正義の味方と未知なる科学   作:春ノ風

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第七話 ランクE

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

これから始まる授業は重要性の高い内容のため、真耶と代わって千冬が教壇に立つ。それだけで緊張感が増したのか一限目、二限目の時とは比較にならないほどピリピリしている。

 

横に立つ真耶にも緊張が伝わっているのか、冷や汗をかいている。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

その空気の中、あっけらかんと大切なことどうでもよさげに話す千冬にシロウは内心でオイオイと呆れていた。

 

参考書を読んでいない一夏にとってクラス対抗戦や代表者の意味はもちろん理解出来ていない。なので、小声で隣の席のシロウに尋ねた。

 

「なぁ、シロウ。クラス対抗戦とか代表者とかって一体なんの事だ?」

 

「ああ、それはだな――」

 

シロウが一夏のために説明しようとしたところで千冬が大きく咳払いして無理矢理に止めてしまった。そして代わりに自分で説明を始める。

 

「どこかのバカのために説明してやる。クラスの代表者とはそのままの意味で、対抗戦だけでなく生徒会の開く会議や委員会の出席する者のことだ。一度決まると一年間変更はない。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。わかったか?」

 

「......はい。ご教授ありがとうございます」

 

バカを強調されたのが納得いないのか一夏はいじけながら礼を言う。

 

「なに、クラスにバカがいても平等に教えてやるのが教師の務めだ。気にするな」

 

「......はい」

 

もはやただ頷くことしかしない。何やらダメージは思った以上に深刻らしい。

 

「さて誰か立候補者はいないか?推薦でも構わないぞ?」

 

傷つく一夏をほっといて千冬が促すと次々に手が上がる。

 

「私は織斑君を推薦します」

 

「私はフルーレ君を推薦します」

 

......全部が全部推薦のための挙手だが 。

 

「織斑先生」

 

そしてたくさんの挙手に続いてシロウの手も上がる。自然とシロウが何を言うのかと期待して誰もが口を開かなくなる。

 

「俺も一夏を推薦します」

 

「なんだとっ!?」

 

ブルータスお前もか!?とでも叫ぶ勢いで一夏はシロウに顔を向ける。一夏にとっては裏切りのようにも感じただろう。なんせしたくもないものを押し付けられたのだから。ならば、と一夏も手を挙げてシロウの名前を言おうとする。

 

「じゃあ、俺もシロウを――」

 

――推薦します。そう言おうとしたところで......

 

「少し待て」

 

最後まで言わせてもらえずピシャリと言い止められた。

 

「......はい」

 

威圧的に言われたそれはまるで命令。なんだか一夏の扱いが残念な気もするが、こう言われては一夏はただ縮こまるしかない。

 

「今何名かフルーレを推薦している。それを差し置いて他者を推薦するということはそれなりの理由があるということだな?」

 

千冬は理由があるのかと尋ねてみるが、既に何かしらの理由があるのは承知済み。一年の付き合いだったとは言え、千冬はシロウの人となりを理解しているつもりだ。彼が推薦という他者からの期待に背いてまで一夏を推すのには皆を説得させる十分な根拠があるからだろう。

 

「皆が俺と一夏を持ち上げてくれるのは嬉しいが、代表には一夏が適任だと思う。だって俺はIS適性Eですよ。誰が好き好んでそんな奴を代表者に選びたがりますか?」

 

途端にクラスがざわつき始めた。 それも当然だ。このIS学園に入学するためには最低でもIS適性C以上でなければならない。IS適性Eなどもはや計測不能。そもそもISを動かすことも出来ないレベルなのだ。シロウの事情を知らない者にとってざわざわと騒ぎ出すのは仕方がないことだと言えよう。だが、クラスのざわめきを気にせずそれに、とシロウは続ける。

 

「一夏は織斑先生の弟だ。その将来性にはつい期待してしまうのも仕方ないでしょ?」

 

その言葉に肉親である一夏ですら気づかないほどに頬を染め、フン、と小さく照れを隠す。姉弟とはまた異なる絆。目には見えないが確かに二人の間にはそれがあった。

 

「......で、でもIS適性Eなんて本当にあるんですか?」

 

クラス中の『聞いて』という懇願の目を浴びたからか、おずおずと真耶が千冬に尋ねた。

 

「あぁ、確かに以前フルーレのIS適性を測った時はランクEだった。ランクEとは本来量産型にすら乗れない一般人と同じレベルだがフルーレの専用機は特殊でフルーレにしか使いこなせないし、IS自身フルーレ以外を認めようとしない」

 

「へぇ、そんなことがあるんですね......」

 

感心したように真耶はシロウを見詰める。シロウは例外中の例外。イレギュラーの中のイレギュラー。真耶が驚くのも無理はない。クラスの皆がシロウをまるで変わり種ーー実際変わり種であるのには間違いないのだがーーであるかのように見て、目が合うと急いで目を逸らした。

 

「じゃ、じゃあやっぱり私は織斑君を推薦しようかな......」

 

「私も......」

 

人は数字などの基準値で他者の価値を判断してしま傾向がある。たとえ専用機持ちだろうがランクEはランクE。先ほどまでシロウを支持していた女生徒も例に漏れず、皆が一夏を支持し始めた。

 

「異議あり!!」

 

「却下する」

 

それでも机を叩いて手を挙げる者が約一名。何処ぞの純粋で情熱的な弁護士みたく必死に異を唱え立ち上がるのは我らが織斑一夏である。何も述べていないのに株が上がる。会社ならこの右肩上がりには万歳でもするだろうが一夏にとってはいい迷惑だ。だがその返事も千冬裁判官は予測していたのかコンマ一秒で棄却を下した。

 

「なんでですか!?こんなの横暴だ!!」

 

それでも一夏弁護士は負けじと食い下がる。いくら相手が肉親であろうとおかしい事にはおかしいと、理由を述べられなければ納得は出来ないと主張する。

 

「ならばお前は皆の期待を無碍に出来るのか?」

 

「うぐッ......」

 

ただし、残念ながらそう言われては一夏とて言い返す事が出来ない。基本的に優しい一夏にここまで来てNOとは言えない。日本人らしいと言えばらしい流され方である。

 

「納得いきませんわ!!」

 

そんな中でもやはり一夏以外にも納得のいかない者は現れるのは必然的だったのかもしれない。バンッと一夏の時よりも大きな男を出して机を叩き立ち上がるのは先ほどシロウと言い争った女生徒、セシリア・オルコットである。まさかの援護射撃に一夏は涙を潤ませ、渇望と期待を込めた眼差しでセシリアを見詰める。

 

「クラス代表は実力から言ってこのセシリア・オルコットがなるべきですわ。それが物珍しいからと言って極東の猿にされては困ります!!」

 

ただし、その渇望と期待を込めた眼差しはまさかまさかの侮辱によって鎮火し、呆然と立ち尽くす。

 

「......また君か。私は言ったはずだぞ?今の段階で実力に差はない、と」

 

立つこともせず座りながら後ろを向いて反論するシロウの表情は酷く面倒臭そうだ。ただ、いきなり後ろを振り向かれたシロウの一つ後ろの席の女生徒は突然の事にドキドキしていたが当然のようにシロウは気づかないでいる。

 

「何を言っていますか。私はこの学園で唯一教官を倒したエリート中のエリートですわ。ならば当然実力も私がトップになるのでは?」

 

「それがどうかしたのかね?たった一度教官を倒したからと言って学年トップなどと自慢されたらクラス、いや、学年の恥だ。そもそも、強さとはたった一度の戦いで見極める事は出来んよ。戦いとはコンディションから環境、果てには運すらも作用して結果をもたらすからな。もしかすれば教官を倒したその時が人生で一番運が向いていただけかもしれんぞ? 」

 

そして、クラスでは一人の女生徒を残してシロウとセシリアの口論に巻き込まれてしまった。

 

「くっ......、ランクEの分際で大きく出ましたわね」

 

「IS適性など関係ないさ。それに今重要なのはクラス代表として君と一夏どちらが人望があって、どれだけ期待されているかだよ」

 

「ならば当然そこの猿よりも期待されているのはこのわたくし。なぜなら学年主席のこのわたくしが出れば対抗戦でも一位になれる事は間違いないのですから」

 

「一理あるかもしれない......」などと周りの女生徒が小声でつぶやき始めた。実力が未知数の一夏よりもきちんとした実績を持ったセシリアを選ぶべきかもしれないと小声で囁かれている。どうやら流れが徐々にセシリアに向いて来たようだ。

 

「ではこうしよう。ここは日本。民主主義国家だ。ならばここは民主的に多数決で決めるか?」

 

だというのにこの状況でシロウは小さくニヤリとしてその様な提案を挙げた。

 

「When in Rome, do as the Romans do.(郷に入っては郷に従え)と言うことですわね。望むところですわ!!」

 

周りの囁かれている言葉を聞こえたからか、セシリアは調子を良くして高らかに挑戦を受けた。

 

「......はぁ」

 

そんな中で相変わらずシロウは皮肉屋でお人好しだなと千冬は思い、ため息がでる。民主主義?多数決?そんなものお互い同じ土俵に立っていなければ成立しない。確かに今セシリアに流れが向いているがそれもシロウの策のうちだ。一夏は世界で唯一と騒がれた男性IS操縦者。片や、セシリアは代表候補生とはいえあまりその存在を知られていない。多数決においてこの認知されているかされていないかの差は大きい。それに加え、ここは日本。クラスの過半数を占めるのはやはり日本人。故に――――

 

――織斑一夏 20票

――セシリア・オルコット 8票

 

――――自然と結果の決まった出来レースは成立してしまう。頭に血が上りすぎて、自薦他薦の時に皆が一夏を推薦していた事をすっかり頭の中から消えていたセシリアの迂闊に過ぎなかった。

 

案の定、このような文句も言えない結果となってしまってはセシリアもぐうの音も出ない。ささやかな抵抗と言わんばかりにわなわなと悔しそうに震えている。しかも涙目というおまけ付き。これには犯行に関わっていない一夏ですら罪悪感を覚えてしまう。

 

「......さて、決まったな」

 

無情に告げられる千冬の言い渡しはセシリアのし白い頬をみるみる羞恥の赤に染め上げる。それも当然か。あれだけ啖呵を切ったというのに圧倒的な差をつけられて負けてしまったのだから。

 

「......オルコット。お前にチャンスをやろうか?」

 

全くこの様な茶番劇に付き合わされる身にもなれと、心の中でシロウに愚痴を言いながら淡々とした口調で千冬はに問うた。

 

「......チャンス............ですか?」

 

まさか千冬の口から救済にも似たチャンスを与えられるとは思っていなかったセシリアはその言葉に呆気にとられた。

 

「ああ。確かにクラス代表は成績上のトップがなってしかるべき。お前の言い分も理に叶っている」

 

シロウの作戦は端的に言えば一夏とセシリアをISで戦わせる事だ。自分が辞退すれば代表者は間違いなく一夏になるだろうと当たりをつけていた。だけど、代表者になるのに一夏は他より絶対的に経験値が不足しているし、正直なところ才能も未知数。ならば一度英国の代表候補生であるセシリア・オルコットとぶつけてみよう、と考えたわけだ。勝てば吉、負ければ凶なんてものは無くただ純粋に現在の一夏の実力を見てみたかったのだ。他に目的はあったのだが、一番の目的はそれだった。ただ、シロウが何もせずとも二人は戦うのだが、それはまた別の世界の話である。

 

「......ではこうしよう。幸いにこのクラスには専用機持ちがお前の他にもう一人いる」

 

「............は?」

 

千冬の物言いにシロウ素っ頓狂な言葉を漏らした。シロウは一夏の専用機が用意されているのは知っているし、まだ一夏の手にない事も知っている。そして、シロウは改めて思い出す。自分の幸運値もIS適性と同じくEだったと言う事を......。

 

「自身がトップなのだと言うのならばそいつに打ち勝って、その後織斑と戦わせてやる。そして、二人に勝てば晴れてクラス代表にしてやろう」

 

「「「............」」」

 

三人は絶句した。とりわけ、シロウは驚いた。千冬がシロウの考えに気づいているのは既にわかっていたから口裏を合わせてくれるだろう予想していた。だが、その予想は見事に裏切られた。見ればニヤリと笑みを浮かべている。そしてこのあくま的な笑みの真意を理解した。

 

「なんだ不服か?オルコットはチャンスが出来て、織斑は代表をしなくていいかもしれないんだぞ?」

 

あえてシロウの事は言及せず。一夏は驚き、セシリアは喜び、......シロウは後悔した。三者三様の反応。特にシロウの表情を見た千冬は表情にこそ出しはしなかったがかなりご満悦だった。

 

要するに千冬はシロウの思い通りに踊らされるのが気にいらなかっただけである。さしものシロウも千冬の子供染みた意地っ張りを計算に入れていなかったのが失敗の要因である。

 

「............一つ質問がある」

 

非常に納得はいかない。いかないのだが、もう退くことは出来ないシロウは悔しそうに尋ねた。

 

「なんだ?」

 

問われた千冬は反対に上機嫌だった。ちなみに何で機嫌がいいかはわからない一夏は首を傾げていた。

 

「私が万が一彼女に勝った場合代表はどうなる?」

 

「心配するな。万が一勝っても代表になるのは織斑だ。ただ、お前は巻き込まれただけだ。諦めろ」

 

「――――ぐっ!!」

 

もう少し遠回しに言ってればシロウも巻き返すチャンスはあった。だが、こうも直接的に言われては反論の仕様もない。たった一手で王手を掛けられた気分だった。

 

「余計な心配しなくても大丈夫ですわ。なんせ、貴方がわたくしに勝つ確率など微塵もないのですから」

 

セシリアはセシリアでなんだか回復して調子を取り戻してしまい、もはやシロウとセシリアの対戦は回避不可能の決定事項になってしまっている。そうして、シロウは諦めてこの現状を受け入れることにした。

 

「(はぁ......、どこで選択肢を間違えたのやら)」

 

その疑問の答えはおそらく口を出したその時にすでに決まっているのだろう。だが、その事をシロウは後にも先にも気づくことはないだろう。ため息をつく苦労人のような姿は憐れを通り越して滑稽だった。

 

 

 




オマケ

「俺も教官倒したんだけどな......」

「............」

「あれ?それよりも途中から俺空気じゃなかった?」

「......出番が名前だけで一言も発してないヒロインよりマシだろ?」

「(確かになぁ......)」

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