正義の味方に施しを   作:未入力

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冬の昼下がり、公園にて

アーチャー。それは聖杯戦争における弓兵のクラス。

特に強力とされる三騎士の一角であり、遠坂、ランサーの話では今回召喚されずじまいだったというクラス。

重複したランサーの二騎に押され、抜け落ちた筈のもの。

 

「アーチャー…だって?知らないぞ、俺。というかアーチャーって召喚されてないんじゃないのか?」

 

当然の疑問にルーラーは難しい顔をする。

私も確信があるわけではないのですが───そう言ってルーラーが口を開く。

 

「私には全てのサーヴァントの所在、状態を把握する能力があります。確かに少なくとも半径十キロに渡り、アーチャーの存在は確認できません。ですが、感じるのです。あなたから、今回召喚される筈だったアーチャーの存在を。確証はありませんが、今回の異常の中心、消えたアーチャーの行方、それがあなたにあると、そう思うのです」

 

ルーラーの言葉は要約すれば、なんとなくあなたとアーチャーに関係がある気がする、程度のものだったが、真に迫る何かがあった。

もちろん、だからと言って心当たりなど何もないが。

 

「そう言われてもな……」

 

頭を掻く。ルーラーも、自身の言葉に根拠がないと感じるのかそれ以上の追求をしてはこなかった。

 

 

「遅い」

 

腕組みしたその指で自身の肘をとんとんと叩きながら、遠坂は不機嫌さを露わにしていた。

 

「遅いって、遠坂が出てからそんなに時間たってないだろ」

 

ランサーと多少問答があった程度。

時間にして数分程度だったはずだが、遠坂にしてみれば関係ないらしい。

 

「ふん。まぁいいわ。もうここに用はないでしょ、町の方までは行き先同じだし、そこまでは一緒に行きましょ」

 

そう言って返事を待たず遠坂が歩き出す。

その後にはセイバーの姿。

冬の寒さを雄弁に語る空気を切り、こちらのことなどお構いなしとばかりに二人は歩いていく。

 

「私達も行きましょうか、シロウ君」

 

隣でルーラーが笑う。

ああ、と頷いて一歩目を踏み出した。

 

来た道を戻る、という行為は存外体力を消費する。

新鮮な景色がある訳じゃなし、言って仕舞えば後片付けのようなものなのだから、少なくとも楽しいものではない。

──周りを全て女性に囲まれていれば尚更だ。

 

いや、周りが女性であることが問題なのではない。

その面子が問題だった。

遠坂、セイバーは言葉もなく、こちらを振り返ることもなく、ただ淡々と足を進め、隣を歩くルーラーもまた、そんな雰囲気を気にした様子もなく無言のまま。

そしてランサーはといえば、霊体化したまま我関せずといった状況だ。

 

サーヴァントという超常の存在が人間の数を上回るという異常に加え、これだ。

はぁ、とため息をついた衛宮士郎を一体誰が責められよう。

 

「?どうしました、シロウ君」

 

「いいや、なんでもない」

 

ぶっきらぼうに手を振って、気にするなと伝える。

納得した様子こそ無かったが、ルーラーはそれ以上踏み込まない。

だが、心配してくれた彼女にとる態度ではなかったか、と反省する。

どことなく居心地の悪さを感じ、会話の糸口を探す。

 

「そういえば、ルーラーの特権て何があるんだ?」

 

とりあえず、気になっていたことを口にする。

 

「視認したサーヴァントの真名を見抜く『真名看破』全てのサーヴァントに対して有効な令呪を二画ずつもつ『神命裁決』広範囲に及ぶサーヴァントへの知覚能力。そんなところね」

 

答えたのはルーラーではなく、前方を歩く遠坂だった。

 

「へぇ、てことはランサーの真名もセイバーの真名もわかってるってことか」

 

「ええ、ですが教えませんよ?」

 

鋭い瞳で見つめられるが、元々そんなつもりはない。

 

「いや、そんな気は無かったけどさ。真名ってそんなに重要なものなのか?」

 

何ということのない疑問、のつもりだったが、どうやら無知を晒してしまったらしい。

ルーラーの驚きの表情、遠坂の凍えるような視線、セイバーのため息から察するに俺の疑問は論外と言っていいもののようだ。

 

「当たり前です。では聞きますがシロウ君。仮に今回の聖杯戦争にジークフリートやアキレウスなどの英霊が参加していたら、あなたはどこを狙いますか?」

 

「そりゃ、ジークフリートなら背中の菩提樹の葉の跡、アキレウスなら踝───ってそうか、真名が知られるってことは弱点も知られるってことなんだな」

 

神話に知られる英雄の中には、所謂不死身の英雄と呼ばれる者も複数存在する。

ルーラーの言葉に出たジークフリート、アキレウス、そしてキュクノス、バルドルあたりが有名だろうか。

だがその中で完全なる不死身の英雄はいない。

ジークフリートであれば悪竜の血を唯一浴びることの無かった背中の一点、アキレウスであれば唯一人間のみのままであった踝、キュクノスであれば剣、槍以外の攻撃、バルドルであればヤドリギ。

 

真名を知られるということはその唯一と言っていい抜け穴を容赦なく攻撃されることに繋がるのだ。

不死身でないにしろ、英雄というものは弱点の一つや二つあるものだ。

中にはそれを知られた時点で敗北が確定するものさえいる。

 

「そういうことです。それに加えて真名を知られれば宝具もスキルも必然的に知られます。そうなれば、効果は薄まってしまうでしょう」

 

「そういうこと、だから衛宮君。自分のサーヴァントの真名は絶対バラしちゃダメなのよ」

 

なるほど、と頷いて礼を言う。

 

それからしばらくの間、先ほどよりは和らいだ空気の中歩き続ける。

相変わらず遠坂との距離は大きく、紡がれる言葉は少ないが。

だがそれも致し方ないことだとは思う。

俺と遠坂、二人が今行動を共にしているのは、異常を把握するため、という理由があったからだ。

それがなくなった以上、必要以上に関わらないようにという遠坂の態度はきっと正しいのだろう。

 

そして、真上に輝く光が僅かに傾いた頃。

 

「ここまでね。衛宮君、私はこっちだから」

 

交差点へと続く道の途中で遠坂はそう切り出した。

 

「これ以上一緒にいても意味はないし。ここできっぱりと別れて、明日からは敵同士ってことで」

 

『律儀だな、セイバーのマスター』

 

ああ、そうだな。と脳裏に聞こえたランサーの言葉に同意して笑う。

はっきりと敵同士になるのならそんな事を言う必要はない。

そう宣言するということは裏を返せば、今日のところは戦わないということ。

律儀にも、今日は休戦という言葉を守る意思表示と言えよう。

そもそも意味がないのは共に教会まで行ったこと、なんだかんだで様々なことを教えてくれたこと、事態を把握した後ここまで送ってくれたこと、その全てが余分なのだ。

 

「ありがとうな、遠坂。お前のおかげで色々助かった」

 

「ふん、別にあなたの為じゃないわ。異常について何も疑問を抱いてないあなたをそのままにしておくのが気持ち悪かっただけ」

 

「それでもだ。遠坂がいなけりゃ俺は何も知らずじまいだったからな」

 

もう一度鼻を鳴らしたのみで、遠坂はそのまま背を向けて歩き出す。

彼女のサーヴァントも共に。その間際、彼女が複雑そうな視線を向けてきたことが気にかかった。

 

 

 

 

「ここが商店街…なんだけど」

 

案内してほしい、というルーラーの言葉に従い、まずはよく利用する商店街に訪れた。

サーヴァントに見せるほどのものか、と問われれば自信を持っては頷けないし、新都の方へ行くべきだったかとも考えたのだが。

 

「ほう…」

 

興味深げに辺りを見回すルーラーの様子を見るにその心配は杞憂であったようだ。

それなら丁度いい。買い出しをついでにしておこう。

 

「シロウ君、あのオオバンヤキというのは何でしょう」

 

脳裏に買い物リストを浮かべていた俺の服を引っ張られる。

ルーラーが指差す先からは小麦粉の焼ける香ばしい香りが漂ってくる。

 

「… なんて言えばいいのかな。生地の中に餡子を詰めた食べ物だよ。簡単に言えば甘いおやつだな」

 

「おやつ、ですか」

 

なるほど。とルーラーが手を叩く。

 

「なんなら食べてみるか?───ってサーヴァントは食事必要ないんだったか」

 

「いえ、食べてみます」

 

ルーラーの食い気味な返答に笑みを浮かべる。

店主に代金を渡し、三つ分の包み紙を受け取った。

期待に目を輝かせるルーラーにその包み紙を一つ渡す。

 

「あ、ありがとうございます。暖かいですね」

 

「そりゃそういう食べ物だからな。熱いの苦手だったか?」

 

「いえ、そんなことは。それより、三つ──ああ、なるほどランサーの分ですか」

 

ルーラーの視線が手に持ったままの残りの包み紙に注がれる。

 

「私が言えた事ではありませんが、シロウ君は変わってますね。サーヴァントに食べ物を買ってあげるなんて」

 

「そうみたいだな。それより、これ食べられるとこ探そう」

 

手に持つ暖かい温度が冷めないうちに、と腰を降ろせる場所を探す。

幸い、近くには住宅地に併設された公園があった。

人気はなく、遊具で遊ぶ子供もみられないが、まぁ静かな雰囲気というのもいいだろう。

ベンチに腰掛けて包み紙を開く。

人目がないとはいえ、ランサーを現界させるわけにはいかず、ルーラーと二人ではあるが。

 

「あむ…。美味しい…」

 

そりゃよかった、と自分の大判焼きに口をつける。

冬の気温に晒され、少し表面に冷たさが張っている。

それでも中の暖かさはそのままだ。甘さも損なわれてはいない。

 

「アンコ、というものは初めて口にしましたが、本当甘くて美味しいです」

 

「甘いもの好きなんだな」

 

「そうみたいです。私の生きた時代にはこのようなものはありませんでしたが、良いものですね」

 

そう言ってふわりと微笑む。

なんとなく直視することが躊躇われた。

誤魔化すようにもう一口頬張る。

 

ふと彼女の手の中の包み紙を見ると、既に残りは三分の一程度にまで減っていた。

と思えば、次の瞬間その三分の一の全てが消えていた。

見かけによらず大食いなのかもしれない。

 

「気持ちのいい食べ方するな」

 

その品を買った身としても、これほど豪快に食べてもらえると気分がいい。

きっとこれを売った店主も彼女の食べる姿を見れば幸せに包まれるだろう。

 

「え、す、すみません…。はしたなかったでしょうか」

 

顔を赤くし、ルーラーがあたふたと狼狽える。

 

「なんでそうなる。幸せそうに食べてたからな。思ったことを言っただけだよ」

 

彼女に倣えと大判焼きにかぶりつく。

思ったより中心部分は他と比べ温度が高い。

少し顔を顰める。

 

「大丈夫ですか?」

 

気遣うような声。

だが視線は食べかけの大判焼き向いている。

 

流石に躊躇う。口をつけてしまったものをあげるのは───

 

『オレの分をくれてやれ。味わっているのかは疑問だが、オレよりはルーラーの方がそれを求めているようだ』

 

脳内にランサーの援護が入る。

いいのか?と聞くもランサーの答えは変わらない。

 

「食うか、これ。ランサーがやるってさ」

 

「いいんですか!?」

 

冷めてはいるだろうが、とルーラーにもう一つの包み紙を渡す。

よほど気に入ったのか、彼女は深く礼の言葉を述べると手の中のそれに勢いよくかぶりついた。

 

ちなみに、彼女がもう一つの大判焼きを食べ終わるのは俺より早かった。

 

「じゃあ商店街に戻るか、夕飯の買い出しとか済ませたい」

 

「夕飯、ですか」

 

「…食いにくるか?」

 

僅かに輝いた瞳を見過ごせず、そう尋ねる。

しかし、即答するかと思われたルーラーは予想に反し、微かに唸る。

 

「申し出はありがたいのですが、私はこれでも中立の身。そして聖杯戦争の調停役です。流石に夜の時間にお邪魔するのは…」

 

そういえばそうだった。

聖杯戦争は主に夜に戦闘が行われるらしい。

ならば彼女はその時間、必然的に出歩く事になるのだろう。

 

「そうか、残念だな…」

 

「ええ、残念です…」

 

そう言ってルーラーが小さく縮こまる。

 

「まぁ、とにかく行くか。そういえば昼食もまだだしな」

 

「昼食…!」

 

「……食いにくるか?」

 

またもや彼女の瞳が輝く。

しかし

 

「…申し出はありがたいのですが、中立の立場である以上マスターの家にお邪魔する訳には」

 

「…そうか、大変な立場なんだな」

 

ますます彼女の姿は小さくなる。

 

「ええ、戦闘の余波の後始末やルールに違反していないかの確認など、色々あるのです…」

 

調停役、という以上そういった仕事が主になるのだろう。

サーヴァントという人智を超えたものの戦いであるならその余波もまた凄まじい。

その後始末というどこまでも先の見えない仕事の大変さに思いを馳せ、そして背筋にピリ、と電流が走る。

 

「なぁ、ルーラー。そのルール違反ってどういう事のことを言うんだ」

 

「え、と。これは正直なところルーラーとして召喚されたサーヴァント本人の裁量によるものが大きいのですが…私個人としては、神秘を漏洩させるもの、聖杯戦争と関わりのない人々の命を奪うこと、などでしょうか」

 

不思議そうな表情を浮かべるものの、ルーラーはそう返答してくれる。

思った通り、無関係の人間を巻き込むことはルール違反らしい。

それなら

 

「ルーラー。今この街でその無差別で人を襲おうとしているサーヴァントがいる、らしい」

 

そう言った瞬間、ルーラーの瞳に鋭い感情が浮かぶ。

先程の無邪気に大判焼きを頬張る彼女ではなく、サーヴァントとしての彼女が顔を出す。

 

「シロウ君、それは本当ですか」

 

ああ、と頷いて遠坂に聞いた学校の結界の件を話す。

中の人々を無差別に融解し、命と魔力を奪う結界の件を。

ルーラーとはいえ、彼女のような少女を巻き込むことに忌避感がないわけではない。

だがそうも言ってられないのも事実だ。

せめて、その結界を張ったマスターの情報ぐらいは得ておきたい。

 

「───て訳だ。ルーラー、その結界誰が張ったのかとかはわからないのか」

 

「──いえ、サーヴァントの位置はわかりますがそれだけではどうにも。まさか自身の屋敷に結界を張る訳でもないでしょうし」

 

それもそうか、と頷く。

 

「ですが、結界を目にすれば何かわかるかもしれません。サーヴァントがそこに寄り付く可能性は低いですが…。シロウ君、申し訳ありませんがその学校に案内して頂いてもよろしいでしょうか」

 

「もちろんだ」

 

力強く返答する。彼女がいれば百人力だ。

結界を止められるかもしれない、という希望が見え少し心が軽くなる。

 

「それなら、後で学校に行こう。よし、さっさと買い出し済ませるか」

 

気合いを入れて歩き出す。

しかし、ぐいと服を引っ張られ後ろによろめく。

引っ張られる感触の方へ視線を向けると、何かを我慢するような難しい表情のルーラーがいた。

 

「え、とシロウ君。それなら、ですね…」

 

「なんだ、どうかしたのか」

 

「その、学校がどこにあるのかはわかりませんが…、時間も時間ですし、その、私はともかくシロウ君は昼食を食べた後の方が、えと、その…」

 

しどろもどろになりながらも彼女は言葉を紡ぐ。

まぁ、そこまで言われれば彼女が何を望んでいるのかぐらいはわかる。

昼食の話をここで持ってきたということはつまり

 

「食いにくるか、ルーラー」

 

「は、はい!」

 

今度こそ、即答だった。

そうと決まれば、買い出しの量も変わる。

正しくはわからないが、おそらく彼女は相当な大食い。

その後に控える捜査のことも踏まえ、昼食は多少豪華に行くべきかもしれない。

 

「さぁ!行きますよシロウ君!」

 

気づけばルーラーの姿は前方へ。

思わず苦笑する。

 

結局、予定より大きい買い物袋を手に家路を歩いた。

だが出費は思ったより抑えられたと言っていいだろう。

ルーラーの姿を見て、顔馴染みの店主達が値段をまけてくれたのだ。

 

外人の美人さんを連れてるなんてやるねー。

 

だそうだ。

言いたいことは色々あるが、まぁ安く済んだのなら文句は言えない。

 

「シロウ君、一つ持ちましょうか?」

 

「いや、いい。女の子に重いものは持たせらんないだろ」

 

陽は傾きを大きくし、これからは沈んでいくのみ。

午後の光は寒さを和らげ、袋を持つ両腕の熱もそれに一役買っている。

 

「───やっぱり変わってます。その優しさ大事にしてくださいね」

 

それともう一つ。

隣で笑う彼女のせいもあるのかもしれない、と思った。

 

 




話が、進まない!
&
メインキャラのカルナさん出番たった二言!
大変申し訳ありません。

それにしてもルーラーには何故だか「なるほどなー」
とか言ってもらいたくなりますね。


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