Fate×Dark Souls   作:ばばばばば

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6話

 

 

 

 寝起きの凛に撲殺され、すぐさま衛宮邸の篝火から復活したバーサーカーを待っていたのは説教だった。

 

 乙女の寝室に上がり込む罪深さを叩き込まれた(比喩ではない)バーサーカーは二度とこのような勝手なことをしないと誓い、解放された後の彼は命令通りに玄関口の屋根に上がり、見張りとして大人しくしている。

 

 

 そうしてしばらく監視を続けていればこの屋敷に近づく人影を発見した。

 

 

(マスター、この屋敷に近づくものがいる。見た目は若い女、マスターと同じ学院の服を着ている)

 

(あー……、通して構わないわ)

 

(監視は必要か)

 

(必要ない)

 

 凛に通して構わないと言われてはバーサーカーは何もできない、なので衛宮邸に近づく少女を観察する。

 

 おとなしそうな少女だ。しかし、どこか儚げな雰囲気もある。その見た目からは敵ではないと誰もが考えるだろう。

 

 だがバーサーカーは警戒を解かない、仲間のような敵もいるし、敵のような仲間のような敵もいると、本気でそう考えていた。

 

 

 

 衛宮邸の玄関へと足を踏み入れる少女を待ち構えていたように凛が出迎える。

 

 

 

「おはよう間桐さん、こんなところで顔を合わせるなんて意外だった?」

 

「――――遠坂、先輩」

 

 明らかに少女と凛の間にはただならぬ雰囲気があった。

 

 鉄火場めいた空気を感じたバーサーカーは再度凛に確認を取る。

 

(マスター、ただの知り合いに見えないが相手は敵か?)

 

(……違うわ、敵どころか赤の他人よ、いいから監視に戻って)

 

(分かった) 

 

 マスターの命令に忠実に動くバーサーカーはそれ以上の追及は行わなかった。しかし、屋根の上に立っているので目と鼻の先にある玄関の言い争いがどうしても聞こえてしまう。

 

「先輩、これはどういう……、なんで遠坂先輩が……」

 

「私、昨日からここに下宿することになったの、家主の許可でね、この意味わかるでしょ?」

 

「……ッ」

 

「だから、今まで士郎の世話をしてたみたいだけど、しばらく必要ないわ、来られても迷惑だし貴方のためでもあるの、だから……」

 

「……分かりません」

 

「――はい?」

 

「私は遠坂先輩の言うことが分からないと言いました!」

 

「ちょっと! 桜!」

 

「台所をお借りしますね、先輩」

 

「あっ、あぁ……」

 

 凛は彼女をいつ聖杯戦争に巻き込まれてもおかしくない衛宮邸から遠ざけたい、少女は自分の場所を奪われるような感覚からそれを頑なに拒否、間に挟まれた士郎は体験したことのない女の闘いに口をはさむことができない

 

 このやり取りは事情を知る者が見れば凛の妹への思いやり、少女の姉への妬心と怯え、士郎との三角関係など多くのものが見えてくるだろう。

 

 そしてこの場で唯一冷静に三人のやり取りを俯瞰的に見ていたバーサーカーは考える。

 

(他人と言いつつ名前まで記憶しているとはさすがマスター、記憶力がいい、記憶力次第で同時に扱える魔法の数は変わる。やはりマスターは優秀な魔術師ということだな)

 

 

 だがバーサーカーにはこの程度の事しか考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 そのやり取りからしばらく経ちバーサーカーは監視を続ける。

 

 

 

 

 

 するとさらに新しい人物が近づいてきた。

 

(凛、また人が来た。若い女だがさっきの少女よりは年上、町でよく見る二つの車輪がついた乗り物に乗ってきている)

 

(バーサーカー、いちいち報告しないでも普通の人間なら通して問題ないわ、それに士郎の家って一見無防備だけど悪意に反応する結界が上手く張られているのよね、だから結界の外にいるような普通じゃない奴だけ報告してくれない?)

 

(その普通が私には分からないのだが……、それに見た目はどうにもでも欺ける。全てを疑わなければ足元がすくわれるかも知れないぞマスター)

 

(……融通が利かないわね、慎重も過ぎるとただの間抜け『石橋を叩いて壊す』って皮肉がこっちにはあるの)

 

(奇遇だな、多分こちらも同じような意味の『目の前の壁は全て叩け』という言葉がある)

 

(それ、絶対違う意味よ)

 

(なに? なら『つり橋を壊せば梯子になる』の方か?)

 

(もうこの話題は話さなくていいわよバーサーカー)

 

 

 凛は家に近づく郵便バイク、折り込みチラシの配達、セールスマンなどが来るたびに報告を上げるバーサーカーに頭を悩ませることになると確信に近い予想があった。

 

(私たちがいる時はサーヴァントとか明らかな凶器を持った奴以外は報告しなくていいの、バーサーカー)

 

(では私は警戒しているだけでいいのか)

 

(そうね、あなたの裁量でしてくれればいいわ、報告しなくていいとは言ったけど、さぼらないでね)

 

(マスターの命令ならどんなものだろうと全力を尽くそう)

 

(そんなところは騎士らしいのね)

 

 

 

 こうして衛宮士郎、遠坂凛、間桐桜、藤村大河の4人の賑やかな食卓を横目にしながらバーサーカーは弓を片手に命令通り見張りと巡回を続けた。

 

 

 余談ではあるが、バーサーカーに警戒をさせた結果、衛宮邸に近づく鳥や獣、挙句の果てに虫や飛来した草花の種なども偏執的に殺しまわっていると後で知り凛は閉口することになる。

 

 

 

 

 

 食事を終えた凛たちは当然学校へと向かうことになるのだがここで誰が彼らを警護するかという話になる。

 

 戦闘力的にはセイバーではあるが、彼女は霊体化が行えない

 

 必然的にバーサーカーが護衛を行うことになった。

 

 

 自分の存在を薄めるため、装備を整え、魔術の準備をするバーサーカー、そこにセイバーが声をかけてくる。

 

 

「バーサーカー、少し話があります」

 

「あぁ……」

 

 バーサーカーは目の前の女騎士に目を向ける。

 

 思い出すのは戦闘時の甲冑、彼女も自分と同じ騎士だというが磨き抜かれた白銀の鎧にその内側に着込んだ上質な作りの青い衣、細かいところまで凝った装備は同じ騎士でもかなり上の身分だと分かる。

 

 比べてバーサーカーはボロの剣にボロの鎧、身分すら本当に騎士であるかすら覚えていない、何も知らぬ人にいわせるなら戦場で打ち破れた悪霊の類だと言われてもおかしくない

 

 目の前にいる明らかな貴人に対して、さてどう返事をしたらいいものなのかと珍しくバーサーカーという名の奇人は考え込むがそれは持ち前の図々しさで相手と同じような態度でいいだろうと数瞬で思考を打ち切った。

 

「私に何か用だろうかセイバー」

 

「私の代わりにシロウをお願いしたいと思いまして」

 

「自分に出来ることは尽くそう」

 

 バーサーカーは話をしながら準備を続けるがセイバーは依然としてこちらを探るような目で見ている。

 

 このようなところだけ鋭いバーサーカーは、セイバーの姿から自分が信用されていないのだと気付く

 

「バーサーカー、あなたはいったい何者ですか」

 

「知らんな」

 

 このあしらうような態度にセイバーはその目を細めた。

 

 本当に自分が何者かなど忘れているから彼はそう答えただけなのだが

 

「あなたのその姿、騎士…… なのですか?」

 

 バーサーカーがセイバーを観察していたように、セイバーもバーサーカーについてその姿から考えを巡らせていたようだ。その煤けた甲冑を見てセイバーの知る騎士と照らし合わせている。

 

「……セイバー、私についてなにか聞きたいのならマスターに聞いてほしい、マスターが許可したことなら何であれ貴公に話そう、だがそうでなければ私は何も話すことはない」

 

「なら、凛はあなたのことを異世界から来た不死身の騎士だと言ってましたがあれはどこまで本気ですか?」

 

「同じことの繰り返しになるが真偽を聞きたいならマスターに聞いてほしい、彼女が許可したこと以外私は喋らない」

 

「マスターのいいなりですか?」

 

「騎士とは主の命あるまでは木偶で良い、そういうものだ」

 

「忠誠と盲信は違いますバーサーカー、良き従者とは時に主をいさめることができる者だ」

 

「そうかもしれない、だが俺はこの世界の主に呼ばれた協力者だ。主が望むなら協力者は応えなければならない」

 

「それが自分の誇りや、何の罪もない他者を傷つける命令であってもですか」

 

「私の誇りなどはどうでもいい、それに私のマスターは善人というには正確ではないが芯がある。仕えがいのある主人だ」

 

 バーサーカーは同盟者としては一見冷ややかな態度ではある。だがセイバーはあまり気にした様子はない、セイバー自身も煽るような言葉でバーサーカーの腹を探ろうとして引け目を感じたこともそうだがバーサーカーの態度を好ましいと思ったからだ。

 

 セイバーはこの堅物のような態度を懐かしいと感じていた。

 

 彼女が騎士たちの王であった時もこのような忠誠を自分に捧げる騎士も珍しくなかったことがセイバーの警戒心を一段階引き下げてしまったのだ。

 

 セイバーはこの融通の利かない頑固さと、何においてもマスターを優先させる忠誠から、この正体不明の存在が騎士であることに不自然さはないと分析する。

 

 

(ここ最近は勝手をしすぎてマスターに殺されてしまったからな、不用意なことを言うのはやめよう、私としては命令にはしっかりと従っているつもりなのだが……)

 

 高い忠誠心を持ち主人の命令のみを信じる騎士のように見えるのは、バーサーカーがこちらに召喚されてから何をするにも凛に折檻されるからそうしているだけでただの勘違いである。

 

 実際に自分は命令通りにやっているとバーサーカーが凛に言おうものなら彼女は高い確率で憤死するだろう。

 

 不死人というものはどいつもこいつも人にやるなと言われたことを全てやる。

 

 そういう全くもって忌々しい存在だということをバーサーカーを理解し始めた凛を除きまだ誰も知らない

  

 

「……あなたの考え方は少しわかりました。答えにくい質問をしてしまいましたバーサーカー」

 

「別に構わない、こちらこそ礼を失した対応だった」

 

 会話が終わるころにはバーサーカーの準備も終わっていた。

 

「それではシロウを頼みます」

 

「マスターの命令でもある。全力を尽くそう」

 

 幸運なことにセイバーから最低限の信用を得たバーサーカー、もしここで下手に疑われでもしていたら彼女が護衛を許すことはなかっただろう

 

 

 

 こうしてバーサーカーは凛たちと学校へ行くこととなる。

 

 

 

 士郎を中心として凛それに桜を加えて三人を後ろから追う騎士は、学校へ近づくにつれ人が増え護衛対象である彼らに注目が集まっていることに気付き、凛に報告する。

 

 三人の登校風景は衆目を集めた。

 

 普段誰とも深くかかわらない高嶺の花である遠坂凛が、誰かと一緒に登校している。しかもそれが男であるという事実に周りの目は好奇とやっかみの目を向けてきていたのだ。

 

(マスター、先ほどからこちらをうかがう視線が五つ、うち二つには良くないものも感じる)

 

 だがそんなことはバーサーカーには分かるはずがなかった。

 

(全員一般人よバーサーカー、手は出さないで、でもなんで注目されてるのかしら、何か私おかしなところでもある?)

 

(嫌なら誘い頭蓋でも撒いてみるか)

 

(……あなたは頭蓋骨が置かれた中心にいる私が本当に目立たないと思うの?)

 

 結局その理由を士郎と桜に解説されるまで二人がその理由に気付くことはなかった。

 

「遠坂先輩はいつも通り綺麗ですよ、だって先輩、いつも一人で登校しているじゃないですか」

 

 凛も自分の容姿が優れていることは自覚していても、そこから引き起こされる人間模様には鈍い女だった。

 

「えっ? なにその程度のことでこんな扱い受ける訳? 十年も通えば学校なんてマスターした気でいたけど謎は残っているわけね」

 

 肝心なところで人の気持ちがわからない点がこの主従の共通点である。

 

 

(マスターが男に人気だと!? ……いや考え方によってはあり得るのか?)

 

 バーサーカーは武装した男達に囲まれながらもそれを真っ向から粉砕し、魔王のように堂々と高笑いをする凛とそれにひれ伏す男達を想像した。

 

(なんか失礼ねその言い方、何を考えてたの?)

 

(すまない、だがマスターの周りに男の影などないから、そのように見えなかったのだ。よく考えれば確かに貴公は可憐だ別に男に思慕されても何らおかしくなかったな)

 

 バーサーカーはスラスラと嘘をついた。

 

(そういう風にふるまってるの。学校じゃ私結構モテるのよ、それはさておき良く口が回るわね、あんた他にも私に対して失礼なことを考えてない?)

 

 バーサーカーの嘘はすぐにばれた。

 

(むしろ私はマスターの横にいる少年の方が大した色男ぶりだと思うがな)

 

(士郎が?)

 

 男は卑怯にも同盟者を売った。そこには先ほど交わした士郎を守って欲しいというセイバーとの約束などはかけらも思い浮かんでいない

 

(そこにいる少女は毎朝彼の家に通っているのだろ、しかも別の女も家に上げている。相当なやり手ではないのか?)

 

 事実を切り抜くと確かに相当なモテ男である衛宮士郎

 

 彼の性格上、二股などするはずもないが桜の身を案じてか凛は少し棘のある目線を士郎に向ける。

 

 理不尽に睨まれる士郎は困惑することしかできなかった。

 

 

 

 

 そうして学校へと向かい、一行は校門に着く、あまり人の多い所では隠れきれないバーサーカーは人が少なくなるまで遠目で様子を伺った。

 

 

 そしてバーサーカーはまっすぐこちらに近づく人影に気付く

 

(マスター、学院のほうから男が一人そちらに向かってる。気を付けろ)

 

 その言葉で凛は顔を向ける。 

 

「桜!!」

 

 びくりと肩を震わせる桜に制服姿の少年は大股に一直線で歩いてきた。

 

「どうして道場に来ないんだ! 僕に断りもなく休むなんて何様なわけ!?」

 

 彼はそのまま手をあげる。それを

 

「よう慎二、朝練ご苦労様だな」

 

 士郎が間に割って手を掴んだ。

 

「……そうか、また衛宮の家にいたのか桜」

 

 少年、間桐桜の兄である間桐慎二は士郎を見るとすぐさま嫌味を言う

 

「こんな勝手にケガした奴に構うことなんて無いんだよ、そもそもさぁ、衛宮はそこまでうちの弓道部を邪魔して楽しいの? 無理やり朝練をサボらせないでくれないか」

 

「―――む」

 

 痛い所を突かれたのか士郎は口をつぐんでしまう

 

「そ、それは私の意思で先輩の家に行っているんです。無理やりなんて… 言い過ぎです」

 

「なに? 僕に逆らうってのかい、桜、そもそも衛宮が親なしだからってなんだ。別に一人で良いってんだから一人にさせとけばいいんだよ、衛宮はそっちの方が居心地がいいんだからさ」

 

「やだ……、兄さん、今のはひどいよ……」

 

「……ふん、とにかく衛宮の家に行くのはやめるんだ桜」

 

 そう言って桜の腕をつかんで連れて行こうとする慎二の前に影が差す。

 

「おはよう間桐君、ずいぶん面白そうな話をしてるじゃない」

 

「え、遠…坂…? なんでお前が桜といるんだよ」

 

「そんなにおかしいかしら、桜さんは衛宮君と知り合い、衛宮君は私と知り合い、三人が一緒に登校しているのは別に変じゃないわ」

 

「なっ……、衛宮と知り合い……!?」

 

「えぇ、私たち結構仲いいのよ」

 

「衛宮とだって……!?」

 

 明らかな敵意をもって士郎を睨みつける慎二

 

「はっ……、冗談がきついな遠坂は、君が衛宮と付き合うわけないじゃないか、あぁそうか勘違いしてるのか、確かに前まで僕と衛宮は友達だけど今は違うんだぜ、知り合うメリットなんてあまり無いよ」

 

「それはよかった。安心したわ、私あなたなんかにこれっぽちも興味なんてなかったから」

 

 固まる慎二、それを見て先ほどの心情とは一転して慎二に同情した目を向ける士郎

 

「―――くっ! 分かった今朝の件は許してやる。けど桜、次はないからな」

 

 最後に士郎と桜をにらみつけて慎二はその場から消えた。 

 

 向かう敵を口によってねじ伏せる凛はまさに先ほどバーサーカーが想像していた凛のイメージと一致した。

 

(確かにマスターは大人気だな、きっとこのようなことが今まで何度も繰り返されてきたのだろう)

 

(その一言であなたが私をどう思っているかが分かったわ、バーサーカー)

 

 

 その魔王のような笑顔にバーサーカーはやはり自分の考えが正しいと確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして凛と士郎が登校してしまえばバーサーカーは学校の敷地内で待つしかないのだが、教室までついていくことは難しいため、人気のない屋上で昼休みを待った。

 

 手持無沙汰なバーサーカーは意味もなくその授業風景を覗きながら時間を潰す。

 

 こんなに多人数の同輩者が集まり同じことを学ぶ場所がここだけでなく、この国中にあるという話を凛から告げられた彼はいまだにその事実を信じられていない

 

(なぜあの店主は頑なに商品の値段を教えない…… なぜ本を書いた奴の考えが分かるんだ?)

 

 目の前で行われている授業風景は物珍しく、耳を側立て眺めるだけで時間が過ぎていった。

 

 そうしていれば時間は彼にとってすぐに経ち、凛と士郎が屋上に登ってくる。

 

 待ち合わせた二人は情報共有を兼ね、聖杯戦争の今後について話し合う

 

 学校に張られた結界の存在に驚く士郎とその犯人像を考察する凛、その話の流れでこの冬木の地には遠坂家とは別の魔術師の家系がもう一つあり、その者が学校にいるという事実が話された時、バーサーカーにとってもそれが初耳だったので思わず二人の会話に口を挟む。

 

「普通に考えればその家の者がこの結界の犯人ではないのか?」

 

「もちろん最初に疑ったわ、でもそいつからマスターの気配は感じなかった、よっぽどうまく隠しているなら別だけど、まずないわ」

 

「しかしマスター、よっぽどうまく隠している可能性は全くないのか?」

 

「その家は先代でもう枯渇しているの、何があろうともうその子供に魔術回路はつかないわ」

 

「そういうものなのか、ではそいつはどのような奴だマスター?」

 

「この辺の古い名家って言ったら士郎は分かるんじゃない、バーサーカーも知ってる奴よ、今日も校門でみたアイツ」

 

「おい、まさかそれって慎二のことか」

 

 突然の事実に驚愕する士郎、だが別に知り合いでもないバーサーカーはさらに問う

 

 

「ならその妹であるあの少女もマスターである可能性がないのか?」

 

 

 バーサーカーの一言に思考を打ち切られ目を張る士郎に対し、無表情を装った凛は逆に違和感を感じるほど平坦な声で説明した。

 

「魔術師っていうのは代々その成果を一人に集約し受け継いでいくものよ、魔術刻印が受け継がれるのはその家の長子、それ以外は精々が保険よ、普通は魔術に触れさせることも無いまま生きて行くわ」

 

 そのことに安心した様子を見せる士郎だがこの世界の魔術をあまり知らないバーサーカー、彼は物さえあれば簡単な魔法なら大抵の者が使える世界からきたので魔術刻印だの回路というものがあまり実感できなかった。

 

「知識自体が伝わっているなら、あの少年や少女が魔術を使えないと考えるのは早計ではないだろうか、魔術が少しでも使えればマスターになれることはそこの彼が……、そういえばなんと貴公を呼んだらいい?」

 

「えっ、いやどうとでも呼んでくれればいいぞ」

 

「では士郎と……、魔術を少しでも扱えれば士郎のようにマスターになれるのではないのか」

 

 凛はしばし考え込む

 

 確かにバーサーカーの言うことは正しい、知識自体あるなら魔術回路のない者に魔術の真似事位させられる。ましてやあの家の間桐のご老公が力を貸せばどうだろうか

 

 そう考えれば慎二については軽く見すぎていたし、桜については自分でも心の中の死角だったことは否定できないと彼女は考える。

 

 だがその答えを凛は意図的に飲み込んだ

 

「……可能性はなくはないわ、それでも慎二ごときじゃどうにでもなるし、桜は……、桜は違うわ、あの子は間桐家の魔術師としてあの家に居る訳じゃないから」

 

 凛の桜に対する物言いに引っかかった表情をする士郎であったがバーサーカーは敵の可能性がある慎二を軽視する凛の態度の方が気になった。 

 

「リン、聞いてくれ」

 

「……何よ」

 

「君はもう少し小人の妬心というものを知るべきだ。敵を侮るべきではない、たとえそれが自分にとって矮小な虫の類であっても」

 

 いつになく真剣に話すバーサーカーに凛は気圧される。

 

「実際、蛆のような小虫に体を貪られたことがあるがあれは本当に辛い」

 

「そんな経験が一度でもあるのはアンタぐらいよ」

 

「一度じゃない、卵を頭に産み付けられたこともある……ような気がする。いやなかったか」

 

「一度も二度も常人にはないわ」

 

 だがその真剣さが続かないのがバーサーカーである。

 

 結果として今後はこの学校にいる結界を張ったマスターに注意すると同時に慎二にも気をかけるということに同意した。

 

 

 

 

 

 凛たちの学校が終わり、同じクラスでもない士郎と凛はそれぞれ学校から帰ろうとする。

 

 当然のように二人別々に帰ろうとする凛と士郎にバーサーカーはどちらについていくべきか困惑した。

 

「魔術はその存在を秘匿しなければいけない、そもそも昼間に戦わないのがこの聖杯戦争の暗黙のルールなのよ、真昼間にサーヴァントを連れてきてたらすぐにマスターだってバレるでしょうね」

 

 そのことが事実なら自分の護衛の意味がなくなるのではないかと考えるバーサーカーだった。 

 

「まぁ、私はここの土地のオーナー、どう考えてもこの聖杯戦争の参加者の第一候補だし隠す意味もないのよね」

 

「そうか、それで私はどちらについていけばいい?」

 

「どっちでもいいわよ」

 

「ならセイバーには悪いがマスターについていこう」

 

「へぇ、私を優先してくれるのね、でもなんでセイバーがそこで出てくるの?」

 

「士郎を頼むと言われた」

 

「なるほどね、だったら士郎について行きなさい、私がこれから行くところは人が多いからアンタは隠れにくいしね」

 

 凛がどこに行くのかバーサーカーが問うと、今日の夕ご飯は彼女が腕によりをかけて作るらしい

 

「今日の食事当番は私よ、士郎にぎゃふんと言わしてやるんだから」

 

 

 凛が何と戦っているのかは分からなかったが命令通りバーサーカーは士郎の護衛に向かうのだった。

 

 

 

 一人道を歩く士郎とそれを追うバーサーカー

 

 見えないとはいえ人に後ろからつけられるという体験は士郎の精神を削った。

 

「……なぁ、バーサーカー、そこにいるのか」

 

「いるぞ」

 

「うわっ」 

 

 いきなり横から話しかけられた士郎は思わず声を出してしまう。

 

「どうせ周りに人がいないんだから姿を見せてもいいんじゃないか? というか俺の心臓に悪い」

 

 そうか、と呟いたバーサーカーはいつぞやのシャツ姿を見せて士郎の二歩ほど斜め後ろについて歩いた。

 

「……警護のためだとは思うけど、それだと不自然じゃないか?」

 

 何より自分が落ち着かない、そう考える士郎はバーサーカーに隣にくるように促す。

 

「……」

 

「……」

 

 そして再び歩き出すわけであるが当然のようにこの二人の間に会話はない、当たり前である。

 

 バーサーカーも士郎も口の多い方ではない

 

 バーサーカーは護衛として特に必要なければ話す必要を感じない

 

 士郎としても他人のサーヴァントという存在をどう扱えばいいか考えあぐねていた。身の上話を振ろうにも真名につながる詮索はご法度だと聞けば躊躇われる。士郎はわざわざ気を利かせて姿を消していたバーサーカーを隣に連れてきたことを若干後悔していた。

 

「……なぁ、護衛なら遠坂の方についていかなくて良かったのか?」

 

 結果、ここは二人の共通の知人である凛の話題となるのは当然の流れである。

 

「マスターは夕餉の食材を買いに行った。士郎にギャフンという言葉を言わせたいらしい」

 

「何と戦っているんだ遠坂は……」

 

 こうして凛のおかげで二人の会話は軌道に乗り始める。

 

「しかし料理か……、この世界の料理というのはどれも珍しいな、士郎が朝に作ったものを見たがどれも見たことがない」

 

「そっか、バーサーカーは西の方の人っぽいもんな、東の端のこっちとは食文化も違うだろ」

 

「あぁ、特に何か茶色いソースをかけていたあの糸を引いた豆、あれの味は想像できんな」

 

「納豆か、やっぱり外の人には変に見えるか、腐った豆といわれればそうなんだけど」

 

「やはりあれは腐っていたのか……」

 

「腐ってない発酵だ。あれはあれで美味しいけど醤油をかけて食べるんだ」

 

「ショウユは何でできてるんだ?」

 

「醤油は豆を発酵させて絞った汁だよ」

 

「……つまり腐った豆の汁を腐った豆にかけて食べるのか?」

 

「まて、それは曲解だ。日本料理はそれだけじゃない」

 

「じゃあ、あの白くて四角いのは何でできてるんだ」

 

「豆腐は豆をすり潰して絞った汁を固めた料理だな」

 

「……この国は豆に何か強烈な憎しみでも持っているのか?」

 

「違う! バーサーカーは日本食を誤解しないでほしい」

 

「じゃああのスープは?」

 

「味噌汁か? あれは味噌とダシを使ったスープだ」

 

「ミソとは」

 

「……味噌は豆を砕いて発酵したものだ」

 

「……そうか」

 

「待て!!」

 

『日本食=豆に憎しみを持った民族によってつくられた料理』という考えがバーサーカーにインプットされた。

 

「だったらそっちはどんな料理があったんだよ」

 

 バーサーカーは故郷の料理などは忘れているし、さらに言えば故郷自体覚えていない、必然的に旅の中での食事を思い出そうとしたが不死人なのでまともに料理と言えるような物は何も食べていないことに気付く。

 

「……野菜的なものとかだ」

 

「野菜? どんなのだ」

 

「こう……草とか、苔とか……、あとは薬だ」

 

「……それは、料理なのか?」

 

 

 

 彼らの異文化交流はつつがなく進んだ。

 

 

 

 こうして無事に士郎を護衛したバーサーカー

 

 しばらくすると買い物袋を担いだ凛と桜が戻ってきた。

 

 凛の作る中華料理の腕前はなかなかで衛宮邸の住人を喜ばせた。

 

 しかしそこにセイバーの姿はない、サーヴァントである彼女は飲食を必要としないうえに、一般人にその姿をさらすのはデメリットしかないので当然ではある。

 

 だが士郎は大勢で食事をとっている中で一人のけものにするのが気に食わないといった様子で彼女の手を取ると皆の前に連れてくる。

 

「この子はセイバー、しばらく家で面倒をみることになった」

 

 この爆弾発言で凛以外の女性陣が猛反発をするという一幕もあったが士郎が何とか抑え込んだ。

 

 まさに士郎少年の男気を表すエピソードであろう

 

 

 

(私もこの世界の料理に興味があるのだが……)

 

(他所は他所、家は家よ)

 

(あのシューマイなる料理、どのような味だったのだろうか)

 

(あんたって結構食い意地張ってたのね)

 

(私の世界で料理とは草と苔と薬だけだと気づいたんだ)

 

(……胃に優しそうね)

 

 

 そのような仲睦まじいやり取りを背に、バーサーカーは敵の探索のため、一人で夜の街へ繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

(それで? あんたのそのメッセージ? それを使って今日はどこを探すつもりなのよバーサーカー)

 

(メッセージを使わなくとも今日行きたい場所は決まってる)

 

(もう目星がついてるの?)

 

(いや、そうではないがどうしても確認したい場所がある)

 

(どこよ)

 

 

 

 

 

(間桐の屋敷だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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