騎士は敗者であった。
その騎士を見ればひどく小汚い。
騎士の身には上質であったであろう鎧はすでに金属特有の輝きはとうに失せ灰色にくすみ、あるいは群青色であったであろうサーコートは摩耗してくたびれている。
姿をみた誰もが思うであろう。
あれはすでに燃え尽きてしまっている。
微動だにせず篝火の灰を被る騎士はもう何もなすことはない。
彼はもう動けない、彼に関わる存在もなかった。
彼も考えてはいたのだ。
繰り返す世界の中で、自分よりも多くの数で襲いかかる兵に勝つ方法
自分が動くより素早く動ける獣に勝つ方法
自分の膂力を優に超える化物に勝つ方法
自分より巨大な、自分より技量の高い、自分より、自分より、自分より……
そして今、心折れようとしていた。
今、長い長い時の中で思考さえも放棄しようとしていた。自分には無理だ、もう疲れた。いい加減休んでもいいだろうと
しかし、その諦めの直前で騎士は気づく。
別次元に存在する者たちの標である光を放つ刻まれた紋様。
敵対の赤、協力の白、太陽の黄、そのどれにも当てはまらない輝きを放つ奇妙なサインが浮かんでいるのだ。
その不思議な光景を見て久方ぶりに思考が戻る鎧の騎士、サインは全てが歪んだこの世界で、ひたすらまっすぐで力強い光を発している。
彼はその光に眩しさからか手をかざした。
その瞬間
──別世界に召喚されています──
──別世界に召喚されています──
──あなたは英霊、バーサーカーとして、別世界に召喚されます──
──主人 Rin の世界に召喚されました──
遠坂凛はたった一つの欠点を除けば優秀な魔術師である。
若くして冬木の土地の管理者として遠坂の六代目継承者を務めながらも、知識、体力、美貌を兼ね備えた人物である。
凡人なら増長しておかしくない才能であるが、彼女はそれに驕らず備えを怠らない周到さも持ち得ていた。
そのような正に完璧と言った人物が遠坂凛という少女である。
その稀有な才能は、彼女の宿願でもある聖杯戦争でも発揮された。
入念な下準備、魔術工房の改造、宝石魔術の用意
そして、戦いの趨勢を決めると言っていい、サーヴァント召喚の段取りも如才なく、完璧に行われた。
万全な体調、理想的な月の満ち欠け、霊地よりかき集めた十分な魔力、綻びなく描かれた召喚陣
英霊を召喚する上で重要となる縁にちなんだ触媒こそ用意できなかったが、それは落ち度ではなく、彼女があえて選ばなかったからである。
召喚した英霊が自分の性格上の相性がいいかは運しだい、触媒を用いない召喚は、召喚者と最も相性がいいサーヴァントが選ばれることを考えれば、彼女は触媒には拘らなかった。
使用する触媒は、父から譲り受けた強力な魔力を有している赤宝石。
父から受け継がれたこの力で召喚に挑む。
才能あふれる彼女はそれを使うことで最優のサーヴァントであるセイバーを呼ぶ自信が彼女にはあった。
そうして訪れる、召喚実行の日
彼女は召喚までの準備をすでに済ませ待機している。
その姿は今後の命運を左右する重要な場でありながら優雅であった。
ここで、急ではあるが、彼女のたった一つの欠点について話そう。
天に二物も三物も与えられた彼女のほんの小さな瑕疵。
それは、ここ一番というところでうっかりをやらかす家系であることである。
具体的に言うなら彼女が余裕をこきながら優雅にティーカップを傾けながら確認している時計、実は遅れている。
あるいは正史ならこのまま彼女の召喚は十分な力を発揮することはできずにイレギュラーを呼んでいたかもしれない
しかし、幸運なことに彼女はカップを片付ける時にそれに気づくことができた。
彼女の見た正確な時間から算出された時間を理解するや、急ぎ召喚陣のもとへ向かう。
そうしてその長い脚を急がせすぎた彼女は雑多にモノが積まれた地下室に置いてあった香皿を踏んでしまう。
盛大に転び取り落とす触媒と散らばる灰、すぐに灰にまみれたペンダントを拾い直し唱えた。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
明らかに空気が変わり、密室であるはずの地下室に風が吹き込むと同時に灰が浮き出す。
「────Anfang」
そして空気の流れが魔法陣の一点に渦巻き、発火する。
「汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」
不測の事態でありながら彼女は召喚の儀式に確かな手ごたえを感じ、うまくやり切った自分を彼女はほめた。
彼女は自身の召喚した英雄は紛れもなく当たりだと確信し、そのまま召喚陣を注視する。
陣の中に炎が立ち上りその中から明らかな人形が次第に形をなしていく……
それはうずくまった姿勢から立ち上がる。
次第に炎の中から表れたシルエットは騎士であった。
ならばクラスは三騎士であろうかと凛はあたりを付ける。
しかし、徐々に視界が晴れ、その細部が見えるうちにその予想が揺らぐ。
ボロボロな鎧と全体的に薄汚れた姿から、その騎士の英霊が華々しい英雄譚を持つような人物ではないと直感したからである。
騎士はひどく驚いているようでこちらを見ると声を発した。
「なんだここは、喋れるぞ……、貴公がこの世界の主か」
内心の動揺を抑えながら凛は毅然とした態度を取った。
「そうよ、私があなたのマスター遠坂凛よ」
「マスター? ……まぁよろしく頼む、私は何をすればいい?」
「やってもらいたいことはあるけど、私は名乗ったわよ、それには返してくれないのかしら」
「いや失礼した。確かに会話ができるなら互いについて紹介すべきだ。……改めて、私は騎士だ。見た目通り私は魔術も奇跡もあまり使わない、筋力と生命力は高めのいわゆる脳筋だな」
「…………」
「…………」
互いに沈黙。
騎士は自己紹介を終えたと思っている様子で、彼女の出方をうかがっており、話す気はないようだ。
「……それだけ?」
「……指輪は生命、寵愛、鉄加護、メバチだ」
「…………」
「…………」
二回目の沈黙
騎士は彼女が何かに苛立ってきていることに気付く、そこで何を伝えるべきかを考えて口を開いた。
「そうだな、主に使うのは直剣だが対人なら特大剣もやぶさかでは……」
「違うでしょうがッ!! 真名とクラスよ!」
彼女の怒りが爆発する。
「なぜそこまで名にこだわる? 名など覚えている方が少ないだろうに……、私たちには珍しいことでも無いだろう」
「めずらしいわよ! そんなホイホイ自分のことがわからなくなるわけないわよ! ましてあんたは英霊、歴史に名を残したからここにいるんでしょうが!」
困惑する騎士と、激高する少女、彼らの理解は平行線をたどる。
「英霊? 私はそのようにだいそれたことをした覚えはないが、通り名のようなものならある。私は火のない灰と呼ばれていた」
ようやくこの騎士の正体が分かるようなキーワードが出てきた。火と灰、に関わるような英霊なら探せばいるかもしれない、彼女はそのように考え、更に条件を絞り込むために質問を重ねる。
「火のない灰? あなた何時どこの英霊よ」
「私がいた場所と時代は色々混じって一概には言えないがおそらく別世界だろう。あとさっきからなんだ、英霊? 私はただの霊体だぞ」
別世界? 英霊でない? この騎士、実はバーサーカーで頭が狂っているのではないかと彼女は本気で考えかける。
「ちょっと待って、頭が痛くなってきたわ、まずはお互いの認識について確認をしましょう」
「あぁ……」
あまりにも会話が噛み合わない、一度互いの認識を確認する時間が必要であると彼女は思った。
それは騎士も同じようで互いの認識について話し合いの時間を設ける。
そうして、互いの身の上話をするほどに、彼女の機嫌と表情が恐ろしくなっていき、最後にはどういった心情か微動だにしない笑顔を見せるに至っている。
「つまりこういうことか、貴公はこの世界の魔術師で全ての願いを叶えるという聖杯をほしいために協力者を呼び、私が来たと」
「つまりこういうことね、あなたは別世界から来た英霊でも何でもない不死身の騎士様で、この世界のことはもちろん聖杯戦争も一切知らないと」
「その通りだ」
「信じられるかぁぁぁぁッ!!」
彼女の怒声は鎧越しで騎士の体を揺らすほどの声だ。
「あんたがバーサーカーの英霊で狂っているって考えたほうがまだ信じられるわ!」
「あぁ、私は確かにバーサーカーだ」
「やっぱり狂っているんじゃない……って、本当にバーサーカーだったの!?」
「私は亡者や紫霊のように狂ってなどはいない」
「狂人はみんなそう言うんだから、不死身ってのも眉唾ものよ!!」
「事実だ。不死人はいくら死んでも蘇るぞ」
「完璧な不死なんてないわ、まともに蘇れるかも怪しいもんよ!」
「たしかに、私は死にはしないが、この世界で死んだら私は元の世界に戻ってしまうしな」
「……待ちなさいよ、それってつまり今回の聖杯戦争でどうその不死身が役に立つの?」
「……まぁ役にはたたないな」
「」
絶句、怒りを超えた彼女の感情の波はここにきて逆に凪となる。
「……宝具は?」
「宝具? 宝物の類などは使い道もないから、あまり持っていないぞ、……いや宝具を入れる
そう言いながら、どこからか輝く金貨を孫に与えるお小遣いのように凜へ見せる。
それを見て、彼女は英霊としてのまともな知識すらないと知り、凜は絶望する。
「宝具っていうのはサーヴァントが生前に築き上げた伝説の象徴、いわば物質化した奇跡のことよ、英霊なら必ず一つは持っているわ、逆に言えばそれを持ってない奴は英霊じゃないわ」
「……伝説の象徴?」
「……まさかないの?」
「……たとえば、急にあなたの人生の象徴はなんですか、といわれたら貴公は答えられるか」
「つまりないの?」
彼女の絶対零度の圧に押され、男は言い訳のように記憶を振り絞った。
「まて、私とて巨人や竜と戦ったことがある。そういったことは伝説と言えなくもないのではないか」
「えッ!? あなたドラゴン殺しや巨人殺しの逸話を持ってるの!?」
「あぁ、それなりの腕は持っている。長く苦しい戦いであったが私は幾つもの敗北の果てで最後には勝利してきた」
「それが本当なら、実力はあるわけね! まぁあなたは一応バーサーカーとして現界してるわけだし、ステータスの向上もあるのだろうけ……どっ!?」
彼女は自身のサーヴァントとのファーストインプレッションが強烈すぎてステータスを確認することを忘れていた。
なのでたった今確認を行ったのだ……。
【ステータス】 筋力E+ 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運E 宝具なし
「あはは、……嘘でしょ?」
「貴公、どうした?」
再度の放心、もはや何も考えられないほどの衝撃
このステータスでドラゴン殺しや巨人殺しをしたとのたまう妄言を彼女の脳は処理しきれていない
「貴公、本当に大丈夫か? 具合がすぐれないなら話し合いは時間をあけよう」
「ねぇ」
「なんだ?」
「あなたの真名ってもしかして、ドン・キホーテだったりしない?」
「わからんが私の世界でそのような響きの名前は聞いたことがない」
「……そう、かなり自信があったのだけど」
「私からも質問があるのだが良いだろうか」
「……何」
「先ほど気づいたのだが、貴公は怒っているように見えるがなにかそうせねばならない理由があるのだろうか?」
「」
「蹲ってどうした?」
騎士は心配からか彼女に手を伸ばそうとする。
その瞬間、彼女が騎士の手を払う
「フンッ!」ブンッ! ドウゥゥゥゥゥゥゥン……
その鋭く、同時に重い受け流しをあえて音で表現するならそうなるであろう。
彼女はがら空きとなる胴に滑り込み同時に腕を引く、その動作は全て円、放たれる
「──────
自然の動きではない、明らかに不自然な加速、魔術により、その拳は破滅的な速度で騎士の胸に突き刺さる。
「覇あぁぁぁぁッ!」
単なる拳であればこの鎧は受け止めてみせただろう。
しかしこの一撃は違う、固い外側でなく、やわい肉の内側をずたずたにかき回す一撃、胸へと伝わり背中に抜けるはずの衝撃は跳ね返り、心臓を多方向から同時に殴りつけた。
哀れ心臓は破裂する。
YOU DIED
騎士は膝から崩れ落ち末期の叫びを上げながら霊核を砕かれて死んだのだ。
YOU DIED ウワァァァァァッァァァァァー
次回 ランサーにヘチマたわしの如く穴だらけにされるダクソ主人公