正義の味方と未知なる科学   作:春ノ風

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第九話 女難の前触れ

あれは二年前、三人が邂逅した夜の出来事。

 

............思えば、シロウと出会っていなければまた違った物語にへと進んでいたのかもしれない――――

 

 

「――――これを是非見てほしい」

 

シロウはポケットの中に手を入れてあるモノを取り出し、机の上に置いた。

 

「......宝石か?」

 

まるで光源を持ってしまったかのように光るそれは素人目に見ても一級品だとわかるほどに美しい紅い宝石だった。

 

「......いいや、違うよちーちゃん」

 

しかし、宝石を手に取ってじっくりと見ている束は私の考えを否定し、講釈するように続けた。

 

「......これは普通の宝石じゃないよ。そうだよねシーたん?」

 

またシーたんと呼ばれたからか眉がピクリと動いたが、反論しても無駄だと悟ったのかそれについては言及しなかった。そして、宝石を再び机の上に置き、確かめる様に尋ねる束の表情はいつにも増して真剣そのものだった。そして、シロウの方も「おそらくはな」と言って束の意見を肯定した。

 

「この宝石には本来魔力が込められていたのだが、この世界に来てからというもの何か異質なモノも混ざっている。それが何なのかわからなかったが、今日『暮桜』を見て凡その見当はたてている」

 

シロウの口振りにまさか、と思ってしまう。だが、私の予想通りにシロウは自身の考えを述べた。

 

「私はコレをISだと考えている」

 

その見解には私は少し驚きはしたが、束も予想はしていたのだろう一切驚愕の表情を見せなかった。 しかし、やはり解せなかった。本来このように宝石を型取るISは本物の宝石に比べ見劣りしてしまう。だと言うのに、このISは珠玉の如く美しい。

 

「これを何処で手に入れたんだ?」

 

この疑問は束も同じ思いだっただろうと思う。現在のISのコアのほとんどは各国の手中にある。それをイレギュラーとは言え一般の、それも男性であるシロウが手に入れる事は不可能に近い。

 

「その前にこちらの質問に答えてもらいたい。ISを作ったのは七年前。間違いないな?」

 

「......いや、束がISを作ったのは四年前だが」

 

まさか質問を質問で返されるとは思っていなかった。しかも内容が内容なだけに脈打つ心臓の鼓動が速くなった様に感じる。

 

「ふむ、貴女はまだ腹の探り合いには不慣れのようだな。なるほど、やはり白騎士事件は貴女たちの仕業か......」

 

「――――っ!?」

 

「心配しなくともその件に興味もなければ言いふらす気もない。ただ、一つわからない事があってね......」

 

「............なんだ?」

 

この様な子どもに手玉に取られると悄然としてしまうが、どうやらシロウの疑問とは白騎士事件とは関係がないらしい。

 

「私は赤子の時にルーカに拾われた事は知っているだろう?」

 

「ああ、知っている」

 

「............これはその時に一緒に拾われたものだ」

 

「――――え?」

 

一旦呼吸を止めてのシロウの発言。それがあまりにも予想外過ぎて素っ頓狂な声が出てしまった。束に視線を向けると、表情こそ出てはいないが、それでも驚愕しているのが手に取る様にわかる。

 

「そ、それは本当なのか!?」

 

「これに関しては本当だ」

 

............正直、今までの話のなかで一番あり得ない話だと思う。というか、万に一つの可能性もない。と言うのも束がISの基礎理論を証明したのも実証機の開発も七年前の話だ。つまり、それより以前にISは存在しない筈だ。

 

「......嘘ではないんだな?」

 

念を押して再び聞いてみた。

 

「信じられないだろうが掛け値無しの真実だ」

 

「............」

 

言葉を失うとはまさにこの事だった。理由も根拠もないがおそらく今回ばかりはシロウの言っている事は真実だろう。だが、間違いなくあり得ないと断言出来るからこそ、この事実を受け止めきれない。

 

「......プ、ククク。アハハハー」

 

突然私の後ろで静かみに座っていた束が笑い始めた。これには流石のシロウも意表を突かれたのか目を見開いている。

 

「ど、どうしたんだ束?」

 

...............とうとう壊れたのか?

 

「あり得ない来訪者にあり得ない魔術。果てにはあり得ないIS。ここまで世界を馬鹿にした様な存在と一夜にして同時に巡り会う事が出来るなんて面白いじゃないか」

 

「君は信じるのか?」

 

シロウの問いかけは当然だ。篠ノ之束はISの生みの親。それは万人の知るところだ。だというのに、今、シロウはその常識を覆している。

 

「おかしなことを言うねぇ。君は真実だと言った。そして、私はそれを信じた。ここに一つの契約が契られた。だというのに君は自分から反故にしようとしているんだよ?」

 

まさか束がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう、今度はシロウが面食らっている。そして、数瞬後にシロウは本旨を理解したのかフンと鼻を鳴らした。その態度に束は気を悪くするどころかここ最近で一番の笑みを見せている。

 

「ところでシーたんはそのISの展開したところ見たことないんだよね?」

 

「ああ、ないな」

 

「じゃあ、一度シーたんが展開してみれば?」

 

「「は?」」

 

......シロウとハモってしまった。というか、本当に突拍子ない事を言うな束は......。

 

「ISは女性にしか扱えないんじゃないのか?そんな事不可能に決まっているだろう!」

 

シロウの言うことは尤もだ。ISは女性だけが操れる。これは世界の常識だ。

 

「いいや、この世界に於いてシーたん、君は矛盾の塊だ。故にこの世界の理が通じるとは到底思えない」

 

しかし、束の言うことにも一理ある。

 

「それにそのISは君のでしょ?ならそれを扱えるのは君だけじゃないかな?」

 

断定に似た詰問。それから十秒ほど場の静寂が続いたがその沈黙をシロウが破った。

 

「......展開の仕方がわからん」

 

シロウは諦めたようにため息をついて宝石を手に取る。それを見ていた束は満足したのかまたもやウンウンと笑顔で頷いている。

 

「うーん、でも本来ならISアーマーを装着してフォーマット(初期化)とフィッティング(最適化処理)をしてようやくこの待機形態になる筈なんだけどね......」

 

過去の前例にも無いためか、難しい顔になってしまう。しかし、笑ったり悩んだりと忙しい奴だ。

 

「じゃあ、これはどう?シーたんの思う最強の姿を想像するってのは?」

 

「それでは具体性がないだろう」

 

「え~、そんな事ないよぅ。ねぇ、シーたん?」

 

「シーたんと呼ぶな!......しかし、最強の姿か............」

 

「なんだ、束の戯れ言がヒントになったのか?」

 

「......ん?まぁ、不愉快ではあるがな」

 

「もぅ、ちーちゃんもシーたんも酷いなぁ」

 

束が頬を膨らませ、不満を口にするが私たちは反応する事なく無視を決め込んだ。

 

「私がISを身に纏う姿を思い描けばいいのか?」

 

「ああ、それで構わない」

 

「そうか」とシロウは小さく呟き、目を閉じ、宝石を右手で握り締めて私たちには聞こえないほど小さな声で何かを囁いた。

 

+ + +

 

目を閉じればそこは暗闇が広がる。当然だ。 目に見えるものはすべて光が物に当たりその反射した光が目に入って視神経を伝わり、脳で形を判断して映像化しているに過ぎない。故に、目を閉じ光を入れないようにすれば全ての情報はシャットアウトされる。

 

だというのに、網膜に焼き付き、消えることのないその戦う姿は――――まさに理想の姿だった。

 

「――――同調、開始

トレース・オン

 

そして、とうの昔に忘れてしまった最強の姿は、再びこの世に具現化された。

 

+ + +

 

「しまった......」

 

そうつぶやくのはこの武家屋敷の家主、シロウ・エペ・フルーレだった。

 

「作り過ぎた」

 

自分自身に呆れた様に腰に手をかけ見つめる先には大量に作り過ぎた昼食分のおかずだ。いくら育ち盛りの真っ最中と言えどこの量は食べ切れない。

 

「千冬さんにでも渡すか......」

 

夕飯用に残しておくかとも考えたがそれでは料理の質が落ちてしまう。せっかく食材を強化して栄養度を高めたのに無駄になってしまうし、案外千冬もシロウの料理を気に入っている節があるので喜んでもらえるだろう。

 

そして、シロウは弁当箱二つ包んで鞄に詰め込み、「行ってきます」と誰もいない家に向かって挨拶して家を出た。

 

+ + +

 

「それで明後日の試合どうするんだ?」

 

時刻は変わって昼食時、わいわいと賑やかな食堂で一緒に食べている一夏がシロウに話しかけてきた。その隣に連れて来られた箒は自分には関係ないとばかりに焼き魚定食を食べている。

 

「どうするって?」

 

まるでシロウも他人事の様に話し、弁当の中のだし巻き玉子に手をかける。

 

「いや、セシリアとの戦いだよ」

 

「あぁ、そう言えば明後日か......」

 

はむ、と箸で一口サイズに切ったハンバーグを口にし、次いでご飯も詰め込んだ。

 

「明後日か、ってお前なぁ......。もう少し緊張感持った方がいいんじゃないのか?」

 

その様子にほとほと呆れてしまった一夏は自分がこんなに真剣に悩んでるのに当の本人は全く気に掛けていないことに馬鹿らしくなってしまった。

 

「ねえ。君って噂のコでしょ?」

 

そして、唐突に声を掛けられたシロウはその声の主に眼を向ける。そこには三年生であるという証明の赤のリボンをしている女生徒がいた。このIS学園では学年毎にリボンの色が違い、一年生が青、二年生が黄、三年生が赤と振り分けられているのである。

 

「噂ってどんな噂ですか?」

 

噂というのは、本人に伝わる事なくその周りを伝って広まってしまう。それに加え、シロウは寮に住んでいないためそう言った情報に疎くなっている。だから、噂の内容を知らないのも仕方がないと言えば仕方がないのである。

 

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」

 

質問しながら限りなく自然な動作でシロウの隣に座る女生徒だがシロウに気にする様子はなさそうだ。

 

「ああ、その事か。それは確かに本当ですよ」

 

「ふ~ん。じゃあ、私がISの操縦とか“いろいろ”教えて――――」

 

“いろいろ”を強調して言う女生徒だったが、途中で後ろから頭を叩かれて途切れてしまい、最後まで口にすることが出来なかった。

 

「――――っ!?何を............するんですか?」

 

三年生である自分が邪魔されることなど予想もしていなかったのだろう怒気を帯びた顔つきで振り向いた。

 

......しかし、よく考えればわかる事だった。三年生である女生徒を邪魔出来るのは三年生以上の位を持つ人だということを。だが、そこまで見抜けなかった女生徒が悪いわけではない。ただ単に......女生徒の運が悪かっただけだろう。

 

「お、織斑先生......」

 

さっきの怒気はどこに行ったのやら。弁当箱を片手に仁王立ちする千冬に女生徒は萎縮した身で見上げていた。

 

「ガキがガキに色目を使うな」

 

「はい、すみませんでした」

 

女生徒は他の生徒からの憐憫の眼差しを受けながら逃げるようにしてその場を後にした。その後ろ姿には来た時の流麗さはなかった。

 

「一体なんだったんだ?」

 

「さぁ?」

 

何故女生徒が逃げたのかわからないでいた一夏とシロウは首を傾げていた。そして、箒はシロウも一夏と同類なのだと悟ると、先ほどの女生徒に人一倍憐憫を込めた眼差しを向けていた。

 

「ほれ、フルーレ」

 

何事もなかったかの様に千冬は弁当箱が入った袋をシロウに向かって投げ、シロウは危な気なく左手でキャッチした。

 

「中々に美味かったぞ」

 

そう言って捨て台詞を残して千冬は去っていく。その後ろ姿は先ほどの女生徒ととは比べるまでもない自然で華麗な様だった。

 

もちろん、この事に疑問を持った一夏が質問しようとしたが、その前に多くの女生徒がシロウを取り囲み尋問が始まった。

 

「......大丈夫か?」

 

「......うん」

 

この時、女生徒たちに踏まれ、下敷きになった一夏を助けた箒の優しさに一夏は涙したとかしてないとか。

 

+ + +

 

――――放課後、場所は剣道場に移る。

 

中央に並ぶのは防具を付けた一夏と箒。周りを囲むのはワイワイキャッキャと騒ぐ女生徒+1。

 

「誰が+1だ!」

 

「どうしたのフルーレ君?」

 

「いや、何もない。気にしないでくれ」

 

「そう?」

 

そう言ってシロウの隣座った女生徒は再び前を向く。ちなみに、シロウの隣の席はジャンケンで決めたらしい。何故ジャンケンかは未だにシロウはわかっていない。

 

「いくぞ、一夏!!」

 

「お、おう......」

 

意気揚々と声を上げる箒に対して一夏は元気がない。時折、シロウと目が合えば殺気めいたものを送っている。それにシロウは気づいている筈なのに怯えるどころか笑顔で手を振っている。

 

 

 

――――なぜこうなったかと言うと、今から遡ること二十分前。教室での出来事だった。

 

「一夏は剣道をやってたんだよな?」

 

授業終わりにシロウの素朴な疑問から始まった。

 

「ん?まあな。でもやってたって言っても小学校までだけどな」

 

シロウの質問に正直に答えた一夏。この場では一夏は何も悪くない。でも、言ってしまえば......さっきの女生徒と同じように運が悪かっただけなのだろう。

 

「なにッ!?」

 

一夏の声に反応したのはシロウではなく第三者。シロウの真正面で一夏の真後ろに位置するところから聞こえた。二人がそちらに目を向けるとゴゴゴという効果音を流しながら歩み寄ってくる箒の姿があった。

 

「一夏!貴様剣を捨てたのか!?」

 

胸ぐらを掴む勢いで問う箒の姿は憤怒の形相で、一夏とシロウの周りを囲んでいた女生徒たちは蜘蛛の子が散っていくかのように離れていった。

 

「いや、捨てたっていうか......」

 

捨てたわけではない。もちろん、一夏も中学で剣道を続けようか迷った時期もあったが、やはり家計を助けようと毎日バイトに明け暮れていた。しかし、そんな事情を知るわけのない箒はただただ自分と一夏の共通点であった剣道をそんなに簡単に止めたことに腹を立てているのだ。

 

「黙れ!!その軟弱な精神叩き直してやる!!」

 

箒は一夏の制服の襟を掴んで引きずるように教室を出ようとする。力だけで言えば男の一夏に分があるはずなのに全く抵抗できないまま引きずられる様子はどこかの歌の歌詞に出てくる仔牛のようだ。

 

「お、おい?ちょ、ほ、箒!!」

 

しかし、一夏は子牛ではなく人間。言葉が喋れるのだ。故に力で敵わないのならば誰かに助けを求めればいい。そして、この場には唯一頼れる男友達のシロウがいるのだ。

 

『シロウ。助けてくれ!』

 

必死にSOS信号を送る一夏はきっとシロウなら助けてくれる。確信にも似た予感が一夏にはあった。だが――――

 

『がんばれよ、一夏』

 

――――見事に親指を突き立てて裏切られた。この時、一夏はシロウとの友情を考え直したことはまだ誰も知らない。

 

――――回想終了――――

 

ワァァー!と歓声が剣道場内を響かせる。どうやら考え事をしているうちに終わってしまったらしい。見れば、一夏が正座をし、篠ノ之が正面に仁王立ちしている。こんな光景を知っているような気もしないが、精神衛生上よくないと判断して頭の隅っこに追いやった。

 

「もう終わったのか......」

 

それが率直な感想だった。千冬さんから聞いていた話よりもはっきり言って弱い。確かに篠ノ之は剣の才能もあるだろうけどもうちょっと粘ってもいいのではないかと思う。そんな事を考えていたら、再び視線を感じた。言わずもがな一夏である。しかし、なぜ俺が睨まれているのかは全くわからない。

 

すると、今まで俺を睨んでいた一夏が何か妙案でも浮かんだのか、意味深な笑みで篠ノ之に何か提案し始めた。ここからじゃ距離があるのでよく聞こえないが、読唇術で何を言ってるかくらいは理解できる。

 

「は?」

 

何を言ってるんだ一夏の奴は...。いや、それよりも今は逃げよう。俺の第六感も逃げろと囁きかける。奇跡的な理性と感性の一致。うん、間違いない。ここで逃げないと厄介事に巻き込まれる。というか弁明は聞いてくれないだろうしな。だって、見ろよ。あの篠ノ之の表情。真っ赤だぞ。一夏の言葉に反論する前に叩き殺されるよ。

 

「よし」

 

そうと決まれば行動は早く移さないとな。今まで少しでも迷えば碌でもないことに巻き込まれてきたんだ。うん、そうしよう。あ、ちなみにこれは逃げるんじゃないぞ?戦略的撤退だ。決して逃げるわけじゃない。一旦家に帰って、明日一夏を踏まえて篠ノ之に弁明するんだ。

 

――――ヒュン!

 

立ち上がった瞬間、風切り音とともに何かが俺の頬を掠めて過ぎ去っていく。その何かとは竹刀で、それを投擲したのは誰でもない篠ノ之箒である。

 

「......現在の日本の剣道はただのお遊びにまで落ちぶれているだと?」

 

一言も言ってないぞそんな事。

 

「それも言うに事欠いて私程度片手で十分だと?」

 

......うん、それも言ってない。よく考えてくれ篠ノ之。俺とお前は昨日同じクラスになったばかりで、剣の腕を見るのも今のが初めてだ。それをいつどの様なタイミングで俺は一夏に伝えたんだ?あと、なんだ?一夏のあの親指は?GOODLUCKって言う意味なのか?

 

「げ!?」

 

......あいつ、笑顔で親指を下に向けやがった。なんだ、俺に死ねって言ってるのか?生憎俺はこんなところで死ぬ気はないぞ。

 

男同士のアイコンタクトをしているなかで篠ノ之はこちらに向かっている。幽鬼の如く歩み寄る姿に周りの女生徒はガタガタと震え、果てには逃げ出す者も出る始末。こんな事で彼女は残りの高校生活を上手くやっていけるのだろうか?けっこう高校生活の三年間が大切なのになんだけどな。

 

「......剣を取れ、シロウ・エペ・フルーレ」

 

少女には似つかわしいドスの利いた声。そのせいで益々怖がられてしまっている。

 

「――――ふぅ」

 

ため息をついて仕方がなく剣を拾う。逃げ道はない。というか後ろの女生徒が俺を生贄を差し出す様に前に押すから逃げれない。

 

「――――はぁ」

 

今度は深いため息をついて前に足を進める。それを見てか、後ろから一斉にホッと言う胸を撫で下ろす声が聞こえた。......なんだろう。今、初めてアンリ・マユの気持ちがわかった気がする。

 

+ + +

 

「今さら泣いて詫びても許さんぞ?」

 

可憐な少女のその笑顔はもはや笑っていない。それ程までにキレているのだ。そして、そんな少女の表情を初めて見た幼馴染は――――

 

「............」

 

――――もの凄い罪悪感に刈られていた。まさかここまで箒のプライドを刺激するとは夢にも思わなかったのだ。

 

「......わ、悪いな。シロウ」

 

「悪いと思うなら篠ノ之に誤解を解いてくれ」

 

「ごめん、無理だ」

 

即答。考えるまでもなかった。今の箒は声を掛けるだけで逆鱗に触れてしまいそうなのだから。

 

「......だからって俺に丸投げするなよ」

 

シロウの意見はまっとうな意見だった。確かに発端はシロウではあるが、この厄介事の種を蒔いたのは間違いなく一夏である。だのに、この様になるという事は俺の幸運値は相変わらずなんだな、とシロウは自分の運の悪さに愚痴を言いながら箒と対峙する。

 

「何か言い残す事はあるか?」

 

......まるで今から殺人を犯そうとする人が相手に向かって言う台詞のようだ。

 

「そうだな。出来ればこの試合を止めたい」

 

「却下だ!」

 

こちらも即答。この二人似てるなとシロウは心の奥そこで感心する。

 

「一夏、合図を!」

 

「お、おう......」

 

審判役として二人の間に入る一夏はチラリとシロウを見遣る。シロウはその合図に諦めたようなため息でOKを出す。

 

「はじめ!!」

 

一夏のコールとともに駆けだしたのは箒。振り上げる竹刀は一夏を相手した時より強く握り締められている。どうやら日本一というプライドが逆に箒を本気にさせているのだろう。それを見た一夏はどうかこの場で殺人が起きませんようにと心の中で神頼みする。

 

――――パンッ!!という音が鳴る。だがこの音は単純に竹刀と竹刀がぶつかる音ほど高くはなかった。単に弾かれただけならば箒は次の攻撃のために行動を移すだろう。

 

だが、箒は目を見開いて動けずにいた。そして、それは決して箒だけではなかった。二人の戦いを間近で見ていた一夏も、ワイワイと騒いでいた観客も全員静まり返った。

 

――――シロウは完全に振り下ろされる前に前進し、竹刀を防いだ。前進した事には箒も多少驚きはしたが、その程度では動きを止めない。ならば、なぜ箒は硬直したのか?

 

それはシロウの止め方に問題があった。箒の竹刀をシロウは竹刀の腹ではなく先端で止めたのだ。それは如何ほどの神業か。例えるならば千里先の針穴に弓を引くような、まさに不可能の体現。人を卓越した動体視力と反射神経、そして絶対に失敗しないという自信があってこそ成せる業。

 

......あり得ない。箒の頭の中ではこの事実を受け入れられないでいた。箒は数多くの者と剣を交わし、その目で収めてきた。その中には世界最強のIS操縦者の織斑千冬や彼女の尊敬する篠ノ之柳韻もいるが、そんな彼らですらその様なふざけた剣の止め方はしない。コンマ0,1ミリという狂いが生じるだけで失敗し、敗北に繋がるのだから。

 

「――――まだ戦うのか?」

 

竹刀を交わしながら静かにシロウが問う。その声には哀れみが込められている。少なくとも箒はそう捉えた。

 

「なめるなぁあー!!」

 

――――怒涛の連撃。それは観客である女生徒たちの様な一般人の眼では追いつくのがやっとで完全には捉え切れないし、一夏もコレを防ぎ切れるか?と聞かれれば間違いなくNOと答えるだろう。日本一の称号は伊達ではない。だが――――

 

「......チィッ!!」

 

忌々しく箒は舌打ちする。もう二十合は打ち合っているのに決定打は一切ない。

 

――――シロウはかつて人の身でありながら、人というカテゴリーを越えて守護者にまで上り詰めた超越者。

 

故に唯の人である箒に勝ち目などある筈もない。

 

――――パァッンと剣道場に再び甲高い音が響く。

 

「............」

 

それは一瞬の出来事だった。攻めあぐねた箒が苛立って普段より若干大きく振り上げる。そして、シロウはその一瞬にも満たない間を狙って竹刀を叩き飛ばした。その結果、箒の竹刀はあられもない方向に飛んでいった。

 

「まだ続けるか?」

 

それは意地悪な質問だった。剣を失くした剣士にその様な問い掛けを無意味だ。だが、この戦いにおいては箒が負けを認めなければ終われない。

 

そして、長い沈黙の後、箒はただ一言呟いた。

 

「............私の敗けだ」

 

ポツリと聞こえた小さな声でこの戦いに幕が下りた......とシロウと一夏は思っただろう。

 

「だがしかし、また来週だ。今週一杯鍛錬してもう一度立ち合え!フルーレ!!」

 

「「は?」」

 

箒は下がり気味だった顔を上げる。その眼には負けた悔しさは込められているものの、次は負けない、という闘争心が剥き出していた。

 

「いや、でも箒......?一週間やそこらじゃ勝てないと思うぞ?」

 

「わかっている。来週勝てなかったら再来週。それでも勝てないならまた来週挑むまで。あ、それとわざと負ける様な事はするな。私は実力でお前に打ち勝ちたい。あと、一夏はこれからも放課後鍛錬に付き合ってくれ」

 

箒は言いたい事だけ言って飛ばされた竹刀を回収して更衣室に向かって行った。

 

「「............」」

 

残された男二人はお互いに目を合わせ、これから来るであろう面倒ごとにため息をつかずにはいられなかった。

 

 

 




オマケ
「フフ......」

更衣室では一人の少女が嬉しそうに笑っている。先ほど完膚なきまでに敗北したと言うのに、少女は嬉々としている。

「明日から一夏と一緒に鍛錬か......」

全く狙ったわけではないが、よくよく考えればそうなっている事に少女は気づいた。先ほど負けた相手に勝ちたいがために言ったのだが、偶然にも放課後好いている男子と二人きりになれる口実ができた。

「いや!その様なことは考えていないぞ!」

これは純粋な向上心と闘争心から生まれた結果。それに弱体化してしまった同門の世話も兼ねた一石二鳥と言うやつだ。そう自分自身に少女は言い聞かす。

「故に正当だ!!」

何が正当なのか全くわからないが、とにかく少女は握り拳を作って声を荒げていた。

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