正義の味方と未知なる科学   作:春ノ風

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第二話 別れは突然に

シロウがルーカに引き取られてもう十三年という時が過ぎた。

 

この十三年というのはシロウにとって輝かしいモノだった。まさか、あの冬木の家に住んでいた頃と同じように笑ったり、怒ったり、悲しんだり、そして楽しんだりと喜怒哀楽をともにする事が出来るとは夢にも思わなかった。もしルーカがいなければシロウはこのような幸福感を味わうことは決してなかった。それだけは断定して言えることだ。故に、シロウは今でもルーカを誇りに思い、育ててくれたことにも感謝している。

 

そして、シャルロットたちがこの村に来たのはもう五年も前の事。色々な出来事があったがシロウは今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 

初めてデュノア親子と会ったその日に一緒にピクニックに行ったり、ちょっとシャルロットと問題を起こしてルーカにからかわれたり、またデュノア親子とキャンプに行ったり、シャルロットの誕生日パーティーも行った。今まで本当にいろんなことがあった。ルーカがもう引き出しは一杯一杯だというのにそれでも詰め込んで、さらに詰め込むから過去の鑑賞は多大な時間を費やすだろう。シロウが思案に没頭しているとザッ、ザッと歩く音がするので後ろを向けば黒い服を身に纏った人たちが帰って行く。知り合いの軍人や画商の人も同情の目を残してその場を後にする。中には日本人女性なのか、深々と頭を下げる人もおり、シロウはそれにつられて頭を下げた。

 

「......シロウ」

 

頭を下げている最中に、声を掛けられる。シロウはそれに反応して頭を上げるとそこには涙で顔でをくしゃくしゃにしたシャルロットと母親のアニエスがいた。アニエスの方は涙こそ流れていないが、その目は赤くなっていた。きっとシャルロットがいない所で泣いていたのだろう。シロウはルーカのために涙を流してくれたことに心から感謝して、シャルロットの顔をハンカチで拭う。

 

「ほら、最後くらい笑って見送らないとダメだろ?あの人はああ見えて心配性だからさ」

 

シャルロットはいつもは黄色を基調とした服を着ているというのに今日ばかりは他の人と同じ黒の服を着ている。

 

「......うん、私泣かないから。大丈夫だから......」

 

精一杯の強がり。今にも落ちそうな涙の粒を落とさないように頑張りながらシャルロットは答えた。シロウはそんなシャルロットの手を握って再び一つの墓の前に立つ。

 

シロウはシャルロットの手を握る手とは反対の手でネックレスの先についている紅い宝石をギュッと握り締めて黙祷を捧げた。

 

+  +  +

 

――――二ヶ月ほど前から、ルーカは一人では歩けなくなるほどに衰弱し、一ヶ月前には遂に満足に立つこともままならなかった。医者の話ではもう二週間もたないという話だった。だが、それでもここまで生き続けたのはシロウとアニエスによる献身的な介護によるものが大きい。昼はアニエスがやり、夜はシロウが。だが――――

 

 

 

――――ルーカは回復の見込みを見せぬまま亡くなった。

 

 

 

 

 

――――これはその前日の話。

 

奇しくもそれはあの月光の下、親子の最後の対面に酷似していた。

 

「......シロウ」

 

弱々しい声。シロウは今まで生きて来てそんな声一度も聞いたことがなかった。それは目が半分も開かないルーカがシロウを探す唯一の手段でもある。

 

「なんだい、爺さん」

 

優しい声。俺はここにいる、と主張しているようだ。その声を聞いたルーカは安心したように微笑んだ。

 

「お前は......俺の息子か?」

 

「............なに言ってんだ。俺はあんたの息子だろ?」

 

予想もしていなかった質問に一瞬戸惑ったがシロウはすぐに自分を持ち直した。

 

「俺は......そんなに出来た人間じゃない......」

 

「そんなことない。爺さんが俺をここまで育ててくれたんだろ?」

 

「俺はそんなに出来た人間じゃないんだ!!」

 

いきなりの怒号。それにシロウはビクッとした。ルーカは突然声を荒げたため咳あげ、終いには吐血してしまった。それを見たシロウは背中をさする。

 

「......下心だったんだ」

 

「............」

 

ルーカの独白。それにシロウは無言で答える。

 

「二段目の引き出しを開けてくれ」

 

言われた通り、シロウは画材道具などが入っている引き出しを開ける。そこはルーカがシロウに開けるのを禁じているので、シロウがここを開けるのは初めてだ。

 

「......なッ!?なんでこれを?」

 

それはこの世界にはあり得ないモノだった。シロウがまだアーチャーだった時、確かにその持ち主に返したのだからここにあるはずはない。

 

「なんで爺さんがこの宝石を持っているんだ」

 

だというのに、それは当たり前であるかのようにそこにあった。

 

シロウは目を疑った。だが、見間違うはずがない。まだエミヤシロウが衛宮士郎であったころ、遠坂凛が彼を救うために使った紅い宝石。

 

「......それは、まだお前が赤ん坊の頃に一緒にあったモノだ」

 

「それが......、俺を拾った理由か?」

 

「......そうだ」

 

ルーカがシロウを拾った理由。それをシロウは初めて知った。紅い宝石はそれこそ売れば半生を豪遊出来るほど。それほどの価値はあるのだ。

 

「なぜ、これを売らなかった?」

 

だが、一つだけ、一つだけシロウには不可解なことがある。これほどの宝石でも、表に出さなければ価値はない。猫に小判。宝の持ち腐れなのだ。だからなぜ、ルーカがこれを売らなかったのかがわからない。

 

「......最初は売ろうとしていたさ............」

 

隠すように手で顔を覆う。枯れた目から涙が流れているのが垣間見ることが出来た。

 

――――ルーカも最初は売るつもりであった。幼少期から軍人として育ったルーカは片腕を失い、軍人としての道が潰えてしまった以上生きる糧がなかった。それが、天の恵みであるかの様に宝石を持ったシロウと出会った。これを売ればきっとこの先困ることはないと思って、宝石だけを取ろうとするのだが、シロウが手を離さなかったので仕方なくシロウと宝石両方を手に取った。

 

我が身のために欲望に忠実に従った。それは非道く汚く、醜い考え。身を守る術を知らない赤ん坊から物品を奪うなどもはや追い剥ぎのようだ。だが、ルーカはそれをやってしまった。人道に背く行為を。

 

「でも、いつのまにか売ることはできなかったんだ......」

 

だが、幸か不幸かシロウを育てる過程で知ってしまったのだ。家族と暮らす温もりというものが。辛く、思い悩んだ時期もあった。だけど、シロウがいたからこそ、家族の絆の大切さを知り、愛する者とも出会えることもできたのだ。

 

「それでもお前はそんな男を父親と呼ぶのか?」

 

これは最後の慟哭だった。ルーカは救いを求めていたのだ。宝石を奪おうとしたシロウ本人に虐げてもらいたかった。蔑んでほしかった。それで、きっとこの罪悪感は消される。そう思っていた。

 

「当たり前だ。なんせ俺はあんたの息子だぞ」

 

しかし、返ってきたのは全くの反対。それでは罪悪感を裁く剣とは成りえない。

 

「何故だ!?俺は宝石さえあったらよかったんだぞ!宝石がなかったらお前なんか見捨てていた!!」

 

ルーカは最後の力を振り絞ってシロウの首を締める。たった一言。恨み、罵倒、何でもいい。罪悪感を断ち切ってくれるならなんでもよかった。だから、頼む。と......。

 

「......そ、それでも......あんたは、俺を......ここまで、育ててくれた、この世でたった一人......の父親だ」

 

「あ......、あぁ」

 

苦しそうに答えるシロウに、今、自分が何をしていたのか漸く気づいたかのように手を緩め、今度は力任せに抱き寄せる。

 

「ごめん、ごめんな......シロウ」

 

「うんうん、俺は気にしないよ。だって爺さんは俺の大事な父さんなんだから」

 

シロウも両手を回して抱きしめる。その家族の温もりを感じたルーカの表情は幸せに満ちていた。

 

「......ありがとう。俺は......シロウの父親になれてよかったよ」

 

結局、ルーカの中の罪悪感は消えることはなかった。だが、最後の最後に親子の絆を確かめ、幸せを噛み締めてゆっくりと静かにルーカは目を閉じた。

 

「俺もだよ、父さん。あんたは世界一の父親だ」

 

+ + +

 

まだルーカの葬式から間もない日の早朝。シロウの家の前には三つの人影がある。

 

「本当に行くのね?」

 

寂しそうな表情で詰問するデュノア親子とシロウの姿。シロウの後ろにはボストンバッグが一つある。

 

「――――はい」

 

決意の揺るがない瞳。きっと、止めても無駄なんだろうとアニエスは心の中で悟った。

 

「俺も......父さんが見てきた世界を見てみたい」

 

――――それは卑怯な言い訳だった。それを言われたらアニエスに止める術などなくなってしまうのだから。本来ならばシロウもこんな手段は取りたくない。だが、感じてしまった。ルーカの葬式の日、たくさんの来訪者の中で一人異常なモノ。少なくとも魔力ではない何かを感知した。未知のモノだったので、それが誰か、あるいは誰が持っているのかなんてわからない。だから、その場でシロウは行動を起こさなかった。

 

だが、この時に行動を起こさなかったにことにシロウは後悔した。

 

――――もし、その異常が来訪者の中にまぎれてシロウの見定めに来ていたとしたら?

 

そんな『IF』の可能性。考え過ぎかもしれない。だが、ありえない話でもないのだ。彼は低級とはいえ英雄。根源の渦の一部。故に、世界がそうやすやすと諦めるとは思えない。

 

もし、この仮定が真実ならばシロウはここにいるべきではない。なぜなら――――――

 

「嫌だよ!ねぇ、行かないで!シロウ!」

 

唯一の心残り。泣きながら必死にシロウの手を掴むシャルロットを見て唇を噛んでしまう。シロウの中ではシャルロットは守るべき掛け替えのない人だ。だけど――――

 

「――――ごめん、シャル。俺は行かないといけないんだ」

 

守りたいのならば、別離しかない。今までのエミヤシロウならばそう考えていた。だが、今は違う。置いてかれた者の気持ちも考慮しないそれはただの自己満足だと悟ったのだ。

 

「何で!?シロウ一緒にいよう?一緒にいようよぅ......。私、シロウがいない生活なんて嫌だ」

 

――――だからこそ、今だけ。異常の正体を看破し、魔術の有無を確認するまで離れてくれ、と手を離す。

 

「シロウ......」

 

それでもシャルロットは諦めない。 涙だけでなく鼻水まで垂れ流して縋りつく姿にはもう恥も外聞もない。ただシロウにここに残って欲しいという一心だけだった。

 

「ほら、綺麗な顔が台無しだろ」

 

いつかの日と同じ様にハンカチで拭う。あの日は奇しくも永遠の別離の日だった。シャルロットは今日とその日が被っている様に感じている。だからこそ、行かないで、と体を張ってシロウを止めているのだ。

 

「――――大丈夫、俺は絶対に戻ってくるから」

 

クシャとシロウはシャルロットの頭を撫でる。シャルロットはこれが好きだった。シロウの手の温もりが体の隅々にまで行き渡る感覚。そして、シロウの身長がシャルロットより十センチほどしか差がないから、視線を上げればシロウの顔がすぐそこにある。勇気を出せば、唇と唇が合わせられる距離。その距離でシロウの笑顔を独り占め出来るからだ。

 

でも、この時ばかりはその笑顔がシャルロットの胸の内の空虚感を作る要因となる。

 

もしかしたらもう会えないかもしれない、いや、会えないかもしれない、ではなく会えない。理由などない断定的な否定。シャルロットはシロウがどこか自分とは違う、手の届かない場所に行く気がするのだ。

 

――――そして、その考えは概ね正しい。

 

シロウがもし自分の信念と理想に反する敵と遭遇すれば彼は命を賭して自信の正義を全うするだろう。

 

だが、シロウは自ら枷を嵌めた。エミヤシロウならばきっとしない。生き残る保証などどこにもない。だからこそ、約束という名の制約は絶対にしなかった。だが、シロウ・エペ・フルーレという少年は生き抜く覚悟を持って自ら制約に判を押した。

 

――――――なぜなら、彼はこの世界で自分の手で守りたい大切なモノを作ってしまったから。

 

+ + +

 

......怖い、神様がまた私の大切な人を奪ってしまうのではという不安の焦燥感。彼の笑顔がより一層拍車をかけてしまう。

 

「――――大丈夫。俺は絶対に戻ってくるから」

 

だというのにシロウは私の想いに気がつかないのかいつも通りの態度につい口を尖らせてしまう。

 

「何でそんなに笑ってられるの?もう会えないかもしれないのに......」

 

また流れ落ちる涙をハンカチで拭ってくれる。その優しさが今は逆に辛い。

 

「ごめん。シャルには寂しい思いをさせる。だから約束する。俺は必ず君の下に戻って来る」

 

別れの場でこんなことを考えるのは場違いだし、シロウはそういう意味を込めたつもりはないのだとわかっている。だというのに――――

 

「そうしたらさ......、また一緒に暮らそう」

 

――――プロポーズみたいだ。不覚にも、そんなことを考えてしまった。

 

「......わかったよ。でも、一つだけお願いがあるの」

 

「なんだ......?」

 

だからだろう、こんなわがままを口にしてしまうのは......。

 

「私を......、抱きしめて......」

 

「は......?」

 

「まぁ......」

 

よほど予想外だったのだろうか、シロウは唖然とし、母さんは口に手を当て驚いているというのにどこか嬉しそうだ。

 

「......」

 

無言でシロウを見つめる。自分でも顔が赤くなっているのがわかるくらい頬が熱い。そして、シロウは何も言わずに応えてくれた。顔を染めながらゆっくりと、だけど力強く私の身体を覆う。

 

......暖かい。 この温もりがいつも私に笑顔を与えてくれた。しばらくの間この温もりを感じることが出来ないのは残念だけど、彼は戻って来ると約束してくれた。彼は約束を無下には絶対にしない。......いつの間にか会えないなんて否定的な考えはなくなり、次に会ったら何をしようなどという希望が生まれていた。

 

「――――じゃあ、行ってきます」

 

格好良くて、優しくて、頼もしくて、料理が出来て、妙に気が利いて、でも肝心なところで鈍感な私の大好きな人。

 

「――――うん、行ってらっしゃい」

 

今はこれだけ。私たちの間にはこれだけで十分。だけど、次に会ったらシロウがびっくりするくらい綺麗になって逆に惚れさせてやる。

 

もう泣きはしない。まっすぐ前を見て彼に向かって手を振った。『さよなら』ではなく『またね』と心を込めて。

 

 


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