トルメキアの黒い巨神兵   作:銀の鈴

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トルメキアの白い魔女〜苦難〜

――――黒い巨神兵。

 

彼こそが、未だ幼いといえるクシャナ殿下を強大なるトルメキアを統べる存在へと導いた立役者であることは間違いないだろう。

 

黒い巨神兵が持つ、絶望という言葉すら生温く感じるほどの圧倒的なまでの破壊の力。

 

その強大すぎる破壊の力を躊躇せずに行使する非情なる精神。

 

民衆を扇動し、軍部を操り、革命をも巻き起こす悪魔的な智謀。

 

そして――世界を単体にて滅ぼせるほどの邪悪なる存在でありながらも、クシャナ殿下ただ一人にだけ向けられた慈愛の心。

 

それらのうち、たった一つでも欠けていれば、クシャナ殿下はトルメキアの闇に巣くう魑魅魍魎共に翻弄され続ける過酷な人生を送っただろう。

 

だが、現実は違う。

 

彼女が歩むはずだった血塗られた道は、黒い巨神兵によって木っ端微塵に砕かれたのだ。

 

今や、クシャナ殿下に正面きって挑める者など誰もいなかった。トルメキア王であるヴ王ですら不可能だろう。

 

権力闘争を繰り広げていた上位貴族達は排除され、兄王達も隠居した。

 

残されたのはチマチマとした嫌がらせをするのが精一杯の下級貴族の文官だけだった。

 

己が春を謳歌するクシャナ殿下。今日も王宮内に彼女の元気な声が響き渡る。

 

「また報告書が止まっているぞ! さっさと回さんか!」

 

「最近、なぜか文官達の仕事が遅いですね?」

 

赤毛の部下が不思議そうに首を傾げる。

 

「ああ、どうやら気に入らない私に対する意趣返しのつもりのようだな。だがまあ、しばらくは様子をみるしかなかろう」

 

クシャナ殿下に反抗的だといっても、明確な叛意をみせない文官達を処分するわけにはいかない。また、交代させれるだけの人材もいなかった。

 

「軍から人間を出せればいいんだが」

 

「あはは、嫌ですよ、殿下。脳筋ぞろいのあいつらに事務仕事がこなせるわけないです」

 

「うぅ……やっぱりそうか」

 

笑いながら言い切る赤毛の部下の言葉に、クシャナ殿下は力無く机に突っ伏すしかなかった。

 

もちろん軍にも事務の者達はいる。だが、彼らは軍事行動に必要不可欠なため動かせなかった。

 

その代わりに兵士をと考えたが、脳筋の兵士に文官をしろなどとは無茶な話だろう。

 

「ふぅ、とにかく今は現状の人員で何とかするしかあるまい」

 

「そうですね、殿下。頑張って下さいね」

 

溜息を吐きながらもクシャナ殿下は、机の上に重ねられた書類の処理にかかろうとする。

 

そして、そんな彼女を優しい眼差しを向けながら励ます赤毛の部下。

 

「貴様も頑張らぬか!! さあ、この山盛りの書類を一緒に処理するぞ!!」

 

「ひいっ!? 私も脳筋なんですよ!! 無茶を言わないで下さいよー!!」

 

王宮内に響き渡るクシャナ殿下と赤毛の部下の元気な声。

 

今日も彼女達は元気だった。

 

 

 

 

――――黒い巨神兵。

 

姫様の執事を生業とする彼は知っていた。

 

今、姫様が必要としているものを。

 

「それがマヨネーズですか?」

 

「うむ、そうだ。内政チートといえばマヨネーズ。マヨネーズといえばお子様大好き。お子様といえば姫様だろ? それにマヨネーズを売ればガッポガッポ儲かるぞ!」

 

「ふふ、今の殿下をお子様扱いできるのは巨神兵殿だけですね。でも、そうですね。確かにマヨネーズ人気は根強いです。ですが、原材料の卵不足が深刻ですから量産は難しいですよ」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、巨神兵の言葉に理解を示すが根本的な問題点を指摘する。

 

「ほう、卵不足か……いや、ちょっと待て! お前はマヨネーズの作り方を知っているのか!?」

 

「え、まあ、流石に詳しいレシピまでは知りませんが、卵と酢、それに食用油を混ぜることぐらいは知っていますよ」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、はるか昔から存在するマヨネーズを知っているという当たり前の事に驚く巨神兵に疑問を感じながらもマヨネーズの作り方を口にする。

 

「ま、マヨネーズはやめだ! やっぱりお子様には甘いものだな! 砂糖を作るぞ!」

 

「ふふ、なるほど。殿下は甘いモノがお好きですからね。きっとお喜びになりますよ」

 

「フハハハッ、その通りだ! この世界で甘いものといえば乾燥させた果物ぐらいしか見ていないからな! 砂糖があればケーキとかを作って大儲けができるぞ!」

 

「殿下ならば、貴重な砂糖といっても望めば簡単に手に入れられるのに、御自分だけ贅沢は出来ぬと仰られてドライフルーツで我慢をしておいででした。ですが、他ならぬ巨神兵殿からの贈り物ならば貴重な砂糖をふんだんに使ったケーキでも素直に受けとって下さるでしょう。ところで、やっぱり原材料が貴重すぎて大量生産は不可能ですよ」

 

「ケ、ケーキも知っているのか!? ウググ……な、ならばプリンはどうだ!? ホットケーキは!? シュークリームにどら焼きに羊羹、ゼリーそれにアイスクリームはどうだあああっ!!」

 

「はあ、全て貴重な材料を使用するので、実際に私は食べたことはありません。ですが、名前ぐらいは知っていますよ。そうそう、ヴ王や兄王達が毎日のように食しているという噂を聞いたことがあります」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、高級菓子を知っているかと騒ぐ巨神兵に困惑しながらも素直に答える。

 

そしてその答えに巨神兵は落胆する。

 

「ウググ、甘味で大儲けするのは内政チートの定番なのに……」

 

「巨神兵殿!?」

 

寡黙で冷静に見える外見をした男は、突然地面に両手をついて唸りだした巨神兵に驚く。

 

そう、巨神兵は落ち込んだのだ。

 

何故ならこの世界には無い甘味を流通させることで手に入れる予定だった巨額の資金で、本格的な内政チートを行うつもりだったからだ。

 

農地開拓、治水工事、道路整備、区画整理、諸々の公共工事による国力向上と失業者対策。親を亡くした子供達のための孤児院経営。将来のトルメキア国運営を担う人材確保を目的とした義務教育制度の制定。産業革命のための新技術の研究開発を目的とした研究機関の設立。軍事力強化のためのモビルスーツ基礎研究の開始。そして、メイン計画となる芸能プロダクション設立後の姫様アイドル化計画。姫様、鮮烈なるデビュー直後の全世界横断ワールドツワー企画。etc…

 

その全てが資金難で頓挫した。

 

つまり、黒い巨神兵の――――

 

 

――――生まれて初めての挫折だった。

 

 

 




悲劇だ!!
これを悲劇と言わずしてなんとするのだ!!
殿下の為、ひいてはトルメキアに住まう全ての人のために立ち上がった巨神兵を襲った苦難の嵐!!
だが、我らは今こそ彼を信じようではないか!!
我ら全てが愛した殿下が信ずる彼を!!
今こそ我らも信じようではないか!!
不屈の闘志で立ち上がる彼を!!
我らはいつまでも待っているぞ!!

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