「殿下! 周囲はドルクの艦艇に囲まれています!」
怒号のような部下からの報告に私は深い溜息を吐く。
僅かな手勢のみでの辺境視察を命じられて嫌な予感を感じていたが、ここまであからさまな真似をされるとは思っていなかった。
まさか、不倶戴天の敵である土鬼軍を利用してまで私を亡き者にしようとは思ってもいなかった。
どうやら私は自分で思っていたよりも楽天家だったようだ。
「全力でこの場を離脱せよ! 迎撃は最低限でいい、とにかくこの場を逃れる事に全力を尽くせ!」
部下へと命令を下しながらも私はここで果てることを覚悟していた。
それほどまでに周囲を囲む土鬼軍の艦艇の数は多く、味方の数は少なかった。
「第3動力機及び第5動力機被弾! 動力出力低下します! このままでは腐海へと墜落します!!」
強い振動を感じた次の瞬間、部下から最悪の報告を受ける。
現在の状況で腐海に墜落すれば蟲共の餌となるのは明らかだった。
「陣地へと救援の通信を送れ! 墜落予想位置を割り出して送信することを忘れるんじゃないぞ!」
腐海へと落ちれば土鬼軍も追撃はしないはずだ。
確率は絶望的だが、僅かな望みを託して部下へ命じる。
この絶望的な状況にありながら、私の部下達の士気は高く、私の命令を忠実にこなしてくれる。
私には過ぎた部下達だ。
だが、だからこそ私が諦めるわけにはいかない。
「総員っ、墜落の衝撃に備えろ! 墜落後は直ちに集結し蟲共の襲撃に対応せよ!」
命令を下した瞬間、凄まじい衝撃を受けて私の体は吹き飛ばされる。
宙に舞いながら私は何とか受け身をとろうと足掻くが上手く体を動かせなかった。
セラミック製の床に叩きつけられる事を覚悟した私は歯をくいしばるが、その私の体を誰かが強引に引っ張った。
その感触を感じた次の瞬間、私の意識は強い衝撃と共に闇に落ちた。
*
気を失っていたのは僅かな時間だったようだ。
目覚めると周囲では部下達の痛みを堪える声や状況を確認し合う声が聞こえていた。
私は自身の状況を確認する。
「で、殿下…ご無事で…よ、良かった」
私は息をのむ。
私は血みどろになった部下の腕の中にいた。
部下のステンレス製の全身鎧は大きく歪み、その身が受けた衝撃の強さを物語っていた。
「き、貴様……」
「ク、クシャナ殿下……そんな顔を…しないで下さい……しょ、小官は…満足して…いるのですよ……敬愛する…殿下を…この身で……」
部下はそれ以上の言葉は発しなかった。
「この馬鹿者が……」
私は永遠の休息を得た部下の瞼を閉じる。
「……貴様の忠誠を無駄にはせぬ」
近くに転がっていた自分の刀を拾う。
「直ちに艦から離れるぞ! グズグズするな、すぐに蟲共が大挙して押し寄せるぞ! 銃火器はいらん! 腐海で使えば蟲共を呼び寄せるだけだ! 剣と食料だけを持って脱出せよ!」
部下達は私の命令を受けてすぐさま動き出す。
「殿下っ、脱出準備整いました!」
部下の報告に頷くと私は艦内を見渡し、その惨状を目に焼き付ける。
これは私の甘さが招いた状況だ。二度と繰り返さぬと誓った。
「総員っ、速やかに脱出せよ!」
私と部下達は、悍ましい蟲共が蠢く腐海へとその身を投じた。
*
腐海に入ると直ぐに無数の蟲共が群がってきた。
「早く集結しろ! 単独で蟲共と戦おうとするんじゃないぞ!」
腐海にいる限り蟲共の襲来が尽きることはない。
陣地からの救援を信じて、それまでの間生き残ることだけを考えるべきだ。
「出来るだけ蟲は殺すな! 殺せば逆に蟲共を呼び寄せることになるぞ!」
命令を発しながらもそれは不可能だろうと思った。
艦が墜落した衝撃で蟲共が興奮していることが分かったからだ。
この状況では、息を殺して蟲共から逃れることなど到底不可能だろう。
「円陣防御体制をとれ! 負傷者を中に入れろ! 何が何でも生き残るという気概を忘れるな!」
私は部下達に十数人単位で円陣を組ませ、死角を無くして蟲共に対抗させる。
だが、部下達は互いに庇いながら必死に戦うが、一人また一人と蟲共の餌食となっていく。
僅かな時間で部下達の大半が犠牲となる。
「生存者はここに集結しろ!! くそう、こんな所で死ぬんじゃないぞ!!」
生き残った部下達を纏めるが、蟲共の勢いは益々激しくなっていく。
「すぐに救援が来る!! 最後まで諦めるな!!」
我ながら気休めもいい所だと思いながらも部下達を叱咤激励する。
「はっ! 殿下と共に剣を振るえた栄誉を自慢するまで生き残ってみせます!」
「ははっ、そいつはいいな! 非番だった奴らが悔しがるぞ!」
きっと部下達ももう助からないと分かっているだろうに、私の叱咤激励に応えて奮闘してくれる。
「フハハハッ、ならば生き残った者達には私自ら勝利の酒杯に酌をしてやるぞ!」
「うおおおおっ!!!! 聞いたか皆っ、我らがクシャナ殿下自らの酌だぞ!!!! 何が何でも生き残るからな!!!!」
「「「応っ!!!!」」」
な、なんだ?
異常に士気が上がったな。
ふふ、なんとも頼もしい奴らだな。
絶望的な死地にいながらも私と部下達は笑みすら浮かべて剣を振り続けた。
そんな時だった。
運命を共にする――
――
巨神兵視点とは違い、シリアスな感じの殿下視点でした。
短いですが、ここまで書いて自分では満足したので、続きは書かないかもです。
では、読んでいただきありがとうございました。