正義の味方と未知なる科学   作:春ノ風

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第十二話 空を飛ぶ者、空を翔る者

劇場に舞う一羽の蒼き鳥はくるくると飛び回る。地に足をつける獣はその姿に渇望の眼差しを向ける。自由という名の舞台はまさに彼女のために飾り付けられたもの。その出来栄えに蒼き鳥は満足な表情で、地面の上に立つ愚かな獣を見下げている。

 

しかし、まだその鳥は気がつかないでいる。

 

――――その用意された舞台こそは、紅き獅子の手の平の上だということを。

 

+ + +

 

自立機動兵器であるビットとともに、空の上に上昇するセシリアはようやく停止する。その距離は地上からおよそ三十メートル。もちろん、理由もなしにシロウからここまで距離を取ったわけではない。

 

怒り心頭に発してあるが、頭の中では理性が働き冷静さを保っている。

 

先ほど二つのビットが斬られた時、斬られたビットと斬られていないビットの位置関係はそれほど変わらない。二つを残すメリットなどシロウにあるはずがないのになぜ、自分が不利になるようなまねをしたのか?

 

「(おそらく、あれが限界なのでしょう)」

 

シロウに破壊されたビットは地上から八メートルほど浮遊していた。一方、残された方はともに十二メートルほどの高さで浮遊していた。つまり、飛べないISの攻撃限界地点は十メートル前後。それがセシリアの見解だった。

 

そして、その見解は概ね正しい。『TYPE-ZERO Saber』のジャンプ力は最高で六メートルを少し超えたほど。それでは、倍ほど離れているビットにはどうしても攻撃が届かない。

 

そこまで気づき尚、慎重に、シロウの武器に遠距離用のモノがあるかもしれないという可能性を捨てずに行動に移したセシリアは優秀だと言えよう――――

 

「確かあなたは手加減抜きがご所望でしたわね?」

 

セシリアの目が餌を狙う鳥のようにぎらつく。三つの銃口が光を凝縮し始め、質感を持たない可視性のエネルギー体が充填される。

 

「さぁ、それでは踊りなさい!わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!!」

 

――――トリガーが引かれた。収集されたエネルギー体が銃口から発射される。それに追随するようにビットからも発射された。

 

三つの閃光、否、さらにトリガーを引き合計六つの閃光がシロウを襲う。

 

――――ここから、二人の戦闘は激しくなる。一方的な、ワンサイドゲームになると誰もが予想する中で。

 

+ + +

 

「......クッ!!」

 

忌々しそうに舌を鳴らすのは予想を裏切りセシリアの方だった。それというのも、先ほどから撃っても撃っても当たらないからだ。

 

本来、ISというのは空中戦を想定されている。その中で一般的なISは急激な方向転換は出来ないのが常識だ。進行方向を変える時、どうしても慣性の法則に従うため曲線を描くようにカーブしてしまう。

 

銃器を使うような、言わば遠距離に長けたIS操縦者は相手がどちらに移動するかを予測する力が人一倍秀でている。代表候補生であるならなおさらだ。

 

だが、シロウのように浮遊せず常に地面の上を走り回り、進行方向を直角に変えたり、果てには真逆に移動したりする者がいるなんて想定すらしていなかったセシリアにとってこの戦いは苦いものとなり、嫌な思い出も思い出してしまった。

 

「――――うろちょろと逃げ回るしか脳がないなんてやはり男には立ち向かう度胸など持ち合わせていないようですわね!!」

 

挑発......というよりは八つ当たりに近い罵倒。今まで感情が激しかったセシリアではあるが、それでも優雅な立ち居振る舞いは忘れなかった。しかし、今のセシリアはまるで子どもが泣き叫ぶ様のようで優雅とは程遠い。

 

未だ武器を持たず、ろくな反撃もしない、ただただアリーナの中で逃げ回るシロウを情けない男と重ね合わしてしまう。

 

「......ハァ............ハァ......ハァ」

 

息切れ切れに撃ち続けること凡そ五分間。一度も決定打を与えることなく射撃を一旦止めた。途中から半ば乱射気味になってしまったことに自省し、一呼吸置いてから相手を探す。

 

――――現在地上では乱射のせいもあってか、ふりだしに戻ったかのように砂埃が舞っている。

 

「フン......、男など所詮は口ばかりですわね」

 

思い出してしまったのは彼女の父親。彼女にとって父親ではあるが、尊敬の対象ではない。いつも母親の機嫌を伺い、媚び諂う様子に母親だけでなくセシリア自身も倦み果てていた。だから『将来は情けない男とは結婚しない』という思いを子どもながらに抱くのは当然だろう。

 

――――IS学園に初の男性IS操縦者がいると聞いた時、世界で二番目の男性IS操縦者が現れた時、彼女は期待せずにはいられなかった。彼らならば、自分と同じ力を持った男ならば、きっと自分の理想通りの男ではないのだろうか淡い期待をしていた。

 

だというのに、結果はこれだ。女である自分に手も足も出さない、弱い男。やはり理想の男など、この世にはいないのだろう。期待に裏切られた。セシリアはそう思い知らされたように感じ取った。

 

「――――ひと息つく暇があるのかね?」

 

見えない相手の声をハイパーセンサーが拾う。それを聞いたセシリアは咄嗟に臨戦態勢をとった。

 

――――直後、弾丸の如くのスピードでシロウが飛来する。セシリアに衝突する寸前にシロウは体を捻り、脚を蹴り上げて顔面を狙う。

 

意表を突かれた攻撃ではあったが臨戦態勢であったのが功を奏したのか、姿勢を後ろに傾けるだけで避けることが出来た。

 

「あまい!!」

 

空振ったはずの脚が唐突になんの予備動作もなく逆方向、つまりセシリアに降ろされた。それも、蹴り上げた時よりも数段速い速度でだ。

 

「......ック」

 

今日初めての苦痛に顔が歪む。落ちるように飛ばされて十メートルほど落ちてしまったが、何とか踏ん張り上空を見る。飛べないはずのISがどの様な方法でここまで飛んで来たのかわからない。だが、セシリアは周りを確認して頬を緩めた。今のシロウならばセシリアとビットの三方向から狙い撃つことが出来るのだ。

 

「これで終わりですわ!!」

 

完全には充填されていないが、この距離ならば申し分のないダメージが与えられる。

 

――――そして、追い打ちをかけようと前傾姿勢をとったシロウに向けて十メートルと満たない距離で三つのレーザーが放てられる。

 

 

 

「――――なッ!?」

 

驚愕はセシリアだけでなく、観客席にいた者全て等しいものだった。

 

三つのレーザー。それはシロウに多大なダメージが約束されたものだった。しかし、肝心のレーザーがシロウに当たる直前に消失してしまったのだ。

 

そして、シロウは何事もなかったかのように空を“翔る”。――――そう。空を“翔た”のだ。

 

その光景は空を自由自在に飛ぶISには見ることのない光景。まるで、見えない道を走るように――――たった一歩の踏み込みで十メートルもの距離をなかったことにしようとする。そのことに頭の整理が追いつかなかった。......だが、セシリアは一瞬でその思考を破棄し千歳一隅のこのチャンスを見逃さなかった。

 

「――――だけど、これならば!!」

 

セシリアの腰部から広がるスカート状のアーマーの突起が外れ、二つのミサイルが露わになる。

 

距離は五メートル。計らずとも発射されたミサイルは向かって来るシロウにカウンターという形で迎え撃った。

 

「このタイミングでの切り札の発動は見事だ。だが――――」

 

シロウが腕を振るう。それだけで、直撃するはずだったミサイルは斬られたビットのように両断された。

 

「――――切り札というものは必ずしも君だけにあるというわけではない」

 

――――ここで漸くセシリアは気がついた。シロウの手には最初から剣が握られていた。ただ、その剣が不可視故に気がつくことが出来なかっただけなのだと。

 

「(――――ック!回避を......)」

 

そう思うがもはや間に合わない。手に持っていた『スターライトmkⅢ』を盾にするのが精一杯だった。そして、セシリアは今度こそ地面に叩き落された。

 

+ + +

 

空を飛べないと言われたからだろう。リアルタイムモニターを見て真耶の口が開いたまま固まった。それを見て少し面白いなと千冬は思ったが決して顔には出さない。

 

「何で飛べるんですか?」

 

その質問の答えは容易に予想出来ていたので千冬はすぐに答えた。

 

「飛んでいるわけではない。あれが『TYPE-ZERO Saber』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の一つ。『エネルギー放出 (エミッション)』だ」

 

「『エネルギー放出(エミッション)』?」

 

「文字通り、エネルギーをISの足の裏から放出して爆発的な加速を生むことだ。まぁ、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』よりも強力ではあるが、使い所が難しい。しかし、空を飛べないフルーレが唯一のISへの対抗策として活用しているわけだ」

 

千冬が空を翔たシロウの説明していると、傾きかけていた戦局がさらに片寄ったものとなる。

 

「――――な!?」

 

必中であったはずのセシリアの攻撃がまるで神が気紛れを起こしたように何の前触れもなく消滅したのだ。さすがにそこまでのものは予想していなかったが、先ほど千冬が『エネルギー放出 (エミッション)』を単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の一つと言っていたのでこれも二つめの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)なのだろうと当たりをつける。そして、見事にそれは的中する。

 

「あれはフルーレのもう一つの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)。AIT。やつが出鱈目たらしめる世界で最悪の結界領域だ」

 

「AIT?なんですかそれは?」

 

聞いた事のない単語に首を傾げる真耶。だが、真耶が知らないのも無理はない。これは、ドイツのある軍人が勝手に命名して、そのまま浸透してしまったのでそう呼んでいるだけであって深い意味はない。

 

「AITとはアブソルティ・インポッシブル・テリトリーの略で私は『絶対不可領域』と呼んでいる」

 

「はぁ、なんだか凄そうな名前ですね......」

 

実際そこまでパーフェクトなものではないのだが、英名がそうなってしまった以上そう呼んでいる。だが、第三世代以上のIS相手ならば驚異的な効果を発揮するのは確かである。

 

「『絶対不可領域(AIT)』とはシロウの周囲に特殊な結界を囲むモノだ。その詳細は......」

 

「詳細は?」

 

一旦間を置く千冬につい復唱してしまう真耶。カチカチとアナログ時計の音がどこからか聞こえるくらい静寂な時が流れる中で漸く千冬が口を開いた。

 

「......解明されていない」

 

椅子に座っていたはずの真耶がずっこけた。正直、シリアスな空気がぶち壊しである。

 

「ん?どうしたんだ、いきなりこけて......」

 

「......いえ、なんでもありません」

 

訳がわからんとばかりに言いそうな千冬に若干の理不尽を感じながらも、真耶にとって千冬は上司であり、尊敬の対象。ここで怒鳴るほど真耶も子どもではない。

 

「まぁ、解明れてないと言っても大まかになら把握しているがな......」

 

最初からそれを言ってほしい。口には出さず、心の中で叫ぶ真耶は臆病者なのだろうか?

 

「『絶対不可領域(AIT)』とはあらゆる力を無力化してしまう。例えば、オルコットのようなレーザーライフルや荷電粒子法のような“個”を持たない攻撃では奴には傷一つ付かん。唯一、攻撃が通るとしたら鉄剣か実弾のような“個”を持つ攻撃ができる武器くらいだな」

 

「でも、それはフルーレ君とISの相性が最高状態になった時だけですよね?」

 

真耶の言う通り、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)とは通常操縦者とISの相性が最高状態の時に自然発生する特殊能力である。だから、どれだけシロウの『絶対不可領域(AIT)』や『エネルギー放出 (エミッション)』が凄かろうが、使えなければシロウは最弱のISを使うことになる。だが、真耶のその意見を千冬は否定する。

 

「忌々しい事にフルーレと『TYPE-ZERO Saber』の相性は常に最高状態だ......」

 

何が忌々しいのか全くわからなかったが、あまり突っ込まない方がいいと直感的に思った真耶はその疑問を意識的に避けることにした。

 

「でも、そんな能力のISがあるなんて驚きました」

 

聞いている分では最高の能力。いや、誰もが羨む能力なのは間違いないだろう。だが、決していいことづくめと言うわけではない。むしろ、欠点の方が多い。

 

まず一つ。これは単純ではあるが、やはりISである以上どこまでも付き纏う問題。即ち燃費の悪さである。先に千冬が述べたようにシロウと『TYPE-ZERO Saber』の相性は常に最高で『絶対不可領域』を常時展開している。それは効果範囲の制御は可能だがオン・オフの制御は不能。つまり、IS展開と同時に発動し、一定のエネルギーを常に喰らう毒の役割も果たしている。そして、『エネルギー放出(エミッション)』。これは瞬時加速(イグニッション・ブースト)よりも強力なため、よりエネルギーを消費するというのに外部からのエネルギーを使用出来ない上に空中戦を行うためにはどうして多用しばければならない。故に、『TYPE-ZERO Saber』は世界一長期戦に向いていないISだと言っても過言ではない。

 

二つめは『絶対不可領域(AIT)』の効果範囲は周囲180度であること。それは相手や相手の攻撃の他にも自分にも影響を受けてしまう。そのため、ISの基本システムであるハイパーセンサーやPIC、シールドバリアーなどのシステムを不能にしてしまい、実弾や鉄剣を相手にすると必要以上のダメージを負う可能性があるほか、周囲180度ということは前後左右と上方からの攻撃には対応するが、下方からの攻撃はシロウにとって弱点にもなりうる。そして、プライベートチャンネルやオープンチャンネルも使えないためチームワークをこなすことは難しい。四キロまでなら読唇術を以って会話は可能だが、それだとどうしても限界があるし、相手の口が見えなければ会話が成り立たない。

 

三つめは千冬も知らないことではあるが、魔術が使えないことである。これは魔術師としてのシロウにとっては致命的ではあるが、シロウは案外これをデメリットとは捉えていない。体に染みついてしまった反射的な投影を抑えてくれるストッパーの役目を果たしてくれるからだ。これは魔術を秘匿する身としては逆に嬉しい誤算でもあった。

 

これら三つの問題点を抱えた上で負け無しという戦績は驚愕に値するが、なによりもこの問題点を相手に悟らせない戦上手なところを褒めるべきだろう。

 

「あ、質問いいですか?」

 

教えてもらった情報を頭の中で整理し終えた真耶は、先ほど見事に回避に成功したというのに、今度は自ら泥沼に入ろうとする。

 

「なんだ?」

 

「さっき、フルーレ君の戦績は六十七勝七分けって言ったじゃないですか?織斑先生は.....戦ったことがあるんですか?」

 

途中から千冬の目が、今までに見たことがないくらい冷やかなモノになったことに気がついたが、それでも最後まで言い切った真耶は臆病者ではなかったのかもしれない。

 

「............」

 

「......すみません」

 

............前言撤回。蛇に睨まれた蛙の如く固まった真耶はやっぱり臆病者の類に入るだろう。

 

+ + +

 

勝負は始まってまだ十分ほどしか経っていない。だが、その十分という短い時間でシロウはあらゆる伏線を敷いていた。

 

――――前半。空中戦を出来ない振りしてセシリアの攻撃を躱し続け、あえてビットを二つ残して壊したのも理由は二つ。一つはシロウの上空への攻撃範囲を誤認させること。これによって意表を突くことが出来た。二つめはセシリアの隙を生むため。もし、事前に四つとも破壊してしまっては一度距離を離した時に逃げられる可能性があった。だが、セシリアと二つのビットに挟まれたシロウは誰がどう見ても絶好のチャンスそのもの。シロウは自身を囮にしてセシリアの再び距離を取るという選択肢をなくし、攻撃に転じさせるように誘導したのだ。ここまででほぼ詰み同然であったが、最後の一手に不可視の剣ときたのだ。ここまで仕込まれてしまえば然しもの代表候補生と言えどこの結末は必然的だったのかもしれない。

 

 

 

――――そうして終わりは唐突に告げられる。

 

全ての攻撃手段を砕き、空に羽ばたく猶予も与えない。ザッ、ザッと近寄る足音はまさに死神。セシリアにとって初めて感じる死の予感。シロウの殺気は殺気などと言う生易しいモノではない。守護者として走り続け、身につけたそれはまさに鬼気。

 

「............」

 

ゴクリと唾を鳴らす。セシリアに体を動かす余裕などない。ただ一つ、全ての神経がこの鬼気たる殺気に耐え抜くために総動員されている。

 

シロウの不可視の剣がセシリアの脳天に添えられる。だというのにセシリアは微動だにしない。

 

「君に勝ち目はない。今ここで敗けを認めるのならば剣を降ろすような真似はしないが?」

 

「......わ、私は祖国英国の代表としてこの地に来ていますの。たとえ貴方が私より強くとも私は絶対に敗けを認めることは出来ませんわ!」

 

肩を押さえ、身を震わせながら強く見据えるその瞳。圧倒的な戦力差を見せつけられて尚、諦めないその想い、その尊さ。それを見詰めるシロウは一体どう思ったのだろうか、悟った風に微笑み、「そうか......」と囁いた後に腕を振り上げる。その剣を振り下ろせばその時点でセシリアは負けとなる。本来彼女に敗北など受け入れ難いモノであるが、それは仕方がないことだと心の底で諦める。なんせ、抵抗しようにも体が動かないのだから。

 

――――そして、腕が振り下ろされる。セシリアはいずれ来る痛みに目を閉じてしまう。

 

――一秒......

 

――二秒......

 

 

しかし、いくら待っても来るはずの痛みはやってこない。不思議に思ったセシリアはそぉーっと目を開ける。すると、頭には予想していた痛みに反して暖かい温もりだった。

 

それはISを通したシロウの腕。ISには血が通っておらず、それ自体に温もりはない。だが、セシリアは確かに温もりを感じたのだ。

 

「――――君の勝ちだ。セシリア・オルコット」

 

次いで言い放たれるは全く予想もしていなかった言葉。そして、何時の間にかなくなっていた殺気に気づいて安心したのか腰を抜かして座り込み、ISも解いてしまった。

 

「......ど、どういう事ですか、それは!?」

 

自分の痴態とシロウの言っている言葉の情報整理に戸惑って、一寸遅れて理由を問いただす。

 

「なに、理由は簡単。私が君には勝てないと判断しただけだ」

 

ISを解いてそう釈然としない理由を述べた。

 

「そんなの理由になっていませんわ!!」

 

セシリアの言い分は尤もだった。誰がどう見てもシロウの勝ちは揺るがないモノだった。それがなぜ勝てないという判断に陥れたのか誰にもわからない。

 

「......肩を貸せ」

 

ふぅ、とため息をついてシロウはいきなり、セシリアの背中と膝裏に手を回して持ち上げる。それは俗に言うお姫様抱っこだった。

 

「ヒャッ!?な、何を!?」

 

突然の事態に困惑したのか、今すぐ止めろと顔を真っ赤にしたセシリアはシロウの胸の中で慌てふためいている。だが、シロウは気にとめていないのか平然としながらアリーナ更衣室へ向かう。

 

「......人の身でありながら、私の殺気に耐え抜いたのだ。ならば、それは十分賞賛に値する」

 

「えッ?」

 

アリーナ更衣室へ向かう最中、ボソッとセシリアにだけ聞こえる様に囁いた。だが、暴れていたために聞き逃したセシリアは暴れるのを止めてもう一度、と催促を込めた視線で見つめた。

 

「......二度は言わん」

 

「なッ!?ズルいですわ!」

 

「暴れている君が悪い」

 

「こんなことされれば誰だって暴れますわ!」

 

「むぅ......、それは悪かった。でもオルコットも腰が抜けて立てないだろ?」

 

「で、でもやり方ってものがあるのではないのですか!?」

 

シロウの話し方も何時の間にか素の話し方に戻ってしまっている。あーだこーだと言い争いながら二人はアリーナを後にした。唐突に告げられた終わりにポカンとした観客たちを残して。

 

+ + +

 

「「..........」」

 

モニターで試合の経過を見ていた二人も例外ではなく、目をきょとんとさせていた。勝者が負けを認め、敗者が勝利を拾ってしまった。そんな結果誰が予想できただろうか?ピッドの中で見ていた一夏と箒も呆然としていた。

 

「ぷっ......ははは!」

 

だが、すぐに千冬がひとりでに笑いだす。このように笑う姿も真耶は初めて見るので、内心すごく驚いていた。

 

「いや、まさかこのような終わり方だとは......。だが、これはこれでシロウらしい」

 

ひとしきり笑った後、千冬は笑顔のまま出入り口に向かって歩き出した。

 

「どちらに行かれるんですか?」

 

「先に剣道場に行って体を暖めておく」

 

「(......ああ、そういえばそんな約束もしていましね。今の試合が印象的過ぎて、すっかり忘れていた。フルーレ君は覚えているんだろうか?)」

 

もし覚えていなかったらあとが大変なので、あとできちんとシロウに伝えようと思いながら千冬を見送った。

 

+ + +

 

現在、セシリア・オルコットは自室のベッドの上で横になっている。

 

さっきまで側にシロウがいたが、今は用事があると言って急いで部屋を出て行ってしまった。

 

そして、セシリアは先の戦闘を思い出す。主役は自分で相手はただの引き立て役。そうなるはずだった。だが、実際に行ったのはもはや戦闘ではなかった。シロウ・エペ・フルーレという男の独り舞台。アリーナにいた者全てが魅入られた。それはセシリアも同様だったのかもしれない。

 

だが、なぜか悔しいなどとは思えなかった。主役の座を奪われたというのにだ......。セシリアの胸の内を占めているのは屈辱感でも苛立ちでもない。不思議と湧き上がる高揚感。

 

「......シロウ・エペ・フルーレ」

 

男の名前を口にすると、なぜかはわからないが胸がドキドキと鼓動を打つ。まだ、恋という乙女心を持った事のないセシリアがこの想いを理解するのにはもうしばらく時間がかかるだろう。

 


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