正義の味方に施しを   作:未入力

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ラ・ピュセル

食卓は、絶対零度の冷気に包まれていた。

二人分の朝食は半分以上その形を残したまま隅に追いやられ、ランサーの座っていた席には赤い魔術師が着席している。

その正面に衛宮士郎。そして互いの背後にはそれぞれの主を守護するため、サーヴァントが待機している。

 

「おはよう、衛宮君。早速で悪いんだけどあなたに聞きたいことがあるの。お邪魔するわね」

 

そう言って半ば強引に上がり込んだ遠坂凛の突然の来訪から五分と少し、その間会話らしき会話は一つとしてない。

遠坂凛は不機嫌さを隠そうともせずテーブルに置いた指先でコツコツと音を鳴らし、二騎のサーヴァントは微動だにせずただ佇むのみ。

重苦しい、なんてものじゃない。

 

「なぁ、遠坂───」

 

「うるさい。今色々と整理してるの、ちょっと黙ってて」

 

耐えきれず開いた口を閉じる。

援護を求めようと彼女の背後に控える少女に目線を移すも、冷ややかな表情を向けられるのみ。

 

軽くため息を一つ。

そして再び食卓に沈黙が戻った。

隅に追いやられた朝食を一瞥する。

もう冷めちまってるよな、と考え温めなおさなきゃな、という結論に至る。

それならもう一品作るのもいいかもしれない。簡単なものでいい、なんとなくもう少し何か口に入れたい気分だ。

朝からこんな息の詰まる空間に押し込められているのだ。それくらいの贅沢はいいだろう。

 

「衛宮君」

 

明後日の方向に向かっていた思考に冷水をかけられる。

 

「あなた魔術師?」

 

一瞬、息が止まる。だが、見破られて当然かと気付く。

ランサーによれば昨夜遠坂凛とは一度相対しているそうだし、相手もサーヴァントを連れているのだ、同じようにサーヴァントを連れているのが魔術師だってことぐらいわかって当然だろう。

 

「ああ、まだ半人前だけどな」

 

そう返すと、遠坂は深く息を吐いた。

 

「本当に魔術師でマスターだなんて。同じ学校に通って置きながらそうと見抜けなかった自分に腹が立つわ」

 

「俺も驚いた、まさか遠坂が魔術師だったなんてな」

 

「気付かなかったって?当然よ、周りに素性を知られるようなヘマするかっての」

 

若干の怒気をこめられた言葉が放たれる。

なんというか、魔術師だったことにも驚きだが、普段の姿が偽物だったことにも驚きだ。

今の遠坂は学校での優等生っぷりからは考えられない表情、言葉遣いをしている。

 

「それで?マスターになったってことはやっぱり聖杯が欲しいのかしら衛宮君は。ま、そんな超ド級のサーヴァント連れてるんだもの、聞くまでもないことかしらね」

 

「いいや、聖杯はいらない。俺はそんなものの為にマスターになったんじゃない」

 

遠坂の目を真っ直ぐに見据え言い放つ。

驚きは遠坂と背後の少女から。両者とも信じられないと言うように目を見開いている。

 

「え、本当に?じゃあ何の為にマスターになったのよ。いや私も聖杯が欲しいわけじゃないんだけど…というかあんたはそれでいいの?マスターがこんなんじゃあんたに聖杯が与えられる可能性はぐっと低くなるのよ?」

 

遠坂に視線を向けられたランサーが口を開く。

 

「構わない。オレの望みは聖杯ではないのでな」

 

「あっきれた。召喚されるサーヴァントはマスターと似通った英霊がーなんて聞いてたけど、その通りね。あなた達お似合いだわ」

 

脱力し、遠坂の肩が落ちる。

どこか毒気を抜かれた、といった遠坂だが、背後の少女の視線は強くなる。

 

「聖杯がそんなもの、ですか。ならば聞こう、貴方は何の為にこの戦いに身を置くのです。聖杯がいらないのならそもそもこんな戦いに参加する意味はない。今すぐ降りた方が──」

 

まくし立てるように言葉を並べ、糾弾するような視線を向けられる。

 

「そこまでだ、セイバー。お前が聖杯に入れ込むのは勝手だがな、それを理由に降伏を勧める権利などお前にはない」

 

だがランサーの声がそれを遮った。

怒りはなく、その他の感情もなく、淡々と。

 

それを見、遠坂の眉の片方が興味深げにつり上がった。

 

「そいつの言う通りよセイバー。私だって聖杯そのものが目的ってわけじゃない、でもあなたと同じようにこの聖杯戦争にかける想いとかそういったのがあるの」

 

「凛……。そうですね、失言でした」

 

遠坂の諌めるような声音に、彼女のサーヴァントは言葉の矛を収め謝罪する。

 

「でも興味あるわね。ほとんどのマスターは聖杯求めてこの戦いに参加するのよ?それがいらないって言うんなら、あなた達の目的って一体何なのかしら」

 

遠坂の言葉にぐっと拳を握る。

この戦いに参加する目的、そんなもの決まっている。

 

「こんな戦い、間違ってるからだ。願いを叶える為に殺し合うなんて間違ってる。無関係な人を巻き込むってんなら尚更だ。だから俺はこの争いを止める為に戦う」

 

今度こそ、遠坂のサーヴァント──セイバーは獅子を思わせる覇気を纏い激昂した。

 

「間違っている?あなたに何の権利があってそのような事を言うのです!私はどうあっても叶えなければならない願いの為にこの戦いに参加した!それすら間違いだと、貴方はそう言うのですか!?」

 

「待て、そうは言ってないだろ──」

 

「貴方の言っていることはそれと同義です!」

 

怒りのままセイバーは身を乗り出す。

 

「だから違う!俺はただ、形振り構わず願いを叶えようなんてやつを止めたいだけだ!いいかセイバー、お前がどんな願いを抱いて聖杯戦争なんてものに参加したのかは知らない。でもなその為なら誰かを傷つけていいなんてのは間違ってるんだ」

 

呼応するように席を立ち、テーブルに手をつく。

 

「だからそれが──!!」

 

瞬間、何かを叩きつける音がした。

それが遠坂がテーブルを思いっきり叩いた音だと理解し、口を噤む。

 

「いい加減にしなさい。衛宮君もセイバーも、自分の意見を押し付けるのはやめなさい。どうせ分かり合えっこないわよ。ただね、衛宮君、あなたの誰も傷つけたくないって考えは立派だと思うけど、それってもう叶わないのよ。だって既に聖杯戦争は始まってるんだから。これが戦いだという以上、どうやったって傷付く人も、悲しむ人も出てくる。それは理解してる?」

 

「──ああ、それはわかってる。だから俺が終わらせる。こんな戦い俺が終わらせてやる」

 

はっきりとそう言い切ると、遠坂は一度何かを考えるように目を閉じ、深く息を吐いた。

 

「わかった。つまり衛宮君は願いを叶える為に形振り構わず無関係な人を巻き込むようなマスターを止め、更に聖杯戦争そのものを破壊するために戦うって訳ね。全く、矛盾の塊、心の贅肉ね」

 

「そう言ってやるな、セイバーのマスターよ。確かにシロウの選択は魔術師としては失格だが、人としては正しいものだろう」

 

ランサーの言葉に遠坂は答えず、何度目かの沈黙が訪れる。

未だ、セイバーからは刺すような視線。

それに対抗してその瞳を真正面から受け止める。

セイバーの気持ちも、考えもわからないでもない。だがそれでも俺が間違っているとは思えない。

 

そして、ピリついた空間の中口を開いたのは、やはり遠坂だった。

 

「衛宮君、あなたの考えは理解した。どうしたって肯定はできないけどね、魔術師としては」

 

そこで一度遠坂は言葉を切る。

そして覚悟を決めた瞳で

 

「だからこれから私とあなたは正真正銘敵同士。一般人を巻き込む、なんてことはしないけどマスターとして最後まで私は戦うわ。止められるなら止めてみなさい。甘っちょろい事を言う魔術師もどきにそれができるなんて思わないけど」

 

それはどこまでも、魔術師としての言葉だった。

言葉が出ない。何かを返すべきだとわかっているのに、初めて見る魔術師の覚悟に圧倒されていた。

しかしそれでも

 

「ああ、止めてやるさ。はっきり言ってやるぞ。聖杯戦争なんてもんは根本から間違ってる。お前ら魔術師がそれを続けるって言うんなら俺が必ず止めてやる」

 

「ふん、いい目をするじゃない。───ってことは私の考えは外れか。いや、もともと可能性が低いってのはわかってたんだけど」

 

見る者を圧倒する魔術師の覇気が霧散する。

それと同時、遠坂は不思議な事を口にした。

 

「ん?なんだ遠坂、その考えって」

 

「学校の結界。私あれ貴方がやったんじゃないかって思ってたの」

 

結界──?

学校にそのような者が貼られている?

生憎だが心当たりがない。

 

「結界、ってなんだ遠坂。俺はそんなもの感じなかったぞ」

 

「…はぁ、半人前って本当なのね。それで聖杯戦争を止めようなんて──って今はそれはいいか。あのね、衛宮君、学校には今強力な結界が貼ってあるの。発動こそしてないけど、一度動き出したが最後。中にいる人間を融解し尽くす。そんな結界がね」

 

その言葉に自分の内から吐き出したくなるくらいの熱い激情を感じた。

自分の気付かない所で、そんなおぞましい物が動き出そうとしている───?

そんなもの認められるはずがない。

 

「──はい、そんな顔しない。私の見た所あれはまだ準備段階。なにも今すぐ動き出す訳じゃないわ」

 

「だからって余裕があるって訳でもないんだろ」

 

「まぁね。それならそれでそれを貼ったマスターを探し出すまでのこと。あの結界はほぼ学校全体を覆うほどのもので、血肉を奪うタイプ。そんなもの魔術師には不可能よ、ならそれはサーヴァントがやったって考えるのが自然」

 

そこまで聞き、気付く。

学校の敷地全てを覆うほどの結界。結界とは本来内から貼るものだ。

それはつまり、マスターないしはサーヴァントが学校内に入り込んだということ。

 

「待て、じゃあ学校には他のマスターが」

 

「大正解。そういうことでしょうね。話を戻すわよ、ならあの結界を止めるにはサーヴァントを倒すしかない。私にできたのは結界の起点を多少妨害する程度、おそらくそれでも一週間もすれば準備は整って、いつでも発動できる状態になってしまう」

 

「それまでに、マスターを」

 

「探し出さなきゃいけない。難しいでしょうけどね───あーあ、アテが外れたなぁ」

 

やれやれ、と遠坂は頭を振る。

忘れていた。何故遠坂はその結界を俺が貼ったと考えたのか。

 

「なるほどな。何故下手人がシロウだと判断したのか、そういうことだったか」

 

その疑問に、どうやらランサーは思い当たる節があるらしい。

背後を振り返り、視線で内容を問う。

 

「簡単なことだ。シロウ、お前も感じただろう。オレがどれほどの魔力喰いかをな。血肉を奪うという事はそこに込められた魂、魔力を奪うという事だ。セイバーのマスターはその魔力をオレが戦闘するための燃料にあてるのではないかと考えたのだろう」

 

「な、俺がそんなことするか!」

 

「ええ、わかってるわ。だからアテが外れたって言ったじゃない。というか、やっぱりあなたのサーヴァントって燃費悪いのね。まぁ、そんな見るだけで規格外ってわかる英霊なら当たり前よね」

 

遠坂は一人納得したように頷く。

だが俺にはよくわからない。ランサーが規格外───?

確かに昨夜は魔力が抜け落ちるような感覚を感じたが。

 

「お前ってそんな凄い英霊なのか」

 

だから口から出る言葉は俺にとってとても自然なものだったのだが。

 

「え、衛宮君。気付いてないの!?あんたも大変ね、こんな鈍感なマスター引いちゃってさ」

 

「同意します。まさかこれ程の存在感を誇る英霊の格を測れないとは」

 

遠坂主従にとってそれはあり得ないことらしい。

しかしランサーは気にした様子もない。いつも通り、涼しげな顔のままだ。

 

「そのような些細な事を気にする必要はない。オレは高名な英霊などではないし、それが戦局に影響する訳でもない」

 

ということらしい。

 

「あら、随分出来た英霊ね。でも、そうねそれなら───」

 

「楽に勝てる、などとは思わないことだ。我が主人、エミヤシロウを侮るな。確かに魔術師として無知もいいところだがな、魔力の量は並みを大きく上回る」

 

「一言多いぞ、ランサー」

 

ランサーの歯に衣を着せぬ物言いに堪らず苦笑する。

と同時に嬉しくもなる。ランサーは言外に衛宮士郎はランサーのマスター足りえる人物だと、そう言っているのだ。

 

「───ちょっと待って」

 

だが、そこで遠坂が表情険しくする。

あり得ない、と言わんばかりに、そして信じられないと言うようにランサーを凝視している。

 

「ランサー、ですって?悪いけど、それ確かなんでしょうね」

 

「あ、ああ。俺はそう聞いた。だよな、ランサー」

 

どこか鬼気迫る遠坂の迫力に飲まれかけながらも返答する。

確かにランサーは昨夜自らをランサーだと名乗った。

 

「ああ、だがその表情から察するに、そうかお前達ももう一騎のランサーと相対したか」

 

ランサー言葉に昨夜の出来事が思い返される。

そうだ、俺も昨夜もう一騎のランサーと戦った。

あの青い男、紅い魔槍を操るあの男。

記憶も朧だが、ランサーがクー・フーリンと呼んだあの男も、ランサーだと言ってはいなかったか。

何故こんな簡単なことに思い至らなかったか。

先ほどランサーから聖杯戦争、サーヴァントについて聞いた時に気付いてもおかしくなかったというのに。

 

この聖杯戦争、七つのクラスのうちアーチャーが抜け、ランサーが重複している。

それがどれだけあり得ないことなのか、それは遠坂の表情がありありと物語っている。

 

「あり得ません。あの青いサーヴァント、彼はランサー以外にあり得ない。槍術に秀で、宝具としてあの槍を展開しようとしていました。私としては、あなたが嘘を吐いているとしか思えない」

 

「残念だが、虚言を弄することができるほど器用ではない。加えて、オレにその疑問の答えを求められても意味はないぞセイバー。オレにも原因など分かりはしないのでな」

 

そうだ、思い出した。

クー・フーリンとカルナ。両者はこれが確かな異常だと言ってはいなかったか。

 

「───何かがおかしいわ。この聖杯戦争は何かがおかしい。もちろんあなた達の言葉を信じるなら、だけど」

 

遠坂の視線に冷たいものが混じる。

しかしそこに一握りの戸惑いが含まれていることも感じられた。

ランサーの言葉に嘘はないとどこかで理解しかけているからだろう。

 

「俺は嘘は吐いてない。ランサーの言葉を借りる訳じゃないけど、俺も嘘を吐けるほど器用じゃない」

 

「──そうね。確かにあなたはそういう人種じゃない」

 

「凛!信じるというのですか!?」

 

「いいえ、信じる訳じゃない。でも嘘を吐く理由がないのも事実なのよ。ランサーが二騎なんて嘘を吐いたところで彼らにメリットがある?クラスを隠したいのならただ隠すだけでいい。他のクラスとして偽る必要なんて無いのよ」

 

「ですが──」

 

食い下がるセイバーに遠坂の視線が向けられる。

食卓について初めて、遠坂は俺たちから視線を完全に外した。

 

「セイバー。もし衛宮君の言う事が事実であるなら、この聖杯戦争にーーいえ、聖杯に何かが起きているのかもしれない。衛宮君が嘘を吐いている可能性が低い以上、私達が考えるべきことはもっと別のことよ」

 

そう言ってセイバーを説き伏せた遠坂がこちらに向き直る。

 

「聞いたわね、衛宮君。さっきは敵同士、なんて言ったけど一時的にそれ撤回するわ。とりあえず今日だけは休戦して、この異常の把握を優先しましょう」

 

願ってもないことだが、即答するのは憚られる。

結界のことを聞いた以上、それを優先したい──と言っては見たのだが。

 

「馬鹿ね。休日にどう調べようってのよあなたは。出来ることからすべきよ、全ては合理的にってね。いい?衛宮君。クラスの重複なんてイレギュラー、聖杯が容認する訳ないのよ。それが現実のものとなっている以上、聖杯に何らかのエラーが起きているのは確実よ。たかがエラーなんて思うかもしれないけどこれって凄く深刻なことなの。もしかしたら私達が聖杯戦争をする意味まで失われるかもしれないんだから」

 

「そう、なのか──?でも、だとしたってどうやって調べるつもりなんだ遠坂は」

 

そう尋ねると、遠坂は気乗りしないといった仕草で鬱陶しそうに髪をかきあげる。

 

「この聖杯戦争の監督役に話を聞きに行きましょ。胡散臭いやつだけどあれでも監督役。今現在のエラーも把握してるでしょうし、聖杯に異常があるなんて知れば動かざるをえないはずだわ」

 

 

衛宮士郎、遠坂凛の会話の数時間前、二騎のランサーの激突から一時間と少し。

 

「ここが冬木、ですか」

 

冬木の土地に9()()()のサーヴァントが召喚された。

セイバーと同じ陽光の髪、強い意志を感じさせる瞳。

しかし纏う気配は真逆。セイバーを騎士と形容するなら彼女は乙女(ラ・ピュセル)

 

その真名は、ジャンヌ・ダルク。

クラスはルーラー。

聖杯戦争の調停役として呼び出される、絶対の中立者である。




会話回?説明回?

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