トルメキアの黒い巨神兵   作:銀の鈴

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トルメキアの白い魔女〜凱旋〜

トルメキアは、辺境の諸国群が盟主として崇める強大な王国だ。

 

そのトルメキアと覇を競うは、皇帝領、7つの大侯国、20余の小侯国と23の小部族国家での計51か国から成り立つ土鬼(ドルク)諸侯国連合だ。

 

彼の国の軍事力はトルメキアと拮抗しており、決して侮ることなど出来ない存在だった。

 

だが、私にとってはそんな敵対国家よりも恐ろしい敵が存在していた。

 

私は自らが生き残るため、そしてこの国の民達を救うために命を賭してその存在と戦うことを誓った。

 

その存在とは――

 

 

――我が兄上達だ。

 

 

 

 

 

辺境視察の任務を完了した私達は本国へと出立した。

 

巨神兵の存在は本国に秘匿しているため、彼には自力で飛行するのではなく、大型輸送艦バカガラスに乗艦してもらった。

 

巨神兵は私にとって切り札になる存在だ。迂闊に露見させる訳にはいかない。

 

兄上達の影響力が強い軍の上層部に知られることになれば、未だ軍での影響力が弱い私から巨神兵を取り上げるなど容易い事だろう。

 

確実に巨神兵を私のものと認めさせる為には策を練る必要がある。

 

「その上層部の奴らを一箇所に集めて極太ビームを撃ち込んでやれば万事解決だな」

 

「なるほど、それは良い考えですね。きっと気分もスカッとすると自分も思います」

 

「そなたら、真面目に考えておるのか?」

 

巨神兵()と赤毛の部下の会話に頭が痛くなる。

 

いくら腐った上層部といえど、正当な理由なく暴力で排除すれば必ず反発を招く。

 

下手をすれば国を割るほどの事態に拡がるだろう。

 

「反発してきた国半分に俺の必殺ビームを撃ち込めば万事解決だな」

 

「なるほど、殿下に仇なす不忠者共には相応しい末路ですね」

 

「そなたら、少しは真面目に考えてくれぬか?」

 

巨神兵()と赤毛の部下の会話にお腹が痛くなる。

 

私には、私個人に忠誠を誓ってくれた多くの配下がいた。

 

だが惜しむらくはその配下達の多くは脳筋だ。

 

僅かな例外も戦略・戦術に特化しているため、政争には使えなかった。

 

この赤毛の部下も人情味溢れる気持ちのいい人間だが、問題解決の手段はやはり脳筋だった。

 

とはいっても、兄上達の配下のような謀略と策略を巡らせることが生き甲斐のような人間を配下に据える気など起きなかった。

 

「それにしてもこの輸送機の格納庫は広いな。巨神兵()が後、10人は入れるんじゃないか?」

 

「10人? もっと入ると思いますよ?」

 

「いやいや、居住空間を考えれば10人でも多いぐらいだぞ」

 

「なるほど、その巨大なベッド等を考えれば納得ですね」

 

格納庫には巨神兵()が手製した巨大なベッドとソファ、それにテーブルが置かれていた。

床には絨毯まで敷かれており、非常に居心地のいい空間に仕上がっている。

 

「戦いの事ばかり考えてちゃダメだぞ。潤いのある生活を送る事で生きる為の活力が湧くんだからな」

 

「……考えさせられる言葉ですね。確かに頭の中が戦いの事で溢れている殿下の私生活を拝見すれば納得できる意見です」

 

「友達と遊ぶこともなく、危険な謀略ばかり考えているもんな。このままだと将来が心配だぞ」

 

「あの、実は殿下の御友人と呼べるのは、巨神兵(貴方)しか居ないのです。ですからどうか、暇な時だけで構いませんから殿下と遊んであげて貰えませんか?」

 

赤毛の部下は縋るような表情で巨神兵に願いを口にする。

 

「そうだったのか……よしわかった。姫様の情操教育は俺が請け負うぞ!」

 

「ありがとうございます! 私に出来ることがあればなんでも仰って下さいね!」

 

「ああ、遠慮なく頼らせてもらうぞ!」

 

「はい、お任せ下さい!」

 

巨神兵はその右手の指先を差し出す。赤毛の部下はその指先を強く握った。

 

巨神兵と人との友情を思わせるその姿は、私の心を激しく揺さぶった。

 

「貴様っ、私が握手をしようとしたら頭を撫でるくせしてそいつとは普通に握手をするのか!!」

 

ムカついたので、私は巨神兵(馬鹿)をボコボコに殴りまくった。

 

まったく、これに懲りたら反省しろ!!

 

 

「殿下のポコポコパンチ……私もして欲しい」

 

なぜか赤毛の部下が、殴られる巨神兵(馬鹿)を羨ましそうに見ていた。

 

 

 

 

もうすぐ本国に到着する。

 

結局、良いアイディアは浮かばなかった。

 

所詮は私など無力な小娘ということか。

 

「ほう、高層ビルが多いな。トルメキアは随分と発展しているんだな」

 

「高層ビル? ああ、あの廃墟のことか。あの建物は遥か昔から建っているそうだが、誰も住んではおらん。ただの崩れかけた置物にすぎんよ」

 

「そうなのか……うん、良いデモンストレーションを思いついたぞ!」

 

「いや、やめろ。貴様が思いつくような事は絶対にロクでもないことに決まっているからな」

 

ポンと手を叩く巨神兵(馬鹿)に釘をさす。

 

これから苛つく軍の幹部との交渉が待っているんだ。余計なストレスは受けたくないぞ。

 

「大丈夫だ、姫様。俺の全力をもって成し遂げてみせるからな」

 

「だから待たんか! 貴様に全力など出されて堪るものか!」

 

私は全力で巨神兵(馬鹿)を止めるが、あいつは床に敷いていた絨毯を引っぺがすとマントのように纏ったと思うと私をその手で掬いとる。

 

「姫様は危ないから格納庫から出てくれ」

 

巨神兵(馬鹿)は私を格納庫の外に出すと扉を閉める。暫くすると振動と共に駆動音が聞こえてきた。

 

「まさか格納庫のハッチを開いているのか!?」

 

飛行中の機体のハッチを開く馬鹿はいないと思いながらも、心のどこかではハッチは開かれていると確信していた。何故ならあいつは本物の馬鹿だからだ。

 

ああ、お腹が痛くなりそうだ。

 

 

 

 

何処かから聞こえてきた音に男は周囲を見渡したが、特に音を発しているものは見つからなかった。

 

気の所為だったかなと、首を捻りながらも男はどこか腑に落ちない思いに囚われていた。

 

男はもう一度、耳を澄ませながら周囲を見渡す。

 

すると、男の耳は上空から聞こえる音を捉えた。

 

ああ、空からだったのかと納得した男は、深くは考えずに上空に顔を向ける。

 

 

「フハハハハハッ!! 俺、参上だああああっ!!!!」

 

 

黒い甲冑を纏った兵士が落ちてきた。

 

男は最初、そう思った。

 

聞こえてくる声はどこか愛嬌があり、男が危機感を持つ事はなかった。それには落ちてくる者が自国のトルメキア兵士に似ていたのも影響していた。

 

何かの訓練かな? そんな呑気な事を考えていた男はふと気付く。

 

落ちてくる兵士との距離はまだ随分と離れているように感じるのに兵士の姿がやけにハッキリと見えることを。

 

気になった男が観察していると、見る見る間に兵士の姿は大きくなっていく。

 

えらい大きな兵士だなあ。と此の期に及んでもその男は呑気な事を考え続けていた。

 

“ドゴーン”

 

信じられないほどの轟音はトルメキア王都全てに聞こえるほどに鳴り響いていた。

 

その轟音にトルメキア国民達は慌てて屋外に出ると轟音が聞こえてきた方角に目を向けた。

 

そして、彼等は驚愕する。

 

廃墟の天辺に立つ巨大な黒い兵士。

 

その身に纏った派手なマントが風に翻っていた。

 

腕を組み自分達を見下ろすその圧倒的な迫力に国民達の思考は停止する。

 

国民達が息を殺し見つめる中、巨大な黒い兵士はゆっくりとその顔を空へと向けた。

 

そこにはトルメキアの艦隊が飛行していた。

 

国民達は思い出す。

 

今日が自分達の敬愛する唯一の王族であるクシャナ殿下が帰還する日だった事を。

 

その時だった。

 

巨大な黒い兵士が雷鳴の如き咆哮を発した。

 

 

 

「我が忠誠を捧げるクシャナ殿下の凱旋である!! 」

 

 

 

咆哮と同時に、巨大な黒い兵士は天空に向けて大きく広がる焔を吐いた。

 

次の瞬間、国民達は息を飲む。

 

広がった焔はまるでオーロラのように天空を彩った

 

その中を悠々と飛行するトルメキア艦隊の幻想的な姿は国民達の心を魅了する。

 

 

 

魅了された心に熱い想いが届く。

 

 

 

「国民悉くは、我がクシャナ殿下を讃えよ!!」

 

 

 

再び響いた雷鳴の如き咆哮は――

 

 

 

――国民達の爆発的な喝采に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

その頃、少女は遠くから聞こえてきた歓声に自分の名が混じっていることに気付いた。

 

「あの巨神兵(馬鹿)、何をやらかしたんだ。 うう、またお腹が痛くなってきたよぉ」




クシャナ殿下の華々しい凱旋だあああっ!!

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