私は近くで彼を見上げた。
やはり、彼の瞳からは知性の光が感じられる。
無言で私を見つめ返す彼の瞳を見て確信した。
我らの言葉が通じるかは分からぬが、誠意を持って接すればきっと気持ちは通じるだろう。
そんな根拠のない確信を抱く。
ふふ、どうやら私は本物の楽天家だったようだ。
自分の甘さがこの窮地を招き、部下達を死なせたというのにこの有様とは、本当に自分の能天気さには呆れかえる。
だが、どうしても目の前の彼に対しては警戒心が湧かない。
これでは指揮官として失格だな。
そんな事を思い、苦笑を漏らす。
ふと、彼が動いた。苦笑を漏らした私の様子を窺うように覗き込んでいるようだ。
まるで、私の事を心配しているようなその仕草に思わず微笑んでしまう。
すると彼は、私の笑みに安心したのか姿勢を元に戻した。
本当に警戒心が湧かぬ。
むしろ、好意じみたものすら感じてしまう。
だが、私は部下達の命を預かる指揮官だ。
私の命などはどうでもいいが、これからの交渉次第では部下達の命が失われるかも知れないのだ。
その事を思うと知らず体が強張ってくる。
私は後ろを振り返った。
部下達はいつでも飛び出せるように身構えている。
見るからに緊張している部下達の姿に、なぜか胸が温かくなった。
私は部下達を安心させるために、私に任せておけという意を込めて自分の胸を叩いた。
なぜか、部下達の緊張感が高まった気がした。
いつも冷静で寡黙なあいつまで、まるで死を決意したような真剣な顔になっている。
まったく、しょうがない奴らだ。
私を心配してくれる事は素直に嬉しく思うが、ここまでくると過保護ではないかと感じてしまうぞ。
私は改めて部下達を安心させるために、余裕のある笑顔を作ってみせてやる。
……部下達がまるで殉教者のような透明な笑みを返してきた。
どういう事だ? まるで理解できん。
もう、いいか。
部下達を安心させる事を諦めて、私は彼との交渉に挑んだ。
*
「巨神兵というのは俺の事か?」
どうやら彼は我らの言葉を理解できるようだ。
発せられた声は、思っていた以上に理性的で落ち着いていた。
それにしても彼は巨神兵では無いのだろうか?
「貴公は巨神兵ではないのか? その姿形は伝えられる巨神兵だと思うのだが」
「……俺には自分に関する知識がない。どうやら先ほど生まれたばかりのようでな」
私の疑問に対する返答に驚く。
このような腐海の只中で巨神兵が自然に生まれるなど信じられなかった。
しかも巨神兵が生まれた場所が、私が兄達に嵌められて墜落した場所と同じだというのだから、もはやこれは偶然を超えた運命じみたものを感じるぞ。
私は密かに高鳴る胸の動悸を抑えながら、努めて冷静さを演じる。
「恐らく、貴公は巨神兵だと思うぞ」
「ふむ。俺はそんなにその巨神兵とやらに似ているのか?」
「似ているというよりも巨神兵そのものなのだが」
どうも彼は、自身が巨神兵という認識が薄いようだ。
私が見るにどう考えても、彼は巨神兵以外の何者でもないと思うのだが。
私は少し考え込むが、ふと思い出した事があった。
それは伝説に謳われる巨神兵の逸話だった。
『火の七日間』
僅か七日間で世界を焼き尽くしたと伝えられる巨神兵の暴威。
巨神兵はその身からこの世の全てを焼く炎を発したと伝えられている。
彼が真に巨神兵ならば、その身から世界を焼く炎を放てるだろう。
「貴公が伝説の巨神兵なら、その身から世界を焼くほどの炎を放てる筈なのだが」
自分で言っときながら実際は半信半疑ではあった。
世界が一度滅びかけたのは真実だと思うが、それが巨神兵だけによってもたらされたとは思えなかった。
恐らくは世界規模の大戦によって、世界は焼かれたのだろう。そこに巨神兵が関わっていたのは間違いないと思うが、巨神兵が放つ炎だけでそれが成されたと信じるほど、私は夢見がちな子供ではなかった。
「そうか、では試してみよう」
彼は私の言葉を聞き、炎を放てるか試してくれる。
「おぉおおおおっ!!」
彼は気を高めていく。
近くに立つ私は、彼から放たれる無形の圧力で膝から崩れそうになるのを必死に耐える。
「ま、まさかこれほどとは……」
その目に見えぬ重圧は、歴戦の勇者揃いの部下達の表情を絶望の色に染め上げる程だった。
そして、彼の気の高まりが頂点を迎えたとき、裂帛の気合と共にその両手を天へと突き出した。
「か◯は◯波ーーーーっ!!!!」
私は全身が痺れるほどの衝撃を受けた。
そして、彼の両手からは――
――何も出なかった。
恐ろしいほどの静寂が辺りを包み込んだ。
私は助けを求めて部下達に視線を向ける。
一斉に顔を背けられた。
うぐぐ。
ここで泣いたらダメだ。
私は涙を堪えて必死に言葉を紡ぐ。
「いやっ、諦めるな!! もう一度、他の方法でチャレンジするんだ!!」
きっと、彼の方が辛いんだ。
私はそう自分に暗示をかけながら彼を叱咤激励する。
幸いにも彼は素直に私の言葉に従い、再び気を高め始めてくれた。
その気が頂点を迎えたとき、彼は両手を天に……って、さっきと同じじゃないか!?
「波◯拳っ!!!!」
掛け声こそ違うが、先ほどと同じ動作だった。もちろんその両手からは何も出なかった。
私は自分のこめかみがヒクつくのを抑える事が出来なかった。
「動作が同じだろうが!! 手から出ないなら目や口から出るかも知れないだろ!!」
後にして思うが、きっとこの時の私は自分でも気付かないほどストレスが溜まっていたのだろう。
私は彼に対して、遠慮なしに怒鳴りつけていた。
だけど彼は、怒鳴りつけられながらも少しも気分を害したそぶりもなく、炎を放つべく試してくれた。
「目からビーム!!」
な、なんだ?
それまでの大人の男を思わせる彼の声色とは違い、幼い子供を思わせる声色に私は困惑する。
彼なりの冗談だろうか?
「今の言い方は気持ち悪かったんだが……まあいい、次だ、次っ!!」
とりあえず、スルーすることにした。
私は他の方法を催促する。
だけど、彼の動きは鈍かった。
明らかに面倒臭そうな挙動をしながら、彼は私の方に目を向けてきた。
「……」
「……」
無言で見つめ合ったあと、彼は仕方なさそうに肩をすくめた。
なんだか、私が我儘を言って彼を困らせているような気分になるんだが。
いやいや、きっと私の気のせいだろう。
気分を入れ替え、私は彼へと再び視線を向けた。
ちなみに部下達の方には視線を向ける気にはならなかった。
*
彼は天に向かって雄々しく叫んだ。
「美味いぞーーーーっ!!!!」
数度目になる挑戦だったが、彼のふざけた叫び声に私はブチ切れそうになる。
怒鳴りつけようと口を開きかけた次の瞬間、天空を焼き尽くすほどの炎が轟音と共に彼から放たれた。
見たこともない凄まじい炎に再び腰が抜けそうになる。
だが、後方からの部下達の視線を感じてなんとか堪える。
えらいぞ、わたし。
「……は偉大だった」
彼が何かを呟いた。
よくは聞こえなかったが、その言葉には万感の思いが込められている事が分かった。
彼は本当に生まれたてなのだろうか?
空を見つめる彼の横顔には、私なんかよりもずっと長き時を生きてきた道程が刻まれているように思えた。
シリアスっぽい!
シリアスっぽいぞーーっ!!
と、自分では思うのですが、いかがでしょう?