正義の味方と未知なる科学   作:春ノ風

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第一話 出会いは突然に

――――木製のドアを開ける。家の中の匂いからは相変わらず絵の具特有の匂いが混じり込んでいる。

 

「おや?もう帰って来たのかい?」

 

玄関からすぐにある階段の上からヒョイっと頭を出す初老の男性。国籍はフランスのはずなのに日系のためかよく日本人や中国人に間違えられる。年齢も四十半ばといい年なのに家の中で絵ばっかり描いている。まぁ、その絵があるおかげで何とか家計をやりくり出来る訳だが......。

 

「ただいま、爺さん」

 

俺が爺さんと呼ぶ男、ルーカは十年前まで世界各地で傭兵をしていたのだが、小さな紛争に赴いたのを最後に引退した。理由は単純で、その紛争で左手を失ったからだと言う。それを笑って話す男を俺は血が繋がっていなくとも父親だと思っているし、尊敬もして いる。もちろん、もう一人の父親も誇りに思ってる。だが――――

 

「今日は何か夕飯のリクエストあるか?」

 

「リクエストしていいのか?じゃあ、俺はハンバーグが食べたいな」

 

――――なんで二人とも外見はじいさんみたいになのに中身は子どもなんだろうか?

 

きっと、それがエミヤシロウにとっての運命とかいうやつなのだろう。

 

「よし!じゃあ、待ってる間に片付けてシャワーにも浴びてこいよ」

 

「え~、シャワーは昨日も浴びたし、この部屋はこのままでいいよ」

 

「『え~』じゃない!!ほら、さっさとする!」

 

「む~、シロウは子どもなのに母親みたいなやつだな」

 

全く、整理整頓もしない。シャワーも浴びない。本当に子どもみたいな人だな。まぁ、結局はぶつぶつ言いながらもやってくれるんだけどさ。

 

そうして、俺は台所に行って買ってきた材料を取り出し、調理を開始した。

 

――――アンリ・マユの邂逅からもう十年の月日が流れた。俺はあの後、気づけば戦場で倒れていた。それも、受肉し、赤ん坊にまで若返っていた。ルーカに見つけてもらえなかったら俺は間違いなく死んでいた。と言うか、俺があの場で死んでいたらアンリ・マユの行為も水の泡になるところだったんじゃないだろうかと疑問に思ったが、「結果オーライだろ。ケケケ」なんて言う声が聞こえた気がした。

 

+  +  +

 

「そう言えばさ、少し向こうにでっかい洋館が建てられてたな」

 

二人でハンバーグを食べながらルーカは思い出したかのように話題に出す。それにシロウは呆れたように口を開いた。

 

「あそこはもう一週間も前に出来てたぞ......」

 

「え?そうなのか?」

 

心底驚いたのか、ルーカは口に入れようとしたハンバーグを皿の上に落としてしまった。

 

「一体最後に外に出たのいつだよ......?」

 

シロウは午前から夕方までのほとんどの時間を農作業と鍛錬に費やしているため、普段ルーカが何をやってるか知らない。といっても、彼がやることと言えば絵を書くことくらいで、外出もあまりしない。近所ではシロウの名前は覚えられてもルーカの名前はたまに忘れられてしまうこともあるくらいだ。

 

「ん~、確か二週間...、いや十日前だったかな?」

 

それを聞いてついため息をついてしまうシロウ。だが、それも仕方の無い話ではないだろうか?大の大人が、しかも義理とはいえ自分の父親がこれではシロウも家を出るに出られない。

 

シロウとしては早く世界を旅したいと思っている。図書館で調べればここはシロウがもといた地球とほとんど変わりのない世界。そして、やはりと言うべきか、マナもそれなりに満ちている。故に魔術師が存在している可能性は十二分にあり得る。だが、ならば何故シロウはここにとどまっているのか?かつてのエミヤシロウならば、この様な非効率な事は決してしない。魔術師の早期発見はシロウにとっての危険要因を取り除くことに繋がるというのに。

 

「ほら、爺さんはもう寝ろ。食べ終わった皿は俺が片づけておくからさ......」

 

「うん?そうかい?じゃあ、お言葉に甘えて今夜はもう寝ようかな」

 

ルーカは立ち上がり、葉を磨くために洗面台に行く。そして、シロウは食べ終わった自分とルーカの食器を運んで洗浄に取り掛かった。

 

――――ルーカはもう、そう長くはない。あと一年、もって二年という命。これに気づいたのは一週間前だった。アトリエの中を掃除している時、絵の具とは別に、血の匂いがしたため、探したら案の状、血を拭いた跡と拭くのに使った雑巾が捨てられていた。

 

それから数日、よく見れば数日前よりもわずかに衰弱している。普通ならばこの微妙な差を判別するのは難しいが、皮肉にも人の死に関わり過ぎたシロウは歩み寄る死神の気配を感じ取るのに長けていた。

 

「......なぁ、爺さん」

 

「ん?何だ?」

 

葉を磨き、うがいをして漸く歯磨きを終えたルーカがリビングに戻って来た。

 

「明日はさ......、久しぶりに二人でピクニックでも行かないか?」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「明日は晴れるだろうからピクニックにでも行きたいなと思ってさ」

 

「ふふ、なら行こうか。最近ブランク気味だからちょうどいい気分転換になるかもしれないしな......」

 

ルーカは小さく、でも嬉しそうに笑っている。

 

「何笑っているんだよ、爺さん」

 

そんなルーカを怪訝に思ったのか、シロウは口を尖らせて尋ねた。

 

「......いやな、お前がこうやって甘えるなんて珍しいな。なんて思ってさ」

 

ルーカは最後にシロウの肩をポンと叩いておやすみと言って、二階に上がって行った。その時もルーカの表情には笑みが見られた。だが、シロウは違った。何気ない一言だったのだろう。心から嬉しいからこそ零れた言葉はシロウに衝撃を与えた。

 

「これが......甘え、か.....」

 

シロウの半生に甘えなどなかった。いや、そもそも誰かに甘えたことなど今までにあっただろうか?自分の記憶を探しても誰かに甘えるという行為はやはりなかったし、何百、何千という召喚においてもそんなことは決してないはずだ。

 

「......そうか。俺は誰かに甘えたかったのか」

 

一人残るリビングで虚空見上げて託った。

 

+  +  +

 

翌朝、シロウの言った通り天気はかんかん照りだった。だというのに

 

家では――――

 

「おいおい、少し多くないか?」

 

「......やっぱりそう思うか?」

 

――――何故だか暗い空気が漂っていた。

 

テーブルに置かれたバスケットケースの中には、とても二人で食べ切れる量ではない。成人男性三人分くらいの量にルーカは若干引いていた。シロウも気合いの入れ過ぎた出来に最初こそは満足していたが、後になって作り過ぎたことを猛烈に反省した。

 

「まあいい。善は急げと言うし、早速行こうか」

 

「......それ日本の諺だぞ」

 

何で知ってるんだ?というシロウの疑問も虚しくスルーされた。ルーカはバスケットケースを手にとって先に家を出て、シロウは物置からレジャーシートを取りに行ったためルーカよりもわずかに遅れて家を出た。

 

「............?」

 

すると、家の門を出た場所で何処かを見て心ここにあらずといった風に固まっている。あの方向は確か新しく出来た洋館があるだけのはず、と思いながら近づいて声を掛けた。

 

「どうしたんだ、爺さん?こんなところで固まって......」

 

「おひょっ!?シ、シロウ!?い、何時の間に?」

 

奇声を出して驚くルーカの表情は酷く間抜けていた。一体この先に何があるのだろうと見てみればそこには二人の女性がいた。厳密には一人の女性とシロウと同じくらいの年の少女だが......。そして、二人を見つめるルーカを見てシロウは内心でほくそ笑んだ。

 

「爺さん......」

 

「......な、なんだ!?」

 

シロウが話しかけるとルーカは上擦った声で反応する。

 

「ロリコンも大概にしときなよ」

 

「そっちじゃないわッ!!......ッて、あ!」

 

ルーカはシロウに叫んで反論するが、気づけば後の祭り。こんな子どもに嵌められたのと自分の心を見抜かれた羞恥心から顔は真っ赤になってしまった。

 

「おい、爺さん。挨拶はいいのか?」

 

視線を戻せば、先ほどのルーカの声に気づいたのか。二人がこちらを見ている。

 

「わ、わきゃっている!」

 

極度の緊張のためか、簡単な一言でも噛んでしまい、近づく際も北朝鮮の軍人さんもびっくりな姿勢の良すぎる歩き方だった。さすがにそれにはシロウも予想していなかったのか顔は引き攣り、少女も女性の後ろに隠れた。だが、不幸中の幸いか、女性は小さく笑みを零している。

 

その光景を見てホッと胸を撫で下ろしてルーカの後について行く。

 

「お、おはようございます!!」

 

「声でかいよ、爺さん」

 

あまりの声のでかさに少女も手で耳を塞ぐ。これはもうダメだとシロウは思ったが――――

 

「ええ、おはようございます」

 

――――意外にも挨拶を返してきた。きっと怒られるか怖がられるかのどちらかだと思っていたシロウにとってこれは鳩が豆鉄砲をくらったようだった。

 

そんなシロウを置いて二人は互いに自己紹介に進めていた。

 

「わ、わたしの名前は......ルーカ・エペ・フルーレです。こちらは息子のシロウです」

 

ルーカの自己紹介はガチガチだったが何とか噛まずに言えた。

 

「シロウ・エペ・フルーレです」

 

ルーカとは違ってシロウの自己紹介は非常にスラスラしている。しかし、今のルーカにそんなことを気にする余裕はない。

 

「ふふ、 アニエス・デュノアです」

 

アニエスはルーカに握手を求め、ルーカは一寸遅れて右手をズボンで拭いてから握手に応じた。その横でシロウは何か閃いたのか、口を挟んできた。

 

「俺たち今からすぐそこにある山でピクニックするんですけど一緒に行きませんか?」

 

「お、おい!シロウ!!失礼だろう。初対面でそんなこと......」

 

シロウの突然の提案にルーカは驚いて言い咎める。だが、アニエスはその提案に足元の少女を見てうーんと考える。

 

「......いいえ、ご近所とのお付き合いも大切ですし、是非ご一緒させてもらいます」

 

「本当ですかっ!?」

 

まさかOKをもらうとは思っていなかったのか、ルーカは年甲斐もなく喜んだ。

 

「でもシロウくん、お願いがあるの。この娘と友達になってくれない?」

 

アニエスは右手で少女の頭に手を乗せる。少女は相変わらずアニエスの後ろにかくれているが興味はあるのか顔だけ出している。

 

「俺はシロウ。シロウ・エペ・フルーレ。君の名前は?」

 

少女に向けて名前を聞くと少女は恥ずかしながら前に出て来ておずおずと自己紹介する。

 

「......私は、シャルロット。シャルロット・デュノア。よ、よろしくね」

 

――――それがエミヤシロウとシャルロット・デュノアとの出会いだった。

 


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