α基地-指令室 時間軸はすこしさかのぼる
「クエストβ基地奪還、開始しました」
「3人から目を離さないように」
シェラがセリーナに指示する。彼女の役割はプレイヤーのサポートでチュートリアルを担当することも多い。他のギルドメンバーからは、ちょっと(?)特殊なNPCだと認識されている。
ゲーム内設定は両者ともかつて栄華を誇っていた先史文明の遺産で、シェラは当時の大戦で使用された戦闘兵器、セリーナは戦艦に搭載されていた艦載AIである。セリーナの姿は立体映像であり実体はない。
「問題ありません、全員が正常値です」
セリーナの横に浮かぶようにして心電図モニターが表示されている。画面上に心電図、呼吸数、心拍数、血圧が映っており3人の状態を観察していた。
平均値を下回った者はおらず、信号に反応して鳴っている電子音は規則正しい。これはシステムともリンクしており異常値が検出されたときはダイブ者を守るため、強制的にログアウトしたり気持ちを落ち着かせる効果のあるエフェクトがはしる。
最新型VRバイザーは従来のただログインするだけのものに加え、ダイブ者の身体状況をチェックする機能がある。
これはシェラがギルドメンバー全員に与えたもので、何処から手に入れたのやら最新型と言いながら市販されてない。
「如何わしいゲームで動悸が激しくなっても手に取るようにわかりますね」
『ぶっ!! そ、それは必要な事なの?』
聞いていたぺロロンチーノが吹き出す。思い当たる節があるらしい。
「ええもちろん。過度の刺激は発作や偏頭痛などを引き起こします。事前にチェックすることは大切です」
本当か? というたくさんの視線が突き刺さるが涼しい顔で受け流すセリーナ。
雑談ののち通信を終了すると指令室は喧騒に包まれる。各人が自分の考えを披露する。
「シェラ、さっきから言っているが3人でこのクエストに挑むのは無謀だぞ」
指令室にいる管制官プレイヤーの1人がそう指摘する。管制官はあらゆるギルドの通信に関わったり、航空管制など他プレイヤーと触れ合うことが多く好きな者も多い。
戦闘とは無縁のようだが、防衛戦闘の際には基地の防衛システムで応戦したり早期警戒管制機(AWACS)に乗り込みクエストに赴くこともある。
一見地味なため初回で選ぶものは少ないが、2週目以降というべきプレイヤーは違った楽しみが得られることで人気の職である。例外なく目が肥えているので決して侮れる相手ではない。
この手のプレイヤーは冒険者ギルドで受付をしていたり、退役冒険者というロールプレイで宿屋の主人をやっていることも多い。
管制官が把握している事前偵察によると、異星人同盟であるコヴナント軍兵士はすべてLv90台から100、ひょうきんな言葉でプレイヤーを和ませる最下級のグラントですらLv90はある。主力クラスのエリートはLV95前後、ジャッカルはその中間、一部の歴戦エリートはたっち達と同格のLv100。それにプラスして走行車両と航空機を多数確認している。
しかも事前偵察では内部の状況は分からないため、得られた情報は最低ラインでしかない。軍事基地はそう簡単に情報の漏洩を許すつくりでは無いからだ。
辛うじて判明しているレベルと種族は、外を哨戒していた部隊から判断している。
敵は総じてプレイヤーのレベルをやや下回る程度と予測されるが、数で圧倒するため油断するとすぐやられてしまうだろう。プレイヤー3人なら敵はダース単位で出現する。
「鉱山の独占、PK、少々目に余るのでお灸をすえるにはちょうどいいかと」
「やはり・・・レベルを同期させたのは君の差し金か」
呆れた口調でシェラを見る管制官。
Lv差が大きいと歯が立たないのがユグドラシルだが、それはあくまで 1 vs 1 での話。エリートが前衛で、他がその援護にまわるフォーメーションだと間合いを保つ事すら難しくなる。武装の1つである近接攻撃用のエナジーソードは容易にプレイヤーの防御を貫く。
戦闘訓練を受けた兵士という設定なので、モンスターよりはるかに攻撃の命中率は高く思考ルーチンも賢く設定されている。グラントは別だが。
β基地は敵のホームグラウンドになり果ててしまい、増援に次ぐ増援で常に不利な状況で戦うことになる。本来なら味方のはずだった基地防衛システムも、たっち達に牙をむくだろう。
開始前には潜入クエストであることを繰り返して念を押している。敵に通報されたら数ですりつぶされるからだ。
「3人だけというのが残念です。参加メンバーを増やし、更に難易度を上げたかったのですが」
おっかねーなという声があちこちから上がる。セリーナは毒舌であるがシェラも負けず劣らず棘がある。ギルドメンバーも何人かは察していて、たっちは「いい性格」と称している。
ちなみに難易度がさらに上がると、たっち達を乗せたペリカン降下艇は降下前に撃墜されてしまう。何とか脱出するもののメンバーが散り散りになった状態でクエストが開始されるだろう。
指令室中央のテーブルには、β基地とその周辺情報をワイヤーフレームで表現した見取り図と、事前偵察の情報、たっち達が持ってきた情報がリアルタイムで表示されている。
画面端には支援要請をしたトリニティ航空部隊の映像もある。
「司令、倉庫で寝ているバルチャー重爆撃機は直ぐにでも出せますがどうされますか? 」
セリーナは暗にトリニティに増援を要請しなくてもよかったのではないかと指摘する。α基地にはいくつかプレイヤーの裁量で動かせる遊軍が存在し、お金を払う事でそのクエストに限り使用可能だ。救済措置の1つでありバルチャーもその遊軍である。
「否、護衛無しの低速爆撃機は攻撃前に撃墜される可能性が高い」
速攻で却下した。敵制空権下で被弾しやすいバルチャーは撃墜されにいくようなもの。
「まあ分かっていましたよ・・・トリニティもよく応じましたよね」
「ロールプレイができると告げたら快く応じた」
ボロボロの味方から支援要請を受けたり、苦戦する味方を救出するというシチュエーションはプレイヤー羨望の的である。
今頃はどんなカッコいいセリフを言おうかと思案しているはずだ。
「最初っから、ただの潜入で終わらせる気がありませんね。映画なら司令は黒幕です」
「淡々とこなすクエストは人気が無い。現に周りの満足度は高い」
「無表情な司令も割と人間を理解してますよね。ボスもそうですが」
聞きずてならない言葉がセリーナの口から発せられ、咄嗟に感情のこもってない目で威圧する。それを見たセリーナはやれやれと肩をすくめる。
「おっと、トリニティからの通信だ。モニターに出すぞ」
通信に気を取られた管制官は、そんなやり取りに気が付かなかった。
『こちらトリニティ航空司令部のクフィールだ。アインズ・ウール・ゴウンの指揮下に入るように指示を受けた』
「歓迎します、トリニティ」
言葉に反して感情がこもってないが言われた相手は嬉しそうに頬を緩める。
「男ってやつはなんでこんなに単純なのかしら? 」
セリーナがさっそく皮肉を言うが、相手も慣れたものだ。
『美人の招待はいつだって歓迎さ。罵倒されるのもな』
「そちらの状況は? 」
『ショートソード隊の爆装は70%終了。護衛のロングソード隊は先の防衛戦で消耗したため現在整備中だ。パーティには間に合わせるつもりだ、よろしく頼む』
管制官プレイヤー達が絶句する。先ほど制空戦闘をこなしたばかりだというのに、これほどの短時間で再出撃が可能なトリニティの手腕やタフさに舌を巻く。
ユグドラシルNo1ギルドなだけはあり肉体的に相当タフなのだろう。ただの体力馬鹿かもしれないが。プレイヤー達はそう自分を納得させる。
「流石ですね、クフィール。私の配ったチョコレートはどうでしたか? 」
セリーナはチョコレートの味の再現に理論的興味を持っているらしい・・・
指令室の空気が変わる。プレイヤーの1人は何か・・・こう室温が下がったような気がした。
『・・・・・・あー・・・天国行きのうまさだ。食べた連中シビレちまったぜ』
言葉通りだと美味しいという意味のはずだが、イントネーションが妙である。
アカウントから住所を特定して自宅にチョコレートを送り付ける。違法じゃないのかという疑問もあるがどこからも文句はでない。セリーナが怖いとかそういうわけではない・・・はず。
「それはよかったです。それはそうと新作ができたので味見していただけませんか? 」
その瞬間、空気が凍った。気がするどころではなく完全に。プレイヤー達の表情も凍る。それを見たセリーナの笑顔も凍る。
『たっちだ、β基地の侵入に成功した』
タイミングがいいのか悪いのかクエスト中のたっち達から通信が入る。
「・・・位置情報リンク完了。まず消息の分からなくなった偵察隊員を捜索してください。何がおこったのか突き止める必要があります」
凍った空気をものともせずテキパキと指示を下すシェラ。ロボッ娘司令官ということもあり、その姿にほれ込むファンもいるがこの場に限っては話が別だった。
たっちとの通信中に1人、また1人と指令室にいるプレイヤーが忍び足で出ていく。トリニティからの通信はいつの間にか切れていた。
司令官を置き去りにする管制官たち。通信中のシェラはその事に気が付いていない。
ようやく通信を終了して周りを見渡すと、指令室はもぬけの殻になっていた・・・
「・・・・・・やられた」
「司令、私の作った新作チェコレート残さず味見してくださいね」
セリーナの声がまるで死刑宣告のようだった。 by 基地管制官プレイヤー一同
指令室での一コマ、それに何か起きているわけでもないので手加減なしに会話だけです。そのせいで全然文字数が稼げません(汗)