騎士の薬と狐の剣   作:井上あかり
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4.意識が朦朧とするトラの口に柔らかい物が押し付けられる

 意識が朦朧とするトラの口に柔らかい物が押し付けられる。
 それは彼の口腔の中に苦い汁と細かく砕いた葉を滑り込ませようとする。
 特に抵抗もせず、トラはそれを飲み下す。
 奇妙なその刺激ではっきりと目を覚ました。

「……」
「おくすりだよ。だいじょうぶ?」

 子供が口移しでトラに薬を与えたのだ。
 それにしても強烈な臭いだ。それに加えて口の中が苦い。渋い。不味い。
 
 子供も薬を口に含むのが苦しいのか目の端に涙を浮かべ、顔をしかめながら次の葉を噛み潰している。
 よく噛んでからトラのそばに顔を寄せる。

「ふぁい。あーん」
「……」

 トラは仕方なくそれを受け入れる。
 親鳥が雛鳥にするような甲斐甲斐しいそれを何度か繰り返した頃、ようやく痛みが治まってきた。
 施しを受け入れつつ、同時に気まずい気分になる。
 子供に世話を焼かれる駄目大人。
 有体に言えば失態である。決まりの悪いその状況に、トラは子供に文句の一つでも言ってみたくなった。

「……しかし……この腹痛……」
「ごめんね、たぶんボクがもってきたきのみ……たべたから」
「……だよな」

 近くに転がっているのは大きく齧られた未成熟の青い木の実。
 トラは子供に差し出されたそれを、何も考えずに随分と歯ごたえの良い木の実だと思って柔らかい種ごと齧ったが、それが良くなかった。
 木の実の中央。大きな“種”の中。毒の混じったそれは下手をすれば摂取した者を死に至らしめる。
 彼のその果実についての知識が有った。ただ、子供に気を取られて一度だけ犯した不注意によってこの様だ。

 与えられた薬が効いて来たのか、トラは大分腹部の痛みは和らいだように思えた。
 だが、次第に別の症状が現れ始めた。震えが止まらず、呂律が回らなくなる。
 意識が飛びそうになり、それを何とかしようと顔をしかめる。
 体調が戻ってきている訳では無く、一時的に良くなっただけ。
 予断を許さない状況である事に変わりはなかった。

 しかし、トラの悪くなる具合を見ながら、子供はどこか怒ったような表情を浮かべている。
 トラに向かって、怒りながら言い放った。

「だいじょうぶっていって! かみつくよ?!」

 トラは脂汗をかきながら、随分な物言いだと思った。
 とても厚かましいそれは、道理を知らない小さな子供で無ければ口にできる言葉では無い。
 しかし、心配している反面、自分の失敗が引き起こした責任を感じて苛立っていると分かると、怒る気も失せた。

 トラは子供の無茶な言い分がおかしくて、ついには破顔する。
 本人にそんな気持ちは無いのだろうが、無理矢理に元気づけられている様な気がした。
 微笑ましい子供の振る舞いを穏やかな気持ちで見守る。

 最初は怒っていた子供も、彼の様子を見て訝しげに首を傾げ、それから頬を膨らませながらも黙った。



   ◇



 足腰がまったく立たなくなるほどの腹痛。震え。
 トラは、次々に襲ってきた症状を思い起こして、子供の手当が無かったらと想像するとぞっとした。

 結局、症状が治まるまで1週間を子供に看病されて過ごした。
 その間、子供の懸命の手当てを受けながらたわいのない会話を重ね、トラは子供との生活に居心地の良さを感じ始めていた。
 子供もトラに懐き、毎日一緒になってそばで丸くなって眠る。

 手足のしびれも無く、まともに立ち上がれるようになったのが昨日。
 トラは頭を左右に倒したり揺すったりして身体の調子を確かめる。

「げんきになってよかったね!」

 満面の笑み。
 心底嬉しいのかトラの真似をして彼の頭を撫でる。

「助かった」
「どういたしまして」

 子供は嬉しそうに尻尾を振っていた。

「……が、もとはと言えばお前が未熟な果実を持ってきたせいだろう」
「たまにはボクもまちがうもん。おじちゃんもまちがってここにきたのでしょ?」

 たわいのない言葉だが、トラの心には存外に強く響いた。

 ――そうだ。みんな間違うのだ。
 始まりは小さなボタンの掛け違いから始まる。
 そして取り返しのつかない所まで来て初めて気が付く。
 出たくもない戦争に、多少剣が扱えるからと駆り出され。
 そしていつの間にか無意味な殺し合いに参加させられる。

 戦争に嫌気がさした彼が任務放棄を決めるのには、さほど時間はかからなかった。
 命令違反は即刻死刑。
 見つかればすぐに切り捨てられても文句は言えない。

 それでも、無抵抗の人間を殺せと命じる上官の命令を聞くわけにはいかなかった。

 脱走兵と言う追われる身になって初めて、トラを焦燥が襲った。時間が経つごとに不安は大きくなり、毎夜眠れぬ日が続き、眠れてもなお悪夢が襲った。

「おじちゃん、もうだいじょうぶ?」

 しかし無邪気な子供と過ごすうち、戦争によって荒んでいた気持ちが癒されているのを実感していた。

「ああ。だが……」

 トラは愚痴を言いそうになって寸での所で言い留める。無下に傷つけたくないと思い、ふっと表情を崩す。それから強引に子供の頭をごしごしと撫でる事で自らの気持ちを誤魔化す。
 いつの間にか子供に情が移っていた。

「よかったね!」

 胡坐をかいて座っている彼の膝の上に頭を預け、彼の顔を見上げながら嬉しそうに喋る子供。
 人の温もりが恋しいのか最近はトラにべったりとくっつき、じゃれることが多い。

 子供はふと、表情を明るくすると口を開いた。何か良い事を思いついた様子だった。

「そうだ! おじちゃん」
「なんだ。ちび狐」
「……おねがいがあるんだけど」
「厄介事じゃないだろうな」

 冗談めかしながら警戒を強めるトラ。
 子供は身体を起こすとトラに期待を込めて眼差しを向ける。

「……なまえ。ほしいな。ぼくになまえをくれない?」



今日はここまで。
次回から少し成長した彼らのお話です。






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