イデアル森林の、クウェンサー達の現在地とは少し離れた場所、此処に赤のバーサーカー、スパルタクスはいた。
何本もの杭に貫かれ、泥の様なもので覆われて意識を失っている状況だが……。
「む?」
「どうした、ダーニックよ。」
そのスパルタクスの正面に、二人の男がいた。一方は騎乗し、槍を持った男である。彼は黒のランサー、オスマン帝国の侵略から幾度も領地を守り抜いた護国の鬼将、ブラド三世である。
「いえ、王よ、侵入者が現れた様ですが、如何いたしましょうか。」
そう答えるのはダーニック・ブレストーン・ユグドミレニア。黒のランサーのマスターである。
「現在侵入者はゴーレムに追われており、逃走している様ですが……。 ライダーを呼び戻し、追撃させるのは如何でしょうか。」
「それには及ばぬ。」
「と、申されますと……。」
「ああ、余が行こう。我が領地に侵入した蛮族達だ、バーサーカーは確保したが、少し見せしめがあっても良いだろう。」
そうランサーは言う。
「待っておれ、我が領地に侵入した愚か者よ。」
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「ヤバいヤバい追いつかれるぞ!」
「うるさいヘイヴィア!もう少しでトラップを仕掛けた所だ!」
走るクウェンサーとヘイヴィア、彼らは非常に阿保らしい理由で感知されゴーレムに追いかけられていた。
「おい、アソコだろ、トラップ仕掛けたの!」
そう言い前方に見える土壁を指すヘイヴィア。そこはこの森に来た時に設置したトラップが仕掛けられている。
「OK、起爆するぞ!」
起爆用の無線機を取り出し、スイッチを押す。
ドムッ! とくぐもった音が響いた。穴の中で起爆した事による衝撃は、設置した鉄板によって奥に向かう。そしてクウェンサーとヘイヴィアが走り抜け、ゴーレム達が土壁の前に差し掛かった瞬間、
土壁が砕け、ゴーレム達の上に雪崩れてきた。大量の土砂がゴーレムを押し潰して動きを封じる。
「いや、何とかなったな。」
「全く、どうなることかと思ったよ。」
「ったく、テメェといると気が休まらねぇ。」
「まーまー、こうして無事なんだしいいじゃん」
「んじゃ、追撃が来ないうちにとっとと帰りますか。」
埋まったゴーレムに背を向けるクウェンサーとヘイヴィア、そして一歩踏み出し……。
「ぶべらっ!」
「何やってんだクウェンサー、お前がドジっ娘みたいな事してもどこにも需要がねーよ。」
木の根に足を取られてすっ転ぶクウェンサー、それを起こそうと手を取る。
だが、クウェンサーの背後に目を向けた瞬間、ヘイヴィアの顔に驚愕が浮かんだ。
「おらぁ!」
繋いだ手を振り回してクウェンサーを投げ、その反動で自身も飛び退くヘイヴィア、突然の事に驚くクウェンサーだったが、
「
突如、先程まで二人の立っていた場所に何本もの杭が生えた。
「躱したか、我が領地に侵入せ愚か者共よ。」
そう言いながら一人の男が歩み出てくる。その威容、その圧力は人間では出せまい、それはまさしく
「「サーヴァントだとッ……!」」
「如何にも、余は黒のランサー、ヴラド・ツェペシュである。貴様達は赤のサーヴァントであるな。」
「ああそうだよ。それがどうした。見逃してでもくれるのか?(おいどうすんだよクウェンサー!)」
「この空気で見逃してくれる訳ないじゃんか。(どうにかして隙を作る、その間に全力で逃げるぞ。)」
「貴様らのバーサーカーは此方が確保した。隷属させ、手駒として使役する予定だが、少しばかり、サーヴァントですらこうなるという見せしめが必要だとは思わないかね。」
「あの筋肉ダルマ捕まったのかよ!」
「つまり…。」
「ああ、貴様らを
ランサーが話し出した瞬間、先程の会話の間にポケットから出していた携帯端末を顔面に向かって投げつける。武器ですらないそれを当てた所でダメージは零だが、この時代にタッチパネル式の携帯端末は存在せず、聖杯から送られる“現代”の知識にはそれは存在しない。
さらに、攻撃方法のわからないサーヴァントがよくわからない物体を此方に投げてくるという状況、その状況で当たりに行く選択肢を取るのはバーサーカーぐらいだろう。実際に……。
「フッ!」
首を傾けただけで携帯端末を躱すランサー、だが、その隙にクウェンサーとヘイヴィアは踵を返し、全速力で逃走を開始していた。
「ほう、逃げるか。ならば追い付いて串刺しにしてくれよう。」
そう言って馬に乗るランサー、その顔には深い笑みが浮かんでいた。
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「クウェンサー、追ってきているか?」
「あの状況で追って来ない訳が無いだろ。それに、奴の後ろに馬がいた。多分あれに乗って追いかけてくる。」
「マジか、どうするんだよ。」
「だから今トラップを仕掛けているんだろ。」
先程の場所から離れた場所。そこでクウェンサーとヘイヴィアはトラップを仕掛けていた。
「それに、逃げる時にスキルの気配遮断を使ったとはいえ、さっきゴーレムに見つかってるからね。時間稼ぎにしかならない。」
そう言いながら木の地面から20cm程の所にワイヤーを結んでいく。そしてそのワイヤーを離れたところにある木に結びつけていく。
「ったく、コレに何の意味があるんだよ、こんな事している間に遠くへ逃げた方がいいんじゃねぇか。」
「それだと追いつかれる。此処で暫く動けなくしてから逃げた方がまだ確率は上がる。」
「それは分かったがこのワイヤーはどんな効果があるんだ?まさかコレで足を引っ掛けて転ばせます。とかいうんじゃ無いだろうな。」
「いいや、その通りだ。」
「はぁ?巫山戯てるのかテメェ。」
「このトラップで転ばせるのは馬の方だ。転ぶかバランスを崩した所に、お前が木の上から弾をばら撒いてくれ。」
そう言って側に生えている木を指差すクウェンサー。
「テメェはどうするんだよ。」
「俺は奴をこのトラップに誘導する為に囮になる。」
何かが走るような音が森に響く。そしてそれは徐々に此方へと近づいて来る……。
「来るぞヘイヴィア、準備してくれ。」
「死ぬなよ、テメェが死ぬと俺まで消える事になるからな。」
「それはフリか?」
「ちげーよ!」
そう言いながらスイスイと木に登って行くヘイヴィア、そして向こうから馬に乗ったランサーが姿を現す。
背中からハンドアックスを取り出し、信管を突き刺す。さらに円筒形の缶を取り出す。
ワイヤーまで後5メートル、額を汗が一滴流れる。
ワイヤーまで後4メートル、
3メートル
2メートル
1メートル
そして、馬の脚がワイヤーに引っかかった。
馬がバランスを崩して転倒していく。だが、ランサーはその直前に飛び降りた。そこへ上からヘイヴィアがフルオートで銃撃するが、
「極刑王!」
ランサーの盾となる様に、地面から杭が生み出される。それによりヘイヴィアの放った弾丸は弾かれてしまう。
「どうやら、罠を仕掛け此方を討ち取ろうとしていたようだが、残念であったな。」
クウェンサーに槍を突きつけながら言う。
「(どうすんだよ!このままじゃ二人とも殺される!)」
「(大丈夫だ、ヘイヴィア、目を閉じていてくれ。)」
「そうだな。此処で起爆しても自分も巻き込まれる。」
そう言って持っていたハンドアックスを捨てる。
「ほう、潔く諦めるか。」
「だが、此方は二人だ!」
もう一方の手に持っていた円筒形の缶を掲げ、起爆用の無線機を押す。ランサーは爆風を防ぐ為に杭を展開するが…
カッ!!
閃光が迸る。街で購入したアルミニウム粉末やマグネシウムなどを材料に制作したフラッシュバンが炸裂した。
通常であればこの様なものは役に立たないだろう。だが彼らはサーヴァントになり、生前よりも目が良くなり、夜目が効く様になっている。また森は暗く、目が闇に慣れていた。さらにクウェンサー達は知らなかった事だが、ヴラド三世はドラキュラのモデルであり、強い光は苦手である。そこに閃光を流し込まれたのだ。
「ああァァァァァッ!!!」
悶えるランサー、だがそれはクウェンサーも同じである。
「ヤバい痛いヤバい目がァァァッ!‼」
そのクウェンサーの後ろ襟を掴み、目を閉じていたことで難を逃れたヘイヴィアが全速力で引きずって行く。
「無茶にもほどがあるぞテメェ!テメェの死にたがりは治らねえのか!!」
「ちょっと待ってヘイヴィア!お尻が、お尻が地面に擦れて痛い!」
「待てるか!文句は後で聞く!」
そのまま森の中を走る。そして、遂に……。
「あれ、来る時に乗ってきた車だよな!」
「そうだからいい加減止まれ!もう此処までは追って来ない!」
そう言われてやっと止まるヘイヴィア、緊張が解けたのか思わずへたり込む。
「逃げ切った……。」
「ああ、後は帰るだけだ。」
「運転するのもめんどくせぇ。クウェンサー代わりに運転しろよ。」
「俺免許取ってないんだけど。」
そう言いながら車に乗り込む。
「ああ!」
「どうしたクウェンサー。なんかあったか?」
「奴の目を逸らすために携帯端末を投げてしまった……。」
「嘘だろ!って事は……。」
「あんな画像やこんな画像が見れなくなった、って事だ。」
「テメェ、唯一の楽しみを……。」
「あの時は仕方が無かっただろ。」
そんな話をしながら車を発車する。
「それにしても、もったいない事をしたな……。」
「あん?」
「いや、あの携帯端末の中に、オブジェクトの図面とかも入れてたんだよ。何時でも眺められる様に。」
「キモッ……。」
「何でだよ!いいじゃん眺めて楽しむぐらい!」
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「これは……。」
「先生、どうかしましたか?」
「いや、面白い物を拾ってね。」
森の中で話す二つの人影、その手の中にはクウェンサーの投げた携帯端末があった……。
ありがとうございました。