クシャナの朝は早い。
日の出前にはメイドに優しく起こされ、母と食事を共にする。
クシャナは、母に無理をして付き合う必要はないと幾度も伝えているが、母の方は聞くつもりはなさそうだった。
「私の可愛いクシャナ。あなたと一緒に過ごせる僅かな時間を母から奪わないでほしいわ」
「あのですね、母上。私の名を呼ぶときにわざわざ可愛いという形容詞をつけるのは、そろそろやめてもらえませんか? 私にも立場というものがあるのですよ」
いまやクシャナはトルメキアを率いる立場である。その彼女が母から可愛いと呼ばれていては威厳も何もあったものではないだろう。
「まあ、私の可愛いクシャナ。母からあなたと過ごせる時間だけではなく、あなたへの愛情表現まで奪おうと言うの? よよ、母は悲しいですわ」
「ハァ……全く、どこで嘘泣きなど覚えられたのですか?」
余りにもあからさまな嘘泣きに、流石のクシャナも呆れてしまう。
「巨神兵ちゃんに教えてもらったのよ。涙は女の最大の武器だって言ってたわ」
「やはり
「もう、私の可愛いクシャナ。巨神兵ちゃんを馬鹿だなんて言ってはダメよ。あなたの数少ない……いいえ、あなたのたった一人のお友達なのですからね」
「ハハ……」
クシャナは、母からの身も蓋もない言葉にぎこちなく笑う。
「それにしても巨神兵ちゃんには感謝しかないわ。あの子のお陰でこうして安全に食事もとることができるもの」
「母上……そうですね。本当にその通りです」
安全に食事がとれる。
それは普通の人にとっては当たり前だと思うかもしれないが、つい最近までこの母娘にとっては当たり前ではなかった。
クシャナの母親――王妃は唯一、正当な王家の血をひく王女だった。その彼女と結婚することでヴ王は王位についたのだ。
クシャナは王妃の実の娘だったが、三人の王子達はヴ王の連れ子だった。
その為、クシャナの正当な王家の血を嫌ったヴ王や他の王位継承権を持つ者達からクシャナは常に命を狙われていた。
クシャナの食事に毒を盛られることなど頻繁に起こっていた。
王妃は懸命にクシャナを守っていたが、敵だらけの王宮での戦いは、徐々に王妃を疲弊させていった。恐らく巨神兵が現れていなければ、今頃王妃は限界を迎えていただろう。
その事を誰よりも理解しているのは王妃自身であり、彼女が巨神兵に向ける感謝と信頼はクシャナ以上のものだった。
「ごめんなさい。なんだか湿っぽい感じになっちゃったわね。これからお勤めに出るクシャナちゃんにはよくなかったわ」
「ちゃん付けもやめて下さい!!」
「うふふ、クシャナちゃんは反抗期なのかしら?」
ちゃん付けされたクシャナは顔を赤らめながら抗議する。王妃はそんな娘の様子に目を細め幸せそうに微笑んだ。
*
クシャナを見送った王妃はのんびりと刺繍を楽しんでいた。今の彼女は生まれてから初めて心の底から寛げる日々を送っていた。
王妃の愛娘を脅かしていた皇子達には王位継承権を放棄させた。今後は死ぬまで軟禁生活が続くことになるだろう。
ヴ王も王としての実権は既になく。クシャナが王としての経験を積む間だけのお飾りでしかない。
すぐにヴ王を退位させないのは王妃の判断だった。万が一、クシャナが失政をした場合には、ヴ王に責任をとらせて退位させる為だ。
「それにしても本当に巨神兵ちゃんには感謝しかないわね」
王妃が巨神兵に感謝するのは、彼が兄皇子派の勢力を一掃しただけが理由ではなかった。
巨神兵は、彼が持つテレパシー能力を駆使して王宮内に潜む反クシャナ派の者達を判別してくれたのだ。
そのお陰で不穏な者達を一掃できた王宮内は、クシャナに心酔する者達に守られた安心できる場所になった。
「嫌そうにしながらも、私達に協力して下さったわ。本当に巨神兵ちゃんは良い方ね」
そう、巨神兵にとって他人の心を読むことは容易いが、他人の心を読むということはその心に触れることになる。
基本的にクシャナ以外の心に触れたがらない巨神兵にとっては、反クシャナ派の心に触れるなど嫌悪しかなかった。
『まあ、仕方がない。俺の姫様の為だからな』
そう言いながら巨神兵は嫌々ながらも協力をしてくれた。
「そういえば、巨神兵ちゃんから “忍者の里” 設立の為の予算要求がきていたわね。ふふ、前の “クシ
王妃は、忍者の里計画に対する王家からの支出を決めた。
「でも忍者の里って何のことかしら? 里芋の一種とかかしら? 美味しかったら嬉しいわね。うふふ、また完成したなら巨神兵ちゃんに持ってきて貰いましょう♪」
王妃はそのクシャナに良く似た容貌に楽しげな表情を浮かべてまだ見ぬ “忍者の里” を心待ちにする。
──長年のストレスから解放された王妃はその反動なのか、ちょっとだけ頭の中がお花畑になっていた。
仕事が再開するので、次回からはまた不定期となります。今度は数ヶ月後とかにならないよう頑張りたいと思います。