β基地
さあいくぞ!!
たっちは豪快に扉を蹴とばす。吹き飛んだ扉が反対側の壁にぶつかり轟音があたりに響き渡る。
ウルベルト、ペロロンチーノがあまりに予想外の事態に唖然としている。
確かにここはβ基地。DLC-HALOの拠点であるα基地と雰囲気が同じだ。内部の異常は見受けられず、単調な空調の機械音と風の流れる音しかしない。
α基地の喧騒とは無縁の静寂が支配している。
「たっちだ、β基地の潜入に成功した」
『...位置情報リンク完了。まず消息の分からなくなった偵察隊員を捜索してください。何がおこったのか突き止める必要があります』
「隊員は何名だ」
『2人ですーー!!ーーー? 』
なんか間があったような気がする...人数を告げた時も妙だった。向こうで何かあったのか? 気にはなるが今はクエスト中、気持ちを切り替える。
「おいっ!? なんだ今のは」
「何を言っているんだ? ドアを蹴とばしただけだろう」
「潜・入・クエストだと言っておろうがーーー!!! 」
悪のロールプレイをしているはずのウルベルトがあまりのことにキャラ崩壊している。
「声が大きい~。たっちもその妙なエフェクトをしまって!」
妙とはなんだ、妙とは。この「正義降臨」エフェクトを入手するのは大変だったんだぞ。
たっち・みーは悪のギルドの中では異端である正義の文字を背負っているプレイヤーである。弱者の前に現れ弱者を救う、まさしく正義降臨の4文字を背負っているプレイヤーである。
比喩ではなく手加減抜きで。ホントに正真正銘背負っている。たっちの背後に「正義降臨」の4文字が表示されていたから。それはそれはクッキリと。
『・・・・・・・・・・・・・・・』
ふっ、いつも仏頂面のシェラもこのセンスが分かるようだな。感動のあまり声を失っている。ウルベルトにはわかるまいが。
ク~カンペキだ! このタイミングで「正義降臨」はカンペキすぎる!! あわよくば越後屋な敵がいればさらによかった。「話は全て聞かせてもらったぞ」って。
『たっち・・・気づかれたらどうするつもりですか? 』
「潜入は完璧だ。敵に気づかれるはずがないだろう」
どこからその自信がわいてくるのか、何を根拠にしてるんだか分からないがそう断言する。
「誰ダ!! 」
「×〇@◇△□×!!! ~~~ 」
直後に何事かと駆けつけたエリートに見つかり、心臓が破裂しそうになるくらい驚くたっち。
「敵侵入。至急応援ヲ...」
エリートの増援要請は基地内には届かなかった。騒ぎの中でも冷静さを失わなかったぺロロンチーノが狙撃したからだ。矢を受けゆっくりと崩れ落ちるエリート。
「はやくこの場を離れた方がいいな」
「バカなことやってないでさっさといくぞ、たっち」
襲撃され頭が冷えたウルベルトが場を締めくくる。俺がリーダーなんだが......
あの後頭を強制的に冷やされ、たっち・みーが先頭、しんがりはぺロロンチーノ、間にウルベルトの隊列で通路をゆっくりとすすむ。
「まて、反応がある」
ウルベルトが手で合図する。歩調を上げて先頭に立つ。
反応があったのは曲がり角の部屋で扉は開かれたまま。合図とともにたっちとウルベルトは部屋へと踏み込む。
壁際にはネズミが1匹、こちらを一瞥するとすぐさま通風孔へと逃げ込んだ。敵はおらず他には何もなかった。
「・・・まったく。これだから原理の分からない探知魔法は信用できない。無理にでも電子戦仕様のシェラを連れてくればよかった」
愚痴った後にハッとする。咄嗟に出た言葉だが魔法より電子機器を信用するとは・・・どちらもデータなのに。改めて自分は現代人なんだと実感する。
指揮はどうするんだという意見もあるが、シェラが出撃する場合はNPCセリーナが変わりに指揮をとる。あんまり見たことはないが。今はシェラをサポートしているはずだ。
「お前に似て堅物で融通がきかないんだよ。大体、魔法が敵味方をどうやって判断するんだ? 」
有無を言わさぬ口調で黙らせるウルベルト。沈黙が支配して2人はおとなしく通路に戻る。
「異常なしか? 」
通路で警戒していたぺロロンチーノが2人の様子を見て確認する。ネズミと言ったらさもありんと頷いて視線を通路に戻す。
「近いぞ。みんな固まれ」
その時、探知魔法に複数の反応がありウルベルトが注意を促す。
「今度は違うよな? 」
「反応が複数。ネズミの動きじゃない。ネズミはここまできれいに一列に並んで移動はしない」
ウルベルトが先頭に立ち反応地点に向かう。途中から風の流れが変わる。彼が案内した区画は吹き抜けの構造になっていたためだ。
中央には人間と複数のエリートがいた。辺りにコンテナが点在して身を隠すには不自由しない。気づかれないように姿勢を低くして状況を窺う。
「嫌だ、死ぬのはいやだ、イヤだーーーーーー!!! 」
人質と思われる声と銃声。倒れる音、そして聞こえなくなる悲鳴。
発砲したエリートは人質に眼もくれず、取り巻きと雑談をしながら別の場所に移動する。
静寂が戻り、たっち達は遺体のそばに行く。2名の遺体、どちらもこめかみに銃痕、体の至る所に無数の傷がある。
「たっちからシェラへ。偵察隊員と思われる2名の死亡を確認した。体中に拷問の跡もある。くそっ!」
『残念ですが隊員のロストはこちらでも確認。その他状況を報告してください』
「この区画に重要ポイントは確認できず。別の区画に移動する」
『そこから北に100m、指令センターに通じる扉があります』
シェラが次の目標を告げる。
『β基地自体の迎撃力は駐屯する部隊に依存する思想のため脆弱です。ですが少数とはいえ迎撃システムが存在します。航空部隊の被害を抑えるためにもレーダーシステムを無力化してください』
指示されたレーダー室は指令センターの下層部にある。途中敵と遭遇するが音を立てずに片づけるのは簡単だった。妙に警備が甘い・・・・・・
レーダーシステムの無効化は簡単に達成できた。当直のグラント達が全員幸せそうな顔して居眠りしていたからだ。
「グォォォォォ・・・スピィィィ・・・グォォォ・・・・・・むにゃむにゃ。もう食べられないよぉ・・・・・・」
コヴナント軍が侵入に気が付かなかった理由付けみたいだが無理やり感があふれている。あ~あ、ヨダレを垂らして。エリートに知られたら鉄拳が飛んでくるぞ!
急にやる気を失った3人だがシステムをOFFにするのは忘れない。流石に幸せそうな顔で居眠りしている敵を攻撃するのは心理的に無理なので、催眠ガスで眠らせてレーダー室を後にする。
--- チェックポイント通過 ---
最初に侵入した区画は、どの区画にも通じる連絡通路のようなものだった。次の指示に備え一旦元いた場所に戻ろうとするが、隊員を殺したエリートの一群が道をふさいでいた。
『落ち着いてください、たっち。戦力差確認 --- 5人。3人は倒せても残り2人に逃げられます』
「そうだ。彼らの鎧を見てみろ。上級兵士クラス、音を立てずに倒すのは不可能だ」
シェラとぺロロンチーノが飛び出すのを制止する。今の自分は兜を被っているから表情は分からないはずなのに、飛び出そうとしているのがなぜ分かった?
「昨日今日の付き合いじゃないだろ。お前は分かりやすすぎるんだ」
ウルベルトまでそういうことを言う。
「何度も言うが潜入クエストだぞ。大立ち回りは避けろ」
耳にタコができているよ、ウルベルト。
『高速検索開始 ---------- 発見。先ほどのレーダー室の近くに集会場につながる通路があります。そこを経由して連絡区画に戻れます』
2人は有無を言わさず、たっちを引きずるように連れていく。ほとんど連行であるが・・・通路に入り集会場へと向かう。だが、
「!! 多数の反応あり。数が特定できない。シェラ、別のルートはないのか!? 」
らしからぬウルベルトの焦りに何事かと2人の足が止まる。
『該当情報無。ウルベルト、探知反応の動きはどうなっていますか? 』
「動きはない。どの反応も止まっている」
『情報整理 ------ 集会場の出入り口には反応は? 』
「ない」
『------ 姉妹基地であるαとβの基本構造は同じです。α基地の集会場の上層にはガラス張りの貴賓席がありました。そこで状況を確認する必要があります』
「そんなのあったっけ、って危険だぞ。ガラス張りってことは外から丸見えじゃないか」
「外から装甲板で覆い貴賓席自体を封鎖しています、ぺロロンチーノ。だから気が付かなかったのです」
「β基地にも同じことが言えるのか? 」
『はい。α基地に同時期に同手段で封鎖したとの記録有。ただ様子をうかがえる程度には隙間を開けているとのこと。カメラが設置されるはずでした』
気が付かれないように足音を立てずに貴賓席に向かう。貴賓席に向かう扉は鉄板やら鉄パイプやらで強引に溶接されていた。剣で音を立てないように切り裂き上層へと向かう。
「道具を用いずによくもまあ器用に切れるな。ワールドチャンピオンの称号は伊達じゃないってことか」
「お前もだろう。ワールド・ディザスター」
その後も皮肉なのか感心なのかよくわからない応酬をして階段を上る。シェラが困惑するがぺロロンチーンは肩をすくめる、いつもの事だと。
貴賓席は封鎖されているため明かりがなく暗い。だが光が漏れている箇所が複数あった。近づいた3人はそこから集会場を窺う。
巨大な集会場。α基地にあるそれは使い道が無く空間の無駄づかいと揶揄されていたが、β基地ではコヴナント軍の兵士がひしめいていた。
中央にいるゼロット・・・コヴナント軍司令官が身振り手振りで何か鼓舞し、兵士達が熱狂して無秩序に歓声を上げている。歓声にかき消されここからではよく聞こえない。
記録映画で見かける独裁者の演説と熱狂する市民に近い。
「嘘だろ・・・なんて数だ」
ペロロンチーノが呻く。
「3人で奪還できると言い出したのは誰だ。出来の悪いジョークだぞ」
「基地は奪還する。あれが標的のゼロットだ」
「たっち、これだけの相手に立ち向かうつもりか。無謀だ」
「・・・・・・仕方ない。基地の破壊に切り替える」
『了解しました。別のルートを探します』
足早にその場を離れる。
ジャーナル --- β基地奪還失敗 --- 基地を爆破せよ ---
システムメッセージがシナリオ分岐したことを告げる。
「ンッ? ・・・」
演説の最中だというのにゼロットは何かを見つけたように上層に視線を動かす。
視線の先にあるのはたっち達がいた場所。
「フム・・・・・・気ノセイカ」
視線を戻し演説を再開する。熱狂している兵士達はゼロットの行動に気がついていない。たっち達は知る由もないが、離れるのが僅かに遅れたら総攻撃を受けていただろう。
集会場からだいぶ離れた。ここまでくれば気づかれることはない。
『検索終了。地下に電力供給用の原子炉を確認。制御システムに炉を暴走させる機密保持用の自爆プログラムがあります』
「??? なんでそんなものがあるんだ? たしかβは輸送基地だろ」
『知りません。開発者に聞いてください』
3人の疑問があっさり流される。姉妹基地だからαにもあるのか・・・・・・
雑談も交えて歩く3人。警備が甘かった理由が判明したからだろう、少し気が緩んでいる。だが神様は意地悪である。
曲がった先には・・・・・・ハンター!? こちらと目が合った。
「グォォォォォーーーーーーー!! 」
獲物を見つけ咆哮を上げる。巨体を誇る歩く重戦車というべき異星体、倒せなくはないが音を立てずには不可能だ。戦ったら確実にこちらの位置を知られてしまう。
幸い意思疎通の手段に乏しいから通報される恐れはない。このまま走って振り切る!!
「ハンターが追ってきているぞ! 」
巨体を揺らし獲物を追い詰めようとする。通路の明かりが体に遮られ、壁が追ってきているような圧迫感がある。ハンターがなぜ単独で行動していたのか? 集会場に向かう途中だったのだろうか? 追われているにもかかわらずそんな場違いなことを考える。
それは偶然だった。走っているさなか、ふと壁に通風孔があるのを見つけたのだ。メンテナンス中なのだろう、普段ならおおわれている金網が外れている。
あの巨体では通風孔に入れない。そう判断し走るのを中断してその穴に身を滑り込ませる。暗くて狭い。後の2人も同じように通風孔へと身を滑り込ませる。
穴倉の中を一心不乱にすすむ。途中からハンターのドスンドスンという足音が聞こえなくなる。あきらめてくれたか・・・ 巨体のハンターだが意外と足が速かった。巨体ゆえ歩幅があるのだろう。
穴倉の中は同じ光景が続き、時間の経過が遅いような気がする。大分時間が経過したと思えたが、明かりが見え穴倉も終着となった。明かりはなんだかんだ言ってもいいものだ。
「どこだここ? 」
通風孔の先は、窓ガラスがあり先ほどの貴賓席に似た構造だった。部屋の明かりは機能している。窓は封鎖されていないものの窓の向こう側は暗闇で何も見えない。
とにかく危機は去った。だいぶ進んだしな、ここまでくれば大丈夫だろう・・・・・・そう安堵する。
部屋の中を見渡すとテーブルに書類の束が積み上がり、かつていたβ基地職員のものと思われるマグカップが無造作に置かれていた。
指令室か? いや窓があり制御端末が壁一面に並んでいる。単調なファンの音、何かの制御室のようだ。
「まずいな、位置情報を失ったようだ。通信がつながらない」
「!! なんで戦わなかったーー!? 」
「潜入クエストだから大立ち回りは避けろといったのはお前じゃないか!! 」
例によって揉めるウルベルトとたっち。ぺロロンチーノが遠巻きに呆れた空気を出しているが2人は気が付かない。
「んっ? シーーー、何か聞こえないか? 」
ぺロロンチーノの声で我に返った2人は言い争いを中断する。指を指した先は・・・・・・扉?
たっちは忠告に従い扉に耳をつけると・・・向こうから微かな息遣いが聞こえる。息遣いの正体に気が付き「神様...」恐怖に顔を引きつらせる。
次の瞬間、すさまじい轟音と共にドアが吹き飛ぶ。先回りしたハンターが力任せにドアを破ってきたのだ。
咄嗟の事で何も対応できなかった。ハンターの巨腕が3人を捉える。何とか防御しようとするがその怪力はお構いなしに窓ガラスへと叩きつける。
馬鹿力としか言いようがない一撃。強化されているはずの窓ガラスが衝撃で割れ、3人は暗闇へと落下する。
たっちの絶叫と共にウルベルト、ぺロロンチーノも暗闇へと消えていった・・・
--- チェックポイント通過 ---