本国に帰還した私は
もはやパレードでも行い、
圧倒的な熱狂に浮かされた国民達の歓声を、私は
「姫様も少しは手を振ったらどうだ? 王族は人気商売だろ、愛想良くした方がいいぞ」
頭上から小さな声が聞こえてきた。
知らなかった王族とは人気商売だったのか。
私は虚ろな目のまま手を振った。その私の動きに合わせて
悲鳴のような歓声が湧き上がる。
「貴様、こんな騒動を起こしてこれからどう動く気なんだ。何か案はあるんだろうな?」
もはや完全に
なぜか恐怖の代名詞ともいえる巨神兵の存在を恐れない国民達の様子に内心では安堵したが、これから軍部からの詰問が待っていると思うと気が重くなる。
いや、その前にヴ王から呼び出されるだろうか?
どちらにしろどう動くべきか方針を決めねばなるまい。
「姫様、何か言ったか? 周りがうるさくてよく聞こえないぞ。うーん、テレパシーとか使えないかな? 試してみるか」
また
『姫様、聞こえるか?』
『うわっ、頭の中から
『おう成功したな。これはテレパシー……念話といえば通じるか? 心の中で会話ができる俺の能力だな』
『心の中で……もう何でも有りだな、お前』
とんでもない能力だがもう驚く気も起きなかった。
『だがこれは便利だな。相手が考えている事が貴様には筒抜けだということだろう? 交渉事には圧倒的に有利になるぞ』
『……いや、それは無理だな。ほら、念話中は相手の心が自分の心に触れているような不思議な感覚があるだろ? これじゃあ、相手にバレるぞ』
『……なるほど、確かに何かが心に触れている感覚があるな。これが貴様の心ということか』
自分の中に感じる不思議な感覚。
別に不快感は感じないが、これは確かに相手に気付かれるな。
『うーん、それに俺は姫様以外とはあまり念話はしたくないかな』
『ほう、それはどういう意味だ?』
彼の言葉に私は心の中で首を傾げる。
念話を行うのは彼の負担にでもなるのだろうか? それならあまり多用はせぬ方がいいだろう。
『いや、腹黒いオッさんとかの心には触れたくないと思っただけだ。何だか心の汚さが感染りそうで気持ちが悪いだろ?」
『な、なるほど。酷い言い草だが、気持ちは分からんでもない。私もヴ王や兄上達の心などには触れたくないからな」
『だがまあ、これで姫様とのお喋りをいつでも楽しめるな。姫様の部屋は狭くて入れなかったからな』
『ククク、これほどの能力をただのお喋りで使おうとは、やはり貴様は変わっているな』
『そうか? だが便利だろ、寝る前のお喋りや内緒話に使えるぞ』
『フハハハッ、確かにその通りだな。それは便利で楽しそうだ』
『姫様、ちょっといいか?』
『どうした、急に真面目な雰囲気になったぞ?』
彼から伝わる雰囲気が変わった。何かあったのだろうか?
『もうすぐパレードが終わりそうだが、この後の方針とやらは決まったのか?』
『なんだと!?』
目の前に見えるパレードの終着点の王宮前では、軍幹部達が待ち構えているのが見えた。
もちろん方針など思いついていない。
『うう、お腹が痛くなってきた』
『姫様、大丈夫か? ウン◯を漏らしそうなら言ってくれよ』
『それが女の子に言う台詞か!!』
私は
ポカン。
*
地上に降りた私の前にズラリと並ぶトルメキア軍の幹部達。
彼らは、まるで私が親の仇だといわんばかりの凄まじい形相を浮かべていた。
私の背後には巨神兵が仁王立ちしている。
『お前はそこで待っていてくれ』
『分かった』
『絶対になにもするんじゃないぞ』
『大丈夫だ。俺を信じろ、俺はいつでも姫様を一番に考えているかな』
『……まあ、いいだろう。信じているからな』
『おうっ、俺に任せてくれ!』
非常に怪しいが、いつまでも黙っているわけにもいかない。ここはこいつを信じておこう。
私は幹部達に近付いていく。
「ただいま辺境の視察任務から戻りました」
幹部の一人が一歩前に出る。
「これはこれはクシャナ殿下。随分とでかい土産がある様ですなあ。しかし恐れ多くもクシャナ殿下の上官にあたる私めは、事前になにも聞いておりませんでしたが……まあ、いいでしょう。クシャナ殿下はまだまだ経験不足ですからな。今回の独断での行為は不問と致しましょう。後の事は私達で処理を行うゆえ、クシャナ殿下はゆるりと休暇でも楽しまれて下され」
やはり私から巨神兵を取り上げるつもりのようだ。だが、こいつを渡すわけにはいかぬ。
「それはどういう意味でしょうか? 後ろの者はあくまでも私個人が召し抱えた者です。それをトルメキア軍に引き渡せと言っているように聞こえるのですが」
「おやおや、どうもクシャナ殿下は公私混同をされていらっしゃるようですな。軍事行動中に現地徴用した兵士は個人ではなく、軍に所属することは当然ですぞ」
「何を仰るかと思えばそんな事ですか。どうやら勘違いされているようですね。彼は現地徴用した兵士ではなく、たまたま現地にて私個人に仕えたいと申し出てきた者です。そして私は彼を雇うことに決めました。ただ、王都まで来るのにトルメキア軍の艦艇に同乗させたことを公私混同と言われれば返す言葉もありません。私としては、その程度のことは現地指揮官の裁量内と認識しておりましたゆえ」
「ふむふむ、クシャナ殿下の言うことは分からなくもない。だが、クシャナ殿下個人で兵士を雇うと言ってもトルメキアでは個人での兵力の所有は認められておりませぬ。全ての兵力は偉大なるヴ王陛下のものです。たとえクシャナ殿下が王族であろうともそれは変わりませぬな」
「何を言っておる? 後ろの者は兵士ではなく、執事として雇ったのだ。うむ、どうやら根本的に勘違いされておられたようだ。しかしこれで勘違いは解消されましたな。では私はこれより休暇となりますゆえ、失礼させていただきます」
とにかくこの場を離れる必要があった。多少、強引にでも自分の屋敷に戻り体勢を整える時間が欲しい。
私は踵を返し立ち去ろうとした。
「待たれよ、クシャナ殿下」
その私の肩を幹部が掴む。やはりそう簡単に帰してはくれぬか。
私が再び口を開きかけたとき、
“ビシッ”
巨大な指が、私の肩を掴んでいた幹部を弾いた。
「…………え?」
吹き飛ばされた幹部は、後ろにいた他の幹部達を巻き込んで倒れた。
「…………え?」
混乱した私は呆然とその状況を眺めるだけだった。
「超極太ビーム!!!!」
そして
「…………え?」
轟音と共に放たれた炎は、王宮の屋根の一部を消滅させながら天空へと伸びていった。
それまで王宮前の広場で歓声を上げ続けていた国民達の声が止む。
そして
「誰であろうとも、我が敬愛するクシャナ殿下に汚い手で触れることは許さん。次は問答無用で吹き飛ばすぞ」
誰も動かなかった。いや、動けなかった。
かつて世界を滅ぼしかけた邪悪なる一族の末裔。
その言葉がこの場にいる全て者達の胸に浮かんだ。
静まり返る王宮前。
そして私は――ブチ切れた。
「貴様は!! 本当に!! 本物の!! 正真正銘の!! 大馬鹿なのか!!」
私は国民達の前だという事も忘れて、本物だった
“ポカポカポカポカポカ”
「ひ、姫様っ、ちょっと待ってくれ! 俺は姫様の為を思ってだな! 決して悪気があったわけじゃないんだ!」
「悪気があってたまるか!! この大馬鹿が!!」
“ポカポカポカポカポカ”
「わ、分かった! 分かったから!」
「む? 何が分かったのだ。言ってみろ!!」
「姫様は建物を壊したから怒っているのだろう? ちゃんと次からはビームではなく蟲のときと同じようにパチンとするからな!」
「全然分かっとらんわ!!」
“ポカポカポカポカポカ”
「待ってくれ! 次は本当に分かったから待ってくれ!」
「ハアハア、じゃあ言ってみろ!!」
「姫様、大丈夫か? 息が切れているぞ」
「貴様のせいだろうが!!」
“ポカポカポカポカポカ”
「うわ!? 心配したのに殴られるのか!?」
「うるさーい!! 全部お前が悪いんだー!!」
*
大馬鹿を正座させて説教をしている最中に、ふと正気に戻った。
ソーッと王宮前の広場へ目を向けると、国民達は目を点にして呆然としていた。
次は王宮側にソーッと目を向けると、既に幹部達は居なくなっていた。
幹部達が消えたのは幸いだが、なんとか国民達を誤魔化す必要がある。
うーん、うーん、うーん。
そうだ!
いっその事、ここは何もなった様に振る舞おう。
大抵のことは堂々としていれば上手くいくものだからだ。
私は大馬鹿に念話で指示をした。
大馬鹿は立ち上がると、パレードの時と同様に胸の高さまで私を持ち上げる。
そして、私と大馬鹿は国民達に向かって揃って手を振った。
「国民の諸君、私の帰還パレードに参加してくれて嬉しく思うぞ! この者は私の新しい執事だ! 歓迎してやってくれ!」
「俺は姫様に忠誠を誓う少し体の大きい執事だ! これからよろしく頼む!」
しばらくの静寂のあと、国民達は再び大歓声を発した。
「うむ、上手く誤魔化せたようだな」
やはり堂々としていれば大抵のことは上手くいく。
歓声を発する国民達を見渡しながら、私は満足感と共に頷いた。
「いや、歓声というよりも笑われている気がするんだが?」
「やかましい! 余計な事を言うな、この大馬鹿が!!」
私は、今日何度目になるか分からないパンチを放った。
ポカン。
咄嗟の判断で窮地を乗り切った殿下は流石ですね。そして、女の子にうん◯の話題を振ったらヒンシュクを買うことが多いから気をつけようね。