ差別じゃなーい!」
「だったらアンタがこいつらの仲に嫉妬してるだけじゃない、ベロニカちゃん」
「うぐ…っ!」
「悔しいのは分かるけど、男の友情に女は付与なのよ。私たちが立ち入ることは許されない領域なの。諦めて」
「なんか、シルビアさんに言われると腹立つ」

 まあまあ、とセーニャに宥められるうちにベロニカも機嫌を直したのか、「アタシにもなんか飲み物ちょうだい」とシルビアに強請りだした。
 ここは酒場の一角だから、見た目は子供の彼女は誰かに頼まなければ飲み物を注文出来ないのだ。

「冷たくて甘くてシュワシュワしてて、色はキラキラしてるのがいいわ」
「まったく、アンタたちもまだまだ子供ね。セーニャちゃんは?」
「私も冷たくて甘くてシュワシュワしてるのお願いします!」
「はいはい、ここで大人しくしててね」

 シルビアが立ち上がり、代わりにセーニャとベロニカがアルスを囲んで腰掛ける。

「話はまだ終わった訳じゃないのよ、アルス」

 テーブルをトントンと指で弾くベロニカの視線が痛い。
 血の気が引く気がした。




「カミュ」

 ようやくカミュの姿を見つけてアルスは石段の上から彼の名を呼び、今度ははぐれない様に高所から一気に飛び降りた。
 少し足にビリリと電撃のような痛みが走ったが、不様な姿を見せるとカミュに笑われそうだから表面上は平気な顔をしていた。

「どうした。お嬢さんらの話相手は飽きたのか」
「まあね」
「そりゃそうだ。あいつらの話ときたらどこそこのレースがヒラヒラで綺麗とか、ダーハルーネの街の砂糖菓子がどうとか、そんな話ばかりだもんな」
「いや…、まあ、そうでもないんだけど」
「あん?」

 砂糖菓子ではなく、カミュのことをどう思っているのか、根掘り葉掘り聞かれていた。
 そんなことカミュには言えないし、アルス自身それ程深く自分の心境を掘り下げたことがなかったから、返事に窮して逃げて来た。

「キミはここで何をしていたんだい、カミュ」
「ん。めぼしいものないかなって」
「え?」
「冗談だよ。つーか、なんもしてねえ。ぼーっとしてた」
「じゃあ僕も一緒にぼーっとしたい」
「馬鹿かよ」

 ケタケタと笑うカミュの横顔を見つめる。
 彼と出会って大分経つが、アルスはまだカミュがどんな人間なのかいまいち掴めていなかった。
 こうして笑っていてもカミュにはどこか常に陰があって、アルスが深入りしない様、自分に関することはがっちりガードして容易に立ち入らせないのだ。

「お前って面白いよな」
「そのニュアンス、褒めてないよね」
「いやいや、一応褒めてる。アルスみたいな奴に会ったのは俺の人生の中で初だ。お前ほど馬鹿正直で鈍感で、こっちが脱力する程まぬけな善人に会ったことねえよ」
「やっぱり褒めてないじゃないか」
「だから褒めてるって言ってんだろ」

 いつまでもニヤニヤ顔をやめないカミュに仕返しのつもりで腕を弾く。
 これは彼らの間でここ最近しょっちゅうやり合う遊びで互いに腕を叩き合ううちに、たいていは負けず嫌いなカミュがエスカレートして遊びじゃ済まないぐらい渾身の力を込めてアルスの腕を引っぱたいて彼の腕に痣を作って終わりになる。
 やっている最中はアルスもムキになってやってしまうのだが、イシの村の狭い人間社会で過ごした経験しかないアルスにとって、同世代のカミュとのこうした遊びは楽しくて仕方なかった。
 カミュがアルスのことをどう思っているのかは知らない。
 彼から感じる好意はけして偽りは混じっていないと思うし、アルスと遊んでいる時だけはカミュをいつも取り巻いている余所余所しさが消えて、本心で笑っている様に見える。

「やりやがったな、この野郎」
「ちょっと待った、カミュ。キミ、いつもやり過ぎだろ。狡いよ、カミュばっかり」
「うるせえ。先手必勝、トロトロしてる方が悪い」
「あー、ほんと痛いってば! 見ろよ、カミュにつけられた痣だらけだ」
「お前が弱っちいからだ」

 カミュの口から弱いと言う言葉を聞くとちょっぴり傷付いてしまう。
 口を噤んだアルスの気持ちをすぐに察したのか、カミュはアルスの首に腕を巻きつけ、「冗談だ」と額をコツンと合わせて来た。
 何の自覚もなくやっているからアルスの方がドギマギしてしまう。
 途端に顔を赤らめた彼を見て、奇妙な奴だな、とかは首を傾げた。

「キミがいきなり顔を近づけるから」
「そんなことでいちいち反応すんなよ、やりにくい」
「ゴメン」
「謝る必要もねえ。ほんとにお前は変な奴だな」

 変な奴と言われるとまた凹んでしまう。
 今度はむくれたアルスを見たカミュはさすがに呆れて「お前な」と片手を腰に当て溜息を吐いた。

「いいか、アルス。俺はこう言う性格だから、ちょくちょくお前を馬鹿にするけど、別に本気でお前を変な奴だと思っちゃいねえよ」
「でも、いつもカミュは僕を馬鹿にする」
「だから、立てるところは立ててるだろ。勇者様に逆らったりしねえよ」
「そう言う言い方も腹立つ。じゃあ、僕が勇者じゃなかったら、キミは僕のことどう思ってるんだよ」
「アルスが勇者じゃなかったら、だと?」

 吊り上がった目を丸くして、カミュはマジマジとアルスの顔を見つめる。
 と思ったらすぐに噴き出した。

「お前が勇者じゃなかったら、ただの世間知らずなお坊ちゃんじゃねえか。そもそも俺とは住む世界が違う。俺らは出会ってねえよ」
「分からないだろ。どんな未来でも僕とカミュは出会ってたと思いたいよ」
「よせよ。なんか女を口説いてるみたいだぜ」

 指摘されてアルスは胸まで赤くなった。

「そ、そんなつもり」
「分かってる。冗談でもねえよな。俺相手に」
「………」

 そうじゃなく。
 充分本気だったから困っているのだ。

「おいおい、いつまで赤くなってんだ。冗談だよ、冗談。そんな世間の常識から外れた話はシルビアのおっさんだけにしてくれよ」
「……」
「アルス。笑え。じゃないと気まずいだろうが」

 なんと言われようと、アルスは自分自身の気持ちに気付いてしまった。
 彼はカミュが好きなのだ。
 女の子相手みたいに抱き締めたいし、彼を束縛したい。
 そして自分も抱き締められたいし、カミュに束縛されたい。
 彼の特別な存在になりたかったを

「カミュ……」
「もうその話は止め。なっ」

 気まずさはカミュにも何となく伝わったのだろう。
 話を切り上げて歩き出そうとする彼の左手を取り、強引に引っ張ってこちらを振り向かせる。

「アルス」

 自分の名前を呼ぶカミュの唇の動きにどうしても目がいってしまう。
 心臓の高鳴りに呼吸が潰されてしまいそうになるが、ここは往来だ。
 そのまま抱き締めたい衝動は抑えて、急迫する呼吸を整える。
 目を閉じたアルスだが、カミュの左手を通して、彼の動揺が伝わってきた。

「お前、なんか…、変だぞ」
「うん。自分でも動揺してる。でも、カミュの手、離したくない。このまま掴んでいたい」
「お前」

 ふーっと彼が息を吐き出す音が聞こえてアルスはようやく瞼を開いた。
 きっとカミュが困った顔で自分を見ているだろうと思っていたが、予想に反して彼は笑っていた。

「幼なじみのエマだっけ。そいつを口説く練習台か、俺は」
「ち、違うよ」
「違わない。それでいいから手離せ」
「カミュ」
「俺、妹いてさ」
「え?」
「妹が居たんだ。もう死んだけど」
「そうなんだ」
「ああ」

 どこから脈絡が繋がるのか不明だが、少なくともアルスの気を削ぐには充分だった。
 カミュも効果があるとわかって口にしたのだろう。
 アルスの締め付けが弱くなった隙を見てすかさず自身の手を解放する。

「妹が死んでから、俺自身死んでるのも同然でさ。周囲の人間のこととかほんとにどうでも良くって、言い寄って来る女のことも俺の目には全部妹に見える。妹に縛られてるうちは俺は一人で居るのが性に合ってんだと思うことにしたんだ」
「でも、僕らと一緒に居るだろ。僕のこともキミにとってはどうでもいい存在なのか」
「……まあ、それもちょっと変わりつつある。お前らとの出会いはお前が勇者ってことを差し引いても俺を変えるきっかけにはなりそうだ。でも、それもまだ少しずつ動き出しただけでさ。その変化に俺自身ついて行けずにいる」

 分かるか、とカミュの目は問いたそうだったから、アルスはゆっくりと確かに頷いた。

「カミュを困らせるつもりはないんだ。ただ、その……、キミが僕にとって、特別な存在になりつつある。それをないことにするのは難しいから」
「充分困ってる。でも、別にだからってお前を嫌いだと言ってる訳じゃない。今のままでいいんだろ、アルス。それともお前はそれ以上を俺に求めるつもりか」
「…それは、ないと思う。カミュと今まで通りでいられれば別にいいよ。ただ、……キスは、したいと──、思うこともあるかも知れない」
「それはナシだ。お前、ちょっと混乱してるだけなんだよ。ホームシックってやつじゃねえのか」
「うん。まあ……、そうかも」
「そう言うこと」

 この話はこれでおしまいとばかりにカミュは空気を変える為、大きく伸びをする。
 アルスからすればホームシックとは違う感情なのは分かっていたが、これ以上言いつのってもカミュを困らせるだけだからこのへんで切り上げるのは彼も賛成だった。

「でも、今までみたいにいっしょのベッドで寝てるとちょっと羽目外したくなるかも」
「ならない様にがっちり枷でも巻いて寝てろ。俺の寝込み襲ったらお前の股間蹴り上げるぞ」
「でも、シルビアさんのベッドと僕のベッド、どっちかって言ったらカミュは僕のところに来るだろ」
「なんでその二択なんだよ」
「だって、ベッド三つの部屋なんてないもの」
「そこが問題だよなあ。と言ってあのおっさんをベロニカたちと一緒の部屋にする訳にもいかねえし。面倒くせえおっさんだぜ」
「カミュも充分面倒くさいよ」
「うるせえ」

 ボゴッと腹部を殴られたが、加減していたからそれ程痛くはなかった。
 どちらかと言うと、芽生える前にあっさり否定されてしまった淡い恋心の方が痛むが、カミュに嫌われた訳ではないし、持ち前のポジティブさでアルスはすぐに気を取り直した。

「おい」
「ふふ」

 手を繋ぐぐらいは許されるだろうと密かに伸ばした手だが、思った通り、カミュは振り払わない。

「ったく。甘ったれた勇者様だな」
「今の身長差なら、二年後の僕はキミよりずっと大きくなってると思うよ。その時甘やかされてるのは僕じゃなくてキミの方だと思うけどね」
「ほざけ」

 カミュの足蹴りを寸でのところで避けて、バランスを崩したふりで抱き締める。
 痩せた身体は骨がゴツゴツしていてけして抱き心地は良くなかったが、大好きなカミュの匂いがアルスを包んで彼を笑顔にさせる。
 彼らの笑い声が青い空に吸い込まれていった。


end
20170813







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