「単刀直入に言おう。そなた、私に仕える気はないか?」
謀略も策略もなく。
「この血塗られた世界を共に歩んではくれぬか」
私は彼に対して、己の想いを口にする。
「そなたとなら、私は己の望む世界を得られると確信している」
私は両手を広げ、彼に言い放つ。
「我と共に来い! さすればそなたが見たこともないこの世界の地平線を見せてやろう!」
ただただ私は己の心をさらけ出す。
「我と歩む道は茨の道だ。されど絶望はさせぬ。後悔もさせぬ」
小さきこの身では他に差し出せるものなど何もない。
「その生涯の幕を閉じるとき、笑って死ねると約束しよう」
私は笑みを浮かべて、自らの右手を差し出す。
「もう一度、言わせてもらおう。我と共に来い!」
彼がこの右手を握り返してくれる事を信じながら。
*
交換条件でお嫁さんが欲しいと言われた。
うう、ナニのサイズってアレのことなのか!?
私も王族として、将来、嫁に出されたときの為に少しずつそういった教育も受けているが、いくら何でも今の私にそんな話題を振るのは早すぎるだろう!?
あいつは馬鹿なのか!?
デリカシーは無いのか!?
むしろ死んでしまえ!!
私はハァハァと息を乱す。
「殿下、落ち着いて下さい。きっと彼はひとりぼっちで寂しいのでしょう。ですからあの様な言葉が出たのですよ」
部下の言葉に私は眉をひそめる。
「あの馬鹿がそんな繊細なのか?」
所詮は男などスケベで自分勝手な生き物だ。
そんな生き物が……そういえばこいつも男だったな。
男同士というのは、妙なところで連帯感を発揮するからな。
決して油断はできん。
私を宥めるこの普段は冷静で寡黙な部下も、一皮剥けばただのスケベだろう。
スケベがスケベを擁護する。
うむ、あり得そうな話だな。
おのれ! 我が部下でありながら敵に与するとは、このムッツリスケベめ!!
「あの、殿下? なぜか私を見る視線の温度が下がった気がするのですが?」
ふんっ、ムッツリスケベの言葉など聞く耳持たぬわ。
私はムッツリスケベを追い出して、数少ない女性兵士を呼ぶことにした。
「ムッツリスケベは部屋を出て行け。たしかお前の配下に女性下士官がおったな。そいつを代わりによこせ」
「む、ムッツリスケベ!? お待ち下さい、殿下! そのような不名誉を賜るぐらいならば無能と罵られた方がマシというもの! 私の話を聞いて…ちょ!? お前、押すんじゃない! 俺はお前の上官だぞ!」
どこからともなく現れた女性下士官が、ムッツリスケベを問答無用に部屋から追い出しにかかってくれた。
「はいはい、殿下の思し召しですよ。さっさとムッツリスケベは出ていって下さいな。いつかは何かをやらかすと思っていたんですよ。殿下、男なんて全員、どスケベですからお気をつけて下さいね」
どスケベ!?
スケべに“ど”までつくのか!
やはり男など油断が出来んのだな。
私はまだ子供ゆえにあまり気にしていなかったが、やはり気をつけるべきだな。
「よし、これからはそなたを側に置くことにしよう。よろしく頼むぞ」
「はっ、我が身命を賭して殿下にお仕え致します!」
私は、かつては冷静で寡黙だと思っていたが、その本性はムッツリのどスケベだったと判明した男の代わりに、この女性下士官――赤毛で凛々しい雰囲気の女性を側に仕えさせることにした。
「おのれえ!! 謀ったなっ、貴様っ!! 俺がこの手を血に染めてまで手に入れたっ、殿下のお側仕えの任を狙っておったな!!」
「ふふ、あなたが悪いわけじゃありませんよ。呪うなら己の生まれの不幸を呪いなさい」
「なんだとっ!!」
「あなたは良い上官でした。ただ、どスケベな男に生まれた運命が悪いのです。では、お達者で」
「おのれえーっ!!」
荒れ狂うどスケベな部下は、赤毛の部下につまみ出された。
「あの冷静で寡黙だった男が、あれほど荒れるとはこの目で見ても信じられんな」
「殿下、本当にお気をつけて下さいね。男など全員が飢えた狼と変わりはしないのですよ。私は前々から心配しておりました。殿下は可憐で魅力的ですから、いつかどスケベな男がトチ狂うんじゃないかと心配で心配でたまりませんでした」
胸を押さえながら悲痛そうな表情になる赤毛の部下。彼女の言葉からは、私を心配する気持ちが痛いほど伝わってきた。
「そうだったのか、どうやら随分と心配をかけたようだな。本当にすまぬ」
「いいえっ、私などに謝らないで下さい! 全ては殿下に無用な御心労をかけた男という生き物が悪いのです! ですが、これからは私が一生お側でお守り致しますゆえご安心下さい」
赤毛の部下は深く頭を下げる。
「うむ、そなたの忠誠を嬉しく思うぞ」
「はっ、勿体無いお言葉ありがとうございます!」
うむ、獅子身中のどスケベは排除できたが、しかしあやつのお嫁さん問題はどうすれば良いだろうか?
「殿下、発言をお許し願えますか」
赤毛の部下がビシッと右手をあげる。
「許そう、なにか妙案でもあるのか?」
「はい、あの巨神兵はお嫁さんをご要望とお聞きしましたが、生まれたばかりの巨神兵がお嫁さんを望むとは思えません」
「ほう、たしかに私も不自然には感じたな」
どんなに知性が発達した状態で生まれたといっても、あやつは本当に生まれたてだ。
いきなりお嫁さんと言い出すのは無理があるだろう。
「恐らくはあの巨神兵は仲間がおらず、寂しいのではないでしょうか?」
「寂しいか……そういえば、どスケベな男も同じような事を言っていたな」
「そうだったのですね。では、男と女の意見が一致したわけです。これはほぼ間違い無いでしょうね」
「うむ、そうだな。仲間がおらず寂しいと思う気持ち……私も分からぬわけでは無い」
「殿下……」
不用意な私の言葉に赤毛の部下の顔が曇る。
「すまぬ、今の言葉は忘れてくれ」
「……殿下っ」
赤毛の部下が突然近付き抱きしめてきた。
互いの身長差のため、私の顔は赤毛の部下の柔らかい胸に沈む。
私は黙ってそれを受け入れる。
彼女は私の頭を抱きしめたまま語りかけてきた。
「殿下が負われている運命は、とても過酷で非情なことは重々承知しております。
私達では僅かにそのお手伝いをする事が精一杯です。
殿下の運命を共に背負い、共に歩めるほどの力は今まで誰も持ち得ませんでした。
それゆえ、殿下が孤独に苛まれることを止めることもまた私達では不可能でした。
ですが、殿下……」
赤毛の部下は私の目をじっと見つめた。
「殿下が歩まれる道は、破壊と暴力に彩られたものです。
その道を殿下と肩を並べて歩めるほどに力のある人間など、この世界にはいないでしょう。
ですが彼ならば違います。
かつて世界の全てを焼いたと伝えられる邪悪なる一族。
その真偽は定かではありませんが、彼ならば殿下と肩を並べることが出来ます。
そして殿下の過酷な運命すらも容易く砕いてしまう。
私にはそう思えます……それに」
それまで真剣な顔をしていた彼女の表情が、悪戯を思いついた子供のような笑顔に変わった。
「ふふ、それにトルメキア皇女と彼――巨神兵との友情なんて、まるでお伽話みたいで素敵だと思いませんか?」
友情。
それは、私には生涯無縁だと諦めていた言葉だった。
*
彼は一人夕陽を見ていた。
誰も彼に近付けなかった。
誰も彼と並び立てなかった。
私は一人、彼の元へと歩いていく。
彼の横に立ち、共に夕陽を見ながら告げる。
「お嫁さんは無理だが、友達になら私がなってやる」
彼は少し驚いたように私の方に顔を向けた。
私もまた彼へと顔を向ける。
彼と私の視線が絡み合う。
私は静かに右手を差し出した。
「私と共に生きよう。我が
彼は黙ってその右手を差し出して――私の頭を指先で撫でた。
「ええい、子供扱いするでないわ!!」
この日、私に生まれて初めての友達ができた。
信頼していた部下に裏切られて傷心の姫様でしたが、初めての友を得て立ち直れました。本当に良かったです。