トルメキアの黒い巨神兵   作:銀の鈴

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トルメキアの白い魔女〜遭遇〜

迫りくる巨大な蟲の牙に大剣を叩きつける。

 

“ガギィン”

 

その衝撃に私の小さな身体は悲鳴をあげるが、目の前の蟲にはなんの痛痒も与えることが出来なかったようだ。

 

間髪入れずに襲いくる蟲に再度、全力で大剣を叩きつける。そこには技も何もない、ただ全身の力を振り絞り、棍棒を振り回すかのように大剣を振るだけだった。

 

“ガンッ”

 

“ギィン”

 

“ゴンッ”

 

周囲の部下達も私を庇おうとはしてくれるが、皆が自分に向かってくる蟲の相手で精一杯だった。

 

屈強な部下達ですら蟲の相手は全力を尽くさねばならないのだ。

 

訓練はしているとはいえ、まだ10歳を過ぎたばかりの私では限界を迎えるのは早かった。いや、今の時点まで生き残っている事自体が運が良かっただけだろう。

 

全身の筋肉は引き千切れそうに痛み、身体は酸素を求めて喘いでいる。それでも大剣を振るうことを止めれば、次の瞬間には蟲に喰い殺されるだけだ。

 

「部下達よりも先には死なん!!」

 

私のような小娘を殿下と呼んで慕ってくれる部下達を残して先に逝っては、今まで私を守って死んでいった者達に冥府で合わせる顔がない。

 

「指揮官が死ぬのは最後の一兵が死したのを確認した後だ!!」

 

もはや気力だけで大剣を振るっている。

 

「殿下っ、私の後ろにお下がり下さい!! 少しでも休憩を!!」

 

「いらぬ!! 余計な気遣いをする暇があるなら自分が生き残ることを考えよ!!」

 

隣で剣を振るっている部下の言葉に涙が出そうになる。この期に及んでまで私を心配してくるのか。

 

死にたくなかった。部下達と生きて帰りたかった。

 

だがそれは叶わぬ願いだろう。

 

ならば最後まで私は誇り高く戦おう。

 

冥府で待つ部下達と、これから共に冥府へと赴く部下達が、己が信じた殿下を誇りに思えるように。

 

私は気力を奮い立たせて大剣を振るった。

 

だが、その一撃が限界だったのだろう。

 

私の意識がふっと遠くなる。

 

足腰の力が抜け大剣が泳ぐ。すぐさま大剣を返そうとするが、私の意思に反して腕は動かなかった。

 

どこか遠くで部下の叫び声が聞こえた。

 

その叫び声はいつも冷静で寡黙な部下のものだった。

 

ククク、あいつでもこんな泣きそうな声を出すんだな。今度、からかってやろう。

 

 

――脳裏に照れる部下の顔が浮かんだ。

 

 

巨大な牙が迫る。

 

 

「これが……私の死か……」

 

 

私は瞼を閉じる。

 

 

“パチン”

 

 

場違いなほど、軽い音が聞こえた。

 

 

 

 

“パチン”

 

“パチン”

 

“パチン”

 

続けて聞こえる軽い音に瞼を開けた。

 

「蟲が消えた……?」

 

目の前に迫っていたはずの蟲が消えていた。

 

慌てて周囲をキョロキョロと見渡すと、周囲を飛んでいた蟲共もまとめて消えていた。

 

そのあり得ない状況に混乱する。

 

本来なら蟲共が消えたのなら喜ぶべきだが、あまりにも唐突な状況変化に思考が追いつかない。

 

ふと、部下達の様子が変なことに気付く。

 

いや、たぶん私もはたから見れば様子が変なのだろうけど、部下達は私以上に様子が変だった。

 

部下達は目を大きく開き、防毒マスクの上からでも大きく口を開けていることが分かった。

 

その視線は全て私の方に向かっていた。

 

いや、違う。

 

私の頭上か?

 

部下達の視線は私の頭上に向いている。

 

「後ろに何かあるのか?」

 

部下達の視線を追いかけるように後ろを振り向いた。

 

 

「…………ふぇ?」

 

 

信じられないほど、巨大な人型のモンスターがいた。

 

 

“パチン”

 

 

人型のモンスターが、強靭な外骨格に包まれているはずの蟲を両手で叩いて潰した。

 

冗談のようにぺったんこに潰れた蟲が目の前に落ちてくる。

 

潰れた蟲と目が合った気がした。その蟲の目も部下達と同じように大きく見開いているように思えた。

 

 

 

――腰が抜けた。

 

 

 

 

「殿下っ、ご無礼を!! 総員っ、退避せよ!!」

 

尻餅をついた私の姿に正気を取り戻した部下が、駆け寄ってきて抱き上げてくれた。

 

そして他の者達に指示を下し、素早く人型のモンスターから距離をとる。

 

私を抱き上げている部下は、いつも冷静で寡黙な奴だった。

 

そいつの首筋に抱きつきながら、今度、からかうのは勘弁してやろうと思った。

 

 

 

 

人型のモンスターは周囲の蟲共を全て潰すとその動きを止めていた。

 

「どうやら私達を攻撃する意思は無さそうだな」

 

「殿下、あれはもしかしたら巨神兵ではありませんか?」

 

「やはりそう思うか?」

 

「はい、いまいち確信は持てませんが…」

 

「うむ、私も同じ意見だな」

 

離れて人型のモンスターを観察してみれば、その姿は化石となっている巨神兵や絵物語で描かれている巨神兵そのものだった。

 

それでありながら、私達が巨神兵だと確信が持てないのは、その人型のモンスターの仕草が非常に人間臭いからだ。

 

かつて、世界を焼いたと伝えられる巨神兵と、目の前で胡座をかきながら大きな口を開き欠伸をするモンスターとのイメージが一致しない。

 

いや、モンスターと称するのは誤りだろう。

 

その目には確かに理性の光が灯っている。モンスター扱いなどするべきではない。

 

それにあの者が、私達を蟲共から救ってくれたのは紛れも無い事実なのだ。

 

ここは最大の敬意をもって遇するべきだ。

 

「よし、もう少し休憩したら私が話しかけよう。お前達は決して敵対行為を取るんじゃないぞ」

 

「ふふ……殿下。立てぬようでしたら、また私が抱き上げましょうか?」

 

「やかましいわ!!」

 

いつもは冷静で寡黙なくせして、こんな時だけ笑いやがって。

 

私は決して腰を抜かしてへたり込んでいるんじゃないぞ。

 

少し疲れたから座って休憩をしているだけだ。

 

ホントだぞ?

 

 

 

 

休憩を終えた私は一人で彼(もしくは彼女)に近付く。

 

近くで改めて観察して驚く。

 

初めて見たとき、その体表は剥き出しの筋肉を束ねたような気持ちのわる……いや、いかにもモンスターのようなものだったが、この僅かな時間でそれは変質していた。

 

その体表は硬そうな外装に覆われていた。それは我らの甲冑にも似ており、黒く輝いて見えた。

 

その外観の変化のお蔭で、実は内心で抱いていた嫌悪感が無くなった。

 

むしろ我ながら現金だが、見慣れた姿に近くなったお蔭で親近感さえ抱く。

 

彼は近付く私を静かに見ていた。

 

その気になればその大きな手で、先ほど潰した蟲共と同じように私のことも簡単に潰せるだろう。

 

いや、飛べないぶんだけ私の方が潰すのは容易だろう。

 

最悪の事態(ぺったんこになった私の姿)を考えれば震えそうになるが、部下達が見ている前で無様は晒せない。

 

「き、貴公は伝説の巨神兵なのか?」

 

少し声が震えたが、許容範囲内だと思おう。

 

ここからが正念場だ。

 

未だ腐海の只中にいる状況を思えば、ここでこの交渉に成功して彼を味方につけられなければ、我らは遠からず蟲の餌になるだろう。

 

死にたくなかった。部下達と生きて帰りたかった。

 

絶望の海に溺れかけた私の前に、希望という名の蜘蛛の糸が垂れ下がった。

 

 

――よし、頑張るぞ! わたし!!

 

 

 




はい、クシャナ殿下は10歳でした。
普段は王族として気を張って、殿下らしく振舞っています。

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