IS学園の入学式が終わり、皆教室に戻ったのか廊下には女生徒の姿は一つもない。そんな中カツ、カツと音をして歩く女性と全く足音も無く歩く少年の姿があった。
「全く、来るなら来るで事前に連絡しないか」
「......すみません。でもあのバカが急に――――」
『あ、シーたん?さっきIS学園にシーたんを入学させたから』
『は?ちょっと待て!俺は今人探しの最中なんだぞ?あとシーたんって呼ぶな!』
『またまたぁ、照れなくていいんだよぉシーたん。私と君の仲じゃないか』
『断じて照れてない。というかお前俺の依頼はどうした?』
『それならIS学園に行けば会えるよ』
『本当か?』
『天才の束ちゃんが言うんだから間違いなし。じゃあ、頑張ってねぇ。あ、ちーちゃんたちにもよろしく言っといてねぇ~』
『おい!待て!まだ話が――――』
――――ツーツー......。
「――――なんて言ってくるもんで......」
どこかしら諦めたように呟くので千冬は「はは......」と乾いた笑みを浮かべる。昔から束の起こした面倒ごとに巻き込まれていた者として千冬はシロウに同情を禁じ得ない。
「それにしても一年ぶりか......。結局何か見つかったのか?」
千冬は話題を変えるべく、ドイツから別れたこの一年の成果を聞いてみた。
「結論から言うと俺の他に魔術師はいませんでしたね」
「......そうか。......この場合はよかったなと言うべきかな?」
「......ええ。俺はこの世界に魔術師がいなくてよかったなって思ってます」
言葉とは裏腹にその表情はそれ程明るくない。どこかホッとした様な安心感と寂寥とした孤独感が入り混じる胸の中の想いを理解出来る者はもうこの世界にはいないのかもしれない。
+ + +
今日はお日柄も良く、新しいスタートとしては絶好の日和だ。窓の外を見れば春の訪れを感じさせる桜が舞い、一歩大人の階段を上がった俺。うん、なんて言うか......まずい。色々とまずい。何がまずいかって?決まってるじゃないか。この状況がだよ。
右見て
「「「「............」」」」
左見て
「「「「............」」」」
どこ見ても女子ばっかり。誰だよハーレムとかぬかしたバカは。こんな状況があと三年続くんだぞ?信じられるか?もう早くも胃に穴空きそうだ。アレか?神様が遠回しに死ねと言っているのか?
「......くん?」
あぁ、いいさ。俺もお前が嫌いだよバーカ!!
「......むらくん?」
唯一の希望はす左隣の空いている席。ここに男子でも来てくれないだろうか?......そんなことはないだろうけど。
「織斑くん?」
「は、はい!?」
思考に没頭していたら、目の前の巨乳......じゃなくて山田先生が何故か頭を下げていた。眼鏡を通した上目遣いはドキッとしたが、すぐに頭を冷やして、冷静になる。心無しかくすくすと周りからも笑われてる気がする。
「ごめんなさいね。今は自己紹介中で『あ』から始まって次は『お』から始まる織斑くんからなんだけど.....。自己紹介やってくれるかな?ダメかな?」
「いや......、そんなに謝られても」
何故そんなに低姿勢なんだ?とかそんな疑問も思ったがすぐに何処かに消え去った。それよりも、今脳内では焦燥感に駆られている。
何を言えばいいのか。前の人はなんと自己紹介したのか。考え事してた俺をはたきたくなるが、そんな事よりも自己紹介だ。
「えっと...」
覚悟を決めて立ち上がる。
「織斑一夏です。よろしくお願いします」
この程度の自己紹介が無難だろう。やり過ぎてウケがよくなかったら惨めだしな。そう思って座ろうとするが......
「「「「............」」」」
好奇な眼が光る。と言うか今まで目を逸らしていた箒ですら俺に注目している。もうライブでピンチだ。脳内に意味不明な電波が流れて来るくらい今はとにかくピンチなんだ!!......もしここで終わってみろ、俺!『暗い』『陰気』なんて言うレッテルを貼られて三年間過ごす事になるぞ?再び覚悟を決めろ、俺!!
息を吸い込む。心なしか、変な眼差しやら期待やらも吸い込んだ気がするが気にしない。俺はただもう一言言えばいいだけだ。大きく口を開けて――――
「――――以上です!!」
――――言い放った。おそらく今世紀最後の覚悟を持って言い放った。......だと言うのにクラスは何処ぞの新喜劇のように転げ落ちている。
――――ガンッ!!
すると、不意に頭の上に何か硬いモノが飛来した。
「イテっ!?」
「お前は自己紹介もまともに出来んのか」
いきなりの拳骨に頭をさすりながら、声の主を見てみると――――
「......千冬姉!?」
――――そこには、俺の実の姉である織斑千冬が悠然として立っていた。
「学校では織斑先生と呼べ」
何故か再び下ろされる拳骨。知ってるか?これだけで脳細胞が五千も死ぬらしいぞ。ある小説の受け売りだから本当かどうかは知らないけど......。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが私の仕事だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる」
――――ここに暴君が君臨した。......なんて思ったのは俺だけのようだったらしく、クラスの女子はというと......
「キャーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです」
......壊れていた。何故だかは知らないけどクラス中で黄色い声援が飛び交っている。......ん?
「ちふ...じゃなくて織斑先生。その人は誰ですか?」
危ない危ない。またもや地雷に足を突っ込むところだった。もうそろそろ学習しないと脳細胞が全滅してしまうからな。
そして、俺の発言がきっかけになったのか生徒全ての目がそちらに向く。山田先生もそれには気になっていたのか好奇の目を向ける。
千冬姉の後ろにいるのは銀色の髪に琥珀色の瞳。身長は俺と同じくらいで何故か俺と同じ制服を着た少年。
「急遽入学が決まってまだ誰も知らないことだが、こいつも今日からこのクラスの一員だ。おい、フルーレ!自己紹介しろ!!」
フルーレと呼ばれた少年はやれやれといった感じで千冬姉の隣に並んで口を開いた。
「俺の名前はシロウ・エペ・フルーレです。よくどこの国出身か聞かれるが俺は日系のフランス人。趣味は読書と家事全般。特技はさすがにISは無理だが、ある程度の機械までなら点検・修理が可能です。至らぬことがあるだろうけど、同じクラスになれたのも何かの縁ということでどうか、よろしく頼む」
シロウという男子生徒は最後に礼を忘れなかった。完璧......なのかどうかわからないが、女子の反応を見れば、その自己紹介がいい例だというのは一目瞭然だ。だってずっこけてないし......。むぅ......、軽いジェラシー。
そして、自己紹介を終えたシロウは女子の目を気にした風もなく隣の席に着き、こちらに顔を向けて手を差し出してきた。
「はじめまして、織斑一夏。これからよろしく頼む」
何で俺の名前知ってるんだ?そう疑問に思いながら握手に応じる。
「今の世の中であんたの名前を知らない人なんていないさ」
エスパー!?こいつ人の考えてることがわかるなんてエスパーだろ?
「いや、何となくそう思ったのかと思っただけだよ」
「だから何でわかるんだよ!!お前絶対エス......」
エスパーだろ!!という前に俺の頭からスパーンッと刻みのいい音が響き渡る。
「い、痛いよ千冬姉「お前は学習出来ん猿か」......はい、すみません」
......また殴られた。しかも、今度は出席簿で。なんでか一緒に喋っていたフルーレは殴られていない。なんでだ!?
「それはお前の声が大きいからだよ」
ボソッと小さな声で指摘された。だからお前はエスパーか?ってもうこのノリはいいんだよ!気づけば周りの女子はくすくすとまた笑っているし。ぐっ、これは結構恥ずかしいぞ。
「......まぁ、いいや。男同士仲良くしようぜ」
待望の男友達が出来たんだ。これくらいなんともないさ。......あぁ、神様。さっきはバカなんて言ってごめんなさい。今度からきちんと敬います。
「改めてよろしくな」
+ + +
一限目が無事に事なきを得て終わり、高校生活初めての休憩時間になる。世界で唯一と言われていたのに、いきなり現れた二人目の男性IS操縦者。一体どこで聞きつけたのかその希有な存在を一目見ようとよそのクラスだけでなく二年、三年の生徒もやって来た。ちなみに、先ほど一夏のファースト幼馴染である篠ノ之箒が一夏を連れて行き、それを追うためにいくらかは減った。......減ったのだが――――
「「「「............」」」」
――――それでも周りは女子ばかり。箒に呼ばれたからと言って上手く抜け出された経験をもとに協力してシロウを四方八方に取り囲む。半径五メートルから離れているとはいえ、教室から出れない様に生徒たち自ら取り囲む様子はさながら鳥籠のようだ。
「............はぁ」
もはや外に出るのは諦めているのか鞄から一冊の本を取り出した。本のタイトルは『アーサー王と円卓の騎士』。彼の騎士王との繋がりが断たれた今、摩耗し消えない様にと彼女の伝記を毎日読んでいる。女々しいと思われるかもしれないが、アルトリアという少女との出会いがあったからこそ衛宮士郎は前に進めた。だから、あの姿を忘れることはあってはならないことだし、セイバーの戦う姿はシロウ・エペ・フルーレになくてはならない理想の姿。故にこうしたアーサー王に関する書物の 読書を日課としている。
そうして本を読んでいる内に一夏と箒とそれを追っていたパパラッチも帰って来て、チャイムが鳴った。
+ + +
「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合、刑法に罰せられ――」
一限目のIS基礎理論とは違って、二限目の授業はIS運用の規則と罰則。先の授業でもそうだったが、シロウは若いのに教え方が上手いなと感心し、一夏はう~んと心の中で唸って五冊もある教科書とにらめっこしていた。
「......なぁ、フルーレ。お前授業についていけてる?」
堪らず小声で隣の席のシロウに話しかける。その声にはどうかシロウも理解に追いついていない同類であってくれという願いが込められている。
「ん?あぁ。だってまだ基礎編だしな。あと、名前はシロウでいいぞ?」
一夏の淡い期待を物の見事に裏切るその一言。正直、後半はどうでもよかったのだが、自分から話しかけて無視するのは一夏の性格的にも人道的にもよろしくないので一応返事を返した。
「......うん」
ただ、その返事には覇気が一切感じられなかったが。
――――その後、二限目も無事......とは言えないが何とか終わりが告げられた。
例えば、山田先生の「どこかわからないところがありますか?」という質問に一夏と恥じらうことなく「ほとんど全部わかりません」と答えてクラスを呆然とさせたり、千冬の「入学前の参考書は読んだか?」という質問に「古い電話帳と間違えて捨てました」と答えて殴られたり、暴走した山田先生を千冬が呆れながら咎めたりと色々と問題はあったのだが、最終的に千冬が放課後一夏の勉強に付き合えとシロウに命令し、シロウがそれを了承して収拾がついた。
そして二度目の休憩時間。シロウと一夏が一息ついていると声をかける人物が現れた。
「ちょっと、よろしくて?」
その声に反応し、二人が声の主に顔を向けるとそこには一人の女生徒が立っていた。服装自体は規定の制服に一部手を入れられているが、あまり相違はない。むしろ、特筆すべきは流れる金髪とモデルのように引き締まった細い体躯。そして青海を思わせるブルーの瞳はまさに美女と言って過言はないだろう。
「訊いてます?お返事は?」
「あぁ、悪かった。何か用件でもあるのか?」
返事を促されてシロウが答えると、女生徒は芝居がかった仕草で驚いたとばかりに口に手を当てる。
「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
「「............」」
女性ではあるが、この俺様振りな物言いに一夏は苦手だなと心の中で愚痴ってしまい、シロウは一瞬でもルヴィアに似ていると思って悪かったと虚空を見上げて謝った。
――――ISが開発されてからこの方、女性は男性に比べてかなり優遇されるようになった。平等な社会を目指していた世界はいつしか女尊男卑の社会へと変わっていた。それが影響してかIS操縦者でもない女性が男性をパシリのように扱うことは年々増えてきている。
そして、二人の目の前にいる女生徒は女尊男卑を具現化したような例で、その目も口調も明らかに男を見下している。だから――――
「それでシロウも料理好きなんだろ?今度フランス料理教えてくれよ」
「おう、いいぞ。フランス料理でもドイツ料理でもなんでも教えてやる」
――――とりあえず無視してみることにした。
「あなたたち!下々の分際でなにわたくしを無視してますの!!」
さすがにその行為には腹を立てたのか、女生徒は癇癪を起こす。このままではヒステリックになりかねないので、シロウはため息をついて仕方なく返事をした。
「あぁ、すまない。だから怒るなよ」
+ + +
「あぁ、すまない。だから怒るなよ」
シロウの謝罪の言葉には全く心の篭っていない。にも関わらず、これ以上面倒ごとが起きないようにその態度は低くしている。所謂大人の対応だ。多分、俺には絶対真似できないな。
「わかればよろしいのよ。本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくするだけでも奇跡......幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
形だけの謝罪に気づかないのか、目の前の女生徒は再び調子付く。もう言ってることもめちゃくちゃだ。なんだその理論は?何処ぞのガキ大将ですらそんなことは言わんと思ぞ?
「......それは違うな。いくら才能があろうが、現段階では一年生は皆同レベルだ。ならば、あんたのようなただの国に選ばれただけの者よりも俺たちのようなこの世界にたった二人しかいない男性のIS操縦者とともにクラスをすることの方がよっぽど確率は低いのだから、そういう意味で言えばあんたの方がラッキーかも知れないぞ?」
シロウがセシリアのめちゃくちゃ理論にため息交じりで反論する。というか、シロウの主張の方がよっぽど正当性がある気がする。クラスの女子の何人かもうんうんと頷いているし。それにしても.......
「まあ、君がIS操縦者の中で最強を冠るのならば私たちはラッキーだがな」
......勘違いだろうか?シロウの言葉にどんどん棘が出てきてるきがする。口調も先ほどのような穏やかな感じじゃないし、終いにはクククと嘲笑うように笑っている。それは火に油を注いでるだけだぞ。
「ば、馬鹿にしてますわね!?」
「ほう、別に馬鹿にしているつもりはなかったし、ただ指摘しただけだ。もし、今ので機嫌を損ねたというのなら、次からは小学生と同じように丁寧に扱ってやろう」
間違いない。シロウはこの状況を楽しんでいる!女生徒の顔を見てみると、やっぱりというか予想通りというか、顔が林檎も真っ青なくらい赤く紅潮していた。
「えーと、落ち着けよ。な?」
「こ、これが落ち着いていられますか!?」
凄まじい激昂。うん、気持ちはなんとなくわかるよ。でも、落ち着こう。な?俺、こんな間に挟まれるの嫌なんだよ。俺を助けるつもりでさ。そう心の中で祈っていると――――
キーンコーンカーンコーン
――――福音の如くチャイムの音が鳴った。ナイスタイミングだ神様。やっぱりあんたは俺を見捨ててなかったんだな。
「っ......!またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」
もう止めてくれ。想いを込めた眼差しで自分の席に行く女生徒を見送った。......ところであの女生徒は一体誰なんだろう?
お久しぶりです。春ノ風です。
約三年ぶりの更新になります。この二年で長期入院があったり仕事がなくなったり、家庭が壊れかけたりと人生の終わりを垣間見た気もしましたが、まあ、ここから気を取り直して行こうと思います。
「正義の味方と科学の世界」を楽しみにして頂いていた数少ない読者にはたいへん申し訳ありませんでした。これからも亀更新の不定期更新ではありますが、ちょくちょく書いていきます。取り敢えず、保存してるデータは一気に投稿しようとは思っているので少しでも楽しめたらと思います。確実に文章能力は落ちていると思いますが出来ればそれは仏のような暖かい目で見守って頂ければ幸いです。それではこれからもよろしくお願いします。