「全く、無茶をしますね……。」
ヘイヴィアの放った携行型対戦車ミサイルを辛くも回避した黒のアーチャー、だが弾体の直撃は避けたが爆風までは防ぐ事が出来ず、右手に浅くはない傷を負っている。
周囲はもうもうと黒煙が覆い、赤のセイバーの状態も確認出来ない。
であれば、これ以上は不利となるばかりか……。
「(すみませんマスター、仕損じました。)」
・
赤陣営、セイバーのマスターである獅子劫界離対黒陣営、アーチャーのマスターであるフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。
獅子劫の放った銃弾により始まったこの戦闘は現在、膠着状態に陥っていた。
一度はフィオレを追い詰めた獅子劫だったが、車で撥ね、体勢が崩れた所へ放った銃弾をフィオレの弟であるカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアの魔術により防がれる。そして体勢を立て直したフィオレからの銃撃により、獅子劫は遮蔽物としている車の裏に釘付けにされていた。
「こりゃあ、虎の子を使うしか無いか!」
手に持った、棒状の物体に目を向ける。だが突然、先程まで嵐の様に連射されていた銃撃が停止した。
「どうやらここまでの様です。」
そう声がかけられる。
「撤退するのか?」
「ええ、次はトゥリファスでお待ちしています。そちらで決着を着けましょう。」
言うが早いか、その場にいたもう一人、カウレスを小脇に抱え、壁を跳んで撤退して行く。
「サーヴァントに何かあったか……。」
・
「(了解しました。ありがとう、マスター。)」
撤退する旨を念話で伝えたアーチャー、その時、
「くたばれぇーッ‼」
黒煙を切り裂いて、赤のセイバーが突撃してくる。背後は壁、であれば……。
「逃げるかアーチャー!」
空中に跳んだアーチャーに向って、セイバーが吼える。
「ええ、このままでは、こちらの敗北です。お互いに痛み分けと言う事で。」
「テメェ!待ちやがれ!」
追撃しようとするが、アーチャーの射た矢に阻まれ、遂には見失う。
「チッ、くそったれが‼」
思わず掴み取った矢を地面に叩きつける。そこへ声をかける男が一人。
「撤退して行ったか……。」
「アサシン、テメェ何であそこで俺ごと撃った⁉」
セイバーもヘイヴィアの放った対戦車ミサイルに当たりはしなかったものの、爆風により少しばかりのダメージを受けていた。
「済まねぇ、だが、どうしてもこの戦闘を早く終わらせたかった。」
「どう言う事だ?」
「ああ、状況は最悪だ。」
顔を顰めて言う。
「クウェンサーの野郎が死にかけてやがる。」
・
・
・
シギショアラの路地は複雑に入り組んでおり、一本メインストリートから外れてしまえば地元民でもない限り迷ってしまうだろう。
そんな路地の奥、行き止まりとなった袋小路にクウェンサーは倒れていた。
その体は正に満身創痍、放っておけばスキルに戦闘続行があろうと後一時間もたたずに消滅するだろう。
「あはっ、もう逃げられないね‼」
「ああ、そうだな……。」
上体を起こし壁にもたれかかる。声のした方を向くと、黒のアサシン、ジャック・ザ・リッパーがニコニコと笑顔で歩み寄って来た。
「楽しかったね!ね、あなたもそう思わない?」
「いや、コッチはお前に殺されそうになってるんだが……。」
「もう、お前じゃなくてジャックって呼んでって言ったでしょ?それに、」
じゅるり、小さな赤い舌で唇についた血を舐める。
「殺されそう、じゃなくて殺すんだよ?」
「(ああ、今の動作エロいな……。)」
朦朧としているのか、全く関係の無い事を考えるクウェンサー。
「もっと遊びたいけど、そろそろ魔力も補給しないと。」
そう言って近付いてくるジャック、だが、
「なあ、粘土で遊んだ事あるか?」
「へ?」
クウェンサーが突然問いかける、一見意味の無い質問に戸惑うが。
「うん、この前おかあさんが買ってくれたよ!」
「お母さん……?まあいいか、粘土ってのは形を加工するのに適しているんだ。物の隙間に詰めたりも出来るしね。」
「うん……。」
何を言っているんだこいつは、
警戒を最大限にする。何を企んでいるかはわからないが動きを見せた瞬間に首を落とすと決意する。
「さっきから投げてた爆弾あるだろ、あれはハンドアックスって言って、粘土と同じ様に加工出来るんだ。つまり……。」
「ッ‼」
察しがついた、
グジュ!
足下、踏み込んだ場所にあったレンガが潰れた。
脚を取られ、思わずたたらを踏む。
クウェンサーの手には、既に起爆用の無線機が握られていた。
「レンガに偽装しておく事も出来る!」
「あっ…。」
スイッチを押し込む。無線機から電波が発せられ、ハンドアックスに差し込まれた信管がその電波を受信、起爆する。
シギショアラの街に、三度爆発音が響いた。
爆発はジャックの足下で起きた。
「やったか……。」
普通であれば、今ので撃破できたかもしれないだろう。だが、現実は非情であった。
「あはっ、あはははははははッ‼」
粉塵の奥に、ゆらりと人影が立ち上がる。
「おい、冗談だろ……。」
呻く様に呟くクウェンサー。立ち上がったジャックは全身に傷を負っていたが、何よりも目立つ所が一つ、
右脚が存在していなかった。
その断面は爆発でもぎ取られたのでは無く、鋭利な刃でスッパリと切断されたようになっている。
恐らく起爆の瞬間、右脚で爆弾を強く踏むことで爆発を抑え込み、それを切断しながら残った左脚で後ろに全力で跳ぶ事で即死を免れたのだろう。
だが、そんな躊躇無く自分の足を斬り捨てる事など出来るのだろうか。
「びっくりした、死んじゃうかと思ったよ。」
「ほら見て、足無くなっちゃった!」
「だから、あなたの右脚をちょうだい!」
ジャックが嗤いながら、クウェンサーにナイフを投げつける。だが、クウェンサーはもう避ける事すら出来ない。
覚悟を決め、目を閉じる。
「随分と男前になってんじゃねーか。」
ふと、幾度も聞いてきた声がした。
ギィン!
投げつけられたナイフがヘイヴィアの軍用ナイフによって弾かれる。
「遅いんだよ……!」
「悪い、向こうで手間取ってた。」
ジャックに銃口を向ける。
「これで二対一だ。どうする、まだ続けるか?」
少しの逡巡、だが、
「うん、おかあさんにも帰ってきなさいっていわれたから、帰るね。」
あっさりと撤退を認めるジャック、霊体化しようとするが、ふと振り返る。
「そういえば、あなたのお名前、なんて言うの?」
「俺か?」
「うん、あなた!」
クウェンサーを指差す。
「クウェンサー・バーボタージュだ。」
「くえんさー、よし、覚えた!また遊ぼうね!」
そう言い残し、去って行く。
暫く警戒を続けるが、本当に撤退して行ったと判断し、力を抜く。
「やっと終わったか、にしてもテメェ、何か懐かれてねぇか?」
問いかけるヘイヴィア、だがクウェンサーからの反応が無い。
「おい、どうした?」
「やばい、死ぬ……。」
「あ、忘れてたぜ。」
そう、現在クウェンサーは瀕死の状態、魔力を補給しなくては死にかねないのである。
「おい、無事か⁉」
そこへ遅れてセイバーと獅子劫が駆けつける。
「獅子劫、何か魔力を補給出来るようなモノは無いか⁉」
「いや、あるにはあるが……。」
「出してくれ、このままだとクウェンサーが死ぬ。こいつが死ぬのは別に構わねぇが俺まで消えちまう。」
「わかった、これだ。」
そう言って懐から二つ、握り拳ほどのサイズのモノを取り出す。それは……。
「なあ、それ、心臓に見えるんだが……。」
「ああ、戦闘時に爆弾として使っているヤツだ。魔力は込めてある。」
「それでいい!」
「いや、よく無いよ‼」
「ちなみに死体から獲ってきたモノだ。」
「その情報は完全に聞きたく無かった‼」
「もういい!セイバー、ソイツ羽交い締めにしてくれ。」
「おう!」
セイバーが後ろから羽交い締めにする。抵抗しようとするが、筋力B+に押さえつけられる。
「ちょっと待て、他に方法は無いのか!」
「無い、諦めて受け入れろ。」
「そんな、獅子劫、助けてくれ!」
獅子劫に助けを求める。だが、獅子劫は煙草を吸いながら、聞こえないふりをしていた。
「なあヘイヴィア、俺たち友達だよな……。」
ゆっくりと口に近付いてくる心臓、クウェンサーはそれを受け入れるしか無い。
「それとこれとは話が別だ。」
「アッー‼」
シギショアラに絶叫が響いた……。
ねじ込まれました。(口に)